11/2 気仙沼市から石巻市へ。

2013.11.05
夜がけ明るくなって表を眺めると泊まってるホテル一景閣、津波で壊滅した市外に新しく建設されたビジネスホテルと知る。大東亜戦争末期俺っち生まれ育った八王子市内全域、米国のB25爆撃機の焼夷弾投下で全市域が焼け野原となり、退避先から家に戻ると木造家屋は完全に消滅、トタン屋根だけ焼け跡に残った無残な姿脳裏に浮かび熱いものがこみ上げた。あれは人間がやった行為こちらは自然の猛威、原因は全く違うが結果は同じ状況に見える。人間同士の争いは避けることはできるはずだが、自然の猛威を防ぐことは人の英知でも無理なのではと思うが…

ホテルの前が一計島神社。神社は流失仮設真新しい鳥居が建てられ、古い石碑だけそのままの形で残り、義経の恋人皆鶴姫伝説の説明文あり姫の漂着地と伝えてる。こちらロマンチックな話でほほ緩む、いいねえ大和民族俺たち先祖、大和民族の血が流れてることに誇りを持たんと先祖に申し訳ない。

焼け跡状でどちらに国道あるのか定かでないが、トッラク走る方向に続き国道45発見一安心。それにしても復興トッラクだけでなく、車も多く道幅広くないため大型車両の運転しにくい様子気遣い、時折歩道へ退避走行併用するのでこちらも大変。昼食で立ち寄った食堂天丼¥800頼むと調理終えた主出てき、同じ世代の気安さから話しかけられ、あれこれ会話弾み、ここも水がここまで来たのよと膝下指差し、災害の写真数枚見せてくれ小高い土地なので驚いた。

俺も若い頃五反田で修行しここに戻り開業したけど戦時中子供の頃、ここから高射砲が届かない高い空飛ぶB25見たよ、グラマンが低空飛行で機銃何処も同じような目にあってたんだな。駅舎見えたので階段登ると歌津駅、線路は砂利で埋め尽くされ廃線、気仙沼線駅は下にバス停でよみがえりJRバス運行、TOTO製トイレ便器がすばらしい世界に誇る清潔民族万歳。今回は次々惨状目にしてもうやけくそ、南三陸町も無残。

石巻まで残り30kmほどはR45内陸走行、北上川渡り後数キロ地点で仲間たち到着の電話あり、駅前で待ち合わせ宿に向かうことなり、石巻駅目指すも車渋滞駅に向かうが大変だった。1室内3部屋独立ゲストハウス風真新しいホテル、ねこ案内で明日の朝食購入にコンビにへ買い物、¥700ほどの食品が翌日役立った。晩飯は食堂で1品もの注文、テーブルに並んだメンバー計9名。

本日走行距離84km 走行時間4時間42分 平均時速17.7km 6日間全走行距離552km
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