6/30 一足先に函館入り

2016.06.30
1日からの木古内合宿に仲間に先駆け、1日先に函館に向かい我家を9時に出発、いつものように自走で多摩川沿いを天空橋目指した。フライト13時05分で羽田空港到着が12時少時前、時間的に余り余裕なく購入した空弁、ANAラウンジで食べ終えると30分前、出発ゲート前に向かうと、何やら函館空港濃霧で視界不良のため、札幌空港に向かう場合もありますので了承ください、のアナウンスこれってどういうこと?、意外と早くに準備整いフライトすると、すぐ眠くなり夢うつつで到着したのが函館空港で助かった。

予定通り14時25分到着荷物ターンテーブル回り始めるやすぐ、係員が輪行袋持参してくれたので受取って、ロビーから外に出て日陰探し組立て完了、記念写真撮ろうとしたら電池切れシャッター切れず、充電忘れは承知してたけど、1枚も撮れん程電池消耗してるとは思わなかったな。今回通販で購入した、軽量シューズ持参なのでハンドル上がコンパクトになり記録したかった。

お気に入りレーサーシューズは新品はまだ慣らし走行中、入梅期でもあり、雨に濡らしたくないので、粘着テープ張りの普段常用のフィジーク旧製品、輪行袋に張られた粘着テープ丁寧に剥がし、シューズ踵の補強部分を更に念入りに補強、気に入ると新製品に進化しても目もくれない、そう俺っち昔かたぎ旧い人間なんですな。

函館空港から五稜郭近くの宿までは5~6km、到着したも同然なので函館駅から函館山方面へ向かうも、カメラ電池切れ思い出し宿へ戻り、コインランドリーに洗濯物投込み、腹減ったので階下のコンビニでジューシーフレンチトースト、ヨーグルト、アイスクリーム購入食べ始めると、110伝道師から夕食のお誘い電和あり、19時いか太郎で会食海鮮丼馳走になる。木古内から函館転勤になった伝道師とは、一緒に走る機会無くなったのが残念だが、いずれ定年迎えれば趣味に没頭も可能、数年間の辛抱も年老いてゆく俺っちが、その時元気で走れてれば共に楽しむことも夢ではない、走りを長く続けられることは、競技で記録を達成すると同じように賞賛に値すると思う。がんばり続けるつもりでいるがさてどうなりますか…

レコードは図抜けた能力ある者のみが追求できる境地だが、長く続けることはその気になれば誰にでもできること、多くの皆さんに目指してほしいと思うのは、誰でも挑戦資格のある生涯現役サイクリスト。今それに挑戦してる俺っち間もなく81歳誕生日迎えるが、この1年間で150泊の外泊日数で全国走り巡り、13500kmの走行距離を達成してる。80歳の昨年立てた向こう5年間500泊計画順調に経過、85歳で目標達成したら次90歳までの5年間目標を決めるつもりで夢は限りない、俺っちの道をぜひ追いかけてきて欲しい。

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30日から北海道合宿へ向かう

2016.06.28
肥後大津で避難指示警報を夜中に3回も耳にし、豪雨に翌日航空機飛来出来ず延泊覚悟してたが、翌朝雨上がり予定通りの帰宅出来、ホッとした一週間経過やっと疲労回復したかな。どっぷり休んだらやる気失うとばかり、明後日の月末から北海道木古内合宿で、7月7日まで今年初の北方進行ですわ。

今回の合宿は大阪、名古屋、静岡県三島、新潟新発田と千葉県からの常連メンバー5名に東京から4名の計9名で、木古内石川屋に集結し現地消防隊主力の面々、更に地元姫君も交え土日は遠く100kmも離れたせたな町に移動、せたなライドなる今回初開催のイベントに参加、揃って100kmにエントリーしたので皆で楽しんできますわ。

東京から遠く離れた地で我々一行の到来待受け、楽しく走り遊び惚ける段取りすべてを、支部メンバーに仕切ってもらえ感謝、我々一行も各自の都合でフリー参加、1日宿舎石川屋ホテルで合流ときわめてアバウト。俺っち自身はせっかくの北方遠征なので、引続き東北各県走りながら都心方面に向かう行程が常だが、今年は木古内合宿終了でとんぼ返りする、と言うのは8月の椎葉社員旅行が控えてるのと、7月20から1週間の中国から九州への旅が決まってるため。

7月20日広島空港から竹原市へ下って一泊、竹原の旧い街並写真撮り楽しみ翌日、瀬戸内海フェリーで今治まで輪行一泊、その翌日松山経由内子町でこちらも旧い街並散策、次の日は八幡浜まで自走後フェリー輪行で別府♨️、♨️で疲労癒した翌日は国東半島伊美港から姫島に渡って島内で一泊、25日月曜は福岡県苅田町で宿泊後北九州空港から午前便で帰京、京急天空橋から自走帰宅の旅を計画してる。

7月4日大嫌いな米国独立記念日が、何の因果か俺っち誕生日で昨年満80歳を迎え、85歳までの5年間で500泊の日本全国放浪の旅思いつき、実現には出来るだけ気力充実してる若年期?と言っても80歳だぜ、宿泊数を稼ぐが賢明と考え、走りまくりましたこの1年間明後日旅立っと、せたなイベント当日で満81歳を迎えるが、80歳のこの1年間で150泊達成したことになる。1年間お陰さまで超元気に走り回る事が出来た健康には感謝してる。

料理上手の神が作る食事で栄養補給、足腰は毎週通ってる台湾小姐の足裏マッサ、タイ娘のタイ古式マッサで二人の姫君に筋肉疲労癒してもらえ、元気回復して走れる幸せに感謝だが、医者嫌い薬類嫌いで病と全く無縁の生活できてるのは、手厚いサポートメンテが役立ってると確信。経費も病で病院通いと違い惜しげ無いわ、マッサの時間が夢うつつの桃源郷で、先日も鼾かいて寝てたよと言われたが癒し時間なの。神は来世の存在をありと考えてるが、俺っち死後は無と考えてるので命運尽きると終焉。勝手だが今を大切に楽しく生きるが信条。

北海道は雨に濡れると、今の時期とても寒いと言う110情報が、我が携帯に伝えられたので、参加諸君抜かり無く参加下されたし。

6/20 肥後大津まで雨中ラン

2016.06.24
九州地方豪雨の予想通り朝から雨降り、熊本空港までは遠くないので、空港到着即日帰京も充分可能だったが余裕もって、空港下を通り抜けこれまで数度宿泊してる、肥後大津市内ホテルに宿泊して、翌朝午前便フライトで羽田から自走する計画でチケット購入。

コースは前回神同伴で椎葉村へ向かったとき、タクシーで通った道路を逆走で走ることに決めてたので、9時過ぎ宿出ると上寺信号からR445雨の上り勾配走行10km程で、右方へ分岐するr57へ進入すると勾配更に増し、雨足も強くなり前方視界遮られ,対向車ライト点灯に俺っちも点滅点灯。

下り勾配に変わりブレーキングしスピード落とし走行、益城町内に入ると熊本地震震源地なので、ブルーシートで覆われた瓦屋根家屋が多数見受けられ、雨足弱まり時折写真撮りしながらの走行。屋根が壊れブルーシートに覆われてる家屋は全て瓦屋根、トタン屋根の被害は皆無だったのが印象に残った。

r57終端寺迫信号右折r28走行間もなく空港地点で、東京ラーメン大勝軒の大看板目に入り、丁度昼時飯にするかと思いながらも、熊本へ来て東京ラーメンは無かろうと一瞬通過したものの、待てよ空港で食べるのは明日でも可能と再考、戻って入店すると、まだ昼前で客も少なく店内冷房で肌寒さ感じたので、濡れてて肌寒いので表で食べますに、愛想良い店主が冷房切りますに謝辞、店外に設置されたテーブルで餃子とラーメン注文¥1120.

店内に一度入ったので雨降り自転車走行の老人、更に表の軒下で食べるというので注目浴びたか、店主がタオル持ち応対あれこれ話弾み、食事終えた客人も加わり話は広がり、大分県佐伯市からボランティアで来訪してる初老客人も加わり、災害現場にと話題が広がった。佐伯の初老は大工さんで現地泊り込み連とちがい、毎日佐伯市から軽トラ運転しての往復と聞き、想定外の遠距離通勤にビックリ、片道3時間半で往復7時間に唖然としたが、日本人は古来から助け合って生活して来たので、当然のことをしてると話す横顔眺め感動。毎日の往復が大変だねと口揃えると、いや毎日移り変る景色眺め飽きないし、家に帰ってから飲むジュースが美味いと、事も無げに話すを聞き二人して絶賛。俺っちに道中気をつけ楽しで下さいと握手、現場に戻るアルカンシェルに輝く姿を店主と俺っちで見送った。

震災で倒壊してる家屋は阿蘇の噴火灰の堆積上に建てられ,強固な地盤上に基礎が接地してないので、建て直しても同じ事の繰返しになると心配してた。仕方ない事だが現場で働く若い子達に、現場の状況から自体把握ができないからねと嘆いてたのが印象に残った。知識豊富な専門職のボランティアは、現場でさぞ役立ってる事と推測、伺った名前が○○大地でぴったしカンカン。

熊本空港へ立寄り早過ぎで時間調整して大津のホテルにイン、PC借用ブログ作成の夜になってから、雨足強くなり23時30分、0時50分、1時50分と都合3回大津市の避難指示のエリアメール、携帯が受信し緊急車のサイレンが何度となく耳に届いた。雷鳴は轟かなかったが稲妻閃光で、周辺確認は瞬時で照明弾の比では無かった。戦災の一瞬がふと脳裏に浮かんだ。



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6/19 通潤山荘4日目

2016.06.23
朝7時一度目覚めるも雨じゃんじゃん降りにこりゃ駄目だで二度寝、フロントからの朝食時間終わりますのコールで目覚める8時20分じゃん、急ぎ食堂へ向かうと誰も不在独りちょこっと食し、部屋に戻るとすぐ鶴亀老来訪あり、本日の希望話すと快諾され車で、嘉島町緑川沿いにあるイオンまで戻り、初日と同じパン工房でサンドイッチと菓子パン購入車に持込み出発。

自転車で走った道路を忠実に戻りR445走ると,御船地内で通行止め迂回路は広域農道マミコウロード、吉無田高原10kmの大きな信号無い交差点で右折、屋根にブルーシートの家々が目立つY路路手書き看板で右折、左折繰返し国道445へ出ると山都19km標識、12時40分道の駅通潤橋で買って来たパン食べる、食後椎葉村に帰る鶴亀老見送り部屋に戻ると,スタッフが掃除中に散策町歩きで時間つぶし、再度部屋に戻ると眠気に襲われひと眠りが心地よく熟睡、気付くと外は薄暗くなっていて、テレビを長時間眺めるノンビリ体験は久しぶりだった。

夕方から相次いで神からメール有り、我が子を思う母親かのような気づかいに心打たれる。
初信…九州豪雨のようだけど、大丈夫?
返信…老齢化考え下りスピードダウンし走行してる。年齢に対応した走り方を常に考慮、手本になる走り方が大切なので無理せずを心掛けてる心配無用。
次信…危ないから、タクシーで動けば、タクシー代払ってあげるから。道が雨でどんなになってるか、心配だから。
返信…輪歴60年の愛好者がそんなやわでは手本にならんわ。
終信…経験だけでは、どうにもならないこともあるよ。体は、60年経っているよ。ま、信頼してるけどね

俺たち夫婦のメール交信の内容でした、エ!暑くなったってもう夏だよ当然だろう、でもな神にこれだけ愛されてると、悲しい思いを絶対にさせてはいけないと考えると、俺っち方が長生きせんとならんとなり、俺っちと神の年齢差8歳あり、平均寿命考慮すると,女性は6歳男性より長生きなので6+8=14歳で神90歳で俺っち104歳う〜ん…

6/18 通潤山荘3日目

2016.06.23
朝方8時過ぎ食事終え部屋に戻るとフロントから来客の知らせ、椎葉村から鶴亀支部長と与一が早駕籠での来訪。災難続きの与一が元気パワー戻り、本業飛脚で超人的な労務続けている様子聞き、都会の同年なら職から引退してる年代なのに、今尚活動出来る体力は強靭な足腰、趣味ソフトボールは投手で4番バッター県大会で活躍,自転車も走る時間無くてもローラー台で、仕事合間にトラック中でトレーニングはやりすぎだよ、強靭な体力は日頃の鍛錬の賜物でもほどほどが肝要。俺っちも最も若い年代だったが、超がつく多忙時代あるも仕事だけで過ごし体力消耗はせんかったぜ。絶対無理はいかん。

与一が同行無理と詫び椎葉へ戻るを見送り、鶴亀老と俺っちの二人合わせて160歳の老人コンビ、走った道路は国道に囲まれた山都町、御船町、甲佐町圏内横切る三桁県道県道219横野矢部線、宿からすぐ先前日合鴨農法の田圃脇南田が入口、すぐ先に左右迷う分岐路は土地の人に聞き右方へ、下り勾配基調でペダル回さず進む快適道路続き楽走、r152が交差する田畑で樫永峠越えるr219直進水越方面は、御船地内R445通行止めにr152稲生野甲佐線へ左折、多数のボランティアが作業する脇を通過,下り基調のまま10km程走行甲佐町でR443に合流、美里美知の駅佐保の湯で小休止メーター眺めると30km越えてた。道の駅すぐ先国道沿いの手づくりパン屋、店先でパンの昼食も財布金庫に忘れごちになる始末。

食後8km程走ると前日感動した霊台橋で小休止後、前日走った緑川沿いR218R445重複国道,頻繁に串刺しおにぎり標識目にしながら、470m万坂峠への長い上り勾配は、往路の下り勾配県道で楽してるので仕方なし,本日好天土曜日で大型車少なく前日より走りやすかったのが救い、国道は上寺でR445は左折熊本へ向かい、R218は直進高千穂、延岡方面へ向かう。椎葉村へ向かうには高森方面から合流した、R265で馬見原信号右折すると、すぐ県境で宮崎県になり五ヶ瀬町抜けた隣で、21世紀の今でも源平時代の土葬という秘境がそこにあり、俺達同様サイクリングを楽しんでる人々が居り、昨年クラブ支部結成となり,この夏8月2〜3日社員旅行で親睦交流ツアーを企画、更に5〜7の金土日は合宿を予定俺っちと直参が参加、昨年同様多数の仲間の参加を待ってますので、ぜひ日本の秘境を体感してほしい。

日帰りかと思ってた鶴亀老宿泊滞在して、明日も付合ってくれるようで有難いこと、問題は天気で予報では明日は雨模様、入梅で降雨読み込み済みの俺っちとは違い、客人に雨天走行させるは申訳ないので考えたのは、初日俺っち走ったコースを早駕籠ドライブ、車窓から路面状況撮影がベストかなと考えながら床に就いた。

6/17 通潤山荘2日目

2016.06.21
朝7時過ぎ目覚めホテル周辺を散歩しながら写真撮り、駐車場には各地のボランティア団体の車が駐車水戸、浜松、京都、鳥取、福井と広範囲、地震災害支援、入浴支援隊等記載された車両もあり、8時朝食会場へ向かうと、ボランティア連中は食事終えた様子。

昨夜部屋で雨に濡れた車体を清掃、チェンに注油歯ブラシで仕上げた自転車、輪行袋から取り出し組立て出発9時半、コースは現地に来て決めた広域農道で鮎の瀬大橋渡り、r153を右折川の対岸を霊台橋迄走り、その後は現地で判断と決め出発したが、農道は勾配10%11%の標識続く急坂だったが、高所から遠く眼下に見える棚田が、これぞ日本原風景ですばらしい光景だったな。名所鮎の瀬大橋に到着し、最初歩道を走ったがふと深い谷底覗いたら、いやあBSとうちゃこ正平君と同じく、怖かったぜこりゃいかんと車道に自転車降ろし、逃げるように速く走って渡ったよ。

渡り切った所で広域農道は終端で、ここからはr153で左方清和文楽邑、右方美里町で霊台橋へ向かうので右折すると、何じゃこの道曲がりくねって超狭く、離合場所も何処にあるのと言った感じの細道、車も来なかったけどこの九十九折道には驚かされたな。暫く走ると道路幅も広くなり、遠く眺められる内大臣橋の高さ、鮎の大橋より更に凄い橋と思うも、向かう道路が両側とも全面交通止めで通行不能だったが、r153はここから道幅広く急に良い道路になり、走りやすく美しい田園風景も見ごたえあり堪能できた。美里町清水でR218R445の重複国道に合流、霊台橋見物は山都町へ向かう方向で、右折急な下り道ですぐ到着、通潤大橋と同じような橋でこちら水路橋ではなく、1847年架橋され1966年まで、車道として使われてたとの説明文眺め、先人達の偉業に感動した。

霊台橋の真下に外人が経営してる自然派レストランあり、13時急坂下って向かいランチ猪肉定食¥2500食したけど、味も雰囲気も最高の食事処でお勧めできる。店内で美味いランチ食べながら、神が隣に居れば満点なのに、神居らずが少し残念だったけど、食事に立ち寄ってよかったと満足した。食べ終えたのが14時少し前では、戻る以外は無理と判断、川のこちら側国道R218とR445の串刺しおにぎり眺め、長い上り道を走り岐路に就いた。

宿近く山都町長田の大きな田んぼで、今は珍しくなった合鴨農法見たので写真撮り、合鴨大群を撮影してると田んぼの主にどこから来られたと聞かれ、東京と言うと東京の何処ですかに八王子と答えると、主が若い頃八王子居りましたよ、何してましたに?遊んでましたよともらしたが世の中狭いわ。学園都市八王子には沢山の大学あり、いずれかの大学に籍あったのかもな…

6/16 国民宿舎通潤山荘へ

2016.06.20
朝から雨降り天気予報ではどうやら終日雨模様、移動先は上益城郡山都町にある国民宿舎。有名な放水めがね橋通潤橋のすぐ上ににあって、昨年神と椎葉村へ向かう道中途中で一泊、放水の光景が目に焼きついてる場所。今回はこの通潤山荘を拠点に、周辺の県道を縦横に走る計画たてていたところ、熊本地震が発生しかも震源地が益城町、近隣山都町も被害受けてるはずも、東京では細部の情報一切不明なので現地対応とした。

熊本市内のホテル出発前窓から外眺めると、結構な雨降りなのでこれは雨合羽だなと決め込み、ホテル前で自転車組み立て完了頃は小降り、用意した合羽を防水ウインドブレーカーに着替え、9時半出発アーケード街抜けると国道左折すぐ代継橋、写真撮りながら歩道走行してると、旅人と見えたようでどちらから来られたのと、元姫様から声掛けられ暫く立ち話、毎月1回健康診断ですぐ先の病院通いとか、地震当日も昼間は仲良し仲間と熊本市内で会食、宇土の家に帰ったら生まれて初の強烈な地震体験、幸い我が家は大丈夫だったと、まああれこれ沢山のお喋り始まる、俺っち80才と伝えると絶句、16年生まれの私より年下60代に見たという、いやそんな若く見られて嬉しいけど、普段着だともろ爺様だよと返した。宇土通るようでしたら大きな家なので、泊まってもらってもよいですよ、に一瞬ここ四国かと思ったよ。いつも仲良し元姫様達を仕切って、人生楽しんでる様子が伝わってきた。

一期一会でなくまた何処かで再開するかもね、と言いながら別れると南熊本駅見えたので、駅に向かって直行駅舎の撮影、元の道に引返さず横道抜けた近回りが、裏目となって狭い割りに車がやたら多い路面が続き、大きな道に出たい思いは一向に達成されず、迷い走行続けやっと国道に合流、標識眺めたら宇土方面じゃん、爺さんよろめいちゃだめよ。結構戻る羽目になったが、俺っちの場合これがまた楽しみなのよ。

R266とR445の分岐点は予定の右方R266へ向かうも、時間浪費に加勢川橋渡らず堤防沿い、最短距離のR445走行に変更すると堤防下に、ビックなイオンの店舗目にして、殆ど朝食食べてないので、追加の腹ごしらえと入店パン工房で、目に入ったのが好物大きなりんごパイ、食べきれるかなと不安も、自販機の紅茶缶がお供して腹の中。

走行再開コース変更したので時間に余裕生まれ、急ぐことなく走行してると御船町道路全面交通止め、迂回路で広域農道走ることになり、長い上り勾配続くも美味かった大きなりんごパイが役立ち、背中の荷物まで重さを忘れた、バー上に固定してる普段履きシューズが、ちょっぴり邪魔なので課題だな。下り勾配になると国道に出るのは、あっという間で通潤橋はすぐ先だった。道の駅通潤橋食事処14時過ぎ到着、いしばし定食¥1500注文食べ終え、入り口直前の坂が陥没し、露天風呂がクローズされてる通潤山荘到着15時10分、輪行袋に自転車詰¥800の業務用洗濯機で洗濯中、温泉で疲労癒し旅の2日目を終了。

6/15 熊本に到着

2016.06.15
14時50分発と遅い出発なので現地到着も当然遅く16時35分、家から出発は余裕ありありで良いのだが、熊本空港から熊本市内の宿まで向かうのが、17時過ぎに空港スタートとなるので夕暮れも近いが、幸い熊本市内までは下り勾配、明るいうちに到着するはずと読んだ。もし雨降りだったらバス輪行する予定で午後遅い便を選択、B787最後部座席を指定後方から、空模様眺るつもりも関東地方上空だけでなく、飛行中ほぼ全コース雲のじゅうたん上で目論みパーでした。

天気予報では曇のはずだったが、羽田までの地上も終始霧雨で、一時は尻に路面から水滴巻き上げ、長袖防水ウインドブレーカー着用も、都心に入ると雨の気配遠のいたので、ウインドブレーカー脱ぎ走行するも、むっとする暑さを体感。乗客1/4程の乗客でがらがら状態、空港到着直ちに自転車組立てr103で熊本市内目指すも、夕方のラッシュ時間なのか道路渋滞酷く、途中でr103走行諦め左折車多い別道、空いてるを確認に入り込むも暫く走ると結局この道も渋滞、その後あちこち迷走気味に走行どの道も混み合ってたな、結局は国道57国道266を走行し熊本市街入りとなったので、おとなしくr103そのまま走ってた方がベストだった。

熊本市内に入ってからのホテル探しに手間取り、すぐ分かると思いアバウトに記憶した場所なので、ハッキリ特定できず能力劣る伝書鳩走行も探せず、結局宿にピポパすると受付姫スタッフの、お見事手際よい案内にすぐ到着でき、19時少時前に9FEV直前の部屋入り。後半急いだので汗ばんだ着衣、すぐコインランドリーで洗濯は¥200、洗濯中に夕食処をホテルから外出、物色するとアーケード繁華街のど真ん中と知る、海鮮店前に立止まるも財布眺めて、五千円札1枚だけでは不安で断念、遠くに見えたラーメン幟わき餃子の二文字、先客誰も居らん店内に入り注文は餃子2人前¥1000だけ、焼き上がった小さな餃子20ヶテーブルに並ぶ、もちもちした皮の食感は米粉だと思う、味はまあまあだがたれが自分で作れないのが気に入らん。酢が多いたれが好みなので、たれが自分で作れない店は減点だわ。

市内で目にしたビルの壁はがれ、壁面が大きく剥がれ落ちた家屋、ブルーシートに覆われた屋根、地震の爪痕あちこちで見られたが夕暮れに追われ、時間逼迫でホテルに急いだので写真撮りは明日以降にじっくりと思ってる。自宅から羽田手前の京急天空橋駅まで自走、熊本空港から市内コンフォートホテルまでの自走距離を合算して本日走行距離78km 3時間54分 AV19.8km 撮影枚数50枚 コンフォートHのレンタルPC一泊¥500は格安。

15日から熊本通潤山荘連泊の旅

2016.06.12
九州中国地方の2週間の走る旅を終え6日月曜日に帰宅、家に戻ってから料理上手、神の手料理で落ちた体力も元に戻り、7日、10日、14日の3日間台湾足裏マッサで3時間、8日、13日の2日間はタイ古式マッサ4時間の施術受け、11日、12日の2日間クラブランで200km走り、調整終え明日15日水曜日からまた遊びの出張だい,行き先は熊本空港発着6泊7日の1週間、ana旅割75(¥22080)で熊本地震被災地付近を走る。

この旅企画したのが実は今年の初め頃、宿予約完了が2月23日なので熊本地震発生ずっと前、昨年10月末に神と旅した熊本県上益城郡山都町の通潤山荘を根城に、周辺田園風景つぶさに見て回りましょうと4連泊申込、申込完了後に熊本地震が発生、4月16泊したロングツアー途中十津川村から、奈良県五條市♨️ホテル向かって走行、到着後♨️で疲れ癒し部屋に戻ってTVで熊本地震を知った。奈良市では地震の体感全く感じなかったので、大きな被害もたらしたとは知らず旅を続け、途中で受けたホテルからの電話で、営業ままならない状況で多くのお客様がキャンセルされてるので、キャンセル手続きして下さいの連絡、旅行中なので帰宅後しますと応答、数日後帰宅しネット開くとなんじゃ営業してるじゃん、でそのままキャンセルせず、放置のまま数ヶ月後再度の連絡は、今度は予定通り来訪されますかの問い合わせだった。

九州他県を旅しても風評被害は深刻、キャンセル相次ぎ只今旅館は閑古鳥状態、こういう時こそ出かけてあげることが必要なのではと思う、今回の旅ではツーリングマップル32Pを切取りパウチ持参、図面中央部分R445,R266,R218に囲まれた内側、全県道を走り抜けて見る予定。数日間一カ所に宿泊したまま、周辺走るスタイルの旅は今回が初めて、あれこれ色んな楽しみの旅を体験して見て、良いとなったら度々実施してみるつもり,旅の楽しみ方は無限にあると思うけど、俺っち人生は有限だから気に入った旅見つけたら集中だな。

今回の6泊7日の旅終えると本年度の宿泊数78泊完了、5ヶ年計画80 歳で146泊の宿泊を達成となる。7月4日に81歳誕生日まで更に4泊宿泊するので、80歳1年間で150泊達成となるので、残り350泊を4年間で達成とゆとりが発生、全て目論み通り進行してる健康に感謝、手厚く見守ってくれてる神に大感謝。

出発は明日羽田発14時50分ANA645便熊本着16時35分、何時もと同じく京急天空橋駅まで自走後輪行、熊本空港は当日の状況で自走又はリムジンバス輪行で市内ホテルへ向かう予定。翌日熊本市内からR266走りr313で,九州自動車道をオーバーパス萩尾でR218,美里町道の駅ありマップルメモ読み、時間掛け楽しみのラン続ける予定入梅期雨さえ無ければと願ってる。通潤山荘に4連泊後、20日月曜日は大津市内ホテルに泊まり、翌21日熊本空港まで自走12時30分発ANA646便羽田着14時10分着,天空橋まで京急輪行後自走する予定で雨天の場合はリムジンバス。一カ所宿泊なのでの荷物持てるので、雨合羽類も現地調達でなくサイクリング用、着替えも多少何時もより多めに持参。
                                                                                                                                     

6/5 益田最終日と6/6帰京

2016.06.08
益田滞在最終日は市内に2軒あるバイク自転車兼業店、片方のショップのサイクルイベント当日、入梅に入り雨が気になる空模様だったが、どうやら何とか持ちそうな状況で開催。店前に向かうと沢山の参加者が集結、MTB,サイクリング車、タウンサイクル、ロードだけでなく多種類の車種集まり結構な人数、行き先左程遠くなくゆったりスピードなので、途中写真撮り楽しみながら走れ、前半3日間の走りとは全く別なラン楽しみ,途中数回の休憩で最後尾の到着待っては出発、繰り返し午後1時過ぎスタート地点ショップ前に戻り、庭先で揃って頂戴した弁当食して解散となった。

俺っちと直参誠三との送別会兼ね、ホテル真下の大阪王将を会場に、10名程の支部員集まり夕食を囲み盛り上がった。振り返れば筬長が手がけ俺っちが固め、益田部員の努力実り自転車イベントが全国区に展開と大きく育った,更なる成長には行政の力が必要、聞けば来月首長選挙で本日のランに候補者が参加、自転車はぼろいが自転車の街造りの意気軒昂,最初俺達が益田を訪問した時,一緒に走りましたと聞くと、残念ながら島野県政の選挙権持たないけど応援したくなるわな、2期前の東京首長と名前が同じ。

名刺頂戴し裏面の益田に生まれ、益田を愛し、益田を信じるキャッチコピー眺め、この若者に是非当選して貰いたいものよとエール送った。当選したらお祝いに参上することを約束した、がんばれ慎太郎
滞在6日目早朝6時に目覚めてしまったのは、13泊14日2週間の旅最終日だから,早く家に帰りたい気持ちは小学生の餓鬼と同じじゃん、年老いると子供に帰るって本当なんだと実感させられた。

話は突然ん飛ぶが行方不明だった小学生大和君7歳、自衛隊宿舎で6日ぶり無事発見されよかったおめでたニュースがTV駆け巡ってるけど、俺っちも同じ頃我儘で云う事聞かなかったので、親父に自転車に乗せられ山に連れてゆかれ、捨てられた事があって、大声で泣きながら自転車追掛け、父ちゃんの馬鹿野郎を連発したことがあったと思いだした。親が子供を躾けるためやる最終手段だったのかも、大和君も相当な利かん坊だったのだろう。俺だったらと考えると、6日間も同じ場所には,絶対留まらず基地に来た道を逆に歩いているな。こんな原点があるので老いた今も、走ったこと無い道を走りたくなるのだろうか,三つ子の魂百までとはよく言ったものと思う。

CP最高心地よく4日間を過ごしたグリーンモーリスホテルを6日チェックアウト、羽田に予定通り帰着し自走のつもりが、早朝目覚めたのが早すぎ、眠気催し家方面へ向かうリムジンバス時間が僅かの待ちに,自走取り止め楽々バス帰宅で16時半に自宅に到着。2時間後片道歩いて15分のうなぎ屋に神と二人で晩飯食べに向かい今回の旅終結。

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6/4 益田支部滞在4日目

2016.06.05
1~3日間支部の健脚連に山中あちこち連れ回され、初の場所でもあり楽しい限りだったがやはり疲れたら、入梅入りになり天気思わしくなく本日津和野まで蒸気機関車走るを見物と決まり、10時早駕篭でお迎えは3日連続お付合いガイド君、直参と2人自転車無しで駕篭の人。1時間ほどで津和野到着稲荷神社写真撮るも、神仏無用論の俺っち賽銭も拝観もせず、高額の奉納金を納め並ぶ名札眺め、この金額困ってる現世の人達に寄付してあげれば良いのにといつも思ってる。神も仏も我が心の中にあると理解すると、外部に神仏求めることなくなり、来世は無い信念で生きると、現世を思い切り楽しまねばとなって、俺っちの生き方になると思うがどうだろう…

津和野道の駅で勤務終えた支部長青も自転車で合流、数回訪れた津和野だが街中に活気無く、以前の賑わいに程遠い感じがしたが、ブーム去ったのかそれとも不況なのか?昼食はEラン指定食事処のような名前の遊亀料理店、食べたのは直参共々うなぎ定食これが安くて¥2680.豪華版で大満足。次回益田支部訪問ツアー亀班メンバー、津和野での食事はこれに決定、杣の里なら猪肉野菜炒め、どちらも美味しいので来年は、江戸班グルメ姫連にもぜひ参加して欲しいと思う。

食事後撮影ポイントへ向かい12時56分通過した蒸気機関車は、山口方面から汽笛一声やって来たが下り勾配、煤煙吐きながらの勇壮な蒸気機関車ではなく、トロッコ機関車かのような感じで通過した。通過暫時後数台の乗用車駐車場に駆けつけ停車、三脚担ぎ踏切脇の写真撮り場所取り合戦は、津和野駅から折返して上り勾配走行する、煙を吐きながら走る蒸気機関車勇姿撮影する撮り鉄ちゃん達だった。

俺達一行には2時間も時間待ちして再度撮影する気など毛頭無く、津和野駅構内で客車を切離して、転車台で方向転換給水する蒸気機関車C571号車(貴婦人)眺め、近くから写真撮りし早駕篭なので、国道一直線で走り帰路に向かった。16時頃ホテルに到着ガイド君3日間お疲れさん有難うでした。

夕食はカリスマ店長に辛い汁のそばやに案内され、割りこそば馳走になり談話してたら、先客からも声あり三次線情報聞かされ、ホテルへ戻ったらロビーで再会は、同じホテル客同士カリスマ交え旅の話で盛り上がり、神楽拝観の時間失ったが神楽は次があるが旅人とは一期一会かも知れんからな。歩く旅が好き登山もするで各地を徘徊中と言うので、また何処かで出会うは充分あるかもな。

6/3 益田市に3連泊目

2016.06.04
益田市内ホテル満室で予約取れず、近くの別宿で一夜明かした翌朝8時過ぎ、無料バイキング会場へ向かうも、これといった食べ物もなく、ご飯食べたくないので食パン一切れ分をトーストし、残り僅かのジャムを塗り残りみかん4切れの朝食。部屋に戻り昨夜購入冷蔵庫で保管してた牛乳飲み乾し、何とか腹膨らませることができた。

本日から明後日まで3日間駅前ホテルに出戻りなので、荷物すべてを背負って駅前ホテルに預け、駅前で既に待ち受けの支部メンバー3人に合流、数年前雨の中を松江市内から伴走してくれた、練習充分日焼けした顔色のトライアスロン消防の顔もあった。

実戦用レーサーで走る姿後方から眺め、当時に比べ格段の実力向上逞しく成長してた。昨年に続き今年も三段峡Hまで出迎えてくれ、入梅前から日焼けで真っ黒この夏には、多分黒人と見間違えられそうな走るガイド君、本日も付き合ってくれ周辺光景の説明もあり有難い限り。残る一人は昨夜夕食会で初対面の新人ドクター、江戸の本部から単身参加は元監督で、いまは直参旗本古株誠三に俺っち合わせ計5名本日メンバー。

行き先は走るガイドが決めた杣の里で、行った事も聞いたことも無い場所で楽しそう。益田の仲間が案内してくれるコースは、本当の田舎ライドで実に楽しく、景色眺めながらゆっくり走ることが出来れば、更に楽しさ倍増するけどコース走行体験あれば、次回は自分だけで走れるから有難い限り。

場所は中国自然歩道匹見峡・安蔵寺コース入り口奥の山奥よこみちにある、廃校になった日原町立横道小学校校舎を流用した施設だった。サイクルラック2台も設置され、玄関で剥製の月の輪熊が迎えてくれる山村、昼食も絶品猪肉の野菜炒め味わう、江戸の街中では食すことできない、猪肉野菜炒めだけ食べればよいものを、あれこれ摘み食いしてしまい、特にスパゲッティでお腹膨らせたことを後悔した。アイスクリーム所望すると販売されてないからと、近くにある我が家の冷蔵庫から調達してくれた、スタッフ姫の優しい思いやりには痛く感動した、爺さま只では頂戴いたしませんいずれ…

安蔵寺山麓にあるこの施設に、次回別ルートから自走訪問する事を、俺っち来年の課題と心に決めた。目標決めると達成する為に努力する、これ年老いても若く居れる秘訣なのかもと思う。帰路は下り勾配の路面楽走で無事駅前ホテルに戻り、すぐに無料コインランドリーで着衣洗濯し、大風呂に入浴疲労癒し洗濯物部屋干し、駅前回転寿司で夕飯としたが、醤油甘くなければ美味かろうなと食べ終え寸前、レーンで回る皿上にキッコーマン醤油乗ってたよ残念。

街中写真撮りしながら歩き、犬も歩けば棒に当たるとはよく言ったもの、我が家の電話番号と同じ番号の乗用車路上で発見、1枚記念に写真撮影させてもらった。夜中3度ほどトイレで目覚めたが、直参旗本よう眠ってたが頑張りすぎの走り、共に歳を忘れ走りに熱中してしまってるので、明日は天気不安定で津和野まで、早駕篭でSL見物に決まったので少し休養できそうで良かった。

それにしてもロビーPC使ってブログ更新できる、グリーンモーリス益田ホテルは☆3つ最高評価です、欠点は唯一予約が取りにくいこと。


6/2 益田市に連泊

2016.06.03
益田連泊2日目早朝、まずは本日のみモーリスH宿確保できず、近くのステーションHに移動するので、荷物類を前もって預けに行き集合場所駅前に戻ると、本日ガイドしてくれる支部長と、昨年三段峡まで出迎えてくれた暦年ガイド君の二人待受け、9時益田駅前出発で行き先40~50km先のふるさと体験村へ向かった。

往復100kmのコースなら左程と思う距離だが、アップダウンあり結構足に来るコースを、青支部長先導する後方に監督がぴったりはり付き追走、俺っち車間空け追走しては、追い上げを繰り返すもスピード速いので、次第に苦しく大変になりラスト写真撮りに専心。体験村で昼食は前日と同じく手打ちそば、天ぷら盛りそば¥780に割りこそば1枚¥230で合計¥1010.昨日も今日も汁が美味しくなく、せっかくの手打ちそばが泣いていた。

往路の脚力消耗避けるため、帰路は前方二人に接着して走り脚力消耗を避けた。番手とはいえ監督が離れることなく追走してる姿目にし、クラブランで一緒してなかったので、知らなかったが脚力急上昇してる理由が何か知りたいよ。往路の計測メーターデーター喪失してしまったが、帰路は43.67km AV27.6km MAX60.7km 1時間34分53秒とカウント、AV高く最近の俺っちAV10km台なので疲れた。

16時半から市役所へ招かれ市長囲み自転車談義、コインランドリーで洗ったジャージ類ホテルへ持ち帰り部屋干し後、スーパーで買い物はブドウ、リンゴ、パール柑、牛乳、うの花では主食なし、夕食食べたく街中歩いても居酒屋看板ばかり、見かけた喫茶&軽食にイン、食べられる軽食って何ができるの?女将のうどんならできますに、昼がそばなので別なもの食べたかったが、居酒屋徘徊は嫌なのでうどんでもいいやと注文。

冷蔵庫から冷凍うどん取り出し作ってくれたうどん、肉、かまぼこ、玉子が並び美形女将同様見た目きれい、食べても美味しかったのは心がこもってたから、あれこれ話しかけられたのは余所者だからと思う。鹿児島からの自転車の旅と、年齢言ったら驚いた様子だった、店内表示のボトル価格が10000.8000.6000.と高額な価格表、コーヒーですら¥600の記載見たので、うどん幾らとられるかと思ったら¥600に拍子抜けした、飲兵衛から金は稼いでも、食べるだけの一見客にらはあこぎな真似しない。

カウンター端に先客がグラス傾け、別の端に座った俺っち注文はうどん、食べてたら入ってきた客が真ん中に座りビール注文、お目当てはお二人さん共に女将目当て、この女将なら落してみようと通う男の心情ようわかるわ。常連客を適当にあしらってる女将の心俺っちには読めた。余所者爺さんが腹減らしてるように思ってか、これは無料サービスですと差出したマカロニサラダ一鉢、女将の気配り俺っち心に染みたな、どういう境遇の女将なのか知りたくなった。事際俺っち凄く腹減っていたことは事実で、うどんなら出来ますにうどんでもいいわと答えた言葉のニュアンス、微妙に伝わり心こもったうどんがつくられ、美味しく食べられわけだが、年老いると人の心が読めてくる、いや勝手に思ってるだけの独りよがりだったりして(W)

6/1 益田市へ向かう

2016.06.02
8時30分朝食食べる時間2F窓から外眺めると、益田支部からの仲間2名が到着したところ、急ぎ朝食すませチェックアウトすると、表に総勢5名もの多数の部員が待受け、長旅続けてると曜日の感覚失せ、本日日曜日かと勘違いしたほど。まずは俺っちペースで走り出すことになったので、自分のいつものペースでのんびり走り出せばよいものを、せっかく遠方から終結した皆さんをだらけたペースで先導しては失礼とばかり、宿からすぐの国道191長い勾配路面がんばり、朝一すぐの力走はきつく足に伝わった。深入山入口入り前回はすぐすぐ引き返したが、今回昼時奥まで入って手打ちそば食す、駐輪したそば屋横の古民家風茅葺き屋根の別棟、芸北の民家山麓庵表札ある復元された古民家内部、自由拝観できたので詳細に眺めて写真撮り。昔父親の故郷足柄上郡山北町、農家納屋で見かけた覚えある品々が多く陳列されてた。

食後前回と同じく聖湖、樽底貯水池周回し次道の駅匹見峡で小休止すると、石見空港到着の監督出迎えた支部マスターの早駕籠登場、現れた監督早駕籠から下ろした伊太利亜カラー車にまたがり、走り仲間に加わりR191道の駅サンエイト美都で一息入れた後、国道回避の農県道走り楽しみながら、文字通りので田舎ライド益田市内入り、16時過ぎ駅前グリーンリッチホテルに到着。すぐに大浴場に向かい入浴しながら、コインランドリーで洗濯したが、洗うだけは無料というのも嬉しいサービス。

このホテル場所は駅前で立地条件最高、部屋は広いわ照明は明るい、大浴場も付き料金安割安で超お勧めも、誰しも思いは同じようで、リピーター多くまず予約が取れないのが難点、今回も早くから手配しながら、2ケ月前からの予約対応開始なので、俺っちのように超早くに予定決めても、思い通りの予約ができないのが残念。結果2日宿泊のみがどうしても取れず、この日だけ別ホテルに移動することで決着せざるを得なかった。何故か2日の日は各ホテル共満室で、何かのイベントでもありそうな状態だが、現地でも何の様子も見受けられないが?インターハイの県内予選かも?

夕食は地元勢4名が集まり、江戸からの遠客つまり俺たち2名歓迎の夕食会、合計6名が時間まで語り飲み食い楽しみ、時間になり散会となったが、呑み足らん向きは例の2次回へ向かった…俺っちホテルへ戻ってロビーにある2台のPC、いつ眺めても誰も使用してないので、まずはネットでニュース読んだり、地図広げたり競輪VTR眺めたりで遊ぶも、隣席PCに誰も姿見せず空席のまま見て、これならブログ更新もできそうと判断、部屋からカメラ持ち運び手元に置き、前日迂回路山中で迷った写真等繰り返し眺めて、走り抜けた行程思い出しては、ブログ綴ってアップでき終了、部屋に戻ると眠気からすぐ寝床に入り熟睡。
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