NALSIMA CLUB TEAM

その昔こんなこともあったのよ。
これはきのうの話、Eラン当日朝8時半家を出ると表に孫が待っており、後ろに付けさせ日野橋集合地に向かった。確かずっと以前も同じような日々もあり、親父と娘のコンビだったが時代変わって爺さんと孫になった。娘の場合大会参加で皆と旅行が出来る楽しみその場だけの即席トレーニング、全く強制しなかった親父に甘え気楽なものだったはず。

孫が何を考え何を目的にしてるか知らんが、少年野球やってた小学6年生のつい先頃、バッティングセンターに一緒し、バッティングより自転車で走る脚力に目が点になった。もしも、アリババ親と違ってこのまま走り続けられたら、環境には恵まれてるのでう〜んあとは本人次第だろな。

往復大垂水峠の走り眺め潜在能力を認めちょっとだけ悪戯、少しの太刀さばきに死ぬほど疲れたは、まだ1ケ月前は小学生と考えると無理ないかも、爺さん相手にいつまで続くか見ものだが、餌につられてもあるかも、となると連休行き先決めが重要になったりして。逆に言うと誘い込むチャンスかも、どうする爺さんよ…

こちら遠い昔俺っち小学6年生の夏の話。川遊びに疲れきって帰宅の国府津から御殿場行きの最終列車、到着までの僅かな時間に桃源郷、乗客に肩叩かれ目覚めた深夜の御殿場終着駅車内。しまったと思いそのまま車内を最後尾車輌から線路に飛び降り、枕木の上を歩き続け疎開先山北町の叔母宅まで20kmの道のり、酒匂川の轟音耳にぼろ鉄橋渡って、トンネル幾つも歩き抜け早朝帰着、呼べど叫べど応答の気配なく、仕方なく縁側下で仮眠した事を突然思い出した。小学生が御殿場山北間廿里を夜通し歩き通したと近所の皆に評判になり、どうして皆にほめられるのか怪訝に思ったが今わかった。

昭和22年は1946年。今から62年前の時代を考えると、20km線路距離に変わりはなくても雲泥の相違、育った子供の生活環境も全く違い、あの頃は狐狸が人を化かす時代、今は人が人を化かす時代、丹沢山塊も人跡未踏地はいささかオーバーにしても、あの頃だったからほめられて当然だったのかもな、滅多な事でほめない親にもほめられたわ。

それがあって、ことあるごとに親父からよく言われた、英雄ならできるはずだって…

COMMENT

 管理者にだけ表示を許可する

TRACK BACK
TB*URL
Copyright © 2005 なるしま クラブチーム. all rights reserved.
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ