7/26 北九州空港から帰京

2016.07.28
北九州空港利用は今回が初めて、これで九州7県8空港すべて利用した事になり、昨夜の宿泊で本年度の外泊91泊となり、7ヶ月経過で3ヶ月間外泊は相変わらず凄いペースだ。人間何時どうなるか分からんがこのペースなら、目標達成間違い無しと思える。今回は初日からギヤがロー28T固定でフロント変速だけで走行、平地走行がママチャリで走ってるような状態、足が軽く廻るもスピード乗らず、50年以上昔のコスタ理論思い浮かべ苦走が続き、回転疲労かいつもより腹減った感じがして、物がやたら食べられたぜ。

目覚め快適食もすすみ1便前に搭乗出来るよう。ホテルを早めにチェックイン長い海中道路走って、人口島空港の北九州空港へ向かった。希望通り1便早発9時00分ANA3876便に振替、羽田空港到着も1時間早い10時35分今にも降りそうな天気だが路面濡れてないので、天空橋駅まで京急で輪行後11時半すぎ、背ポケのカメラは濡らさぬよう、リュックに背負い自宅に向かってスタート。

日野市内で腹減り昼食をと思うも、雲行き危うくなったので家路を急ぎペースアップ、ギア軽いのでペダル高回転せんと速く走れず、今回は最後まで苦しい走りで終始した。走路に合わせ適度のギヤ比で走るのがベストだが、高回転力技能は訓練でしか、得られないがコスタコーチの理論。イタリアがローマオリンピックで自転車種目、全6種目中5種目に優勝し自転車の世界を席巻した理論。

日本が発明した競輪(自転車競走ギャンブル)はギヤ比が高くなり過ぎ、レースが単調化面白味激減からか、ギヤ規制で上限4.00以下になると、申し合わせたようにほぼ全選手が3.92か3.93で走ってる、競輪で低いギア比で勝てる選手が出現した時、競輪がギャンブルからスポーツに変わると俺っちは考える。

今回の中国、瀬戸内、四国、九州の旅は、広島県からスタート、愛媛県2、大分県2、福岡県と6泊して帰京したが、只今現在10月までの3ヶ月間で熊本、福岡、沖縄、石川、岐阜、長野6県の各宿を4回の旅で計21泊予約してる。

次回は1週間後宮崎県椎葉支部で夏期合宿に向かう。2〜4日は社員旅行に同行、5〜7日はクラブ合宿で椎葉村を仲間と楽しむ予定で、8月は以後石和砦でのんびりと過ごす夏休みに入る。面倒見ないが暇な方々の石和砦来訪大歓迎しますぞ。
暑い真夏の炎天日を走るは、老いぼれのする事ではないと昨年夏に自覚したのよ。真夏は♨️に限る石和には♨️たくさんあるでよ。
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7/25 姫島から戻る

2016.07.28
姫島の宿で朝食後9時50分姫島港から、伊美港へ向かうフェリーに乗船、昨日の逆コースで戻って道の駅くにさきまで、大分空港方面に1kmほど走行、お目当て冷凍魚類購入宅配便手配し、R213昨日のコース逆に走って豊後高田。以後国道走行取り止め、県道走行キープで右に左に徘徊ラン繰返し、田圃の中走り続け豊前善光寺駅に到着。

宇佐海軍航空隊滑走路跡のモニュメント建つ、田圃の中真直ぐな道路走ったり、あっちこち気の向くまま方向転換、中津表示目標に走り、中津市内で昼食予定だったが、前方空が暗くなり今にも雨模様になり、これはいかんと退避場所探しながら先を急ぐ。朝のテレビで午後になると、所により天気崩れる予報してた事思いだし、中津市内も飯後回しで通過して椎田まで走った所で、雨足やや強くなり椎田駅に逃げ込む。

駅構内で暫く小雨になるを待つ間、昼食でもと思うも駅周辺に店舗無く無理、いっとき小降になったもののあがらず、逆に強く降り出し自走を断念、苅田まで約20km6駅¥370.で切符購入輪行。途中駅行橋駅で特急通過待ち停車、雨も止んだので駅前で食事後自走と思うも、そのまま2駅乗車し苅田駅で下車、ここも駅前何もなし自転車組立て自走、横道から出るとすぐ国道10号。門司方面へ向かいやや走ると,高速道東九州自動車道からの車がIC苅田から、北九州空港へ流入するr245信号に交差するのを見て右折。ホテルはすぐ先にあり大きな立派なホテル、部屋も広々してて早割30日前予約朝食付で¥3700.は超格安。これまで泊まったホテル中コスパ最高だと思うな。

コインランドリーでジャージ類洗濯し入浴、洗濯物部屋中にハンガー干し後、ホテルレストランで昼夕併せた食事はサイコロステーキ、トマトスライス、紅茶で¥2200.部屋に戻りテレビ眺め早めに睡眠。今回特典予約なので明日のフライト、10時だが空席あれば、1便先行に切替て帰京して自走で帰宅するつもりになり、早く眠れば早く起きれるはずと実行したら、結局ばっちりだったよ。

7/24 姫島へ渡る

2016.07.28
別府市内のホテルから下り一気で海岸線走るR10、10km程走行すると堀信号でR10はここで大分空港へ向かうR213と分岐、更にJR日豊線をアンダーパスし日出駅から杵築市へ抜けるr643、が分岐してるおり当然国道嫌いな俺っち進入路はこちら。日出町中巡り写真撮り旧成清家日出別荘(的山荘)庭先、日出駅では佐伯行き火の電車撮り後、日出広域農道r643走行でアップダウン繰返すが、車両少なく信号無しで走れるのは俺っちお気に入り。

杵築大橋渡り町中で丁度昼時、そば屋目にしインざるそば¥600.に稲荷1ヶ¥150.普通稲荷の倍ある大きさに、たじろぐも意外に旨かった。r49大田杵築線走りながら街並撮り、祭りの準備で広場に山車、店舗に提灯飾り付け賑わってた、武家屋敷とお城は以前眺めてるので、本日は見物に向かわずr49日向街道走り、r31そのまま大田から国東半島ど真中突き抜けるはずだったが、気付くと杵築駅から日豊線沿い並走のR10じゃん、大分県の地図持参せず脳内地図展開しての走行で、瀬口信号からr31に進入したので大幅迂回、気付けば山香風の郷前通るR10豊前街道、再度10号国道嫌いr31に分岐、大分北部中核工業団地から豊後高田市、桂川沿いからR213を国見目指したので、結果遠回りとなり途中伊美港行きバスに抜かれ、伊美港到着した時は乗船予定の村営フェリーに10分遅れ。

待合室で80分待って予定より1便遅れ17時25分発に乗船、海上6km先にある姫島まで20分の旅¥570.自転車¥150で、村営フェリーの名前から、ちっぽけな船を想像してたら大きな船199tでビックリした。貨物トラックと乗用車各1台積載してたが満載すれば20台はいけそう、こんな大型船で1日12往復もしてる航路なのに、姫島は東西7km南北4kmと小さく、大分県で唯一の全島一村の村で人口約2000人、何よりも驚かされるのは50年間以上、村長が親子2代で無投票で引き継いでる事だろ。

宿で飲んだお茶が美味しかったので飲料水の状況聞くと、山からの水を貯水して配水してると女将。働くところも乏しいので自治体ではワークシエアリングを実施ある程度成功してるよう。平均的に皆が貧しくなるシステムと酷評してる学者も居るが、産業の無い島内で働く場を求めるにワークシエアリングは窮余の一策かも。

俺っち独立開業した当初の頃から、収入少なくても休む時間多ければ満足と考えてたのが、週休2日制営業時間もなるべく短くをモットーに、商店としては異例の週休完全2日制実施に踏み切った遠因。働く時は寝る間もない程夢中で働き、休む時はど〜んとお休み、こんなスタイルが性に合ってたな。モノクロラボ業の若き頃仕事の合間に、風呂に入りながら夕飯食し夕刊読んだっけ、夏は大学休みになり仕事激減1日3時間も働けば終わり、昼寝でもサイクリングでも勝手気ままの生活、こういうライフ生活って気に入ってたな。人の一生多種多様と思うけど、どれほど満足したか満足感がすべてだな。

7/23 海渡り別府♨️へ

2016.07.27
本日走行コースR56は大洲南信号で左方へ分岐、宇和島方面へ向かい室戸岬で終端となるが、右切方向への道路はR197となり八幡浜を経由し、佐田岬半島先端三崎港まで至る。俺っち本日宿泊先は別府♨️で八幡浜からフェリー輪行で臼杵港へ向かう、直接別府港へも行けるが、それでは簡単過ぎるので臼杵港から、陸路を自走別府目指す急がば回れコース選択じゃ。

国道走行は面白味無く物流大型車頻繁に通過、お互い走行し難いので歩道退避走行し、道空けるも歩道はやはり不快で元戻り、車の少ない県道に魅力感じても内子、八幡浜間は迂回路見当たらず国道直行。八幡浜市内宿泊したのは二度だけだが通過は数回体験してる、路面が車の通過車輪でメロデーイ奏でる、佐田岬メロデーイラインも数年前、佐賀関からフェリーで三崎港まで輪行、自転車では鳴かないけど八幡浜まで完走、四国は結構網の目のように走り抜け楽しんでいる。

待ち時間1時間程あり八幡浜港発11時45分に乗船、臼杵港着14時10分で運賃¥2310.自転車¥720.支払い乗船時間2時間25分は丈夫デッキで写真撮り、ベンチで横になり仮眠でのんびり旅を楽しむ。臼杵到着後道なりに走ると自然に街中、臼杵城下通り臼杵川で左折、三重塔左手に見てJR日豊線をアンダーパス、右折佐賀関、左折宮崎へ向かうR217横切って直進する、R502走行5km先r25大分標識眺め右折、筒井大橋でR10に合流以後大分、別府と十数回は往復してる路面走行するも、ギヤがロー固定で変速出来ず、ペダル回転上がりすぎの回転負け、休んではフル回転繰返すヘンテコ走行で別府入り。

別府タワー先でR10を左折坂上った場所、結婚式場併設ホテル別府パストラルが本日の宿舎、ホテルにコインランドリー無く、徒歩で往復4km以上移動し洗濯終え、ホテルへ戻るまで必要時間90分はには往生した。またホテル入口への100m程の広い道路、夜になると真っ暗闇で人声聞こえるも、歩く姿見えずでは少し暗すぎますぜ、樹木をライトアップするのではなく、お客さんが歩く足下を照明するが先決と思ったな。

市内にネットカッフェあるを確認してたが、出かける気力無く最初から諦めてたので、今回の旅は2日目以降すべて帰宅後まとめて思い出しながらアップすることになる。この記事も自宅に帰った翌日作成したものです。

                                                                                

7/22 内子町へ山越え

2016.07.27
城内見物するため直前に立地するANAホテルに宿泊、朝の散歩で松山城拝観してから出発する目論みは、疲労熟睡で寝坊し絵に描いた餅で終わる。14階のビュッフェで朝食バイキング食べながら、まあ次があるわと気楽なもの長生きするわ。

疲れたのは身体だけではなく脳内もだったようで、気付けば表敬訪問するつもりだった同年輩、高齢引退した松山県議会の重鎮宅、遥か別方向走行中に思いだし戻る時間も無く断念。ポカ連発は惚け症状の発症とは認めず、いやいや昔から健忘症と強気、でも老い老い認めざるを得ないのかも。

国道56走りながらこのまま向かうは超つまらんと、海岸線走行の国道378へ右折いずれの路面も体験済み、ゆうやけこやけライン海岸線道の駅ふたみはパス、下灘道路サイド無人休憩所で小休止、すぐ先左折する県道54串内子線で山越え内子町へ向かう。

r54進入暫くすると集落終わり車の通行も無く完全な山道、遠く望める山肌に道路痕跡を眺め、越える道か別道か考えながら上り勾配ロ−ギア走行、路面がジグザクに方向変わり進行方向確認できず分岐点に至り、r226串中山線起点とガードレールに記載有り、先ほど見えた山肌の道路痕跡は別道路と判明、ホッとした気持ちと別に走ってみたい気持ちも生じ複雑心境。

傾斜が楽になってからの山道が長く続き、集落が見え始めやがて見覚えある内子街中、真っすぐ走りながら宿探しは、運良く道路沿いに発見超ラッキーだった。この宿町屋別荘ホテルこころ2部屋のみのミニホテル、おしゃれな建物で2階がツインベッド寝室、浴室が昔懐かしい木製家族風呂、小さな庭先樹木に洗濯したジャージ類干し広げ、大型テレビ眺め御茶飲んで寛ぎ街中散策でひとまわり。遅い昼食を寿司屋で特上¥1700.食べた直後、ご飯もルーも自分で好きなだけ盛りつける、カレーショップにインして、夕食はカレーライス¥500.立て続けの食事なので極少量だけ食したが、好み味にはほど遠かった。

街並散策は前年見て回ったとは別方向歩き、八日市護国重要伝統的建造物保存地区、旧街道へんろみちこんぴら街道標識眺め、長い階段上った神社も写真撮り、楽しいいっときを過ごしたが、ここはも一度来訪し山中抜ける別県道も走りたいと感じた。

朝食は歩いて1分別棟の食事処で用意された和食膳、隣室客人は大きな外人さんの独り旅だった、宿代朝食付¥11000.独り旅2組では本日収入¥22000.だけでは、宿としては割が合わない感じ。本年度88泊目は居心地良いよい宿こころで過ごせた幸せに感謝。


7/21 しまなみ海道走行

2016.07.22
竹原の素敵なホテル朝食で満腹チェックアウト、こんな体験滅多に無いこと。PC無しの一夜朝が早かったこともあり、前日はよく眠れ睡眠充分な状態で9時前出発、昨日の逆コース長い上りを上り始めすぐ、忘れ物に気付きホテルに部屋に戻って結局は9時過ぎ出発。尾道駅前からサイクルエキスプレスで今治駅まで輪行、予約したバスの時間が2便10時55分、これを俺っち何故か12時直前出発と勘違い、尾道到着1時間早いのでまずはバス停場所確認と、駅前のイラスト看板眺め駅前広場をバス停探しながら走る。1~9番まではすぐ探せたが、乗車する10番が見当たらず、9番バス停手前に停車してたバスあり、出発してからそこが10番バス停だったと判明、はるか先方までバス停探すも無かったはずよ。

三原へ抜ける波乗り道路r75、R185からR2尾道までの道程、電流接続不良でRメカ作動せず、50×28に固定され回転疲労の積算、時間勘違いしバス乗車できず次のバスは夕方なので、予定を大変更しまなみ海道自走と即決、まずは向島まで渡船で渡って、今治から松山までをJR輪行と当初計画と真逆を瞬決したぜ。

向島まで約10分の渡船料¥210.なり、島内ブルーベルト路側帯に今治まで75km表示を自走開始、次の因島へ渡る因島大橋は二重構造橋で天井が自動車道で車が通行する度に、揺れるわ騒音は酷いわで快適さなど皆無、前回も走ってるが大集団で通過した為か、それほど気にならなかったが今日は痛感。

2島目生口島内でなるしまさんですかと、サイクリストから呼ばれビックリ、昔クラブに居りましたに聞けば東京は小平市、乗ってる自転車お店で購入しましたとは有難いこと、サイクリストの聖地とはいえピンポイントの遭遇、世の中広いようで狭くもある。一緒してから昼飯食べ出会いを喜んだ彼のペース上がり、ローギヤ高回転で30km追走はGOKISOの助けてあっても、いやはや苦しかったわ。助けられたのは島つなぐ3%勾配上り路だけ、大三島、伯片島、大島と引き回され青息吐息でピットイン、フェリーで尾道へ戻り熊本目指す彼と別れ、来島海峡大橋渡り今治駅頭着、15分時間あり余裕のはずの輪行袋詰め、筋肉攣りそうな前兆を耐え忍んで作業したので危うかった。

松山まで途中2駅停車のJR予讃線、16時45分発特急しおかぜ15号に乗車¥1470.約50kmの輪行終え、松山駅前で自転車組み立て、以前泊まった記憶辿りながらそろり自走、全日空ホテルへ到着18時ちょい前で、最初の予定とほぼ同時刻の到着だったが、中身充実した1日となり大満足よ、多分相方も思いがけない出会いは楽しかったと思う。

7/20 広島空港へ

2016.07.22
今回は都心は自走せずリムジンバス輪行で羽田空港直行、9時半フライト広島空港着は10時55分、満席だったが空港ロビーすぐ閑散となり、混雑する羽田空港で手続き避けた社員旅行の搭乗券、広島空港で発券を依頼すると、お時間かかりますと念押されたが時間に余裕あるので大丈夫ですと答え、その間空港トイレでサイクルジャージに着替える。

空港建物外れで輪行袋の自転車組立、建物外れで営業のうどん店で昼食¥480.食べ、宿泊地は竹原市内なので行き先三原のr89、広島空港は高台にありキツイ下り勾配、舟木大橋で左折本郷駅に寄り道ドリンク。三原まで向かいR185に右折、海岸沿いを竹原に戻るコースは往復走行してるので、今回は山中抜けるr75で波乗り道路体験。小吹山トンネル抜け長い下り道下り切ると竹原市内、道の駅たけはらに立ち寄るも本日水曜休業日。休業日があるくらいなので閑散とした道の駅、これではあまり客も呼べない週休という結果になるのでしょうな。

チェックイン時間15時に40分ほどあるので、先に町並み保存地区見学自転車乗り歩きで、1時間以上掛け街並み観光コース写真撮り楽しみ、竹原駅近くグリーンスカイホテル竹原に向かった。竹原市内泊はこれで2度目だが、このホテル以前は無かった、新しいホテルで俺っち宿泊した、日本中に数あるホテルを採点すると、間違いなくベストテン入りする良いホテル。広島空港至近ホテルに宿泊と考えたらここがベストだよ、但し空港へ向かうには上りが結構キツイく、風も強いことでそれなりの覚悟が必要かも。

輪行袋見たら事務所で預かりますと預かってくれるわ、スタッフの応対も素敵で部屋も広くきれい、何よりも朝食がバイキングではなく、和洋チョイスで美味しかった。しかも食事会場が混み合っておらず、落ち着いてのんびり食べられ満足した。バイキングだといつも僅かしか食べずなので、朝の時間のんびりしたく思い、最近は朝食無しオーダーが多いが。、ここの朝食は確り食べられたので、結果翌日大助かりとなったのだ。夕飯も選択できるので2食付きで申込み、4択から海鮮丼チョイス鮮魚が素晴らしく¥10100.はコスパ最高、このホテル英爺お勧めホテルの一つとします。

コインランドリーがホテル内になく、多少歩いた外部になることと、レンタルパソコン無い点がマイナスかな。呉線竹原駅から近く、竹原港からも近いので、大崎上島、下島とフェリー輪行すれば豊島、上蒲刈島、下蒲刈島と4島海中大橋で渡り本島へ戻れる。俺っちこのコースも往復体験してる。大崎下島の御手洗集落、旧い町並み残してるが消防職員が見たら?

木古内119班では遠くて無理だが、島根県益田支部の119班ならそう遠くないので、ぜひ自走訪問しご意見伺いたいよ。



3連休最終日に収穫あり

2016.07.19
朝7時過ぎ目覚め2階への階段上ると下半身疲れで借り物状態、これは本日3連日のクラブラン参加は無理と判断、外出取り止めることにする、幸い電話のお呼びも無かったので、部屋でノンビリ過ごしてたが昼近く、弟が独りで改装してるという名栗荘、見たらビックリするので行ってみたら、と神の言葉でカメラ背ポケに自走で楢原から、戸吹CC、サマーランドから満地峠、東青梅から新吹上トンネルr53成木街道走って、小沢峠にさしかかると雨がぱらつき始め、行き先上空暗雲に覆われ背ポケのカメラが無防備、水没分解修理代頭に浮かび戻るがベスト、引返す路面は下り勾配スピード速く一気、上空も明るくなり降られる気配消え安堵、行き先立川店に変更して走ったこと無い細道を山勘で走行。

距離40km越えたメーター眺め立川店へ方向転換も、足首靴擦れ痛み再発したので店へ向かうを断念拝島橋渡り、滝山街道道の駅でトイレに立寄り自転車に戻ると、あれ❗️タイヤのエアー抜けぺこぺこじゃん、1昨日に続き又もスローパンクかよ。家まで距離は5km弱タクシー空車通れば幸いと、歩きながらコース上の自転車店思い浮かべながら、1km歩き国道16号に出て空車1台目にしたが、後方からの追い抜きでタイミング合わず、歩きたくない新靴で靴擦れ痛み耐えながら、歩きとスロー乗車混ぜながら、稲荷坂下自転車店へSOS何も刺さってない状態のパンク修理完了¥1000.支払い。

店の主と昔話弾みあれこれ昔の自転車事情聞かされ勉強になった、何よりも感心したのは89歳になるこの親父、いや身体の柔軟性が素晴らしく驚いた、前屈で手のひらが余裕で地面に接着、縁日見せ物の軟体人間と同じ見事な柔軟性、別に日々訓練してるわけではなく持って生まれた体質のよう、柔軟性ある身体は疲労の回復早く怪我もし難い理想的体質、アスリートに必須な体質。俺っち年齢81歳と聞きまだ年寄りの新入生だよ、まだまだこれからだよ頑張って下さいって言われ、元気を貰ったぜ、世の中上には上が居るもんじゃ。酒は晩酌欠かさないがタバコは40歳の時止めたよ、小指をたてこっちは全然駄目だってウインク、いや楽しい一時だったよ先輩ありがとう。

所沢まで毎日のように夜連、砂利道道路が中心線が高いカマボコ状に盛られてるので走りにくい限り、横浜、横須賀、三浦三崎から茅ヶ崎廻って帰る200kmサイクリング、信号無いから気楽に走れ、遅れた者は待って助けながら走ったと言う。富士森公園で自転車競走の話、興味深い話が続いて話は尽きなかった。こりゃあ次回何処かの地酒でも土産に持参して、うんちく拝聴せにやあかんと感じたな。地元八王子に昔昔の自転車情況語れる得難き先輩発見、これってパンクの縁だぜ大事にしてゆきたいものと思いながら帰宅した。遠く信州赤沼にもパンクが縁で繋がた知人が居るが、俺っち出会いを大切に育ててるからだろうな。

7月16日〜17日連休にパンク

2016.07.18
三連休初日の16日(土)超珍しいことに時間に余裕で家を出て、およそ2km程走ったところで後輪スローパンク、何かを踏んだ覚え全く無く、きれいなを路面走行中だったのでアレ❗️って云う感じで、修理セット等持っておらず、家に戻ってホイール交換せにやならんと引返す途中、3軒ある自転車店前を迂回しながら通過したが、早朝なのでいずれの店も開店前でクローズ。

最初は単純に車輪交換と思ってたが、自分で何処まで作業出来るか試してみると、タイヤレバー3本で意外にも簡単にチューブ取出せあれ❗️、洗面器に水でパンク箇所確認するも、チューブに空気入れるもすぐ漏れてしまい結構大変、やっとのことで位置確認紙ヤスリでこすり、のり不用のパッチ乗せ指先で圧着するだけで完了、あまりに簡単にまた❗️でもやっぱり俺っち不器用、修理したのにチューブ膨らまず、隣にも1枚パッチ貼りやっと完了。タイヤ嵌めるのはまず無理だろうコンチ4000BR、チューブラーだったら26㌅かと思う程硬いので、クリンチャーでも変わらないだろうと、嵌合してみると意外にもレバー不用で簡単に出来またまたアレ❗️

作業中港の親分から電話有り、行き先藤倉と聞き状況説明し直行合流を伝える。時間大幅遅れになってしまい川口街道から小峰トンネル抜け、五日市千茶横から檜原街道へ出て、711で休憩してる仲間の前通過し先のトイレまで先行。後方から追越されたら追従すればよしと先行スタート、本宿信号右折暫くすると後方から、話し声伝わり数人の追従伝わるもマイペース走行のまま走ると、一向に交わして先行する様子見受けられず、なら頑張るしかなしと判断そのまま終点まで力走したが、気力癒えず走れたのは北海道での走り込みがもの言った。

連休2日目かめ班メンバー集まらず国立夫妻と俺っち、都民の森目指す多勢の陰流師範一行の最後方に追従、睦橋から五日市例のコンビニ休憩する一行を横目に、素通りしてずっと前方にある休憩所で暫時トイレ休憩。本日は本宿左折檜原街道を国立夫妻の後方追走してると、範士数名引き連れた陰流師範に追抜かれた、先頭で走る老師範の剣捌きならぬ脚力眺めお見事と感服。南郷信号から甲武トンネル目指すので左折、陰流一行とは別れたが甲武トンネルまで、2kmの上りがきつくラストやや千切れ状態、国立姫の健脚ぶりには舌を巻いた。

大垂水頂上では国立殿後方から、脱兎のごとく飛び出し頂上クリアには唖然とした、血も涙も無い恐るべきくの一じゃ。多摩御陵から浅川沿いに走り、沖縄そば処和でソーキそばの昼食¥850.久しぶり沖縄の味味わい、立川CSまで向かわず自宅直行は本日疲れたのと、試用中の新靴にまだ足が馴染まず靴擦れ痛みから。要するに本日は足がパンクしたということ。

来週からの旅計画詳細

2016.07.12
次に控えてる旅は来週水曜日20日からの1週間ツアーで、広島空港に到着し竹原市に泊まり街中散策、翌日尾道まで走り尾道駅前から、今治までサイクルエキスプレス輪行今治駅で降車、松山市内まで自走し全日空Hに宿泊。翌22日金曜日は内子町まで走り、明治時代の蔵を利用したホテルこころで、内子町のやすらぎを再度楽しみたいと考えてる。23日土曜日は八幡浜港まで自走、フェリー輪行で臼杵へ向かい、臼杵から別府まで自走別府の♨️ホテル泊まり。24日は別府から国東半島横断し伊美港から、村営フェリーで姫島へ輪行島内旅館で一泊。翌日25日の月曜日は島内巡りサイクリング観光後、村営フェリーで伊美港へ戻り、福岡県苅田町のホテルに向かい今回旅最終日の一夜を明かし、26日帰京いつも通りの京急天空橋から自走帰宅する。

今回の旅は竹原市内と内子町内の保存されてる建造物眺め、しまなみ海道を輪行する手段サイクルエキスプレスの体験、加えて姫島に渡り海の幸購入が希望、道の駅くにさきで味わった海鮮丼の鮮魚が美味く、魅了されて鮮魚が捕獲された姫島の直接訪問となったわけ、旅で知合った岡山市内寿司店の若旦那から、姫島観光パンフ頂戴し観光勧められたこともある。

スマホに換えれば旅先でも現在地即分かり、道に迷う事も無く超便利と聞かされ、俺っちボロくなったガラケーをチェンジと考え、本日ドコモ店に行ったが高い値段の本体に加え、あれが必要これも必要ですと付属品売りつける態度に、釈然とせず購入を断り帰宅した。旅はアナログ地図を広げプラン練り、旅先で再びアナログ地図の情報確認しながら、走るのが楽しいのであり、道路間違えも楽しみの一つと思う事だと気付いた。特に俺っち独り旅なので相方に迷惑掛ける心配無く、自分だけの問題なので、地図読むだけで高価な文明利器導入は無用、これまで通り携帯電話だけで充分じゃん、通信業者の甘言には乗らんことに決めた。

今回旅の詳細  
ANA特典航空券利用 2016年度86泊〜91泊完了 81歳4泊〜9泊完了
7月20日 リムジンバス羽田=ANA便広島空港〜自走竹原市=Gスカイホテル¥10160.
7月21日 ホテル〜尾道駅=サイクルエキスプレスバス輪行=今治駅〜松山市=全日空ホテル¥9010.
7月22日 ホテル〜内子町=町屋別荘 ホテルこころ.くら¥11000.
7月23日 ホテル〜八幡浜港=フェリー輪行臼杵港〜別府=別府♨️ホテル別府パストラル¥8640.
7月24日 ホテル〜国東半島横断〜伊美港=村営フェリー輪行姫島〜安西旅館¥14850.
7月25日 宿=村営フェリー伊美港〜豊後高田〜中津〜苅田=Rホテルイン北九州エアポート¥3700.
7月26日 ホテル〜北九州空港=ANA便羽田空港=京急天空橋〜多摩川沿い自走=自宅

7/8 木古内合宿総括

2016.07.08
7日函館の宿から飛行場に向かい空港待合室で家老、三島、千葉KC3名とばったり同じ便だった。木古内集合も各自の勝手で集い、現地解散すると雨の中を旭川方面向かい自走する元自衛隊海坊主除き、すべて輪行は夏の寒さ負け、今年の北海道木古内合宿は寒かった。

気候寒かったけどクラブ支部員皆さんの温かさは格別で、これが無かったら枯れた老齢者一行、消防救急隊にお世話になってたかも、いや実際の話、雨の中木古内駅まで向かうに躊躇してたら、消防若頭が早駕籠で駆けつけ、駅までピストン運搬で全員運んでくれる親切さ、いや旅の最後まで感動しっぱなし。

初めて木古内訪問した数年前の事、古びた駅前で支部員の集合待ちしてたら、あちこちらからクラブジャージのライダー数名が現れ、嬉しかったことを思いだした。函館転勤のイトマン伝道師が勤務の責務上、今回共に走る事出来なかったのが残念だったけれど、人生仕事に追われ動き取れない時もありこれは仕方ない、仕事がんばりたくても誰もがすること無くなってしまう老境が、いずれは到来してくるので、今はその時に備えての充電の時期と理解し、仕事に集中が後日になって役立つはず。

航空機の中で浅い睡眠目覚めたら羽田到着、京急天空橋から自走よていだったが、到着遅れ輪行袋も出遅れで八王子行きリムジンバス、左程待つ事無く出発時間と判明し、リムジンバスで眠る事に予定変更¥1750。

都心高速道路中央突破するトンネル出来上がり、時間短縮されたはずが本日何故かトンネル内大渋滞、途中から熟睡目覚めたらバスは一般道走行、すっきり目覚め降車したら家老も続いて降車、眠ってたのでてっきり日野で降りたと思ってたら一緒だった。坂があるのでこちらから戻るが楽と言う。

何時もと同様帰宅した晩ご飯はうなぎ重兵衛、お届けもの預かってますと、うなぎ屋の主から渡されたのがクラブ員からの愛する神様良子様と楽しい食事をどうぞの一言添えられた金一封。木古内では家老が関白から頼まれたとかで、俺っち80歳バーズデイ記念ジャージに支部員の一言メッセージ集め、そこで思いだしたのが進呈されたジャージ、港の親分から1枚戻してほしいと言われた昨年のこと、誰ぞの分が足りなくなったものと思ってたが、クラブ員の寄せ書き集めだったんだと委細了解できた、根底にある関白姫の思いやりの心に感動した。ありがとうさんクラブの皆さん、そして関白姫様。

何時迄も走り続ける頑強な精神は、皆に支えられてることにもあると痛感させられた。GOKISOもNakagawaも大役担ってるが物だけでなく、神と仲間たち人の心が支えになって、俺っち大和魂が全身に漲ってくるのだ。

次回8月は5日(金)〜7(日)の3日間椎葉村合宿を行います。合宿に先駆け2日(火)〜4日(木)まで社員旅行で椎葉村訪問します。こちらに同行希望の向きは一報下されば対処します。この合宿で本年度の3合宿6月益田、7月木古内、8月椎葉の英爺企画合宿は終了です。

今回のブログアップ2日目7月1日から最終日7月6日までPC環境無く、最終日ホテルの部屋で風呂も浴びずレンタルPCで、思いだしながら書き上げたが日誌、気付いたら到着2日目木古内へ向かった7月1日が欠落してた、この日は9時半ホテルを出て木古内までの40km程の距離を、国道と並走続ける鉄道駅舎12駅撮影寄道して60km走り石川屋旅館に到着でした。

7/6 函館へ移動

2016.07.07
案じたとおり雨降り寒さもあって、旭川方面へ向かう海坊主だけ自走、若隠居と大阪ピンクは新幹線で青森県へ、残る5名は道南いさりび鉄道で輪行函館へ、駅まで雨の中どうするか考えてたら、消防若頭が車で駅までピストンで運んでくれる親切対応で感謝。新築真新しい駅舎内で輪行仕様に組立て収納、単車両の後部運転席脇、に運転手指導で全員の輪行袋詰込。函館まで料金¥1100.

木古内までの移動日だった7月1日、函館からの前線駅舎を写真撮りしながら走行したが、本日は乗車した車内から全駅ホームの駅名看板を撮影。ホテルは駅前で便利と考えルートインの直前電話予約、生憎シングル空いておらずツイン喫煙だけ、値段も朝食付き¥11400は高く、足元見た感じで不快。チェックイン15時からなので11時到着、荷物だけ預けネットカッフェ自遊空間へ、駅前からタクシーで向かい入店したら、老眼鏡忘れに気づき入店を断念。店のスタッフに聞いたメガネ屋に向かうも、これが遠く目にすること無く湯の川温泉電停に至り、メガネ店探しあきらめネットカッフェも取り止め、腹減ってきたので食事処探しに変更、やっと目にした広島発お好み焼105看板。

あまり食べたくないメニューだが他に店無く、仕方なくインするとカウンター席に先客3居座る、カウンター席だけのうなぎ寝床店奥に着席。薄いうどん粉焼き土俵上に、こんもり山に盛ったキャベツ乗せ、さらに薄切り牛肉3枚並べ、隣鉄板上で焼きそば少し焼き始め、暫くするとボール被せて焼き上げた、えびイカ帆立の海鮮を焼いてる麺の上に盛り、卵2ツ割り卵焼きつくり、キャベツ山をひっくり返して上に盛り、力任せにへらで押しつけ焼き上げ、粉末のりばら撒きたれ塗りつけた出来上がりは、結構な大きさで瞬間食べきれるのかなと不安生まれた。

ゆっくり時間掛け食べたのと腹減ってた事もあり完食、小雨降り続く電車道写真撮りしながら歩き、湯の川温泉電停から市電に乗り¥240払って函館駅前で降り、駅周辺風景を撮影ホテル到着も15分前、並んでるチェックイン列で受付終え、時間まで待たされ丁度時間になりましたで入室OK、借り受けたレンタルPCでブログアップ開始、木古内初日から5日間は溜めすぎ、撮った写真眺め思い浮かべながらの記述は、老化した脳内には厳しい作業、夕食で中座駅ビル徘徊したり、テレビ眺めたりの気分転換でやっと書き上げた、お粗末綴り方教室原稿を終了し、滞在最終日アップでたのは帰京する七夕早朝。

6月30日から7月7日まで今回の8日間の旅で、走行した距離546kmだった。次回予定は7月19日~7月25日までの1週間、広島空港着陸竹原港から瀬戸内海横断輪行、今治、内子、八幡浜から再度フェリー輪行で別府、国東半島から姫島往復フェリー輪行し、北九州空港から帰京が決まってる。目的は竹原市の旧街並みと姫島で鮮魚の土産購入。

7/5 新函館北斗駅へ

2016.07.07
木古内合宿最終日は消防若頭ガイドの新幹線函館北斗駅見学ライド、9時道の駅木古内に集合して出発、北海道新幹線終着駅に向かった、途中写真撮りで皆から遅れ木もれ陽の森看板ある場所のトイレに立ち寄ると、草原にヒ熊に注意の看板は、目撃されたことあるのだろうな。北の大地はひ熊の恐怖、南の島はハブの脅威、いずれも大変だろうがハブから逃げるは容易だが、熊は何ともならんぜ…

暫く走った先の大きな用水池で先行組に合流、道路でで太いマムシを目撃したたようだが、蛇嫌いの俺っち通過時は影形なくほんと助かったわい。新函館北斗駅近くで先見の明ある感じする、コイン式洗犬ハウス目にしたぜ、ドッグシャワーハウス¥500これって流行りそうな予感するけど、さてどうなりますか今後?見ものですな。も一つ駅トイレ男子小用便器脇に取っ手あり、壁の傘マークが目立ったので写真撮り。

昼食時でもあり競合ショップがまだ無いこともあり、畑のレストラン立ち寄ると大繁盛。昼食ランチスペシャル魚セット¥1350、食べたけど全くいかさなかった。多数の皆が注文したのは畑のカレー¥1080 味は聞かなかったけど、いずれも値段が高いアイスティーのみで、ホットの用意が無いのも変な話で、客の要望に目を向けてない店は遺憾よ。

コンビニ休憩時周辺国道沿いの家屋軒並み撮影、真新しい家ばかり並ぶ理由は?各地で家の写真撮り続けてると、地方色ってあり面白いもの。街道に並ぶ各家屋の窓がここは、一様に小さいのは何が理由なのか知りたいな?

トラピスト修道院何回も立ち寄ってる場所なので、今回は大変な登坂路は走らずカトリック当別教会前で引き返した。渡島当別駅で見かけた、歩け歩けで名所周りしてる中年夫妻、教会前で再会したので挨拶交わしたら、埼玉県からの新幹線の旅道中、歩くのも素晴らしいが、自転車は行動範囲が広がるから更に楽しいよと勧めてみた。でも夫婦仲良く歩く旅続けてる、素敵な夫婦に幸いあれと祈った。

木古内合宿最終日途中自宅近くで最後尾から〒マン離脱、宿まで若頭先導を海坊主時折代わり宿石川屋に到着、本日走行90km 4時間の旅 AV22kmで滞在4日間すべてAV20km越す走りだった。やるな木古内も益田も…

夕食時再度〒マン来訪夕食を囲みお別れ会、勤め先に向かう途中でヨーコ3からスイーツの差入れ、〒マンから塩サイダー頂戴と有難いこと、今回天気には恵まれず明日も予報では雨模様、もし降ったら寒いので輪行と決め寝床に入った。

7/4 木古内知内ポタリング

2016.07.06
本日誕生日、満81歳になりました、米国独立記念日と言うことで覚えやすい面あるが当人は反米、反ソ、半中で好きなのは阪神でした。黄色に黒い線入れればタイガースだもん、黄色は甲州街道銀杏並木の色合いで、有色アジア人の黄色でもあって、太陽の輝きの色も黄色、非常に意味深な色なの。

俺ッちにとって黄色は希望の色、それが何だ今のチームカラー、各色の意味問えど説明できずとは情けない限り。更に赤色は日本列島日本人の心の色、青は海の色なんじゃ、これ誰の意見も聞かず全て俺っち思いつきの発案。創価の色とか云う輩が居るようだが、俺っち無神論者と言うより、宗教は諸悪の根源と考えてる。世の中全ての人間が神なる存在を否定し、我が心の中に神が存在すると自覚すれば、世の中は桃源郷到来となるかもと考えるが、悪が居るから善が目立つと言う面もあり、全てが善だとこれまたつまらん社会なのか、これは体験せんとわからんかも。

その昔わが地元東京都八王子市で東京オリンピック開催が決まり、地元自転車商の店主の皆さんから、オリンピック競技が八王子周辺で行われるから、皆で一つのチームになって、切磋琢磨して代表選手を送り出して欲しい呼びかけあり、小チームが大同団結し結成された八王子自転車倶楽部、東京都民大会自転車競技のチーム優勝、毎年連勝してた強豪港区から勝利を奪いとり、その後6連勝左右腕に黒線3本巻いてそれを表現した、胸に太い胴巻き黒線が7連勝目を意味、達成前ジャージ作成したらオリンピック開催で大会中止、1年遅れて開催されたオリンピック翌年は、主力選手が去り惨敗してしまい、約束反故ジャージ返せと冗談で言われた苦い経験がある。

チームカラーは大事なもの意味無いカラーリングは即止めるべし、今回昔を思い出しながら走りまくり痛感した。ちなみに八王子倶楽部のチームカラーデザインは全て俺ッちの発案、倶楽部結成会も我がぼろ家で行い、知ってる仲間はまだ数名居るはず。昔の競輪選手から援助も頂戴したと聞いている。

なkんかえらい脱線しちゃったけど、2日間速く走ったので本日はポタリングですと、消防長に案内されたたが木古内周辺引き回され、弾丸のように消え去った超短い北海道新幹線が面白かったな、構えてたカメラにも捕らえられなかった、見にくい場所に良くぞビューポイント作ったものよと変な関心してしまった。昼食食べた食堂の女将、裏口からわれら一行見送って一礼は心打たれた

。連日忙しい合間をやり繰りして、我々一行を良くぞ楽しませて頂き感謝感激ですわ、ポタリングでも終わってみたら99km AV20.4kmと20kmオーバーで見事なものです。

7/3 せたなロングライド100km参加

2016.07.06
今にも雨降りそうな空模様も何とかこんな状況下で、午前8時から20名集団8分割1分間時差でスター開始ト、先導ペーサーのガイドで順次コースへ向かい、俺っち第5集団の仲間と一緒にスタート、途中エイドステーションで軽飲食小休止の展開繰り返すうち、次第に空模様怪しくなり、ラスト1回のエイドステーション残した時点で、振り出す前出来るだけ早くに帰着したく思い、一つ前の集団に鞍替えしてスタート。

策は上々も雨の降り方早くすぐさま結構な雨足になり、背ポケのカメラ無防備なのが気になり、一刻でも早くホテルに戻りたいと思わずペダルの回転上げると、ああ無情(ジャンバルジャンじゃなか)にも上り坂、しかも長いじゃん最後の上りがきついと聞いてたがこれかと納得、隣を海坊主が併走脚を合わせ走ってくれたが、数年前の台湾縦走時に比べると随分大人になったなと認識。上りきったところにあったラストエイドステーション、晴天なら気持ちも良かろうと思う風通し抜群の場所だが、風吹く雨天で濡れた身体では寒くて立ち寄れませんで素通り、下り斜面に転じたが尻に水滴巻上げを嫌いスピードダウン。

坂下りきって平地に変わるとペース上げ、前方視野に入ったライダー全てをパスし、フィニッシュするとマイクのなるしまさんがゴールしまでの声耳に残し、BBQスポットつきぬけ直前の温泉ホテルに向かった濡れた自転車ホテル玄関前に留置、すぐさま入浴券手に温泉で冷えた身体を温めた、本日温泉一番乗りで楽しカメラも異常なく作動で助かった。身体温めてからBBQ会場に向かい、到着したまま会場に張り付いてる仲間に囲まれ、多少腹減ったので弁当だけ食べポット茶で喉潤した。

帰路は木古内宿目指し早駕籠数台に分乗、俺っちヨーコ3(スリー)の助手席で必死に眠気と戦った、美女の脇で眠ってたら失礼と我がまま爺も認識してますわ。昨日、本日と2日間100km超える距離走り、早駕籠乗車して100km以上走る強行軍で、夜7時からの歓迎交流会は忙しかった、企画したメンバーさん本当にお疲れさん、楽しく盛り上がり最高だったよ。

宿に戻って本日計測データーメモしたら、98.21km 4時間16分13秒 AV23.0km max53.2km だった。27km 135kmの昨日には遠く及ばなかった、走る中身が全く別物で比較対象にならんわな。しかし雨の中皆と走るとこんなにAV伸ばせるとはなあ、俺っちもまだその気になると自分が思う以上走れると知り勉強になった。本当にGOKISOに出会ったことは大感謝だ。時々走りながらGOKISOがもっと走れるよって声掛けてくれるので、また回転あげるこんなことが走行中良くあるぜ。昔からフレームとは良く会話したが、最近は専らホイールになったが、家に帰るとフレーム撫で回しお前が支えてくれるから俺っち頑張れるのよ、ありがとうなと囁いてる。鬼娘からお父さんは口先だけ、本当に感謝いてるなら自分で自転車掃除してあげればと云われたっけ…


7/2 木古内到着の翌日

2016.07.06
7時朝食8時出発は俺っちのんびり独り旅とは大違い、イベント参加2度も遅刻繰返した寝坊爺にとって早起き苦手、〒マン先導で宿からせたなに向かう隊列最後尾を、離れ気味に寝ぼけ眼で追走したよ。r5を江差へ向かう一向は大阪、名古屋、静岡三島、新潟新発田に千葉県下の遠来剣客じゃない、健脚5名に東京本部4名加わり総勢で10名、でもなあ2人除いて、みんな浪人じゃない老人だぜ。

追い風乗って速いペースで湯ノ岱温泉到着小休止、瀬棚までは100kmも先というのに、天気予報は午後より雨になるのは明白な雲行き、背中の荷物は支部姫さま2人が早駕籠で、現地まで運搬引受けてくれ濡れる心配無かったのは助かった。廃線になった江差線湯ノ岱駅舎今は路線バス停、道路渡った向かい側のお母さんが掃除中、あれこれ苦労話伺い心和んだ。2度目の休憩は上の国、木古内から松前半島を津軽海峡から、日本海側に回り込んでR228がここで終端、江差町へ向かう国道はR227と呼称変わり、江差町から右折内陸横断函館に向かう、1昨年函館に下る中山峠下りで、新車フレームが破損転倒し痛い目にあった場所だわ、本日は雨降りだしレインコート着用となり、この後超寒くなり酷い目にあってしまった。

乙部町道の駅ルート229で小休止、押し出しクレヨンじゃ無く押出し羊羹、食べホットとドリンク喉潤し少しだけ温まる。出発がバラケ気味だったことか、数名の先頭集団を追走する数名がをソロのまま進行、益田で急変身の姿確認したので、呼称を監督から直参に変更が、俺っち前方走る実兄徹っつあんを軽く追抜き先頭集団入り、最初ぼっけと眺めてたがふと気合入れ追走開始、後部追走暫くし仲良しペース気に入らず、一気に先頭に出てペースアップ、雨が顔面叩くので気合充満し、往時の集団を元気に牽引してた頃思い出し、40kmペースで追い風背中にゴジラの走り(これわかるかな?わかればあんたも往時からの競輪ファン)俺っち蛇行しないから緩急だけ真似てる走り、気づいたら後方追走しなかったようで次の道の駅で、どうかしたのか不安になるほど待ち呆けたよ。

結局昼飯も食べずせたな迄走ることになってしまったが途中から寒くなり、目にした自販機でホットドリンク欲したが無く、力走したのでドリンク欲しく仕方なくコールド飲み、寒さ倍増やっとのことでせたな温泉ホテル到着、でもやることあれこれあってすぐ温泉に入ることできなかったがホテル内部が冷房稼動してなかったので耐えられた。集団バラケ発生した割りにラストのホテル到着順調が何よりの救い。早駕籠で到着した姫様連が、遠く離れたコインランドリーに向かい、全員の濡れた着衣の洗濯済ませてくれたのは大助りだった。ありがとうね。

夕食は前夜祭で立食パーティー、参加者中最長老ということで壇上から、乾杯の挨拶させられ老いて少年に戻った姿披瀝、明日も見せるので皆も続いて欲しい。80歳の1年間本日で終了150泊の外泊(妾宅)じゃないぜ達成、残るは350泊軽い軽い日ごろの心がけ次第、真似れば誰でもできる。オリンピック選手には能力無ければ絶対無理だが、俺っちの真似なら誰でもできるぞ勇気がでたろう、短い足のチビ爺さんだが心は若さ充満、神さんとはいつもラブラブじゃて。よしこさん(三平)じゃないヒデ爺もよしこさんが愛しの神さんなの。
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