10/30 久慈市から宮古市に向かう。

2013.11.04
この日は目覚め早く6時前、早めの出発じゃと窓明け海眺めると雨降ってるじゃん。昨夜TVでは午前中30%午後50%の降雨予想報じていたので、早めに宿出て距離稼ぎ降ったら輪行視野に入れてたが、出かける前から雨では出鼻くじかれ気味、はて如何したものか誰も居らん朝風呂で思案。7時からの朝食時間に食堂に行けば、あれまあ皆さんお揃いで配膳待ち、こんな早い時間食堂へお邪魔したこと無いのでいささかびっくり。¥7500の安宿なのにバイキングではなく和膳とはがんばってますねえ。

朝食完食部屋に戻りTV見たり表眺めたり忙しい、遠くうっすら青空も望め完全な雨模様ではなく、9時過ぎると小降りになり、まずは走ってみて考えることにし出発、国道45へ出るまでが上り勾配長く、早朝いきなりの上り路面は全く有難くない。昨夕の久慈駅前に向かうと観光客でごった返し、時刻表眺めると2時間ごとに1本運行の超ローカル、なのにこの国内客いったいは何様と不思議な思い。

あちこち津波被害の爪あと撮影しながらの走りが出来たのは、雨が止み路面も濡れ渇いたから、ここから浸水ここまで浸水とポールに標識ついてるが、場所により海抜5mですんでいたかと思うと、31mまで浸水してる場所があったりさまざま、坂の結構上まで浸水してるを知り驚いた。まあ復興作業のダンプが多く走りにくい、あちらも当然走りにくいと事と思うので、45号線サイクリングは避けるが賢明と思った。

被害ひどかった田老の先摂待駅で3時半宮古まで30km、雨降り出してきたのでまずは前回の失敗繰り返しはごめんと、カメラを完全防水包装で収納、水滴巻上げ尻が冷たくを嫌いハンカチ尻当てに再走。アップダウンの繰り返しに肘が痛い荷物が重いで往生、携帯の無い昔のこと、クラブ員が宮古から電話してきたことを思い出したな、アップダウン多く参ったようの泣き電わかるわ。宮古に向かう最後の峠で完全に日没になるも、国道は車の数多く何の不安も無かったが、宿のある浄土ヶ浜は県道へ左折、宮古市内への長い下り路面になり、行き過ぎて戻るは大変と宿に問い合わせるとすぐ先が左折点だったが、ここからが真の闇樹林の中を通る道路、時折通る車の明かりで周辺明るくなるもすぐ闇の中、CATライト性能すばらしく路肩白線照らすとまぶしいほど、道間違え違ってるのではと再度連絡も間違いなし、5時40分やっとホテル『浄土ヶ浜パークホテル』に到着、広大な駐車場のあるでっかなホテルだった。

濡れた車体きれいに清掃、輪行袋に収納フロントに預ける、コインランドリー無くジャージ類の手洗い、部屋中にハンガーで吊るすが大仕事、風呂に入る時間無く先に食事処に行き二段重ね¥2000.オーダー、食べると眠くなり風呂より先にベッドイン、一眠りして22時目覚め風呂へ行くと無人、長時間のんびり湯につかりリラックス。

本日走行108km 走行時間6時間7分 平均時速17.6km 三日間合計走行距離313km
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