3/7 徳島市へ到着

2016.03.08
月ヶ谷温泉から徳島市までは距離近く40km弱、本日も近距離路面も山間部を抜けたのでイージーコース、徳島のホテルチェックインも14時から可能、今回の旅全くブログ更新できてないので、早めに到着しレンタルPCで一気に作成アップを考え、いつも同様10時に宿出発すると4時間あるので、計算上AV10kmでも到着してしまう事になるので、昨日同様ゆっくりランで向かうことにした。

写真撮りに時間掛けるような景観も見当たらず、走ると勝浦町内で道の駅ひなの里かつうら看板見て、格好な時間調整と立寄るも売り場も狭く、見て楽しめる施設ではなかった。昼時にもまだ少し早く空腹感も無く食堂へ入る気になれず、小さな地産ゆづあん饅頭1ヶ120を4ヶ購入、表ベンチで食したが美味しいとは思えなかった。

暫く休むと昼時近くなり客が駐車場方面から、次々集まり食堂俄かに賑わいだすも、俺っち空腹感全くなく食べるは徳島市内でと決め出発。走り出すや間もなくr16はR55を横断し、小松川港へ直進となるので徳島市へ向かう55号国道へ左折、街中進入でスピードダウン食べ処探すも、国道沿いは車多く食事処も見当たらず左折、踏み切り渡り一本内側の県道走り食堂探し、二軒屋駅近くで徳島から剣山経由うだつで有名な貞光へ向かう国道438目にし、来月走る道路かと思うと親しみ感じた。

小さな字で支那そばと書かれたのれんを、住宅外れの小さなお店で発見、支那そばは大東亜戦争を体験してないと、理解が難儀な言い回し、今は中華そばかラーメンが相場、蔑視国名なので支那そばとは呼ばれてない、ひっそりと住宅街の片隅で見かけたのれんに興味持ちインすると、店内も普通のらーめん屋とは趣が別種、野菜ラーメンと餃子食したがいずれも超うまかった。ちなみに今は大東亜戦争とは呼ばない、これは戦時中の呼称なのだが、列強の植民地獲得戦争と一線を画したいので、大和民族俺っちは呼称気に入ってるのよ。

遅い昼飯となり駅前ホテル14時にぴったしチェックインできた。部屋は広くバスタブも広くおしゃれ、一人で泊まるは勿体無いルームに独り寝、旅の初日から昨日までの毎日、思い返し綴りながらアップしたら、終えたら午前3時も近かったな、明日は10時40分発高速路線バスで淡路島へ輪行、バス停ホテル直前なので気楽ではあったがやっぱ疲れたよ。

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