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6/23 自宅へ戻る旅?

2018.06.27
旅の最初から最終日は輪行+自走と決めていたが、何処からどんな風にはその時になり、決めることにしていた当日の朝、まずは那須塩原駅まで自走で向かい、新幹線輪行で大宮までが脳内でかたまった。2日前から変速がローギヤに限定され、足先くるくる回す走りになり、それが因か左脚大腿部に疼痛不快感生じ、俺っちお気にタイ姫にマッサージ予約ピポパ、那須塩原駅まで昨日の戻りは嫌よで、遠回りの未走路走り大宮まで新幹線切符購入、最前部車輌デッキ部分に乗車大宮以降の経路考え、武蔵野線府中からの自走と、埼京川越線から八高線で何処かから自走の、2択考え大宮駅で構内移動中人の流れで、埼京川越線ホームへ向かったので八高沿線駅から自走に決定。

川越で埼京線から待受けてた川越線に乗り移ると、今は高麗川経由で乗換なし八王子まで行けるのよ、昔存在しなかった路線で便利になったものよ、だが高麗川駅で八高線乗車の客が待つ、八高線は今も過疎てっいて次発まで、車掌から1時間以上の待ち時間を、聞かされたホームの客が嘆声あげたのが印象に残った。

終戦後直後の八高線は買出し列車で有名で、民間人が大事な衣服を農民の食料と物々交換、背負った命の次に大事な食糧は一斉検査で、駅到着と同時に国家権力が違法だぞと収奪していた時代、何処の親達も大変な時代を生き抜いたもので、小学4年生10歳子供時代だったが、記憶に鮮明に残ってるな、全てはあの小児麻痺で偏屈な米国人が因だ。

東飯能から、金子、箱根ヶ崎と降りかけては止まり、東福生、拝島停車暫くしてから降車決意したが、拝島駅の変貌には眼を見張った、全く別の駅になってしまって、以前の面影なぞ皆無で驚いたよ。拝島から自宅までは10kmも無く本日の走行距離17kmだけ、今回の秋田県〜宮城県〜山形県〜福島県〜栃木県と旅した5県内8泊9日は、走行距離が合計で707km、宿泊数は本年度61泊目が完了。

来月は1日から13泊14日で同じ秋田空港から、今回の未走だった青森、岩手両県も走り東北全県走行を達成、翼8月は石和別宅籠りで、真夏をひと月すごす計画なので、夏休みは気楽に石和砦に足運んで下され。歓待はとてもできないけど、寝床だけは提供できます、甲府盆地の夏は地獄ですが、朝晩は都会とは段違で楽々、温泉も気軽にたのしめます。

帰宅すぐミニベロに乗換てタイ姫宅に向かい、マッサージ中眠りこけ疲労の回復、帰宅どき雨降りになり雨具借用し、自宅に戻ると家でも眠りの継続ベッド直行、帰宅すると眠り呆けが常々だが、これが疲労回復の我が特技のよう思うけど。

 
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