7/25 旅の終末は新白河から輪行

2015.07.25
郡山チサンホテルの朝、前日レンタルPC借用せずネットカフェでブログ更新、ピザとスープで夕食も済ませ帰館。ホテルでは作業何も無く早寝したので、朝も6時前からお目目ぱっちり、6時半食堂に出かけると長蛇の列、早い時間の食堂ってこんな混合うとは知らなかった。それでも俺っち後ろに並ぶ者無く、心配した席は空いてたのでさっと食べ自室へ戻る。

久しぶり雨の心配なさそうな天気見て、国道4号線空いてる早朝走るがベストかと、早めの出発は7時15分過ぎ、宇都宮まで走って新幹線輪行は国道110km以上走行、車両洪水状態の狭い延々走るは御免と泉崎入口に左折、その昔大会会場で通った泉崎村役場、その後どう変わったか見たい気持ちもあり、各地の自治体が役所から新設してた頃。泉崎村役場は板張り廊下にカント、他の村施設は結構立派で国際規格バンクも構築し、役場だけは旧態そのままだったなあ。

工業団地招致国際大学開設の話しも耳にし、大きく変わりそうだった地方自治体,歯車噛み合わせ狂い暗躍した曲者おり、バブル期崩壊で財政破綻するも、後継村長の見事の手腕村民一体になり、業績右肩上がりに回復させた村、工業団地へは向かわなかったが駅舎眺め、県道大回りついでに南湖眺め新白河駅へ向かった。

白川から泉崎の反対方向に西郷村あり、実業団のレースが開催されてた遠い昔、羽村でオープンした我が店創世記、クラブチーム員数名連れ参加したなあ、泊まった宿屋の鴨居に、ハンドルぶら下げ並べたフレーム見て、仲居がビックリしてたな。体験した者現存してないと思うけど、クラブチーム育成に夢中だった40歳に成った頃の事。遠く青森県八戸のロードレース大会にも大挙して参加したっけ,ショップが持つクラブチームの先駆者の気分だった。

10時55分発『なすの』1号車デッキに乗車、東北新幹線はどうやら終始左側ドアが開閉する感じ、左右に置換える必要なく東京駅到着。東京周り選択は大宮乗換だと都合3回の乗換を嫌ったため、車内で眠気に教われ参った、東京駅からの中央線も1号車選び、車椅子スペースに自転車置き立ち居でも、眠気引続き往生八王子駅で組立て自走、家近くの食事処でカレーライス¥1000でフルコース。東北とは段違八王子の暑さは凄まじい、トータル20日間で1600km走ったが来月は遠征予定無し、楽天の宿リザーブ全く無し。石和砦に出張少しのんびりしたいと考えてる。
関連記事
スポンサーサイト
トップページ

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
カテゴリー
最近の記事
過去ログ