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11/25〜26 恒例の箱根一泊ラン

2017.11.26
陰流師範が呼びかけ参加者集めた英爺と走ろう一泊ラン、今年も11月25日俺っちスケジュール空きにイン、紀州鉄道箱根ビラで開催され、いつも同様うな和で昼食うな重食べ、総勢16名で楽しんで来ましたでござる。自分の走りに熱中のあまり、皆さん勝手に走って下さいに最近に状況、2日間の体験は少し考え直す体験になり、機会を与えてくれた師範には深く感謝です。

往路師範に先導指名され先頭走るは暫くぶり、ず〜と昔Eラン誕生の頃は発案者俺っちが毎週、勝手に行先決め何時も先頭走り、皆さん楽しませいや苦しませたか?走り終え高尾山口で休憩してるスナップ写真見た神さんに、アンタ皆さん疲れ切ってる感じだよ、距離走り過ぎではないの指摘あり、どの程度走れば良いのやら発足当初わけ分からなかったな。

あれから十数年経過した現在、自転車で走る楽しさに魅了されたメンバー数多く残り、当初の目的は達成出来たと確信してる。最近まんじゅうラン復活して欲しいの声聞こえ、俺っち老齢化も考え初心に戻り、この冬再度まんじゅうラン復活を考え、いつも走らない道路をゆっくり走るまんじゅう屋ラン、来年1月から行いますのでぜひ初心に戻り参加下さい。

時折クラブランに顔出ししても、常に後方追従スタイルだったのに、出発時本日先頭走って下さいの師範の言葉、何も考えてなかったので、どの程度の速度で走れば良いのやら、???ビックリマーク3つほど脳内に発症、か弱い姫様の参加無く顔触れ見ると達人揃い、これじゃあ爺さん力走するしかなかんべえ、と相成り精一杯頑張りましたぜ往路宿まで。

2日目帰路はR246回りと直帰班に別れ、明日から新城市(新城観光H) 恵那市(恵那峡GH) 下呂市(睦館♨️) 高山市(二人静♨️)松本市(Hモンタニュー)の5泊6日のツアー控え、直帰班後尾走り午後1時10分帰宅、思いやりある神が机上と冷蔵庫に用意してくれたあんぱん、リンゴパイ、りんご、イタリアンハム、牛乳、R1ヨーグルト頬張る幸せ。

往路11月25日 走行距離 94.53km 走行時間 4時間47分42秒 AV19.7km
帰路11月26日 走行距離 78.11km 走行時間 3時間11分33秒 AV24.4km
  


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11/21〜22 一泊だけ旅で桐生へ

2017.11.23
先般宇都宮から高崎に向かう道中で、道に迷いコースを逸脱修正すべく、目指した国道が大渋滞車両停止のろのろ運行、県道に戻り高崎前橋目指すも、標識頼りの走りは迷走となり散々、で何処でどう間違えたか帰宅後調べるも、地図上に走ったコースをトレース出来ず、現地で再走確認してみようと、最新アナログ地図を持参して走った桐生宿泊一泊二日の旅。

このところめっきり寒くなり早起き苦手なので、自走開始の東北線小山駅まで輪行と考えてたが、10時過ぎの電車に乗る予定が、9時過ぎ家を出たので暫く走ってから、輪行と八高線沿いに向かい走って2つ目小宮駅から輪行。昔は次ぎ駅は小宮で北八王子駅は無かった、戦後間もない小学上級生頃の夏休み、小宮駅でSLを降り線路上を歩き多摩川に向かい、川遊びを楽しんだ事がある。川底に正面衝突で機関車の釜どうし結合、壮絶な状態で川底に転落した残骸があり、川底がえぐられ深くなっており格好の水浴び場所だった。

台風下増水した多摩川の流れに、落下した車両から多数の客が放り出され、流され死亡した大事故があったけど、いま現在駅には惨事を伝える一言も無い、事故現場と別な場所に車輪だけモニュメントあるけど、衝突した機関車の壮絶な残骸を残してないのは残念。肥薩線吉松駅と真幸駅間TN内で発生した列車退行事故、TN内に勾配上れず停止した列車の運転手、煙充満TN内に残された乗客達を案じ、補機連結のD51列車を退行させたので、真っ暗闇のTN内を煤煙から逃れようと、線路上歩いてた多数の乗客が、轢殺されてしまう大事故が発生したが、その詳細は駅隣の資料室に残され、現場線路脇には慰霊碑も建ち事故は風化していない。

東京の田舎っぺが住む我が八王子市民、遠く離れた九州南薩地方に住む人達、心の違いはどこから生まれるんだろう、同じ日本人と思うと恥ずかしく情けなくなる。生存競争激しい都会に育つと、自分達が生きる事だけに必死になり心の余裕無くなり、他人思う気持ちが失せるのかも、俺っち神が学んでる師の言葉自分を勘定に入れずがふと思い浮かんだ。

俺っち奄美大島に良く出かけるのは、小さな貧しい島に住む人達が肩寄せ合い、助け合い精神で生きてる姿に心あたたまるから。奄美は同じ島でもぬれ手に粟の沖縄や、にしん御殿のある北海道とは根本的に違う島で、江戸時代島津藩の圧政で砂糖黍造りで絞られ、沖縄に出稼ぎにでかけて搾取されるは、食べる物に事欠きながら生活、米国占領下島民99.8%の本土復帰祈願実り1953年クリスマスに念願の本土復帰した。沖縄が復帰したのは1972年クリスマス。

戦後動乱期には鉄道大事故が多発したが、多分現在の我が国の鉄道は、世界一安全な交通機関だと思う。この日も乗車した川越行電車が、拝島駅で遅れてる青梅線からの乗客待ちの、思いやりで数分遅れの出発、大宮駅でも信号確認作業で10分遅れ運行で、謝罪アナウンス繰返し流れ時間厳守、安全運転の鉄道技術は世界最高だ、素晴らしい日本人よ胸はって誇っていいぞ

小山駅で遅い昼食パスタですませ自走開始、r31からr33走りr36へ右折空いてる道路15kmで和泉信号、ここは先日宇都宮市内から栃木市で大迷いしr11kら右折した場所、ここからr67になりJR両毛線沿い佐野、足利と桐生まで約35km直線路面が続き、夕暮れ寸前桐生エースホテル到着、7F最上階一番良い部屋を用意しましたと、何故か女将から厚遇されイン。
走行距離 50.49km 走行時間 2時間15分44秒 AV 22.3km

11/8 小松空港から帰る

2017.11.11
琵琶湖一周走行会に誘われついでに、敦賀、大野、片山津♨️と走り抜けた4泊5日ツアー最終日は片山津♨️から小松空港まで自走、羽田空港までANA便利用で空路、羽田からは京急天空橋まで鉄道輪行、京急天空橋駅EVで出口まで労せず移動、輪行袋の自転車組立て自宅に向かい自走開始は正午過ぎ。

天気いまいちで路面濡れ水溜り点在、つい先程まで雨降っていた感じだが、帰る方向西の空明るいので自走に決めた。空港到着で自宅の天気状況、携帯で問合せるも応答無いので、止む無く空模様眺め決める遠い昔の学習を活用。

先日の台風で多摩川全面が濁流に沈んだはずで、未だ復旧出来ず走れない場所もある、今回走行した道路もあちこち、片側交互通行交箇所あり、台風通過後は各地で見られる光景で、慣れ過ぎ別に何とも思ってないけど、毎年大変な費用が費やされてるのだろうな。

昼飯食べてないので何処かでと思いながら走り、立寄りたいと思ってた喜多見の公園通りにあるそば屋、常々一度食べてみたいと思ってた店なので、やっと念願かなったと思い停車、駐輪させようと思ったが停車場所が無いじゃん、駐輪場の看板があっても、菊の花鉢が二列に間断なく行列してたら、工夫しても留置き無理なので諦める。お客様の事は二の次にして、自分の趣味に没頭してたら、美味しい物つくれるはず無いわ。そば屋を廃業して花屋を開業した方が楽しいと思うよ。

物置から出した旧シューズ着用して走った5日間、東京は気温低いのに足に寒気感じないシューズ、国内未発売のゴアテックス使用したSIDIで、問屋がサンプル入荷したけれど、高価なので販売断念した曰く製品、履いてみると暖かいので、シューズカバー嫌い俺っち向き、ボロだけど冬期間使ってみようかと思う。

飯諦め走り出すと再度食べる気起らず、そのまま快走続け15時過ぎ帰宅、神さん留守だったが食卓に食べ物用意あり、俺っち左程食べないのですぐ満腹。明日使用しないので着衣全て脱ぎ捨てるも洗濯はせず、水曜日なので帰宅日恒例の神とペアで晩飯、重兵衛のうな重食べに行けないのが少し残念。

この後12日間のんびりと在宅し、21日1泊2日で桐生に泊まり栃木、群馬県を走行、25日は恒例年末一泊クラブランで皆と箱根、27日から浜松から恵那峡、下呂♨️、高山♨️、松本に走り抜ける5泊6日が11月1日に終了して138泊達成になる、爺さん相変わらず元気だぜ。

11/7 片山津温泉へ

2017.11.11
暦の上では本日から立冬だって、冬って言う事だね今回の旅毎日好天気で助かる、本日朝を迎え130泊終了今年も昨年並に進行中、毎日元気に走り続けられ本当に有難い。明日小松空港から帰京するので、山中♨️山代♨️加賀♨️片山津♨️と温泉郡が続く街道で、一番空港に近い片山津♨️宿泊を選択した。

大野市からの走行コースはR157〜r17〜R364のつもりで走行し、途中r17への分岐路で地図眺めてると、バス停に向い道路横断した、85歳老婆から何処さ行くと声掛けられ、暫く雑談は身の上話に移り、舅姑に小姑3人の家に芦原から婿入りした夫、居場所が無いような家で畑仕事、働き者だったが62歳で突然死、いま子供は遠い街中住まいで戻らず、淋しく独り住まいで、亡き夫を懐かしむ姿見るは哀れ、何不自由も無い幸せな我が身を省み大きく息吸い込んだ。

気つけてなと老婆に云われr17走行を続け、行先金沢の道路標識見てR157右折、登坂路上りながらか行先表示金沢、白山の白山に?抱き切取り持参した地図広げるも、コース外れで別頁は手元に無く、白山手前の分岐路有無を知りたかったが不明、このまま直進すると遠くなりそうな気配感じ、戻るが賢明と判断し即Uターンは正解だった、下りは快適でr17とR416の重複路に戻るはすぐ。

鳴鹿信号からR364走り途中昼食はおろしそば¥850.この店のおろしそばって、大根おろし汁に器の盛りそばで出され、食べ方戸惑ってるを見た主、ぶっかけで食べて下さいのアドバイス、数知れずおろしそば食したがこれ初体験。そばの上に大根おろしが盛られてるのが普通だが、汁におろしが溶かれてたので、そばをつまみ盛りそば様に食べるのかと思い、一瞬戸惑ったわけ。

その後山中温泉で小休止後再走下り分岐路で、信号待ち長身のサイクリストに片山津♨️方向問うと、左折道なり走ると大聖寺で表示あるので右方向に向います、かなりありますよと言われたが、金沢に向かってるわけではないので、遠くても知れたものと気楽だった。

その後道を迷う様な分岐もは無く走り続け片山津♨️到着。到着するや出迎えられ自転車どうしたら良いかな?と聞くとどうぞそのままお部屋までお持ち下さい、と超有難い言葉フロントでチェックインすませ、仲居さんに4階の部屋まで案内されると、広い部屋の扉内に自転車留置き楽々のスペース、部屋からの景観がまた素晴らしい、♨️が広く露天もあり24時間フリー、フロントの感じよいスタッフの応対は最高、北陸路を走るサイクリストにはお勧め宿です。

宿から歩いて15分程のコインランドリーまで往復、洗濯中にすぐそばにあるスパーストアで、夕食の買物すませ部屋に持帰り、旅の最終日をのんびりと過ごした。この宿2食付きだと宿泊料金¥20000.もするのに、おひとり様朝飯付でビジネスH並料金で泊まれるのは最高だよ。

本日走行距離 79.04km 走行時間 4時間12分09秒 AV18.8km 湖畔の宿 森本 一泊朝食付¥10800. 

11/6 越前大野市へ

2017.11.10
昨日は薄暗くなった敦賀駅で改札でて、宿泊するマンテンホテル探そうと街中眺めると、目の前にホテル看板あり労せずしてイン、大浴場ありコインランドリーありで、部屋も大きく朝食もバイキングでは無く個食、ここお奨めホテルですわ。

9時にホテル出るも切取りマップ部屋に忘れ、1.5km往復3kmの無駄足ウオーミングアップ、敦賀市内から木ノ芽峠TNまで約10km、僅か370mほどの上りが目覚めたばかりと、昨日の力走疲れか分からんがきつかったなあ。木の芽TN内1800m幸い車の通行量少なく、路面下り勾配なので同行車両に追抜かれぬよう、ペースアップ走行したら対向車も現れずTN抜けに成功。

TN 抜けた地点で木之本からのR365北国街道に合流したが、R476木ノ芽峠はTNで抜けたが、R365の栃ノ木峠はTNではなく539mの峠越え、来年はこちらを挑戦してみよう。道路は暫くR365とR476の重複路となり、おにぎりが並列標記されてたが初めて見る光景、上下併記が普通で横並びと言うのは、全国走ってるがここで初めて数回目にした。

浪速の好男子からR8号線TNは地獄のメールあり、今庄の美人姉妹のそば屋忠兵衛お奨め、立寄り拝顔試食と期待し今庄到着、時間早過ぎ開店前広場に展示されたD51機関車の勇姿眺め、往事北陸本線鉄道の基地で賑わった町、俺っち親父の故郷神奈川県山北町が昭和9年丹那TN開通で、東海道線が熱海を通過するまで御殿場回りで、当時の山北町が鉄道で賑わった町で、鉄道員で機関区勤務だった父親が重なり、蒸気機関車の運転手が少年期の俺っち夢がだった事もあり、興味深く資料眺め感慨に耽った。

暫く走ると湯尾で道端にそば屋看板目にしイン、昼食おろしそば食べ元美人女将とあれこれお喋り、帰りには表に出て見送って頂く嬉しい出会い、足取り軽く武生市内でちょい迷うも、予定のコースr2に進入そのまま終端まで走行して、R158に右折越前の小京都大野市入り、市内で迷い案内所で教えらるも、工事中で防護ネット張り巡らされてたので、宿前通り過ぎ大きく戻るミスするも無事到着。遅い到着となり洗濯入浴で、街中歩きが出来なかったが、次回もう一度来訪したい街なので次回回しだ。夕飯で食べたご飯福井産コシヒカリと言われたが、我が人生で一番美味しく炊きあがった米飯食し、生産者の高度な技術に敬服。

本日走行距離 99.53km 走行時間 5分15秒34分 AV18.9km 弥生旅館 2食付き¥9800.現金決済

11/5 琵琶湖一周走行会参加

2017.11.10
辛い朝の早起き何とかクリアでき、集合場所駐車場へ向かい多くの仲間達と合流。3班に別れ出発のようで、俺達3人は鯖街道回り最長160kmクラス、7時過ぎスタート前方数人と間隔空いてた初期、信号待ち再三繰返すと車間広がり前方数人の姿視界から消える、これが運の尽きで誰も先頭に出る気配無く、俺っち独りで延々と集団引っ張る形になり、朝いち身体が目覚めてない状態での追走はきつかった。

カメラ破損以来走りに集中特化したことから、脚力アップの効果あり15,6km程の追走でやっと追付けたが、カメラ撮り楽しんでたら到底無理だったので、カメラ落とし破損は怪我の功名のようだ。それにしても全メンバーで17名の集団、俺っち後方に十数名居ったはずも、1人として先頭代わり追走する者無く、ロートルの後方にマークのままは気迫に欠け、これでは選手として大成は、とても望めないと思った。往時東京オリンピック目指して、燃えた仲間達の熱意が懐かしい。

スタート時渡された通過点km表示され、ハンドルに巻き付け確認が出来るプリントはグッドアイデア、とても便利で重宝したので、アイデア頂戴します。50.3km南新保セブンイレブンでトイレ行列見て、何処ぞで野立とトイレ探しながら独り先行、R303を8kmほどR367の三叉路にサポートコレクター居り、ここでトイレ停車中メンバー散けて通過、後方ぶら下がり走るも昼食鯖すし店まで続けず、道路端にトイレ目にしたら、またも催し再度停車するお粗末。

まる姫鯖すし¥1500.何度食べても美味しい、残念だったのは今回完食できず3切れ残し、食後出発長い上り道誰かに追走と考えてたら、大柄格好な車体姿のライダー後方に付き、これが正解で琵琶湖大橋まで脚使わず同行は有難かった。先行した浪速男まで捉え琵琶湖大橋休憩まで到達、後方GP待ちのんびり休んでたら、皆さん大橋渡った先で休憩で取残され、仕方なくラスト50kmオール自力で力走、途中待受けたサポーター伴走車から、預けたリュック背中に戻し、米原からの輪行もふと考えながら、脚良く回るのでそのまま力走続け長浜駅まで走行、ペース落とすこと無く走り切れたのは、最近の走り込みの効果歴然、全156kmを6時間で走り切りAV26km、コース半分の距離を独走してのタイムなので大満足。駅到着後すぐ電車発車してしまい、ホームに向かったらトホホの50分待ちだった。

本日走行距離 156.7km 走行時間 5時間59分03秒 AV26.0km



11/4 新幹線で米原へ

2017.11.10
前日奄美大島から帰宅した翌日の出発は、何としても忙しかったけど輪行が空港では無く、新幹線だったのでまだ救われた。時間も昼過ぎで本来なら空いてるはずの車内、3連休中日が故か始発八王子駅からの横浜線、立ち席にも人がいっぱい満員状態だぜ、この先どうなるのか不安抱え、輪行袋抱きしめ最後部車両に小さくなって乗車、新横浜駅で降車して新幹線へ乗換る長いホーム歩く途中で、駅弁購入列車待ちの人混みぬって、輪行袋転がしながらホーム先端まで移動、大阪行きひかり号最前部に乗車、俺っち指定席デッキに輪行袋留置き、おもむろに駅弁広げお茶飲みながらの昼食。

食べ終え暫くしやって来た車内販売から、アイスクリーム買い求めデザート満足、姫車掌が立ってる爺さん気に掛けて.お席空いてますけどに、いや走ってるとき長い時間サドルに坐ってるので、自転車乗ってない時は努めて立ってますの、持論展開すると納得した様子。背筋を伸ばすことは年老いた身体に、特に必要な大切なことと考える。オーバーが買えない金がない青年期、寒そうに縮む友と違って寒く無いぞと、胸はってた自分を一瞬思い出した。

前原で降車自転車組立て自走、湖岸道路で長浜まで向い駅前yes長浜到着、先着サポート参加サイクルコレクターとライダー、若隠居に大阪から浪速男も参加し、4人で夕食テブール囲み話盛上り長時間過ごし、更に場所を喫茶店に移動トークの続き、コンビニで明日の朝食買込みホテルに戻ったが、明日は6時45分ロビー集合と決まる、朝起きが俺っち最大の難事でこれがきつい。

自宅〜八王子駅=横浜線 新横浜乗換新幹線 =米原〜長浜〜ホテル 走行距離 10.28km 走行時間 36分24秒

11/3 帰宅するまでが大変だった

2017.11.10
奄美羽田間は1日JAL1便往復のみ、成田から格安便もあるが羽田から往復が普通、到着便の折返しなので出発時間15時10分と遅く、Hチェックアウト10時で空港まで近く、時間持て余すので遠走りして、空港へ向かうもありで実行した事もあるが、今回は林道3連ちゃんで疲れてましてその気になれず、岬の奥にあるHから沿岸5km出るとR58赤尾木、ここにある床屋さんに予約入れ、12時半から調髪タイムと決まっていた。

2時間半のフリータイムあるも、奄美大島は小さな島で更に空港方面は低地、深い山も無く林道アドベンチャーできず、海岸沿いも走り尽くし、車の通行少ないのでかっ飛び走法、これもする歳でも無くぼんやり走って時間つぶし、約束時間から調髪雑談を楽しむ。知合って間もない関係だが、主上京の際我が店に立寄ってくれ、島と格段の規模にビックリしたと聞かされた。

奄美には飛び抜け大きな家も無く、江戸時代は薩摩藩の政策で、砂糖黍畑だけの耕作で強制課税、自分達の食べ物にも事欠き、沖縄に出稼ぎの島民も沖縄人に搾取され、肩寄せ合って生活していた貧しい島民たち、米軍占領下後98%の島民が本土復帰願い、小学生達まで復帰運動に加わり活動した、奄美島民の心を俺達忘れては失礼だな、奄美島民は我々大和民族と同じで心が通じ合う同士よ、東京から遠く離れた土地の人に、歓迎して貰えると心あたたまる。
 
航空機不良でチェンジし大幅遅れの到着、折返し出発も遅くなり羽田到着18時、折よく南大沢行きリムジンに乗車は良かったが、ラッシュ時間帯で高速道が混合って低速道路、桜ヶ丘で京王線に乗継ぎ京八到着21時、自転車で走っても楽々到着する時間になってたよ。

で輪行組立てたら、どうしたことかFタイヤエアー抜け、携帯ポンプで骨折って空気充填帰宅したが、一夜明けた明日は恒例の、同業店のイベント琵琶湖一周走行会、招待されてるので出かけねばならず、突然慌ただしい帰宅になってしまった。昼飯も食べておらずめちゃ空腹なので、自転車は明日整備しようと倉庫収納、まずは部屋へ向かい晩飯食べやっと落着く。
これが55回目の結婚記念日当日でした。忙しく動き回れるのは結構な事と納得し何も不満ありませんハイ。

本日走行 39.70km 走行時間 2時間15分29秒 AV17.5km 5日間全走行距離 333km

11/2 龍郷町ネイテブシー

2017.11.09
最近毎回何かしら忘れ物あり、神さんからボケが入ったのではと心配されてるが、今回もやってしまったのよ、宿泊条件等記載された予約確認書、最終泊宿がうろ覚えだったのでまず、直接宿に電話し問合せ間違い無い事を知る、一度宿泊した宿はすべての、諸データーを携帯に保存してるので、再連絡はいとも簡単で予約確認すませた。

東京地方は寒いようだがこちら南国は温暖で、今回は毎日天気も良く楽々過ごしてる.手元の地図は奄美大島全島をA4パウチしたもので、ここ数回持ち歩きしてるもの12万分1で細部は読めない、奄美中央林道に入りたく注意深く、進入左折場所探しの効あり、河内川橋際の林道入口発見して左折進入すると、枝葉無数に落ち路上確認骨折る程だったが、完全鋪装の川沿い路面は次第に高度上げて行くも、入口付近より逆に結構な路面に代わり、4km程走行したところで、大型トラックが後方から姿見せたので、停車してやり過ごし車が進入したので、道路は続いてるはずと安心し走行した7.5km地点。

先程のトラックが分岐点で停車しており、数人の作業員が路上に居るので聞けば、分岐先で崩落があり修復作業中とか、舗装路面はここまでで真直ぐ伸びる本道も、大荒れ土面でとてもロードの走れる道では無く、名瀬方面まで未舗装が続くと聞き引返し、帰路は下り勾配楽々でr85に戻ってメーター見ると、往復で15kmで90分の林道遊びだった。

で林道走行を断念もう10数回は走ってる、R58走行になったがR58は鹿児島から種子島、奄美大島、沖縄まで、海上を仮想通過する日本最長国道609.5kmだって、景観無しTNとアップダウンだけR58で名瀬、永田橋際の八百屋で島バナナ食べる、めちゃ美味いので大房¥3000.で買込み、明日が俺達55回目の結婚記念日、餓鬼爺愛してくれる神さんにいつも有難うと送る。

龍郷まで走行続けホテル到着、夕食時販売所で見掛けた焼酎『高倉』、世話になった高倉社長の顔思い浮かび、重いけど写真業時代に受けた恩返しに、背中に背負い持帰る事にして購入、後日届けたら先代も倅も下戸で俺っちと同じ、仲介従兄弟に大喜びされたけど、俺っち気持ちが済めばばそれでよし、有難う生前の高倉社長。

本日走行距離 75.62km 走行時間 4時間38分55秒 AV16.2km




11/1 やけうちの里連泊

2017.11.09
宇検村やけうち湾湯湾にある宿泊処やけうちの宿、今回で3回目になるが広いコテージで気持ちよく過ごせお奨め宿、1泊2食付きで¥11016.今回はここに連泊。残念なのは奄美大島には♨️が無く、別棟の入浴施設も温泉では無く銭湯、いちど熟睡6時目覚めるも、二度寝して7時半起床朝飯食べに、隣の食事処へ向かうとバイキングではなく、朝からボリューム満点の和食で満腹。

本日行先は西古見にある小さな雑貨店、よいすらのお婆ちゃんに合う事で、r85から宇検中央林道走り久慈に抜け、r627で西古見へ向かうつもりで宿出発、見落とさぬよう林道入口探しながら走るも、頂上に至るもらしき分岐見当たらず、仕方なく頂上越え下った先でr627右折、篠川湾でr79に出会い右折久慈からr627、何の事無いアップダウン連続する、昨年走った同じ道程、結構くたびれ正午過ぎ走行42kmで店前到着も戸締まり閉店。

仕方なく自販機でドリンク、前回はここで戻ったが今回は岬先端目指すと、旧陸軍観測所跡があり見晴らしポイント、舗装道路続くので、何処まで行けるか前進すると47km時点、路面は荒れ果てた未舗装山道に変貌、荒れ方から車の通行してる痕跡無しと判断、即戻る事に決めUターン途中で三叉路見つけ、標識等に行先無く行先不明も、林道基点7.2km表示見て舗装路なので進入、台風の風雨で路面に枝葉散乱し、両脇からすすきが最敬礼で走路塞ぐ、熱き歓迎に感謝?5km程走ると分岐あり、直行本道だが左折すれば希望の屋鈍焼内湾側、地形読み方間違っておらず高度ぐんぐん下って、目の前海面までは良かったが、出られないよ金網に囲まれ路面封鎖され、これでは基地の兵隊か刑務所内の囚人だよ。

脱走考え金網点検すると延々と張り巡らせ、抜け出せるは正面突破しか無いと忍者の即断、まずは大事な自転車をツールの覇者真似て、両手で万歳持上げて金網外へ静かに下ろし、次いで忍法網抜け術で金網よじ上って、乗り越えは80爺さん戦争体験無駄では無かった。軟弱戦後派だったら分岐まで戻って、本道直進管鈍側r627へ向かったはず、幸い俺っち戦中戦後動乱期育ち苦境でもめげないのよ。

ここでもだが出れないんだったら、通行止め看板分岐路に掲出して欲しいよ。そううればこんな無茶せず、好々爺で居れたのに残念至極、と言うのはUSOで餓鬼爺なので、アドベンチャー大好きで大満足してるのよ。出れたのは屋鈍手前の集落阿室の小学校裏で、入組んだ焼内湾内走っても走っても、遠方が見えず時間の掛かる海岸線走り15時15分宿到着。

本日走行距離 77.36km 走行時間 4時間59分 AV15.5km




10/30〜10/31 奄美名瀬からやけうちの里

2017.11.08
10月30日(月) レーサーシューズのヒールプレートすり減ったので、取替え作業したところ俺っち不器用なので、片方がどうしても取り付けられず、ネジやま壊したようでお手上げ、今回だけの代替え品にと持ち出した旧品3足、いずれも帯に短したすきに長し、仕方なくウインターシューズのクリート取り外し、別の靴から外したクリートに取替、ペダル回せるようにしてこれで走る事に決めた。出発前からとんだハプニング発生、10月30日から11月3日までの4泊5日阪急トラピ奄美大島ツアー。

初泊はウエストコーストHで何度も体験してるホテル、空港から自走で夕方到着すると、ツインの広い部屋を用意しましたと一言あり、ツアー客なのに最上階の広い部屋、観光客少なく部屋に空きあるにしても、リピート頻度高いから?何れにしても有難い事、洗濯すませてから夜の町歩き中華食堂定食¥850.腹ふくれたら眠くなり、部屋に戻るとすぐさま横になり、真夜中目覚め暫くテレビ眺めまた何時しか睡眠、東京とは大違い暖かい部屋で快眠した。

走行距離 80.75km 走行時間 3時間33分35秒 AV22.6km 

10月31日(火) 良く眠れ6時に目覚め7時にはバイキング会場。出発も早く8時過ぎEVで階下に降りたが、途中階から乗車した相客輪行袋眺め、自転車ですかと声掛けてきて、時間よろしかったらぜひお話を、聞かせて欲しいと所望され暫時自転車談義、最近始めた自転車が楽しくて仕方ない、10歳年下の北海道からの観光客、ベルギー人の奥方がサイクリストで紹介したいと言う事で、自室から細君連れて来て思いがけない出会いが生まれた。これも何かの縁、大事にしたいものと感じた。

この日は宇検村のやけうちの里まで、東シナ海沿岸のr79を走行するが、ここ何度も往復してるコースなので、本日は大和村の大金久から林道走行、沿海から内陸に入り込むや、すぐ勾配きつい坂道になり延々続き、フォレストポリス、湯湾岳から苦労して、宇検村やけうち湾内へ下りたが、r85への出口近くで広く立派な鋪装道路なのに、亀裂陥没で酷い状態は地震なのか大雨でか知らんが、路面全体が波打ち走れる状態では無く、掲出当然の通行禁止の標識たが、どうして上からの下り口に、通行禁止標識立てないのかが不思議でならない。

やけうちの里は3回目の宿泊になり、備え付けの洗濯機はあるわ、食事もその気なら作れる宿。ここ合宿向きかも…                                                         
走行距離 59.33km 走行時間 4時間07分08秒 AV14.4km                                                                                                                                                                                                              

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