7/25 旅の終末は新白河から輪行

2015.07.25
郡山チサンホテルの朝、前日レンタルPC借用せずネットカフェでブログ更新、ピザとスープで夕食も済ませ帰館。ホテルでは作業何も無く早寝したので、朝も6時前からお目目ぱっちり、6時半食堂に出かけると長蛇の列、早い時間の食堂ってこんな混合うとは知らなかった。それでも俺っち後ろに並ぶ者無く、心配した席は空いてたのでさっと食べ自室へ戻る。

久しぶり雨の心配なさそうな天気見て、国道4号線空いてる早朝走るがベストかと、早めの出発は7時15分過ぎ、宇都宮まで走って新幹線輪行は国道110km以上走行、車両洪水状態の狭い延々走るは御免と泉崎入口に左折、その昔大会会場で通った泉崎村役場、その後どう変わったか見たい気持ちもあり、各地の自治体が役所から新設してた頃。泉崎村役場は板張り廊下にカント、他の村施設は結構立派で国際規格バンクも構築し、役場だけは旧態そのままだったなあ。

工業団地招致国際大学開設の話しも耳にし、大きく変わりそうだった地方自治体,歯車噛み合わせ狂い暗躍した曲者おり、バブル期崩壊で財政破綻するも、後継村長の見事の手腕村民一体になり、業績右肩上がりに回復させた村、工業団地へは向かわなかったが駅舎眺め、県道大回りついでに南湖眺め新白河駅へ向かった。

白川から泉崎の反対方向に西郷村あり、実業団のレースが開催されてた遠い昔、羽村でオープンした我が店創世記、クラブチーム員数名連れ参加したなあ、泊まった宿屋の鴨居に、ハンドルぶら下げ並べたフレーム見て、仲居がビックリしてたな。体験した者現存してないと思うけど、クラブチーム育成に夢中だった40歳に成った頃の事。遠く青森県八戸のロードレース大会にも大挙して参加したっけ,ショップが持つクラブチームの先駆者の気分だった。

10時55分発『なすの』1号車デッキに乗車、東北新幹線はどうやら終始左側ドアが開閉する感じ、左右に置換える必要なく東京駅到着。東京周り選択は大宮乗換だと都合3回の乗換を嫌ったため、車内で眠気に教われ参った、東京駅からの中央線も1号車選び、車椅子スペースに自転車置き立ち居でも、眠気引続き往生八王子駅で組立て自走、家近くの食事処でカレーライス¥1000でフルコース。東北とは段違八王子の暑さは凄まじい、トータル20日間で1600km走ったが来月は遠征予定無し、楽天の宿リザーブ全く無し。石和砦に出張少しのんびりしたいと考えてる。
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7/24 福島県郡山市へ

2015.07.24
このホテル朝食は和洋チョイス、朝からご飯食べたくないことから洋食選択、トーストにハムエッグ、ヨーグルト、フルーツと結構大盛り、完食したら腹一杯になり、ホテル朝食でこんな沢山食べたのは珍しく感心。本日の東北6県最終訪問地は郡山市、福島市へ抜けるまでの国道13号線峠越え、長いトンネル2ツ抜けるなければならず、車両通行が多く福島までの42km、雨降り合羽着用でちょっと大変だった。約半分は下り路面だったが大型車多く、風圧雨しぶきに閉口させられた。

福島からは一桁国道4号線混雑さらに増加、二本松の道の駅で休憩すると、73歳地元の方から声掛けられ、俺っち80歳と聞くと仰天してた、その方も昔東京に住んでたそうで、学生の頃東京オリンピックで動員された話や、日本列島35日ツーリング体験もあり、若き頃は結構自転車楽しんでた様子、今も恥ずかしながら少しだけ走ってるとか、薬何も飲んでないどこも悪くないは、自転車運動の効果だろうとしきりに感心してた。

濡れた衣服で食堂インは冷房で寒いが、朝大食いしたことから空腹感じることなく、郡山市内へ15時半到達まずは駅前に向かい、案内板見てホテル特定チェックイン16時前。すぐに衣服コインランドリーに放り込み、まずは遅い昼食カレーライス¥900、我が家近くの馴染みの店と比べたら月とすっぽん、¥300の価値もない代物、これで商売やって行けたら楽なもの、郡山市民は味覚、金銭感覚落第じゃ。駅前ヨドバシ8Fにあるネットカフェ自遊空間へ向かい、本日分ブログアップに精出す。

八王子が大雨で神からメール届き、道路が川のTVニュース流れてた、俺っちが天童で体験したと同じ状況なので、停電になるぞと返信しておいた。最近の天気は異常で雨続きの地方へは、道路状況確認してからでないと、安心して出かけられなくなってしまったな。遊びの外来者俺っちと違い、そこで生活してる住民はさぞ大変だろうな。

今回の旅今晩で19泊終了し明日は、宇都宮まで100km程走って帰宅と考えていたが、雨続きで持参したオイルも空になり、チェン軋むので白河まで走行し、新幹線輪行を考えている。走行距離も1500kmを楽に越え充分楽しめ、神から明日夕食うな重食べに行こうねメール届き早帰りじゃ。

7/23 山形県内を米沢へ

2015.07.23
本日は国道13号県内縦走中心なので終日通行車両多く、ホテル出た9時半時は降ってなかったが5kmも走らん内に本格雨降りに堪らず合羽着用、それでも13kmほどの間は県道22走行で、気温も低く標識温度23℃で暑くないのがせめての救い。向かう先米沢までの距離も近く55kmほど、米沢まで40kmになったころから国道13に合流すると車の洪水。米沢ではチョイ近いかと考え、40km先の福島までも考慮したが、米沢での宿泊体験初なので無理せず止めたのが正解だった。

大型車両が容赦なく水滴巻上げ、轟音残し走り去るのが連続、なるべく職業ドライバー連の仕事を邪魔せず、我が身の安全も考え歩道走行まじえるも、良さげに見えても歩道走行は走り難く、パンクの危険性も増すので有難くないの。上ノ山温泉脇上り勾配路走りながら、その昔蔵王レース帰りのクラブ員と共に、五色沼越えの山岳路走り抜けるもすべて相方企画にご相伴、年老いたあ奴の姿ここ全く見かけてないがどうしてるかな?

雨上がったかなで合羽脱ぎ走行すると、またすぐ降りだして着脱忙しい道中、昼食は道路脇に見かけた回転すし太助看板、合羽脱いでインしたものの、衣服濡れてるので店内冷気に寒くて長居できず¥900.でアウト、食べる楽しさ全く無しで物足らず、暫く走って次はそば屋にはしご。注文はあっさりとろ盛り¥800.そば粉多く技術未熟太く短いそばが山盛り、ここも寒く長居無用でやっと食べ終え、店を後にした紅亭(くれないてい)愛想は抜群も、主の技がいまいち店名もどうかしてくれない。

米沢市内に入るも実は宿W予約に気づき、常用楽天チョイスをキャンセル直接予約宿へ向かうも、場所略図無く住所のみが頼り、まずは市役所目にして立寄るも、市内図表示等無くバス停の停留所名、市内循環バスの路線図から探す町名発見、右回り路面適当に走り停留所名確認、幾つか次々適合に気を良くし走行続けると、電柱に門東町3-、丁目までどんぴしゃ目に入り、あたり見回しらしき建物発見はずばりだった、チェックイン時間に間があり落着き探した効果てきめんだった。

15時ちょい過ぎチェックインすぐに洗濯、入浴で疲労癒し部屋干し17時から配布される夕食は牛肉弁当、フロントで温めて貰い食すと眠気に誘われ、まずは一眠り目覚めたら20時半、レンタルPC¥1080.でブログ更新に着手。
残るは明日の福島県郡山市だけにな利、走行距離も1500kmにあと僅か楽しめ爺さんって俺っちのこと。

7/22 山形県天童へ

2015.07.23
宮城県大崎市古川から、山形県天童市への移動は列島横走り、国道347一本で鍋越トンネル520m県境まで宿から40km、日本列島動脈は縦走道路、横断道路は交通量少なく347も例外ではなく、のどかな県道雰囲気で走れたが、昨日に続き暑いのには閉口した。

無料朝食食べずにホテルを出発、郊外のスーパーに立寄って、りんごパイとチキンバーガー食べ自販機の玄米茶飲み干し暑さ対策。昼食は尾花沢街中へ抜ける県道沿いそば屋でざるそば¥800食べた。日本人1人と外人3人が板そば囲み食べていたが、外国人にそばは向かないと思うけど、自分が好きなこともあって俺っちも、ロシア人一行を招待した際埼玉県で食べた事あるなと思い出した。

右手新庄左手村山、山形の標識ある13おにぎりに左折すると通行量俄然増加、並行して走る県道120に逃げ込み、車両洪水から脱出したものの、カメラ取り出す魅力ない街中裏通りに失望したが、暑かったのでより早く宿に向かいたい気持ちの方が勝ってた。

15時半天童駅前コンフォートホテル到着、汗まみれジャージ類即行コインランドリー、すぐに入浴疲労癒しさっぱりしたら腹減り、洗濯終えた着衣部屋干し後、買い物外出プラムとぶどうで¥700買い、ついでに食事と食事処で野菜炒め¥550,漬物盛合わせ¥350,小ライス¥100でちょうど千円。いずれもこれが1人前と疑う大量盛にびっくり、小ライスだけ盛を半分にしてもらい、食べてると稲光雨降りに転じ、超ゆっくり食べても止む気配など皆無になり、至近距離なのにタクシー依頼ホテルに逃げ帰るとホテル一帯停電中。

ロビーに既に客人数人待ち受けスタッフ大忙しに飛び回る、停電でエレベーター停止階段は外壁設置の非常階段のみ、強風雨に危険なので移動禁止中、部屋在住者はそのまま自室内留置、外来帰館者はロービーで停電復旧待ちとなり、猛烈な稲光落雷音間断なく光る稲妻は、これまで80年歳月で見たこともない光景だった。小用催しトイレに入るも暗く、携帯を照明に利用までは対応できたが断水には無力、1時間半待ち小降りになり雷光無くなり、スタッフが非常階段を照明で照らし、1人ずつ自室までガイドしてくれ、とりあえず真っ暗の部屋に入りまず一眠り、電気点灯し目覚めたら22時半過ぎ、古館が熱く語ってたニュースステーションだった。

でレンタルPCキー叩き本日のブログアップ。本日走行距離89km 3時間50分の走行時間何よりも助かったのは雷雨がホテル到着後だったこと、走行中だったらどうなっただろ、とてもあの強雨雷鳴下では走行不能だぜ、長い人生色々あるけど本日は救われた。現代生活は停電だけでいとも簡単に機能麻痺してしまうと知った。


7/21 宮城県古川へ

2015.07.21
本日の移動は北上市内から大崎市古川まで約100kmほど、国道4号線で向かうのが簡単明瞭だが、一桁国道4号線は終日大型車の通行が頻繁で走りにくいので、一関までコース約半分50kmは県道14号線が、絶好の迂回路になるのでこちらを走る、予想通り車も少なく信号僅少、撮影場所も多々あり楽しみながらは一関駅前まで。陸前高田でレースやってたので、かって毎年通った場所だが、一関駅前は大幅に変貌してるが中坪家屋にはあまり変化なし。

水沢江刺のあたりを走りながら、東北GPで走った昔の記憶よみがえり、大震災で亡くなった輪友と初めての出会い、その後仲良しになった思い出の場所、ヤング、シニア混在の先頭集団をコントロールしてた上、真中から抜け出すを見て左端から飛びつきゴール勝負、ソロで参加した俺っちに大会終了後、声かけてくれたのが上だった、仙北地方レースで負けたこと無かったのと言われ、勝つんじゃなかったと後悔した俺っち、その後同じ業界で親しく付き合い、得難き友だったのに大震災で失ってしまった。いつも上の分も走ってる気持ちだよ、上のあれこれ思い出すと目頭が熱くなる。せめてもの救いは倅が元気いっぱい家業を継いでること。

走る途中見かけた国道から入ったそば屋、月曜定休で祝日の場合は火曜定休日、美味そうな雰囲気充満だったので残念。一関市街から4号線にでたラーメン屋で昼食、塩チャーシュウ麺¥860他に食べるもの無く仕方なかった。一関からは適当な迂回路見当たらず国道4号オンリー、歩道走行交えながらの後半50kmは天気良くなり、気温が高くなったことも加わり結構大変だった。

15時半古川駅前ルートインHに到着も、すぐの解体輪行袋への収納が疲れ感じ苦労した。着衣コインランドリーで洗濯し温泉大浴場に入り疲労癒す、部屋のバスルームと違いリラックスでき素敵、天然温泉っていうのが更に素晴らしい。ビジネスなのに夕食つき選定し、腹減らし食堂へ行くと小坊2人連れた、家族旅行の先客が賑やかだった。ビジネスホテルの宿泊客質に異変発生中、和旅館から顧客の流失が始まってる感じ。朝遅くチェックアウトすると、どこのHもすべての部屋掃除中を目にしてる、いつも満室だぜ。

天気だったのでリュックから、ツーリングマップル頻繁に取出し眺め気づいたのは、胆沢広域農道(あぎさいロード)の存在、更にページ捲ると2kmずれた藤根から、盛岡まで北上する岩手県道13盛岡和賀線目に付き、来年併せ走り抜けを目標に設定と考えた、当分復旧目鼻つかない白神ラインの代用だな。遊びの種は尽きない、いつまで続くか旺盛なこの気力。本日で今回ツアー16泊終了あと山形、福島両県で3泊で帰京となる。夜になってからコンビにで買い物はフルーツゼリー2種類、サイダー、アイスクリーム、ヨーグルトでは水分補給しすぎ。

7/20 岩手県入り

2015.07.20
熟睡し朝寝坊は昨日の雨中走での疲労からかも、サドル下シューズ括り付けに手間かかり、自転車組み立て完了ホテル出たのが10時半と遅く、さらに朝早くは好天だった空模様急に危うくなり、走り出すや小雨模様になるも合羽着用せずそのまま走行。

どこでどう勘違いしたか昨日の延長国道105走り出すまでは、良かったが7km程先で県道36に直進するを忘れ、国道105そのまま走り矢立峠下り行き先由利本荘に?下りきり次上り勾配で左方横手の標識見て停車、ツーリングマップル広げると間違いに気づく、20km程戻らねばならず、左方横手の小標識便りに農免農道に入り込む、農免道路特有のアップダウン道暫く走ると県道29に合流、間違いなく横手へ向かうが問題は遠回りしてるので遅くなる事。

30km走行し12時、横手まで40kmあるので到着14時過ぎるはず、横手から北上までが3時間昼飯食べる時間も必要、と考えると完走は無理、横手から輪行だなと考え無理せん事にし走りを楽しむ。普通なら走ること無い辺鄙な山間走る県道ラン、停車しては原風景撮りまくり、横手市街まで数キロ地点蕎麦屋で昼食、かき揚げ天ざる¥1200.主のそば切り包丁音が心地よく響き、かみさん茹でたそば美味かったなあ、かき揚げ注文は失敗だったけど…

横手駅到着JR北上線時刻調べると1時間10分後の14時29分発車、線路沿い暫く走り途中駅から乗車と考え駅後にし自走も、途中駅から輪行では現金決済、なら駅員常駐の始発駅からがベストと判断、迂回して横手駅に戻り輪行支度カードで切符購入¥1140だった。連休最終日ホテル朝食会場はごった返していたが、普通車内は閑散なので2人掛け座席に輪行袋横に座る。

終点北上まで60kmあり到着したら18時過ぎ、洗濯物コインランドリーに放り込み、街中に食事できる店探しながら歩く、営業してるは飲み屋さん中心、やっと探した和食店店構え立派でカード使えそう、レジで聞けばOKで注文はうなぎ蒲焼、肝吸い付き¥2800,におろしそば\800の変な組み合わせで\3600.満足の味、ホテルへ戻る途中で別のホテルインショップにふらっとイン餃子¥650.紅茶¥310.アイス¥210腹減ってたので皆美味かったわ。

7/19 秋田県3泊目大曲市へ

2015.07.20
縄文の湯から大曲市までは今回の旅で、最長の距離で約130km程ある山中抜けるコース。あいにく朝から完全な雨降りのなか出発準備、スニーカーを防水袋に入れサドル下にチューブで括り付け、背中のリュック加重を減らし簡易泥除け代わり。『何処まで走るの?』と聞かれ『大曲』と答えると、地元のお父さんから『秋田より先でこの雨では遠くて大変だね』の声あり、秋田より手前のはずと思いながら、『県道24号から3号走り国道105』と言うも『気おつけて走ってください』で傘差し駐車場へ向かってしまい、秋田の先?耳に残る。シューズリュックから出したので少し軽くなり、容積も小さくなったので背負った上からパールの雨合羽。

雨天では地図広げるも苦労するので、コース脳内インプット大館能代空港通り抜け、県道24から3に変わって直進すれば国道105で1本で分かりやすいと軽く判断。実はこれが軽率で実際は、県道3米内沢信号左折だったのを、仙北、秋田の標識目にし右折してしまい、暫く走ると265のおにぎり秋田、仙北?目的地は間違ってないが標識265が違い逆走、森吉で105標識左折走ると行き先が大館能代空港、逆走に気づきUターン森吉信号まで戻り左へ、この間雨の中結構なロス発生。大曲までは森吉から秋田を抜ける国道265と角館抜ける国道105の2本あり、地元の父さんは265を考えての発言、どっちが楽近なのか帰ってから調べよう。

その後は間に川を挟み秋田内陸縦貫鉄道が何処までも続き、筬長ランで走った場所もあり懐かしい、気温は21~24℃と低く合羽着ても暑さ感じずは助かる、もう迷うことない国道105一本で安心道の駅『あに』で昼飯カレー¥600.雨止み合羽脱いだらまた雨で着たり忙しい、途中工具ボトル音鳴りし見ればキャップ紛失、合羽着脱時に小物出し入れしてからと判断、10km少し道のりを探し戻ること9km橋の上にあったよ。18kmの余計な走りに加え誤走迷走ミスもあり、角館で100km大きく超過時間も遅く輪行と決め駅へ向かう。

客待ちタクシーに聞くとカード利用車皆無、30分後発の新幹線切符カード購入¥1030.5時40分大曲駅着、宿泊Hルートインは駅前で輪行袋転がしチェックイン、レンタルPC¥1000借用翌朝まで溜め込んだ3日分全部アップ、肩の荷が下りた感じ。夕飯は街中歩きスーパーで¥1600ほど買い物、りんごパイ主食ハウスみかん、カルピスウオーター、麦茶、ポカリ、トマトジュース、一口チーズ以上。

昨日の走行距離123km 5時間50分 秋田県終了次は岩手県北上市内BHまで走り15泊目になる。





7/18 秋田県2泊目縄文の湯

2015.07.20
今回の19泊長旅で唯一の宿と直接申込み予約、事前決済と違い現金払いで3連休、巡り合わせというんだろう又もや現金欠乏、預金引き出せずのいつもの繰り返し、金欠耐乏生活楽しむかのように同じミス繰り返し、気づいただけでも良かったと言えよう。

泊まった宿は白神ライン走行不能で急遽コース変更で選定した宿で、前宿からも近かったけど次宿までは更に近く、直行向かったら40kmも無い至近距離。天気模様も雨模様はてどうしたものか考えた結果、ネットカフェが大館にあるとわかり、大館のネットカフェでブログ更新することに決め、ホテルチェックアウト走りながら雨になったら、宿に直行荷物預け電車で向かう、雨にならなかったのでそのまま大館まで自走で走行、道の駅『ふたつい』遠方駐輪したまま資料館見学してたら、突然の通り雨で路面あっという間に水浸し、駐輪自転車の場所までたどり着くが大変だったさ最悪よ。

上がるのも早くすぐ止み晴天になる真夏のそれと違い、全天曇天なのでまた降るかも知れず、走り出すも油断できん状況だった、道路脇に見かけた前山駅写真撮りながら、時刻表見ると2時間1本でとほほ、30km足らず行き先に自走で向かい、大館市内到着場所問い合わせの電話する、要領得ない返答にこりゃ駄目じゃ戻ろう決断即決、何とか降られず戻る途中道の駅『たかのす』日本一の大太鼓館併設、県道24に右折鷹巣街中抜け、行き先方向間違いなしと思うも歩行者に問う、も少し先に看板見えますでどんぴしゃ。

到着したところは宿泊施設ありの立ち寄り湯、3連休で駐車場ほぼ満杯の混雑状況、またまた雨が降ってくるも到着後で助かった。現金で万札1枚消え去り手持ちは5千円札1枚のみ、さて3日間をどう対処するか旅は楽しいなあ。長短距離走行で終わる日のはずが、大館まで混み合う一桁国道往復したので、距離87km 4時間半の走行時間となり、今回のツアー13泊目で走行距離1000kmを超えた。残るは岩手、宮城、山形、福島と走りぬける7泊、元気で毎日過ごしてる。

7/17 秋田県へ入る

2015.07.19
お伽の国のような施設ウエスパ椿山のコテージで一夜明け、あまりの寝心地良さに熟睡早朝5時前目覚め、6時回るを待ち日本海が見渡せる露天風呂へ行き一風呂浴びる。いつも遅くに目覚めるので、朝飯余り食べる気になれずが普通、ところが本日早くから目覚め、朝風呂浴びたこともあって腹減った感じ、昨日風呂浴びてたらホテル側の都合で、部屋交換の要望あってコテージチェンジであたふた、朝食券見当たらずの原因にしては悪いが、訳話せばすむものを面倒とばかり、出先で食べる事にしてチェックアウト8時。

五能線各駅舎と風景撮影しながら走り、十二湖駅で開いたばかりの売店であられ¥200麦茶¥160食べ簡単な朝食のつもり、ホームで風景撮ってると対向車線通りかかったサイクリスト2人、俺っち目にしストップ遠くから声かかり、大声でのやり取りで分かったには、本日は鯵ヶ沢から秋田までのロング、最終的には千葉迄帰るそう、誰かは確認できなかったが先導中年ライダーが元気いっぱい、後方若手が金魚のフン状態での通過だった。

時間かけ地元の母さんが作ったあられ味わい、麦茶飲み干したら空腹感おさまる、2010年コラボラン時この駅から乗車した、神さん乗車の電車と自走する俺っちが、能代手前で思いがけずニアミス、到着した男鹿半島宿でもタクシーの神さんと真正面から同着の奇跡、思い出すわあれこれを…

秋田県との県境寸前の食事処『福寿草』で昼食¥1300税別の帆立丼、ご飯少なくと言い忘れ注文も何とか食べきれほっとした。時間調整と眠くなったので、表の休憩所で横になるもさすが眠るまでは至らず。

神とのコラボランニアミスした能代手前路面が大改修され、昔の面影完全に失せ場所特定できず。国道101のまま能代街中進入するも、目標のジャスコ見落とし行き過ぎてしまい、1本裏道県道から逆走しながら町名頼りに走りホテル発見、コピーしたホテル地図が不鮮明で見にくく大変だった。

千葉勢の半分のコースしか走らんので、ゆっくり走るを留意し走ったが15時チェックインに10分程早めのイン、3F宿泊階多数のスタッフでベットメイク中で騒々しかったわ。15時客を迎えるのにこんな状態では、仕事段取り悪すぎで論外だな。それでもフロントのPCで1日分ブログアップ(前日のもの)できたからよし。

7/16 五能線沿いを走る

2015.07.17
神とコラボで走った2010年夏、五所川原で乗換に数時間時間潰した神さま、何にも無い所で閉口したと言ってたがいまやビックショッピングセンターあり、立ち寄り眺めたらびっくり仰天するだろうな。でもこれで零細商店は息の根止められ街中活気は失せた、時代の変転は仕方なく、読取ってどのように対応するかで商才が問われる。

前日現在地確認の電話あった同業ピエタから、朝出発前にホテルへ来訪しますと再度の電話あり、ご親切に青森市内から早駕篭で到来、この2年間下北ロングライドで終日伴走してくれてたが、今年からイベント参加取り止め下北へ行かないので、会うこと無さそうと思っていたが遠路、表敬訪問されるとは誠に有難いことよ。

宿から街中抜けるまで先行道案内、どう考えても昨日走った五所川原方面へ、戻るような感覚が不思議だが道路標識は鰺ヶ沢方面なので間違いなし、感覚戻ったのは鰺ヶ沢市内で国道101に合流右手に海面見てから。国道101鰺ヶ沢から能代まで同方向3回、反対方向2回走ってるが何れも海岸線沿い、今回初めてBPなのか新道なのか山麓丘陵走った、こちらのほうが断然近道だったが、あちこち路面工事で片側通行、邪魔にならんよう広い歩道走行するも、歩道までも通行できん現場もあり結構な大工事。

『頑張って下さい』の旗振り姫の黄色い声に『あんたも頑張ってな』と返すと『有難うございます』年度末でもないのにこの集中工事何だろう。千畳敷海岸の食事処で昼食『ひらめ漬丼』¥1300+消費税ご飯少なくと頼み美味しく食べられ、昨年三陸で食べて美味しかった味を彷彿、あの味神にも食べさせたいなと脳裏を過ぎった。食事処の老婆とあれこれ昔話、最近は観光バスも滅多に到来せず、1台の乗客も半分ほどしか居らず、前年の半分の売り上げと嘆いてた。

積雪はそれほどないが冬は冷たい強風で厳しいそうで、青森市から嫁入りした大昔の娘さんとのお喋り、お互いええ歳になりましたな。この辺の子供たちは都会へ出たらもう戻ってきません、残ってるのは老人ばかりと嘆かれた。格差が拡大する社会の末はどうなるのか、盛者必衰平家になるってのは旧いかな…



7/15 五所川原ビジネスHで旅前半終了

2015.07.16
朝目覚め遅く知らなかったが朝方相当雨が降った様子、食事指定した8時半時点で雨あがるも、行き先方面厚い雲行に一抹の不安あり。昨日バイクで竜飛岬周りで到来した客人、強風でバイク走行中転倒したという、天気状況もだが2010年神と日本縦断ツアーで、蟹田の二駅先の大平で降車させ、タクシー頼めと指示した愚策を思い浮かべ、も一度当時のびっくりを体感してみようかとふと思い出した。

思い返すとあれは東北大震災の前年8月の事だったな、異変に気付いたのは蟹田から入り込んだ、津軽半島横断する道道12を上って下って走れど、神さん乗車してるタクシーが何故か通過せず、駅にタクシー呼べないのかと気になり、問い合わせようと携帯手にするも圏外の文字、これは戻らねばと逆走開始も長く下った道路は、上りに転じ全力使ってペダル回しようやく到着したトンネル手前、目にした公衆電話BOXに飛込み手持ち10円硬貨全部入れピポパ、やれ嬉や着信音耳に入り相手の声聞けるも、俺っち声が全く届いてない様子?、一方的な通話で会話にならず『もしもし』の空しい声だけで電話切られてしまい、再度コールも同じ結果にこれはダメダ、通話できる場所まで戻らんとで、再び自走トンネル抜けた下り路面では、携帯広げ手に眺めながら暫く走ると、やっとアンテナ立ちそこでコールすると、やっと通話可能になり時間掛かるといわれ、蜘蛛の巣と虫の死骸充満してる駅でタクシー待ち中とわかる、大丈夫だから戻って下さいの声聞きやっと安堵も、まあびっくりして心臓が高鳴った事を覚えてる。

で今回そこまで来るとありました電話ボックス、試みに神さん携帯にピポパすると、只今近くに居りませんの録音メッセージ聞き、あの時の電話ボックスからと伝えるメッセージ残す。津軽中里駅で駅舎撮影してると、青森の同業ピエタから今何処に居るかの電話あり。津軽鉄道各駅舎うまく伝走できずあちこち迷走繰り返し、断念五所川原駅に向かい街中でホテル探し、途中見かけた食堂で野菜炒めと餃子単品二品食べ¥1070.駅前大きな交番でホテル場所聞いて無事到着は15時。

超大型近代的なショッピングモールELM前にあるパークイン五所川原、朝飯付¥5600レンタルPC¥1000借用し、長旅前半の10泊終了までの全日分アップ、出発予定時間の10時頃までに、青森のピエタからホテルに顔出す電話あり。

7/14 青森県下へ 

2015.07.16
残った面子は6名旭川まで輪行の若隠居が早立ち、その後三島が消え家老と山王が自走函館空港へ、残る海坊主と俺っちは木古内駅から特急で隣駅蟹田まで輪行、1区間約1時間掛かり特急券不要で運賃だけで¥2030.地下トンネル内を走りデッキに乗車してるので騒音半端でなく煩いのに眠くなり参った。

蟹田で昼食と思う昼時も美味しそうな物なく食べず、新潟新発田へ帰る海坊主はここに駐車してた車両に乗り込み南へ、俺っち逆に今来た北方向に自走でここで南北にお別れとなる。本日宿は20kmもない平館のペンション、海側走り続けると食堂目に入りイン、野菜炒めのみ注文ご飯食べず、食後走り出すと目的地ペンションはすぐ到着14時前、あまりにも早いので荷物預け国道280をそのまま10kmほど走り、宿に戻りチェックイン定時だった。

宿の主が俺っち80歳と知り亡くなった兄と同年、『薬何か飲んでますか?』と聞かれ『薬嫌いだから飲んでない』と言うと『誰でも薬好きな人は居ませんよ』『薬が必要でないのは珍しい』『歳になると誰しも何らかの薬飲んでるのが普通』『薬は副作用があるから』とあれこれ御託を並べたが、俺っち一時飲んでいたサブリの『セサミン』も数年前から全く飲まず、飲まないほうが調子良いと自認してる。薬嫌いが足裏マッサの台湾太々に好かれてる理由でもある。

泊まったペンション目の前が白亜の灯台、海面から3m窓開け波の音聞きながら眠りにつき、明日は天気不安で竜飛周りは断念、今別まで北上し道道14で南下、蟹田から鰺ヶ沢への道道14に合流、今泉から国道339走行にコース変更。五所川原まで60km程度となり竜飛周りに比較し距離短縮だけでなく、道路コースの難易度も低くなり超気楽になった。

クーラー無く卓上扇風機が置かれた部屋は、四万十源流点の宿以来のこと、でも相客4組7名泊まっており平日なので立派なもの。食堂も併業しモダンレイアウトは娘さんの意向を反映してる様子、女性に好まれる宿なのかも…

7/12~13 木古内合宿3~4日目

2015.07.16
合宿3日目は日曜日ということから、3人の姫様全員も集まりトラピスト修道院見学からスタート、その後一度宿へ戻り昼食の蕎麦屋へ案内されたがこれがすぐそばと聞かされたが、とんでもなく遠くしかも上りこう配で参りました。10割り手打ちそばと言う割に味はいまいち、遠くまで足運ぶ価値あるとは到底思えない代物。それでも俺たち一行が集団で駆け付けたが故か、完売の札掛かりチョイ遅れ車止めた客、完売の札眺め売切れかあと引返した姿眺め気の毒だった。

俺っち地元の蕎麦屋『座忘』の手打ちそば、一度食べさせたいと思うわ。値段も違うから比較したら可哀想な面もあるけど、味は間違いなく格段だ。此処のそば量はめちゃめちゃ多くやっとの思いで食べきり、帰り道右に左に高速で農道走り抜けた、そばは腹にもたれることなく過ごせるので速いサイクリング向きと痛感、開発途上の新幹線駅側眺めた、新幹線駅できれば必ずしも栄えるとは言い切れず、木古内行政手腕に期待、宿到着したら90km超えたサイクリングだった。

13日月曜日最終日またまたヒルクライムに向かうも、追走意欲失せあちこち横道入り込み写真撮り、脇道上った桜の名所眺めたがすべての木が人の手当受けて辛うじて生き残れてる惨状にはびっくり、地元の仲間の説明では鳥が新芽をすべて食べてしまうためだそうでこんな桜の状態初めて見た。

ヒルクライムから戻った皆と合流ラーメン『韋駄天』で食事、ラーメン食べたくないので餃子2人前で代用食、まあまあの味だったが俺っち好みは酢を沢山混ぜた醤油味、出来合の混合酢醤油は好みじゃないさ。4日間走り400km超える距離走り、毎日必ず地元勢が数人アテンドしてくれた今回の合宿大成功で終了。次回は東京から姫様多数参加してくれたらさらに有難いのでよろしく。

新幹線も開通する来年に期待込め、本年度参加した皆さんと、きめ細かい企画配慮で気配りいただいた支部員の方に、改めて感謝いたします。新幹線開通で北から南へ動きやすくなるのではと、淡い期待を抱きながら富士山に近い石和砦へいつでも案内仕る。

7/10~11 木古内合宿初日~2日目

2015.07.15
地元勢2人の案内で城岱ヒルクライムに案内され長い坂道のぼりで結構疲れた。長い下り道僅かな路面突起、ブレーキングちょい遅れ前輪カーボンリムに僅かなひび、ブレーキ当り面劣化もあってリム交換しようかと思ってたところ、帰宅したら即行チェンジ依頼じゃ。

大沼で有名な団子食べ小休止、帰り道〒局でキャッシュ引出で、皆とどんと遅れになり走行中、前方走る1名の地メンバー発見追走も脚力消耗で遅れ気味だった、次の休憩地まで追いつかずだったが、彼の場合前半がオーバーペースが原因。休憩後も速いペースのまま走り切り112kmと100kmを超え、参加全メンバー完走5時間を超える13名のサイクリングだった。

夜はYO-KO3の自宅庭先でBBQ地元3名の姫さま加わり大賑わい、海産物野菜食べきれぬほど頂き、何よりもびっくりは俺っち80歳の数日遅れの誕生日祝い、手製薬玉割りと誕生日ケーキまで添えられ、温かき心遣いに痛く感動有難うございました。

椎葉村で感銘した自己紹介を真似て、自転車への馴初めを述べる自己紹介したので、時間大変にかかったが知らなかったことまで分かり合え良かったと思う。遅くまで賑わい満腹状態で宿へ戻り快眠。

次の日は土曜日ツールド松前160kmの日。2代目帰り極真師範登場、例によって海坊主も新発田から突然参加、途中から隊列に割り込み。今回は風向き読みポストマンが逆回り提案し、全コース走行無理と判断した俺っち逆コース走り、出会った所で引返しで仲間誘うもYO-KO3と極真師範のみ、左右に分かれすぐ師範パンクに先行道の駅で待受け、福島町で二人横綱館眺め小休止、松前で城見物と昼食で逆コース組を待つ。

風が強烈に強く吹き送りと想定向かった逆周り、終始向かい風で苦難の走りだった模様、こちらも福島町から向かい風だったがそこまで強烈ではなく助かった。松前で50km超えここから戻っても100km以上になる連日なので、のんびり走ると師範本日2度目のパンク見て、チューブ渡し先行長い登坂路何とか追いつかれず、皆が待つ道の駅まで到達でき助かった。

大沼の創業百数十年の歴史ある老舗団子屋4代目オーナー、我ら一行が立ち寄った時不在で俺っちに会えなかったので、と両手にお土産持参で函館から参上、食べて下さい持ち帰って下さいとは恐縮千万、遠くからわざわざの来訪だけで感激なのに、お土産まで頂戴し有難う感謝倍増ですわ。遠く離れた土地でも俺っち知る人居ると聞き、更にいつまでも引き続き走り続け期待の星になり、皆に真似てもらうには精進あるのみと意を強くした。自然体で立つ姿がすべを決定するよう思えるが…


7/9 木古内に向かう

2015.07.15
3日間の湯の川温泉宿滞在を終え木古内に移動する当日、昨夜夕食会に集まった法華倶楽部宿泊の一行、本日早朝函館空港到着した浜線夫妻が合流し木古内へ向かったようだが、俺っちは別行動ソロの気儘ランで走った。函館市内はすでに何度か歩いてるので、今回は街中通過してJR江差線各駅舎を撮影すむと、駅舎から国道228に自走で戻り信号待ちしてると、前方を仲間一団がさっと通過したと思うと、見る間に姿が遠のくこれはおそるべしキ印集団じゃ。

俺っちマイペース次から次駅舎に向かってはパチリンコ、どこぞの駅ではバイクの先客居り、慌てて建物占拠の大型バイク退けてくれ、ちょい会話すると道内札幌からの鉄人。本命はこれから向かう江差線廃線跡の撮影とかで楽しそう、鉄道駅を訪ねてるとコンテナ満載の長い長い、貨物列車をよく目にする。宅急便、カンガール便の社名入り専用コンテナが数台必ず積載され、自動車便も道内では広く鉄道輸送され、コンテナ荷物をトラックに積替え配送してる様子が読みとれる。環境に優しい鉄道便が活用されているとは大変結構なこと。

昼飯食べる気もなく走り続けるもちょい空腹感感じ、食事処さがしながら走ると壁際にたくさん駐輪してる店あり、入り込むと食べ終えたわが軍団仲間じゃん、今回の宿『きたかい』はすぐこの店の先で、何となんと木古内消防車前だったとは露知らなかった。一度駅前まで向かい新装工事中の駅舎眺め、地元のご老体とお喋りすると木古内には無人住居やら後継者居らずで、売出中の中古家屋がごまんとあり、俺っち自転車代でも買えるとか…

まだ到着休憩には時間早すぎ、到着軍団連も近辺走行してると知り、背中の荷物宿に預け1昨年最初の木古内訪問で、泊まった宿『矢越』のある小谷岩まで往復した。国道228を隣町北島三郎の生家のある知内町内左折、海岸線をたどって走ると道路が行き止まりになる場所が小谷石、その集落の入口にあるのが民宿『矢越』で、以前と変わってなかったのになぜか安心した。

7/8 湯の川♨3日目

2015.07.15
前日の夜中に2日分のブログアップ作業終え帰館したところ、門限の場合ルームカードキーで閉門扉開けて入館のルール、すべて承知してますでカード入れからルームキー取出すと、あんれ不思議持ったはずのキーが見当たりません。御用のお方問合せ電話取れば、むなしく聞こえる録音テープ音声だけ、カード入れから全カード取出し再点検もありません、持ったつもりも忘れたのかも仕方ない、どこぞ近くのホテルで寝床確保かと考えてると、空のカード入れが固いのに気づきよく調べると、革底破れ目から1枚のカード出てきて、それが探してたカードだったので救われた。

湯の川3泊日朝起きるも昨夜の椿事で寝坊、あいにく朝食券も見当たらず朝食抜きのつもりが、食堂から朝飯食べてくださいの電話、朝食券無くしたと伝えると、お待ちしておりますどうぞと言われ遅い朝食。食後本日のソロランはて何処行こうか考え、近くをのんびりと決め宿から国道282恵山国道走り、前日の恵山道の駅隣の食堂で昼食後、道道41を前日の逆方向に向かい鉄山町で道道83に合流して帰還する軽い走りで終える。

東京からの合宿参加者が集まる本夕、イトマン宣教師主催の夕食会1人の参加が遅れ6時開催が8時に変更、なら宿の夕食キャンセルする必要もなく、夕食食べてからの参加で俺っちとしては幸いだったが、待たされた呑み助連は不運だったな。でも腹減ってたほうが酒が美味いとか聞くけど、世界が違うから俺っちにはようわからん、勤務の都合で合宿に1日も顔見せられなかったイトマン、精一杯の気配りに感謝じゃ。でもなあ俺っちとしては航空機から降りた途端、待ち受け坂でしごかれ翌日は配下のポストマンに長い距離引き廻され雨の洗礼、3日目は酒宴のお相伴と続き、老害窓際族を想像楽しかったなあ、お陰様で宿へ戻ったらぐっすり快眠よ。

7/7 湯の川温泉2日目

2015.07.07
空港至近の宿KKRはこだてに連泊2日目、昨年同時期函館中山峠下りで、まさかのフレーム破断する大事故が発生、再起不能の障害負っても、不思議ではない体験をしたがその時伴走者だったポストマン、木古内から来訪本日のガイド引き受けてくれたので、彼の後方から追走するサイクリング。あの時はびっくり体験させてしまいすまなかった、更にその後あれこれ世話になり有難うと後姿に感謝。

宿から県道83を途中県道41に右折、アップダウン対向路を個走ライダー数名と離合、土日祝日でもないのに平日にどうしてなの?ここライダーの格好のトレーニングコースなのかも、対向下り路面を全力疾走するライダー目にしたけど、俺っちも過ぎ去った昔の、東京オリンピックを目前にしてた頃、あんな姿して走ってたのかも知れんな、怪我せんよう充分気をつけて下さいよ若者。

昼食は国道278道の駅で食べる気も食堂閉店で休憩所に変身、多分営業成り立たなく廃業だろな、昼時なので何処かで食べましょうと表に出ると、灯台元暗しすぐ先道の駅敷地に隣接し食事処看板、早速インすると客人数名居り活気あり、あんかけ焼きそば¥800注文これが中々のお味、次々に来客あり結構繁盛してる様子、主の中華鍋扱う音が心地よく響き、料理人の見事な腕裁きわが心に伝わる。美味しかっただけでなく、ポストマンにご馳になっては感謝感激雨霰、そう暫く走り川汲町から県道83に左折登坂路になると雨ぽつぽつ降り始め、頂上クリアすると下り道はびしょぬれ路面、雨の降り方も激しく先頭ポストマン、路端休憩場所屋根下に逃げ込む、濡れた衣服での休憩は体温奪われるので、標高低い場所に早逃げがベスト。

北海道の寒暖の差は丁度昨年真夏に体験した、蓼科高原での集中豪雨のずぶぬれ体験に近い状態、寒さで震えが発生した蓼科高原での体感温度の急下降は凄まじかった。若き熱気が失せた老齢者に低体温は禁物、高体温は更に禁物と自覚すべし。更に下ると路面乾いており安堵、結局91km 4時間少しでオール先頭で走ったポストマン脚上げたねえ。

宿に戻りまずは洗濯終え1時間ほど座敷にごろ寝、温泉へ行くと先客数人おり熱い湯は昨日と同じ、隣に入浴の客人に熱くない?と聞くと熱いですよと言うので、俺だけの体感にあらず。夕食後タクシー呼びネットカフェで昨日分と本日分アップ。自遊空間花園店は、ネットカフェ最初のメンバーカード手にしたお店がここなの。その後あちこち体験し、今や6枚も所有のネット遊楽爺になっちゃった。


7/6 函館へ飛び立つ

2015.07.07
午後便なのに今回リムジンバスで羽田入りしたのは、すべてが足先痛が原因でして9時過ぎ我が家を出て、雨の中京八バス停まで自走本日バスの人。乗車時の運転手の言葉『雨天で高速道路混んでで時間かかります』と裏腹、新規開通した山手トンネル効果か羽田到着11時は、走行時間1時間半で通常より早く、この運転手責任逃れの小心者絶対出世できないタイプ。

思いがけない早着は待ち時間何と2時間50分もあり、時間もてあましとなるが最近覚えたANAラウンジ利用、折角持ってるANAカードフル活用が賢者とばかり、空弁片手にインして大きな部屋でゲスト少なく椅子リッチ、お茶は各種あり選り取り見取り、差し歯が抜けたらいかんと、のんびり弁当味わい各新聞じっくり読みとり、時間まで超のんびり過ごした。たまにはこんな時間もええもんだ。

時間到来順調に飛行開始、最初何も見えない霧の中だったがそのうち月山、男鹿半島、白神山系がきれいに見える晴天に変わり、南北に長い日本列島連日雨降りの九州地方と違い、こちら連日晴天入梅まだ到来してない様子。空港には函館署に転勤した伝道師が出迎え参上。輪行袋チャックレールが中途で破断、使用不能になるも幸い1週間、木古内に滞在するので急送してもらう事にした。僅か3.5kmの至近距離の宿に背中の荷物下ろし、宿近辺のサイクリング案内は有難いが速すぎよ。空気の清涼感は秘境椎葉村を凌駕、気温も低く夕方になったら寒いくらいだった。10日夜のBBQは寒さ対策必要ですの伝言ありも納得。

輪行袋破断使えないので、フロント了解得てそのまま部屋持込、エレベーター乗合せ客居ないこと祈り自室へ向かった。全館3階のみ2階なので割りに楽で助かった。走った距離は僅か20kmほどだったが帰館後遅い夕食、洗濯すませて温泉入ったら、これがかけ流しは結構だがめちゃ熱く、お湯かき混ぜ誰も居ないを幸い水蛇口全開するも、湯に浸ったのはごく短時間でギブアップ。沖縄で稲魂に体験させられた50℃の摩訶不思議湯浴み、ふと思い出し稲魂のことだから今も体感してるんだろうなあと想像した。

湯から出てから自室に帰ってからが大変、身体中熱く汗拭きだし誰も居らんので爺さんストリップ、痛む足先に持参した臭い湿布薬塗りたくり、布団に臭気うつるといかんと足袋ソックスで睡眠、疲れたのかよく眠れたのには助かった。

7/5 今年最長旅始まる前日

2015.07.05
先月の今年最長16泊上回る北海道木古内合宿5泊含む19泊、東北6県の全県下に宿泊しながら東京帰り目指そうと云う、今年の最長期間我家を留守にする80歳入り記念の遠征?

出発は明日向かうは函館空港、出発便は便名が素直に示すANA555,午後便13時50分でほぼ14時なので自走が普通、ところが天気いまいちだけでなく、左足先の痛み回復中に誕生日BBQラン帰宅後再発、立川店までホイール持参の電車往復で完治せずを体感し帰宅。

で今回は月曜昼間の鉄道閑散時間帯で輪行考えたが、待てよ鉄道輪行はオール立座で足先への負荷大きく、これはリムジンだなと考えリムジンバス9時30分輪行に決めた。シューズも甲高足に締付けきつい愛用してる常用に替え、予備DMTを使用する事にした。

クラブから参加する10名は各自で現地へ向かう半数は、合宿前日函館入り呼応して木古内へ向かう様子、俺っちは明日から函館入りも宿は湯の川温泉3連泊、当日は足の具合に相談してと考えてる。木古内メンバー皆さんから歓待のメール数々頂戴は有難い限り。

振り返ると昨年は、最北端の礼文島から北海道内縦断南下して、函館入りの日突然の新車破断で負傷、伴走してた📮マンには大変な体験させてしまった。天運に味方され他の支部員にも世話になり,此れ等無かったらどうなったか考えるとゾッとする。持つべきは同志仲間よと痛切に思ってますわ、まずは改めてありがとう皆々様。

今回の旅後半は鉄道で木古内駅から本州の蟹田駅まで輪行、蟹田から自走津軽半島を海岸線沿いを能代まで走る。その後ちょいジグザグ走りながら、青森、秋田、岩手、宮城、山形、福島の東北全県を走行宿泊することになる。

ブログ更新は函館3連泊はネットカフェ、次五所川原まで期間長く13日函館ネットカフェまで自走考慮中。19日からは大曲、北上、古川、天童、米沢、郡山と連続してビジネスHで、自室からレンタルPCで更新するので宜しく。

木古内宿泊先まで一部の荷物を先送り、最小限負荷を背中のOST小型リュックに詰込み出発する、江戸の田舎侍末裔
80爺の門出じゃないな、敗戦失意の10歳児小坊の冒険心と言った方が適切表現、怖いもの知らずはちゃめちゃ男児のガキに戻った旅立ち、どうなることやら世界のいや日本の皆様、後生楽の生き方じっくり楽しみますので笑って下され。
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