3/17 沖縄県那覇市内に戻る。

2014.03.17
早朝6時半目覚め仕度すませ、7時オープンのバイキング朝食食べチェックアウト自走4km程走ると兼城、すぐ輪行仕様にして持ち込み乗船。往路便は『フェリー琉球』1188㌧速力19ノット定員350人、復路乗船した『ニューくめしま』679㌧速力16.5ノット定員337人、大きさと速度は大差ありながら、定員がほぼ変わらず?と思ったら車載量。ちなみに空路は1日7便あって、所要時間30分で料金¥12300.機種が小さく自転車を積載できないこともあるとかANAは飛んでない。

渡名喜島寄港し泊港までの4時間、デッキで立座のまま海眺め写真撮り、鯨は現れなかったが慶良間諸島も望め、島影常に視界から消えることなく、多少寒かったが結構楽しめた。渡名喜島への下船客無かったが、40人近い乗客あって、泊港で下船した総人数は約100人ほどで月曜日だけ1日1便に納得。

12時半下船昼食は『あきそば』まで自走して野菜そば、シューズ履き替えずそのままウオーキングシューズ走行、歩くのが楽なので公園内気楽に動きまわり樹木、奇岩撮影に熱中してたら電池切れよ、昨日から結構写真撮影してたのでな、ホテル近くそのままチェックイン部屋で充電。カメラ動かず再度外へ走り出す気力失せ、連日の寝不足解消と横になるも、ふと途中見かけた販売所のバナナ食べたくなり、1Fまでエレベーター直行R58過ぎり、自走買物バナナ5本で¥200安い、ホテル前のファミマだと1本¥100、価格が違うより個人商店で買ってあげたい気持ちから遠方気にならず、個人商店は楽しい会話も生まれる事あるが、味気ないマニアル応対ファミマでは何も生れん。

船中4時間トイレ嫌って水飲まず、ホテル自販機から『さんぴん茶』『紅茶』大缶¥150×2甘露。運動中は水飲むなの懐かしい時代でも、自転車ロードではボトルケージあって、皆さんレースでは水筒携帯したものだが、臭気付着超不味い水は飲めんと我慢してたら、何時しか水を必要としない身体になっちまった。あれから半世紀以上も経過した今も引き継がれておる。お腹をこわすから生水飲むなと母親に躾けられたのも多少影響したかな、今は町なかも街道筋にも自販機林立、飲みたければフリーの日本は天国じゃ。

19時ホテル前から稲魂の送迎接待、健康食彩レストラン『だいこんの花』で、ホテルのバイキングとは比較にならない、素晴らしいバイキング晩餐に感謝。あれもこれも食べたくなる好みの料理並び、食べるもの探すに骨折るホテルバイキングと大違いだったな。

ホテルへ送られる途中稲魂から、明日50℃近い湯に入浴する熱湯療法体験しませんかと誘われ、びっくりする温度だが何事も体験やってみることにした。ずっと以前の頃、恩納村伊武部希望ヶ丘まで、温熱療法アッチッチを数回通った事を思い出し、沖縄ではあれこれ民間療法があり、俺っち爺婆の元気だった頃の風潮が残ってる感じ。

連続4日間早起きが続いたので遅い時間で約束、道路向かい側のコンビニで朝食用アンパン、ポテトサラダ、飲むヨーグルト、カップめん買込む。これ全部個人商店で購入は無理、やはりコンビニは便利、台湾では便利商店と呼ばれてる、土地勘ない場所ではホントに便利、コンビニ嫌いの俺っちも地方では活用している。大手はカード購入もOKで、旅先では手持ち現金乏しい俺っちとしては大助かり、経営者が酷使され本部だけが肥大するシステム、好む好まぬ関係なく時代は急変貌、爺さんも生き抜く柔軟性が必要になる。
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