2015年これにて終了

2015.12.31
昨日石和砦から帰宅したが我家別宅の植木類、隣接するぶどう畑で散布される農薬から逃れた、虫類の格好の産卵逃避の場所となってる。殆ど立寄る事無かったので,可哀想に放置された庭木は、産みつけられた卵で太さが倍ほどあり、人間社会でよく見かける肥満児状態、健康体にしてあげようと始めた退治作業、何でも始めると夢中になってしまう、生まれながらの性格から,時の立つのも飯食べるも忘れ作業に集中,年老いても三つ子の魂って変わらないねえ。

防草シート敷詰めた砂利庭で土は無いはずなのに、庭のあちこちに生えてる雑草の類い、残したいような美人じゃない美草もちらほら、でもこの際心を鬼に十把一絡げ引き抜くも、砂利床に確り根を張り巡らせ抜けず、無理に力加えると草だけちぎれ処置無し。左右に揺すりながら力加える至難の技、時間かかるは指先疲れるわに往生、広いフローリング部屋の中ではルンバが立ち往生、充電使用にも長期間放置でバッテリーがお釈迦様,近代兵器は石和砦で活躍の場面無く終わってた。

それでも部屋の中さほどの汚れは無く、フローリングクリーナーでお掃除爺さんで対応、こちら30枚の除菌クリーナー1パック使い切り完了。大変だったのは庭木の虫駆除で大半の時間こちらに費やし、部屋の中でお茶飲んで乾燥芋食べての朝食、昼食の代用は戦時中の国民学校児童は食糧難時代、これを体験した経験は今でも生きてる。自転車で走りながら時折思うは、飲まず食べずで走り続けたら、俺ってがんばれると思う忍法省エネ走法得意だよ。

リビングで一服し恩師山王スポーツ社長から、頂いた激励のたくさんの手紙類を敷き、仲睦まじい社長夫妻スナップ写真数葉並べ飾った、大きな額縁に感謝の眼差し向け、夫婦仲良しかみさんに感謝の教え忘れてないと伝える。並び飾られた台湾の郭金仁先生とのツーショットにも黙礼。俺っち楽しき自転車人生送れる根源はここにある、今年も一年無事に走り続けられた事を亡き先輩達に報告。そして俺っち青二才の頃の昔、藤倉電線サイクリング部で活躍してた、大先輩が98歳で今春鬼籍に入った事を知り、俺っちも今夏80歳傘寿を迎え平均寿命を越えた事から、つい先日親好あるプロ写真家のスタジオで遺影撮りして,家族葬で必要と言われ写真だけ準備した。

本日のブログで本年度終了。走行日数197日間 100km以上走行した日数31日 最長距離は170km イベント参加は寝坊し遅刻、主催者に迷惑かけた事から今年から参加せん事に決めたので長距離走激減した。全走行距離も目標の15000kmに及ばず13500km 宿泊は日本全県におよび127日、80歳以降での500泊計画は67泊達成であと433泊を4年半で達成すれば目標達成。それには気力癒えぬうちに泊数稼ぐが必要、有難い事に薬とは全くサブリも含め無縁、心身共に元気で親から貰ったDNAと自分自身の日頃の鍛錬がもの言ってる。
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12/12 奄美大島から帰京

2015.12.14
徳之島から乗継ぎ時間合わせで、JAL羽田直行便15時25分搭乗なので頃合いグーだった、ところが徳之島行き取り止めで予定変更、空港に近い知人勤続のホテルティダムーン宿泊、待ち時間が半端時間になってしまいどう過ごすか課題で、結局のんびりを大事にする事に決めた。

まずチェックアウト時間11時までH滞在、15kmほど戻った地点にある石窯パン屋まで往復で30km、神の好きなパンを土産に買込み,帰りしなも一度ホテルに立寄り昼食オーダーのんびり過ごし、更に空港までの途中にある味の郷かさりで神さんに頼まれた黒糖発注、で空港向かえばスローラン楽しめると考えた。

パン買いに行くのもゆっくりあちこち見回し写真撮り、パン屋で大きなパンとイチジクパン、更に9ケあったよもぎあんぱん,全部買ったら後客に悪いと半分5ケ買い娘宅4神1で俺っち昨日食べたので遠慮、相手の事考える俺って偉いなと爺自尊、そう戦後食べ物なかったガキの頃、仲間同士で分け合った事思いだす、皆確り仲間意識で団結してたよ。日本人の素晴らしさ今でも残るは離島や秘境に垣間見る。島国国家だった日本人は生抜くためには、互いに助け合わねばならなかった,先人達の労苦を忘れず切磋琢磨せんと先祖に申し訳ない。

再度ホテルに戻り昼食オーダーはカレーライス、お味どうですか?と聞かれたので正直に美味しくない、これはお子様カレーよと返事したが、よく考えたらここは奄美で仕方ないのかもと納得。ここの料理すべて美味しいのに、カレーだけは外れで値段も高く都心一流ホテル並み。奄美じゃ甘カレー好きには評価されてるのかね。

空港手前味の郷かさりで神さんから注文の、やわ黒砂糖ともち黒砂糖買って発送依頼、空港到着リュックはパンでいっぱい、レーサーシューズ入らないので車体に括り付け、輪行袋に自転車収納し羽田到着、リムジンバス桜ヶ丘で降車し、京王線電車に乗換終点京王八王子から、自転車組立て自走帰宅寒かったなあ。

12/11 R58北上の奄美大島縦走

2015.12.14
奄美大島最南部のリゾートホテルから,県道を古仁屋に向かい国道58に出て,北部名瀬市笠利町の同じくリゾートホテルまで,走行距離もゆったり走れる70kmほどが本日の行程。大きくゆとりのある部屋全面ガラス窓から,加計呂麻島が目の前に広がる光景はすばらしいけど、温泉が無い施設でセレブが呼べるか?島民だったら考えも付かない発想が吉と出るか俺は疑問に思う。

昨日とは打って変わった好天気難儀した県道を走り、古仁屋街中で酒屋さん探しでたどり着き、新年会にプレゼント宮崎と北海道から、楽しい忘年会終えたメール届き次は新年会、走る楽しさとは別な楽しみも生まれたようで結構な事、酒豪親父を反面教師に酒と無縁だったが楽しげに飲む姿眺め、他人に迷惑かけない飲み方なら、まあ結構でしょうと理解できる年齢となり、更に理解はすすみ今回酒販売店に向かったのは、奄美諸島のみ許されてる黒糖焼酎購入のため、名瀬って何故かと云うと北と南の大事な仲間への贈り物じゃ。

R58は奄美大島を北から南へ縦断する島内唯一の国道、これ迄何度も往復してるが網野子トンネル北上は初めてのこと、奄美大島はトンネル多い島でどのトンネルも照明が暗いけど、今春開通した新しいトンネルなので、明るいが歩道は付随しておらず自転車は車道通行、北上はオール上り勾配で4243mと、島内で最も長く通過に結構時間がかかる。住用道の駅で昼食は豚骨定食、これが美味いのよ沖縄でソーキそばにはまったが、豚骨定食がそばとご飯の違いはあるが豚肉が同じ味、奄美でK飯嫌い魚類もいまいちの俺っちにも好物見つかり良かった。

時間まだ早いので名瀬市街でネットカフェに立寄り、滞在2日目ブログアップしてからR58北上の旅続け、永田橋右折和光トンネル抜け突き当りT字路、再度右折して本茶BPに入り、暗い上りトンネル越えは無理せず右側の歩道通過、トンネル抜け道路下ると石釜焼きパン屋さんあり、これが中々美味いので立寄ってよもぎあんぱん食べ小休止。もうここ迄くれば本日の宿ティダムーンはすぐ先で、夕暮れ前無事到着となり顔なじみ有吉そっくり支配人にご対面。

着衣手洗い洗濯すませ部屋干し後誰も居らん温泉浸かりのんびり、これがなにより至福のいっときで温泉無き宿は楽しみ半減、最近ではビジネスHすら大浴場から露天まで用意してる内地の実情知らなかったら経営者失格。金儲け追求ではなく楽しさ心地よさを味わって頂く事を、まず第一に考えないと白亜の殿堂危うし、関西で客呼べるここは離島よ。

12/10 奄美大島最南部へ

2015.12.13
本日宿泊Hは島内最南の瀬戸内町蘇刈にあり、何故か常用楽天トラベルでヒットせず、じゃらんで探し予約した宿。コースは何度も走った国道58終端の古仁屋から県道626、天気予報では数日前から雨予報伝えており、名瀬市内から古仁屋迄路線バスあり,アップ遅れのブログ更新でネットカフェで遊び、古仁屋まで輪行も視野にあったので、2日前宿からの連絡に曖昧な返事だけ返して、結果は当日の天気次第と考えていた。

ひどい雨降りだったら宿のチェックアウト時間迄ステイ、しまバス停留所までタクシー移動して、昼過ぎ発の古仁屋行きでの輪行,古仁屋から県道626最南端の宿迄10km弱自走と決め、まだ真っ暗の窓外眺めると降っておらず二度寝する。再び目覚めた8時過ぎ朝食すませ,着替えて階下に降り外に出ると小雨降り出す。委細構わず走り出すと結構濡れるので、58号線に左折時停車し合羽着用、本日全走行距離50〜60kmと思われ,スローペースで走り蒸れて下着汗ばまぬよう気遣う。

昨日黒糖サンプル頂き帰京後、購買是非決める事になってたが別品注文し、義理すませましょうとサン奄美売店に立寄って商品物色、結局明日製造するくろ棒とたんかんゼリー購入、発送手配すませ細かい配慮に返礼すました。雨小康状態に合羽脱ぎ走りだし,網野子峠350m大垂水峠より低いのに、こちらがきついのは斜度と路面の荒れのため,頂上からの下り湾曲路は新トンネル開通で解消、地蔵峠をトンネルで抜け下りきると古仁屋到着。

シーフードレストランで昼食は海鮮丼¥1500.マグロ養殖世界一瀬戸内町産も期待にほど遠い味に失望。県道626から宿迄走る間、急激に雨脚強くなりハンドル振れる暴風雨,無事宿到着するとスタッフから大歓迎受ける。何の事無いホテル経営母体本社が八王子にあるそうで,スタッフ桜子姫は福岡県八女出身で八王子で在学在住在勤10年、それに加えて本日の八王子からの老客八十歳。更に若者スタッフの一人なんと飯能高校生時代、俺っち立川旧店舗の顧客でこのホテルオープンの9月から転勤、島でロードレーサ乗ってると聞くに及んで驚きましたね世の中狭いわと。





12/9 山羊島H連泊で

2015.12.13
ホテル連泊は背中に荷物持たず走れ,行動範囲が広げられる利点が有るので、来年度はこの方式で行動することに決めている。で今回早速のテスト走行は宿泊地名瀬からスタート、瀬戸内町、宇検村、大和村と島内南部を周回し名瀬に戻る、南部周回コースを走る事に決めていた。前日すでに北部を廻ってるので、2日間で一応全島を周回した事にになる。

走行距離100km越しアップダウンの続くコース、のんびり写真撮りながら楽しみたいと思うと、日暮れ早い秋口なのでなるべく早めに出発したい、と云うものの寝坊助爺さん早起きに、目覚まし掛けるは大嫌い自然体が好き、前夜無人のH屋上露天風呂で超リラックス、これが疲労回復英気養ってくれたか7時前にお目目ぱっちり。7時オープン朝食会場で早々バイキング、各種料理並び他客1人だけ早朝から混雑するビジネスHと大違い。いつも通り朝は食欲湧かず、ご飯食べずパン一切れだけ口にし、副菜数種と果物だけなのですぐ食べ終える。

部屋に戻って着替えて輪行袋とライトだけ、ハンドル前に括り付け玄関先で写真撮りホテル出発8時。日没5時として9時間あれば120km無理せず走れると判断、ゆったりペースであちこちカメラ向けながら走行。住用町の物販店に立寄り黒砂糖大量注文に、試食持帰り味見して頂いてから発注下さいと超親切、注文品代金頂き納品が普通の客商売で、顧客の立場考えてもし希望の品と違ってたら、大量なので困るでしょうと配慮する島姫の優しさに思わずに惚れちゃった。

昼時過ぎ宇検村へ入り真新しい建物宇検食堂、場違いな瀟洒な建物に通り過ぎを戻って、自転車を植込みの中に留置きインすると、スタッフが席迄案内は一流店と同じも場違いの感じ、注文した海鮮丼¥1600.食べ宇検村剣士の刀使いの神髄を見た、丼に並列の刺身から米飯が透けて見える切身の薄さ,お主の見事な刀捌き宇検剣士の腕前に感嘆、内地鮮魚売り場でもこれほどの腕前見かけた事無いな。

ご飯少なくと頼んだので食べきれ出発、その後名瀬に戻る迄食事処らしき店見かけなかったので食べて正解だった,宇検食堂宿泊施設もあり甘味処も隣接する、この食堂酒造会社経営で工場見学でき、試飲もあるそうだが飲まん俺っちには関係なし。後半失速気味になり4時過ぎには到着するはずが半を廻って帰着、ネットカッフェに出かけブログ更新なんてとんでもなかった。

12/8 名瀬山羊島H

2015.12.08
今回の奄美旅行当初はラスト2日間は徳之島ヘ渡るつもり、奄美大島までは阪急トラピで1泊6日のフリーツアー、島内4泊の宿は自分の好みでフリー、そこで考えたのが徳之島初訪問を最終日に組み入れ、チケットは当日購入と予約入れなかった。テレビの天気予報では、どうやら旅後半雨模様に徳之島行き見送って、次回に持ち越し本日ネットカフェでキャンセルと決め宿を出る。

県道601に出て島内左回りで海岸線沿い走り佐仁、屋仁県道602に変わり赤木名から、海上越え沖縄奥から那覇に続く国道58に右折、奄美市の飛び地笠利町から竜郷町内へ右折、右手に竜郷湾眺めしばらく走り昼時に漁師の店番屋で昼食は海鮮丼¥1600.ガイドブック記載評判の店、ご飯少なくの注文にその分具ちょっと増やしましたと良心的、お味は俺的には普通だが南方で刺身味追求は酷だわ。

食後暫く走ると西郷南州蟄居地今井崎の半島ぐるっと回り内陸に入って、名瀬市に入ると登坂路になりこれがきついの、ロングライドの逆コースで名瀬CCから下りになり、下りきった先でR58に合流しすぐ先右折で山羊島Hに到着。

洗濯物まとめ無料ランドリーに入れ洗濯中に、屋上露天温泉風呂に入浴ゆったり湯あみ、部屋の中ハンガー使って自然乾燥させ、タクシー呼んでネットカフェに向かい、まずは徳之島の宿キャンセル完了、最終日は馴染みのティダムーン泊まり、帰京便が午後便なので羽田からの自走は無理、奄美島内では逆に時間余ってしまいどう過ごすか課題。

ホテル帰還後の夕食は無理なのでネットカフェで、ピザ¥450とお好み焼き¥350食べ放浪民の境地味わう。22時過ぎ3時間パック¥1000支払い終了、表へ出て街中歩きタクシー拾って帰館¥960。明日は今回旅のメインR58,r85,r612,r79島内南部半周回り、100km越えハードなので早めに寝床入りした。




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12/7 奄美大島へ

2015.12.08
全国全県宿泊走行目標完遂したので、12月はのんびり走りを楽しむには暖かい地方となり、いつも沖縄となるのだが知り尽くした沖縄に興味失せ、今回向かったのは1泊宿つき阪急トラピ5泊6日奄美大島の旅、7日12時10分羽田発奄美大島行き直行便、家から自走で向かうには13時過ぎが理想、朝寝坊爺に昼の便は多少緊張するので有難くないけど、少ない離島便で限定されるので仕方ないわな。

まあ当日7時前目覚め8時前家を出て、いつもよりやや速いペースで走ったが車の渋滞激しく、R20号日野橋渡った所で多摩川沿い道路にエスケープ、府中郷土の森公園からいつもの道に合流、以後順調に走り11時前京急天空橋に着き即輪行、余裕のチェックインで奄美空港へ向かった。手荷物預かりがX線機器なくなり、係員来て目視になってから時間かかり面倒になった、何よりも次の乗客待たせることになるので嫌だね。

機内放送で機長から現地は小雨の報あり、今回あいにく合羽持参してないが、宿が近いのでまあええわと覚悟、強い偏西風で10分延着したら雨あがっており、降雨後の痕跡もなしに助かったあ。空席殆ど見当たらない盛況は現地に降りたら、どこぞの団体旅行客が、旗持った添乗員後方を大行進しててな。

奄美空港から北部の宿に泊るは今回が初体験、地名番地を頼りに走って道路脇にあったイラスト地図から、サイクリングロードの看板追いながら進むと、らしき建物目に入り図星は感冴えラッキーだった。海が目の前シーズンだと賑わうホテルだと思うが、本日多客は1組3人だけのよう。自転車は事務所が倉庫に預かってくれたので、部屋まで持ち込む必要もなく、近くに何もない場所だが食事はホテルレストランで注文でき便利々、それなりに満足できる味と料金だった。

明日明後日は天気よさげだが、古仁屋の先端まで向かうラスト2日間が雨模様が問題だな、濡れたくないのよ参ったな。

明日から奄美大島

2015.12.06
先月のツアーで本年度の目標全て達成、先月末には椎葉から日向班と忘年会を楽しんだ便り、その翌日次は北海道木古内班から同じく忘年会の報届き、今月2日には総元締立川Eラン亀班が何故か都心で忘年会、最近都会にすっかりご無沙汰の俺っち、場所探しに手間取って遅刻してはすまんと、19時開始を2時間も前に家を出て,お目当て渋谷駅前に1時間も前に到着し、雨降り出した駅周辺を看板探して伝書鳩歩き、やっと探し当て雑居ビルの5Fと判明も、このビルEVが5Fに停止せずで階段歩くも、裏口で入口分からず遊戯店舗通り抜け、別な階段から再度階段上り扉開けたら竜宮,なるほどこりゃあ確かに六迷感だわ。

会社帰りの直行組み多く背広にネクタイ、はて別な集まりかと見間違えお前さん誰だっけ?で、老いぼれた自分を実感させられました。平日、都心で開催と多摩田舎者達に足遠のかせたにも関わらず、27名も参加してくれたとは驚き感謝ですわ、あちこちで話し盛り上がり時間経過忘れるほど、大手術後クラブランに顔出すこと全く無なった、ラスター先生が元気な顔で参加し,来春復帰に向け自主トレ開始の報告聞き安堵,サイクリングは一生続けられスポーツ、体力の衰えをカバーし若い世代と共に楽しめる、あちこち席の盛上り眺め、老いてからの絆は特に貴重大事にせんとな。

明日から5泊6日の奄美大島ツアーをエンジョイし、これを今年最後のサイクリングツアーとし,例年年末年始沖縄で過ごす企画は終了、80歳から85歳までの5年間500泊計画は年末年始は在宅、真夏の8月は石和砦に篭城し遠客接待、5年間通せば予定もたてやすいかと考えてる,富士は日本の心一度は自分の目で眺め納得、日本人であることに誇りを持って欲しいと思うのが爺の願い。



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