11/25 名栗路の紅葉を楽しむ。

2012.11.26
冬時間10時集合では夕暮れも早く遠くには行けない、いつも宮ケ瀬定番ではつまらんのではと、行き先希望問い名栗湖(有馬ダム)に決まる。暖かい海方面向かうが普通なのに、真逆の秩父方面紅葉眺めるサイクリング、素直に国道走るコースでなく、都道、市道、県道走ったので最初のトイレ休憩地までがちょい遠すぎ、爺ちゃん尿意に耐えきれず我慢も限界、横田基地サイド畑でちょいと失礼アメリカさん。

子供の頃占領軍兵士が立ち小便する姿良く見たがホースが長いじゃない、自分が乗って来たジープに向かって放水タイヤ濡らし平気な顔してたな。アメリカじゃタイヤの泥は小便で洗うのかと思ったぜ(wうそよ)

箱根ヶ崎駅でトイレ休憩の皆と合流するも済ませた直後でその気なし、タイミングずれると次、飯能休憩まで持たずまた野立ちと覚悟してたら、すぐ隣のの金子駅で会長トイレですと親切なこと、ホームにあるので有料?と思ったら、無人同然のフリー改札口にスイカなしで用足し完了。

昼どき空腹訴える皆の衆と違い、後尾追走する省エネ走行は腹減らずも、寒気ですぐ尿意催すのには閉口、食事にしましょうであちこちうろうろも満員、有馬ダムの上りもパスし食事処探し、美味しそうな建物の食事処は集客力あるようで混み合い、すぐ近くの貧相な建物の食堂へ総勢10名で入る。『肉きのこうどん』¥650.味の濃い麺つゆ手打ちうどんは田舎味、讃岐で食した味に比べたら可哀そうよな、夫婦二人で頑張ってる商い心は通じました。

この辺の人達はその昔林業で生計を立てており、木材運搬は名栗川を筏流しで深川まで下って、帰りは歩いて帰ったと云う主の言葉、それはいつごろの事と聞けば江戸時代から明治の頃とか、昭和では鉄道駅までオート三輪に代わった歴史の変遷。
名栗路インフォメーション地図手渡されたので、お店も紹介しておくわ。立寄ってあげて下され。

食堂名は『伍郎八』で呼び名はいろはだって、呼び名の由来は聞かなかったので次回…

時間無いのについのんびり食し、慌ただしく帰る羽目になり、CSに戻れず家路直行も日没寸前帰宅がやっと。
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