1/2 100kmやっと走れた

2015.01.03
毎日の走行距離は短いけど、先月23日から連続10日間走り、山中抜けるアップダウン道路多く走り、風邪気味で体調よくないこと等あいまって脚回らず。辺戸岬往復参加のつもりだったがとても早起き無理、距離も遠すぎと考え断念、ゆっくり名護まで走るつもりで朝方のんびり目覚める。正月なので食事処が思うように開いておらず、何も口にせずとりあえず宿出て国道58を北上、元旦はサイクリストを全く見かけなかったが、本日は対向を何人も目にした、6人グループ以外すべてソロで20名ほどとすれ違った。

いつもひと休みするお菓子御殿立寄ると、増築改造され見違えるレイアウト、総じて沿道あちこちに観光客目当ての改装、新店目に付き、観光立国色彩濃厚に感じられた。開店中の店あり朝昼兼用の食事はソーキそば、食べ終え走り出しすも気力なく、せめて許田折り返しもその気にもなれず、県民の森で折り返しは調子悪すぎ。

折り返し帰路は、新設道路恩名BP直行でお菓子御殿通らず、往路は左折海岸沿い走るとお菓子御殿前通過するが、帰路は道なりストレートが自然、すべての車両が往復共に前を通過した頃に比べると、BP開通で売り上げダウン必死と思うがどうだろう。

恩名の駅で小休止のつもりがメール届いたりで大休止、58号折返し102kmで5時間のラン終え宿戻り、洗濯終えたらひと眠り休むかと考えてたら、レーターパックで頼んでた年賀はがき届き、昼寝取りやめ返信年賀状書きが大作業。

以前は年賀状出さぬ主義貰っても放置、さすがそれは失礼と考え最近は、社用以外は貰ったら返すことにしてる。正月沖縄滞在中に処理と考え、元旦に自宅に届いた賀状そのまま、レターパックにまとめ沖縄宿に転送、沖縄宿で宛名書きして返送することに決めた。日本の郵便物は早くて正確、元旦午後投函の〒が翌日夕方沖縄那覇市内に届き、その翌日午前中ポストへ返信賀状投函、明日は皆さん手元へ配達されそう。

その昔ソ連時代末期の頃の話、モスクワから帰国時赤の他人じゃない、赤い国のボスが自国の〒業務不信から、航空便数通を俺っちに預け、日本からの差出を頼んできたことがあったわ。自国の赤仲間の仕事を信用せず、どうして黄色の俺っちを信じたのかな、武士道精神大和民族には心許せたのかも、正式ビザなしで入国承認させた、ソ連の高官コフマン氏まだ存命してるのかな。言葉の壁なければと少し残念。

日本人って素晴らしい民族、年末の超多忙時の空港で、搭乗手続き作業のうら若き乙女たちの仕事ぶり眺め、正確で素早い対応は他国の姫様連には、とうてい真似出来ないと痛く感動したのはつい先日だった。
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