6/30 今回のツアー総括

2015.06.30
今年最長の16泊した四国、山口、九州の旅。梅雨期と言う事から雨降り多く、帰京する2日前の椎葉から小林神の郷♨️までの、雨中120kmが距離長く道路最悪、一時雨も激しく降り深山の中走り抜けたので圧巻だった。まだ俺っち気合入れると飲食物全く口にせんでも,末脚衰えることなく走りきれるのは、東京オリンピック自転車競技開催地元だった八王子、若き情熱燃やしたあの昔から、走り続けた財産が年老いても残ってるからだろう。大和魂で一致団結切磋琢磨した、仲間達との当時が懐かしい。でも全ての仲間達はその後、自転車を楽しむ事も無くなり,すでに亡くなってしまった仲間もあれこれ。

帰宅してツーリングマップル広げ走ったコース辿って、道路コメントを椎葉村から南下した道順に並べると、最初の大河内桑木原林道「国道の抜けみち地元車両多い」須木まで25kmのR265では「工事時間制限多く予備ルート要検討」「道幅広く快走路」「渓流沿いをひたすら走る1.5車線、長く感じる」次いで麓までの43km「深い樹林の中」760mの尾俣峠越え「苔むした舗装路路面荒れている」「九州の酷道」「山ばかりの風景、走りづらく延々と時間を費やす」田代八重ダムサイドから再度山道に入ると「足がすくむ断崖が続く」輝嶺峠770m越えると「これより北は難所」とあった。俺っちこれまで全国走りまわってるが国道265は間違いなくワーストワン。その後椎葉の仲間から電話有り、あの道路走るとは思わなかった、車でも誰も入り込まない道ですと絶句してた。雨降ってなかったら写真たくさん撮れたのに、大雨で何ともならなかったのが残念で,またいつの日か挑戦しようかって,お前いくつと思ってるのかと別な俺が呟いてる。


24日に帰宅後、26日タイマッサ2時間、27日台湾足裏マッサ1時間、27日から左足裏痛み出し、28日亀ラン藤倉ペース速くがんばって95km走り、29日神さんとうなぎ屋まで夕食,徒歩で3kmの往復で痛む足裏更に痛くなり、今日30日も台湾足裏マッサ1時間、わけ話すと猛烈に痛い治療され,午後から往復10kmミニベロで抜けた差し歯治療、痛む足は7/1明日再治療すると台湾太々から、夕方追加治療の声かかってまた痛い治療かよとひく、治れば我慢するけど?でも予約制の順番に組み込み、30分間治療してくれようとする台湾太々らしからぬ思いやりには感謝じゃ。

北海道、東北19泊のサイクルツアー控え、80歳誕生日もあと3日何とか全快せんとな。いずれにしても年齢考えた走り忘れ、罰あたったのかとちょい反省しておる。でもそんな状況下ガラスの腰が鉄の腰に強化されたのは何よりも有難い。
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6/24 16泊17日の旅終了

2015.06.27
朝を迎えた鹿児島空港H部屋の窓から、目の前に見える空港滑走路雨で霞む、搭乗便は12時20分ホテルチェックアウトは11時、計画ではホテルでのんびり過ごし、時間ギリギリでチェックアウトだった、ところが廊下が話し声掃除機駆動音でやかましく、ほぼすべての部屋はチェックアウトされ無人、スタッフが各部屋扉開放し掃除中で居心地悪く、通常のHチェックアウト時間10時すぎには退室、目の前空港まではH送迎車で向かいすぐ到着、空港で時間もてあましとなった。

時間通りのフライト搭乗機はGOKISOも一役買ってる787、客席がゆったりして楽窓側3人掛け,更に両側無人で気兼ねなく居眠り、気づいたら空港に向かい降下中旅疲れがでて来たか、東京は降っておらず走れても、雨中走で自転車調子悪く、自走は最初から断念してたので,到着早々バス時間調べると30分後の15時。待つより電車だなと判断駅に向かう途中で目にした、出発時間の新宿行きリムジンバス,これ乗って新宿で京王線乗換京八がベストの判断は正しく、16時40分に京八駅頭着自走17時前に帰宅できた。

すぐシャワー浴びると眠くなり仮眠、真夜中の就寝時まで途中も一回仮眠、寝る子は育つじゃないが老爺は眠りで疲労回復、人体の素晴らしいメカニズムに納得。16泊した今回の旅だが全日輪行が2日で,走った距離は919kmと1000kmに充たずも、霧島高原から鹿児島空港へ向かった最終日の前日、椎葉村から神の郷温泉へ向かった雨中の120km、路面最悪の最凶国道265走ったが、前方視界霧雨で遮られ見えずの深山幻想的雰囲気,二度とこんな雰囲気味わうことあるまいと思った。7時間43分で120km走りAV15.5kmのこの日、飲食する場所全く無く飲まず食わず走り続けた気力は,大和民族特有なものと自認してる。

これで本年度外泊日数は60日になり、来月の19泊北海道、東北ツアー加わりその後の予定は現在検討中だが、今年も間違いなく100泊超過は確実、木古内合宿後の東北縦横断で標的にした白神ライン、土砂崩壊で通行不能の新聞記事を岩手の鈴友から郵送あり、残念コース変更となってしまい白神ライン攻略は持越し、状況勘案すると実現は数年後になりそうで、体力的に?がついたぜ。




6/23 霧島温泉郷抜け鹿児島空港Hへ

2015.06.24
朝6 時前に目覚め宿泊客のみ入湯できる檜の湯で入浴、雨降っており輪行手段考えながらの二度寝。再び目覚め朝食食べた9時過ぎにはとりあえず雨は止み、10時宿出て小林駅へ向かい時刻表眺めると、時間より鉄道移動で鹿児島空港目指すは小林からは無理かと判断、なら自走しようと御池経由R223一本での走りと決める。

小林駅からr405で走り15km走ったとこで電話あり、宿からで老眼鏡部屋に忘れた知らせ、鹿児島空港Hで印象薄れぬうちに、ブログ書き込むつもりだったので老眼鏡は必需品、参ったと思うも15kmの往復プラスは平地でなく、勾配ある山岳路でとても戻る気になれず自宅送りを依頼。

手持ち3倍の拡大鏡あるけど眼鏡に流用は無理だろうな?心眼で読むには対象物が悪すぎ更に無理、近くに眼鏡屋さんなどあろうはずも無く、考えても無駄その時はその時よと走り続ける、合羽なしで走ってたが予報通り雨になり合羽着用。昨日に続き本日も上り勾配続くも、路面状況は段ち大型車両通行するも楽々、県境まで16kmの標識目にし走るも、上り路面は時間かかり何時までたっても県境に至らず宮崎県下。

やっと鹿児島県下に入ると下り場面が多くなり楽になる、道の駅『きりしま』で昼食食べる余裕は、距離が昨日の半分強で路面は比較にならないので当然、雨降り状況も大楽で15時過ぎにホテル到着、このホテルコインランドリー無く手洗いも、明日は輪行帰宅と考え洗わず部屋干し、誰も他客いない風呂で一番風呂を体験。風呂から上がりPC前に腰掛け、ブログ記載始めるも拡大鏡では厳しく、眠くなりまず睡眠とベッド上で仮眠。

1時間ほどで目覚めホテルレストランで、夕食はおすすめステーキ定食¥3500.不通ならご飯残すところを見事に完食、消耗した体力すぐに補充はアスリートみたいだな。食べ終え目に付いた売店の黒酢セット、カード購入可能と聞き、贈り物頂いた仲間に返礼と神にも購入、送り状書き込む書面小さく『これに書き込むの大変だよ』、ともらすと、おばちゃん自分の老眼鏡取り出し『これで合いますかね』借りるとぴったし、で小母ちゃんに分け話して明朝まで借り受けることになって、何日も滞った旅の詳細ブログ全部書き上げることが出来た次第。

何か見えないものに助けられる、助けてもらえる体験がとても多いような気がする。ほんとに有難い。

6/22 椎葉から小林へ抜ける

2015.06.24
椎葉村へアクセスする幾つかのコースで、最も過酷と思われる国道265の小林~椎葉間、帰路走るコース予定も飯干峠付近で土砂崩壊あり不通と聞き、計画変更かと考えてたら途中まで村道走り、別方向から国道265合流する迂回路の提案。道案内で与一、麻呂の二人は雨の中自走で、翁は軽トラ伴走し村道峠1251mのまで案内してくれる事になった。

村道途中にある木工会社経営する麻呂の木工所で合流、お茶ご馳走でちょい休憩。麻呂は福岡で働いてた頃、椎葉まで自転車で13時間掛け日帰りしたことある猛者、ソフトボールのエースピッチャー強打者67歳与一と同学年、こちら理論派で日向に住み椎葉の運送会社勤務する今も、現役バリバリハードな仕事こなす猛者、翁は23歳で3年工期の出向で椎葉に来て、そのまま椎葉に居着いた小林郷里の温厚な御仁、役所勤を定年となり趣味の能面、神楽面作りが趣味の俺っ地と同年。以上この3人が椎葉の中心人物になると思うので紹介。

木工所がある550m地点から7kmの距離で700m登坂した1251mが峠頂上、麻呂先導で走り55分で頂上に至り、峻険な路面悪い下り道を注意するようアドバイスされ、11時皆さんに見送られ慎重に坂を下ってR388。学校があり川を右手に見ながら下り路面続く、国道らしからぬ細道走り左西都R219右人吉R265、R219表示ある道路標識版見て右折、更に走ると次の道路標識は直進人吉、湯前R219左折小林R265とあり左折すると山岳路の注意案内あり、路端に紅葉街道表示柱立ちここまでメーター40km、小林までの距離62km。

紅葉街道になってから勾配きつい上り道が延々と続き、やっとのことで頂上越えた下り道が小枝、小石が無数に散乱道路中央は蒼コケ、川のような水が流れる状態でパンク気遣って、ブレーキングし続けての低速走行で手指痛くなり往生、これまで俺っち体験した最凶の道路、雨降ってること霧で霞んで神的な森林風景、カメラ出して撮影できなかったのが残念だった。再び紅葉街道標識柱がありこの間が紅葉街道のよう、路面大きく左折し再び上り道出現、道路工事中標識に休工中の貼紙付きなのに、何故か重機が道をほぼすべて占拠、人1人やっと通れる間を見事くぐる抜けると、工事のスタッフ連恐縮しながらも驚嘆。

途中全くの飲まず食わずで走り小林手前18kmでドリンク、1ヶのみ残ってた栗万焼き食べる、『寒いねえどこ行くの』と聞かれ、椎葉から走って、小林神の郷温泉まで行くと話し、18時まで到着したいと思い食べ終えすぐ出発も、小林市内から温泉へ向かう道をとり違い大迂回となり、時間超過しやっと到着流し湯で冷え切った足先温め、自転車掃除しながら輪行袋入れ部屋に持ち込み。
雨中の走行距離120km 7時間44分 15.5AV 飯も食べず最後まで失速することもなく走れ満足の達成感。

6/20~21 椎葉村滞在の2日間

2015.06.23
土曜日の椎葉滞在2日目は午前中、午後と分けて日本で2番目に広い村内を走った、午前中は近くの山岳路案内され、一度スタート地点に戻り昼食後、これも日本で2番目の大杉という八村杉見物で55km程の走りを楽しみ、夕食は我等の宿陣屋に村内の自転車愛好者集まり会食、自己紹介から平家末裔のそれぞれを知り、江戸から遠路伺った源氏末裔と初交流は大盛況で散会。明日は日向から竹ちゃん一行日向勢4名も加わり、サイクリングを楽しむことになっていた。

椎葉に支部結成確定してから、日向支部に連絡と思っていたら、小生のブログで委細知り支部のサイクルショップBポップと大黒様のように福福しい体つきになった日向大黒竹ちゃん、翌日は2台の車両で計4 名、地元椎葉平家が5名、関東から白髪源氏と姫監加わり、日向椎葉湖(吉川英治氏命名)から耳川を未舗装路になる所まで遡上戻ったが、梅雨の雨続きで水流増した渓谷美がまさに絶景。

途中で用意された昼食ご馳走になり、今度は不土野川流域を上り結構な山道を楽しみ、国道265へ出て上椎葉ダムで休憩。1955年(S30)完成した日本で初の100mを超えるアーチ式ダム、ダム建設技術の粋を集積したその後の黒部ダムに至る。アメリカでサイクリングした時、世界最大といわれたフーバーダムを突堤上から見下ろし、日本のすべてのダムの貯水量を合わせても、太刀打ちできない大きさとは思えなかったが、それってアメリカという国が大きすぎてかな、家具屋の展示品眺め気安く購入、我が家に入らなかった体験あるけどある種の錯覚かね。

同じ村で走りながら互いに気にしながら、4年間もお互いに話が出来なかった人が、今回の俺っち提案がきっかけで話し合えてこんな嬉しい事は無いと感謝されるわ、日向勢は帰り際早くも忘年会の約束を口に出す入れ込みよう、我がクラブも今秋には椎葉村訪問ツアーを実現するぞ。みんなが喜ぶ顔が見たいがため、あれこれ考え実現させようとする気力、年老いても保ち続けてる気力の根源はすべて英爺忍法がなせる事。

皆をその気にさせるのはレースで磨いただましのテクニックの応用、劣る体力で優れた相手と戦うために考え出した、我が自転車走法の極意が老後の人生でもやくだっている。見えない何かが困ったときにも、俺っちを助けてくれるそんな気がしてならない。

6/19 椎葉村へ向かう

2015.06.23
椎葉の鶴亀翁から、出迎えランの時間を調整する都合で、ホテル出発の時間知らせてと頼まれてたので、ホテル前で自転車組み立て出発した9時過ぎにメール送信。本日のコースは、4月に椎葉村に初めて来た帰りコースの逆コース、前回は立野からは国道走ったので、今回は県道走り継ぎ立野目指したが、これが結構な勾配だったがまだ雨は降っておらず少し救われた。

立野から高森まで国道にコース変更、というのは前回は高森から県道ランだったからで、これで高森、大津間は国道、県道共に走ったことになったわけ。迂回路なくなる高森入口からは、椎葉までは国道一本になり短いトンネル幾つも続き、雨降ってきたので合羽着用、道路工事で片側交互通行、意外にも長い区間車列最後尾追走も、生憎の上り勾配で車間空くので必死に頑張って走りきったが、反対車線で待ち受けた長い車列皆さんには悪かったな。

昼時になり空腹感発生も集落もなく走り続けると、やれ有難や間もなく道の駅看板目にし、ピットインしたがアレ?食べるもの無いじゃん、店内隅に丸テーブル一つに椅子があって、メニューは田舎だご汁¥200とおにぎり¥100にコーヒー¥100だけ、全国たくさんの道の駅に立ち寄ったけど、見事に何も無い処って珍しいねえ。

仕方なくだご汁におにぎり食べ表に出てきたところ、以前出版された俺の自転車人生伝える、故光森氏の書籍手に持ち突然の来客に、『鳴嶋さんですね』と声掛けられれ超びっくり、何事かと話し聞くと何となんと鶴亀翁の従姉弟で、本日俺っち走ってる道中を読み、追走してたトッラク運転手の熱血中年九州児だった。この人の自転車に対する、熱き思い入れ半端ではなく、俺っち心に熱く伝わり感動、今回の旅目的達成間違いなしとここで確信した。走り去る大型トラック見送り、椎葉に向かった我が足軽くなった事、皆に見せたかったよ。

さらに走った所で前方から出迎えの鶴亀翁の姿確認、先ほどの熱き出会いを伝え、共に走り椎葉村宿へ到着。姫監督も先刻到着の連絡受けてたので、宿に到着したことを伝えると間もなく姫監督一向も顔見せ鶴亀翁を紹介すると、翁宅へ能面、神楽面の取材に向かった。着衣洗濯入浴旅疲れ癒し早目の就寝となり、感動の椎葉村入り初日が終わった。

6/18 予定変更熊本大津へ

2015.06.18
今暁までブログ作成で起きてたので朝目覚めたら8時過ぎ、前日椎葉の鶴亀翁からの連絡で俺っち走る道路交通止め判明、さらに朝のニュースで八代から人吉市へ向かう球磨川沿い道路、人吉市内の一部が冠水JR肥薩線八代吉松間も運転見合わせ、進路ずたずたで椎葉へ移動する人吉市内の前泊宿へも行けず、宿に当日連絡でキャンセルお願い了承され、ルート変更作業で朝から俄然忙しくなり、熊本県大津に宿キープ高森町からR265で向かう事に決め、残り2部屋だけの大津ビジネスH確保。

10時回ってしまったがホテルチェックアウト11時、朝食も11時までと会員特権で助かり、駅まで輪行袋転がしながら歩き10時54分発8両編成の各駅停車『つばめ』に乗車、JR東日本なら『こだま』と同格電車、車内に入ると普通車両とは思えない高級感、真中通路で両側に2席で13列あるので計52席、最後部左側2列は各1席取去られ身障マークあり車椅子置場、運転席ある最前部車両座席は計50席。

二人の孫が鉄道少年時代の昔、九州旅行に連れて行き、つばめ、にちりん、ソニック、かもめ、霧島、ゆふいんの森と九州内の特急列車乗りまくり、急流球磨川下り、玉泉洞探検、熊本城他あれこれ楽しんだなあ、年老いた今は鉄道旅行卒業、自分の足で国内各地を自由自在に走り楽しんでる。新八代までの乗車券、特急券で熊本に途中下車で降りる。駅新幹線側出口で自転車組立て、道路標識読みながら水前寺公園前通りR56、以前逆方向に走ってる道路なので、併走してるr337走って大津市内ベッセルHイン。

レンタルPC借用¥1000.コインランドリーで洗濯、バスタブ入浴すませると眠くなり一眠り、1時間著ちょいの昼寝すませ食事外出も、夕結局は外食せずスーパーへ向かい、買い物篭下げ商品物色しながら主夫体験、買ったものサクランボ、デラウエア、ミニトマト、金時豆、きんとき豆、黒糖いなり、アジにぎり計7点で¥1743.部屋に戻り、湯を沸かしお茶飲みながらの夕食。

※この項アップしたつもりが下書き保存、ただいま気づき公開します。只今鹿児島空港Hにおります。

6/17 自走+輪行で博多入り

2015.06.18
8時朝食時間寝坊して20分遅刻、朝風呂など夢と消え10時前のチェックアウトまで忙しかった。天気良く自走全く問題なく10時スタート、温泉街のメイン通り県r204暫く走り、R9号に合流新山口駅から先は元高速道路が一般道に格下げされたr212走り、道の駅『きららあじす』に立ち寄る、前回はここからR190走り小野田市、海上自衛隊基地先でR2号、R9号重複道路走り下関から関門海峡抜けたが今回は下関まで走る気がなく、自走は厚狭駅まで以後博多まで輪行するつもり、道の駅から一直線のr216を阿知須温泉通り抜け、善和からr219でR2が近かったのに、ぎっしり詰め込んだリュックから地図取り出すのが億劫で、感で走るには戻ってR2が間違いなかろうとr25からR2R9重複路へ向かった。

厚狭まで走った重複国道部分は17~18km程だが、道幅狭く大型車の通行料半端でなく、非常に走りにくいと言うより、自転車の走る道路じゃないと思った。厚狭市街の案内板見て早々に右折したら、厚狭市内から厚狭駅標識見て走ると再度国道に誘導され、ここから自転車、歩行者専用道路走ったら、とんでもない道路に案内され、やっとの事で厚狭駅到着し輪行袋に収納、エレベーター乗車ボタン押すと、駅員が手動で動かすEVで階上に移動すると、なんとそこは駅のホーム内、一度改札外へ出て切符買ってから、再度改札通りホーム内へ入場するややこしいシステム。

俺っちの場合途中下車した乗車券と新山口からの特急券で入場、間もなく到着した『こだま号』に乗車したが、駅からの乗客俺っち含め2名だけ、駅前には何も無しで岐阜羽島駅が浮かぶ。もしかしてここも我田引水駅なのかね?15時23分最前部1号車に乗車すると車内乗客3人のみ、下関で2人降りるも乗客は0、小倉で1人乗車したが車内ガラガラ、16時07分博多駅に到着し所要時間44分、輪行袋転がし歩いてリッチモンドH投宿。洗濯物コインランドリーで洗い部屋に干し風呂、約束時間にジョギング姿の通勤帰りのうさ子、食事は駅ビル内にあるかの石川の加賀屋、和倉温泉で目に入ったたスタッフ多数揃って、お客を送迎してる光景が今でも強烈に脳裏にあり、二本松の日東工場での体験がダブルいずれも7やりすぎだよ、客がそれを喜ぶとでも思ってるのかね、サービスってそういうものと違うと思う、顧客満足度NO1を力説してるけどそれって違うと思うけど。

ホテルに戻ってからレンタルPC前で延々時間かけ、経過した3日分のブログ作成は深夜まで続いた、九州南部大雨続きで道路も崩壊した様子、さて明日はどう対応したらよいやら。

6/16 今回の旅2回目オール輪行

2015.06.18
朝から雨にJR駅まで走って輪行、徳山駅前にネットカッフェあると記憶してたので、念のため会員証電話で再確認、ネットカフェでブログ更新することに決める。でフロントに時刻表聞きに行くと、発車時間に合わせ送迎バスでますから利用して下さい。親切に甘え時間にフロントに行くと乗客俺っちだけ、大畠駅は大橋渡ってループ道下るとすぐの小さな駅、心配した無人駅ではなく有人駅、ジパング手帳記入で大畠~新八代間乗車券¥4690.翌日の特急券新山口~博多¥1750.翌々日の特急券博多~新八代も同じく¥1750.合計¥8190.クレジットカードで購入。

徳山駅で下車観光案内所で場所聞くとすぐわかり、イン個室が小さく椅子が大きく輪行袋入れるに骨折った。いつも3時間パックだが本日時間あり過ぎで6時間パック¥1780.ネットカッフェ店内の食べ物はすべて格安でも、味は期待出来ないので中座し外で昼食は肉うどん¥750.トッピングしたかき揚げ¥100、が美味かったのでも一ヶ追加し¥100.プラス美味かったよと言うとお母さん喜んでくれた。

1時間ほど時間余るも退室駅に向かうと雨止んでいた、新山口駅で乗り換え益田方面に5駅戻って湯田温泉下車、駅前で輪行組み立て数百メーターで常盤旅館、なんと隣が以前泊まったかめ福旅館だった。今回常盤を選んだのは名物女将の女将劇場見物したかったため、芸はしちゃかめっちゃか論より実証拠じゃなく見て納得じゃ、いやあ70歳の女将の凄いバイタリティには感服するのみ、この女将の活躍ある限りこの宿生き残れるわ。団体客入り結構な賑わいで、女将劇場にも観客50人近く集まって盛況だった、若いスタッフが動員されあれこれ女将の手伝い、観客も結構乗ってたが若きスタッフ達みなさんが、毎晩女将劇場に付き合わされるは大変よな同情するわ。

おそらく国内最高年齢85歳の仲居さんが踊りを披露、背筋が延び歳を感じさせない見事な立ち居振る舞いは素晴らしかった。40歳の時から45年間、女将さんに世話になってますと自己紹介、もう親子だね素敵な人間関係を感じた

風呂が7種類もあり全部楽しむつもりが、2箇所1回だけで終わってしまったのは、どうしてかやたら眠かったから。輪行袋フロントが預かってくれ部屋まで運ぶ必要なかった。明日は福岡でうさ子の病気の快気祝って食事会の約束、連絡もせず放置のままだったら忘れたかとメール届く。忘れたわけでは無く明日メールするつもりだったのよ。

6/15 周防大島内を走る

2015.06.17
金欠日曜日何とか無事過ごし一夜明け、雨の心配皆無の明るい月曜日迎え、9時半ホテル間前で自転車組上げ、海岸沿いの県道60走り本日向かう宿泊ホテルは、周防大島大橋南詰にある大観荘で距離にして50km足らず、急ぐ必要もなく写真撮影楽しみながらの走り、唯一心配だった現金入手も〒局で早々手当て気がかり解消。

海岸線は小さなアップダウンの繰り返し、これが結構足にきてくる感じ、温泉で疲労回復に努めてるものの、週2回のマッサが旅行中皆無になり、背中の荷物負荷も徐々に疲労感与えてるのかなと思う。大きく曲がりこんだ先にある海上橋を、脇をすり抜け追い越さし去ったた路線バス、橋渡るを遠めに確認したので疑いもなく追いで渡橋、折り返してくる先程のバスとすれ違い、俺っち行き先で道途絶えてしまう。あれ?と考えイラストマップ広げよく眺めると、小さな沖家室島へ渡ってしまったと知る。停車した移動販売車に付近の住民が集まり、結構繁盛してる様子眺め、これって商圏から離れた地方住民のライフライン。

橋を戻っり暫く走行すると橘集落でr60は、右方向R437日良居から島内横断してきたr4に突き当たり終結、左に向かい沿岸をこれまで同様走ると、大島大橋南詰でR437に合流となり橋南詰が大観荘となる。橘地内r4に変わってすぐ見かけたラーメン店、正午寸前なのでピットイン餃子¥500注文すると、出来上がった10ヶの餃子表面油っけ無く真っ黒焦げ、裏面はうどん粉の真っ白色、これじゃオセロ餃子じゃん、一般家庭の主婦でもこんな焼き方せんわ、これから昼時来客あるだろうに餃子焼きあげたら、表へ出てどこかへ行ってしまったぜ、お父さん客商売する資格ゼロだわ、壁に貼ってあった食べログ紹介の店って???よく美味しいと言われた店の主から、美味しくなれ美味しくなれと気を込めて、つくってますの言葉が伝えられるけど、気持ち心を込めた仕事は必ず相手に通じるもの。

その後走り続け大島町でコンビに目にし、餃子だけで空腹感ありピットイン、ジャムパンと牛乳、ホテルが近くチェックイン時間に早すぎゆっくり食べ終え、出発したらほんとすぐホテルだった、仕方なく時間つぶしにホテル先で飯の山に上る、これが僅か260mの頂上まで2.2kmが平均斜度10%の急勾配で、途中蛇に遭遇するわ頂上に何も無しビビッて下ったわい。

チェックインしたホテル本日食堂休業とか、歩いて10分しゃぶしゃぶ肉店だけ営業してると聞き向かう、大きな牛肉皿と、豚肉皿が出され、そんなに食べられんよと言うとスタッフが返した言葉が、先が見えるほど薄切りですから心配ありません。あんってとても正直な人だね、きっと良いお母さんになれるよ。結局豚皿ほぼ全部残しの晩飯終了、。ホテルに戻って2度目の入浴楽しんだが、眼下にうず潮海流が見られ、圧倒的湯量のかけ流し露天風呂は素晴らしかった。

6/14 周防大島伊保田港へ上陸

2015.06.16
周防大島の伊保田港着は2便のみで午前、午後で各1便だけ寄航、その他すべては柳井港行き。事前調査では松山城見物してからの、午後便でもと軽く考えていたが午前便で渡島の方が安全と考えを改め、予定を9時40分の午前便に変更、朝から忙しくなりいつも遅い朝食食べに、6時半に食堂へ向かったが早い時間に朝食は初めて、混み合っているのに一瞬たじろぐ始末。結構食べるもの豊富なバイキングだったが、いかんせん時間が俺的に早すぎ食欲喚起せず。

7時半チェックアウト階下大通り前にして自転車組み立てる、市電の通る向かい側右方面に以前泊まったANAホテル。港に向かって走り出すと進行右側にしまなみ街道サイクリング時、皆で招かれた中村知事の勤務する愛媛県庁舎前通り、時折停車しては写真撮りしながら、フェリー発着港三津浜港到着。1時間半も早く到着したので、待ち時間に周辺ぶらつきカメラ取材。

伊保田港まで運賃¥2360.自転車¥1130.と結構な値段、更に伊保田港までは別船会社の運賃支払いとかでカードは駄目、柳井終点までカードで購入千円弱損して、途中下車すれば¥3500程の現金、手元に残せると一瞬考えるも節約、現金支払いで背水の陣。9時40分発約50分乗船し伊保田港着、自転車転がし出口向かうと何と扉閉めてるじゃん、お~い降ろしてと叫ぶと作業中の乗組員やっと気づき、一度閉めた乗降タラップも一度降ろし、事なきを得たが危うく柳井港まで拉致されるところ。前のほうから親子連れが一組と軽トラ一台降りただけ、乗客なしの閑散港といえ雑な仕事しちょるな。

あちこち写真撮りながら島内走り出し、朽ち果てた家屋散見を眺めては撮影したが、北海道の留萌がこれまで撮りとめた状況で最も悲惨と感じた。各地で発生してる限界集落見ると、日本の原風景もいずれは消滅してしまうのかも。島内唯一の道の駅で鯛めし弁当¥500買って、自販機からペットボトルお茶1本で手元に残った残金¥482のみ。植え込みの日陰に腰掛弁当ぱくつき、飯粒一粒々を確り噛み味わい金の有難さ納得。

道の駅から1km程戻り軽い上り道越えると対岸が見え、リッチな大きなホテル目に入るリゾートホテル&サンセットサザンセト。チェックイン済まして、まず伺った事は夕飯カードで食べられる?問題あったら明朝月曜早がけ〒局詣での対応、何とかなるものこんな調子だから、懲りずにまた同じこと繰り返すこりゃ長生きするぜ。

リゾートホテル朝食会場用意された六組テーブル、和洋各三組で洋食組み三組ともご婦人同士、和食三組も一組はご婦人だけ、残る一組だけ未着だったがカップルと思われ、1人卓は俺っちだけだった。旦那連が働き蜂で稼いでるのに奥様方は女王蜂決め込むとは、皆さん結構な身分ですなあ、誰も居らん露天風呂で独りのんびり温泉に浸かり英気を養う。


6/13 松山市へ戻る

2015.06.16
普通ビジネスHは13㎡程度の部屋の広さほど、ところが宿泊した新館の部屋なんと33㎡もあり、2倍半の広さでベッドは縦幅より横幅の方がが広く、最近流行の家族旅行でビジネス泊で利用すれば、快適な一夜が過ごせると思う。さらに凄いのは食べ物調理が可能、で宿泊料金も¥5300で朝食付、連泊すれば更に安くなる有難いシステム、大温泉ありトレーニングルーム併設、近くならクラブで多用するけど四国の山中じゃあな。

本日コースは初日宿だった内子町経由し、松山市内に向かうので初日の逆コース。朝になって考えたのは内子から海岸線へ出ても、以前八幡浜へ向かって走った体験あり、国道で面白味も少ないので、内子までの県道走に時間掛け楽しみ、内子からJR輪行で松山市に直行、ホテルでレンタルPC借りてのブログアップ。加齢でなるべく早くに処理せんと、あれこれ忘れてしまうので困るのよ。

持ってるのは四万十のイラストマップのみ、細部詳細わからず道路標識頼り、2日目県道32走り続けてのち国道197へ出てのち迷走始まった、鹿野川ダムに到着メーター眺めると20km、っていうことは法泉坊温泉至近地から、県道走り継ぎ海岸線の国道56に至り宇和島ヘ大回りだった、日本国内ならどう走ろうとも修正可能で、言葉も通じぬ外国とはわけが違う、老いたら郷土を走るにかぎるわ。

対岸工事中の鹿野川ダムサイド突堤の橋渡り、土地の人に勧められた鹿鳴園の博物館は次の機会に見送り、ダムサイドの川を挟み併走する間違いようない県道32、2日目の完全逆コースで内子町道の駅へ向かい、昼食に食べたもち麦うどんぶっかけめちゃうま、人生これまで食べたうどん中最高の味だったな。感動のあまり売子のお母さんに伝えたら喜んでくれた。初日の食堂で教えられた、たこ焼きも食したがこちらは別にありきたり。しかしこの内子の道の駅超賑わいで、国交省のお墨付き道の駅モデル。

広場にSLが展示されてる内子駅前で自転車解体、松山まで特急で輪行運賃¥720特急券¥520、30分足らずで到着、タクシーに乗換え松山市内東急REIホテル宿泊。夕飯で好物にぎり寿司食べたら¥2800、外税で残った現金千円札4枚硬貨数枚だけ、明日は日曜で預金引き出しNGで金欠赤信号灯る。さあ爺さんどうするピンチの到来、じゃじゃん…

6/12 5日目は法泉坊ロッジ

2015.06.13
天気予報どおり雨上がり安堵、7時からの朝風呂楽しみ8時朝食、走ってないのに食欲あり完食、といっても俺っちの場合ご飯はごく軽く一杯だけ、これはいつの場合も変わらず。たくさん並んでた小鉢類の中身すべて食べつくし、食べたことない海苔まで封切って食べる欠食児童状態。他客は風呂で一人食事で二人の顔みただけ、もともと7部屋だけ場所も含め隠れ家にぴったり。

9時過ぎチェックアウト自転車組み立て、全天に雲広がり本日陽光弱いよう感じ、日焼け止めクリーム塗らず。背中の荷物詰め込みがリュック小さく、意外にも手間取り半寸前に出発すると、すぐ為松公園、郷土資料館とあり食指動くも断念、というのは神を誘い再度の四国探訪時の見所残し。

夜道だと暗黒の世界間違いなしの激坂下ると、すぐ川沿い道路は本日走る最初の国道141、この川四万十川とは別の後川で、有名な与作R439が側道でずっと付き合う川だった。宿から10km程走ると3日目宿毛へ分岐した県道50が合流してくるが、ここからが四万十川で江川崎まで30kmの遡上、途中の藪が市までは3日目走った逆コース、地理分かってくると楽しい。

前日激しく降った雨で沈下橋も水没寸前、道路から下って写真撮るも、対岸まで渡る気にはなれなかった。この時だけは正平ちゃんになっちゃったさ。江川崎からR381昼時でやっと一軒あった食事処、生憎クローズ店内真っ暗どうして。やっと食べられたのは道の駅『虹の森公園まつの』に到着してから、フライトマトカレー¥1080.腹減ってたので旨かったし、東南外人姉ちゃんが親切だったな。愛媛県って道の駅に自転車ラックあり助かる、トンネル入り口には自転車に注意の標識あり、車の運転手に注意喚起し自転車保護、中村サイクル知事には感謝。次は道路ガードレールにペンタナンバーをぜひお願いしますだ。

鬼北町からR320次の道の駅『日吉夢産地』ここは見る気にもなれず、自販機でドリンクしただけ、ここから道路は例のR197になり、R方向梼原L方向大洲でL方向に向かい走るとすぐが法泉坊ロッジ、別棟が併設温泉で泊まったのがロッジ新館。広い清潔景観良しコスパ最高温泉ここは神誘い是非再訪し連泊したいと痛感。難点はコインランドリー場所が遠く、料金高値¥400.しかも1台のみその他数台はすべて大型¥600.だった事ぐらい。


6/11 4日目四万十市へ輪行

2015.06.13
朝から雨降り午後更にひどくなる100%雨天予報。本日移動先は四万十市で直行すると僅か25kmの至近距離、で走るコースは足摺岬を回って向かう遠回り設定、ところが大雨で予定変更しオール輪行、事前に調べてたネットカフェに、下車した中村駅からタクシーで向かうことに決め、まずはホテルへタクシー呼び宿毛駅へ、宿毛から中村まで土佐くろしお鉄道¥620.約30分、くろしお鉄道といえば御免から奈半利までも同じ鉄道じゃな。各駅にやなせたかしの漫画キャラクター、阪神タイガース電車にも乗車経験あり、考えると俺っちかなりの四国通かも。

中村駅からタクシーでネットカフェに向かい、正午開店?を店前で待って入店、このお店ネットカフェにしてはきわめて健全経営で、24時間年中無休経営しておらず、これならネットカフェで寝泊りする輩は寄付かない。格安価格での食べ物提供もなく、店内で軽食補給の予定大狂い、昼食食べず4時間パック¥1080.フルに使って、2日目と3日目のブログ作成アップ、往路乗車したタクシー再度呼んで、宿泊する為松公園上にある宿『安住庵』へ向かったのが16時半。

四万十中村はこれで3軒5泊目になるが、ここ趣ある隠れ家的宿でふと平戸の宿思い出したな、一人で泊まるは勿体無い風流な宿だった。壁に藤城清治画伯の色紙あり聞けば、2泊されて以後カレンダーが毎年送られてくるそうで、箱入り秩から取り出し見せてくれたが、綴じ込みなしバラ12枚の見たことないもので、多分一般頒布品とは別物かと思う。俺っちが気に入って毎年特定顧客に、配布してるフィルム6枚綴じを次進呈しますわと約束。

和室なので寝床に転がって、森の国HでもらったイラストMAP広げ、明日走るコースを眺めると、国道441,381,320,197の4本オール国道走れば道路沿いと分かり、最後が行くなで北海道の兄さんパーを思い出した。予報では天気は回復確実でそれだけは有難い。










6/10 3日目は宿毛ビジネスH

2015.06.11
朝早起き6時からの朝風呂楽しみ、朝食8時までの1時間ホテルから徒歩で歩いて、渓谷景観撮影を楽しむ。朝食は昨夜同様中年女性の二人組だけ、話しかけたら松山からのマイカー旅行。自転車好きの中村知事について、しまなみ海道自動車道解放してのサイクリング、台湾松山空港と四国松山市の直行便の就航、俺っちが知るこの二つの業績を大礼賛した。素晴らしい知事に恵まれ愛媛県人は幸せですな。東京にもその昔、美濃部知事という素晴らしい学者の政治家が居り恩恵受けたわ。都心ど真ん中後楽園競輪場の廃止は英断だったが、その後後楽園ドーム野球場建設したら、密かにグランド下にバンクを建設、競輪復活企んだ後継者が出現、世の中真っ暗明日がわからん。負け犬だった男が首相に復活、多数の勢力バックに企んでるがどう思う。

スタッフに見送られ9時ホテルでると渓谷沿い、下り路面続き雨降った直後で水量多く、渓谷の流れが迫力ありなかなか。ふるさと館先で県道8号左折が昨日下ってきた松丸、俺っち向かうは右折県道そのまま走り抜け、四万十市西土佐で国道141に合流、国道は四万十川沿い下り基調で楽々、二度沈下橋渡り写真撮影戻って国道の繰り返し、朝方手にした四万十川イラストマップ見て、中村まで向かわず10km手前の、県道50が近道と知り川登で右折、ひと山越え有岡で国道56に合流L中村R宇和島で、ここ右折宇和島方面に向かい13kmで宿毛市。

ホテル案内のコピー森の国Hに置き忘れ、ホテルの場所わからずフェリー港まで向かい、駐在で場所確認街中まで戻りピットイン、本日走行距離80km4時間の走りだった。ふるさと館は水曜定休で立ち寄れず、背中の荷物は隣の〒局から、レターパックで椎葉村宿まで先送り、背中に若干余裕出来た。昼食は県道8から四万十川に出た、西土佐津野川橋際食堂で日替わり定食\750.食べ、宿毛ビジネスHでは敷地内のかつ屋でてんぷらうどん、ポテトフライ&玉ねぎリング揚げ、枝豆で¥1450.

前回足爪先化膿し宿泊キャンセルしたら、傷の具合気遣う返信メール頂いた、スタッフ勤務するホテルアバン宿毛に宿泊でき、一応俺っち的返礼すみ安心。




6/9 2日目はホテル森の国  

2015.06.11
昨日内子街中歩きまわり時、小さな間口の八百屋さんで夏柑買い、八百屋の女将と会話中居合わせた老婆、何処から来たのね何処泊まってるのと聞かれ、暫く経過でまたも同じ問いかけあり、女将が通訳伝える繰り返しよ、こんな体験ずっと以前も体験したわ。夕飯は部屋食で同席しなかったが、朝食会場は中国人の旅行国技団とご一緒、まあこの男女一団騒々しいこと敵わんわ。玄関先で屯す一団の間を縫って表へ出て、女将の見送り受け出発。

国道避け山中抜ける県道を選択したが、現地調達で地図持たなかったは無謀でr32走り続け、肱川に合流すると対岸に国道が見え隠れ、心配なく走れ車の通行ない細道でも気にならなかった。、ところが一度国道197へ出て鹿野川ダムサイド、工事中を撮影しようと突堤渡り、停車してた軽四地元民と話込み、坂上にあるという博物館見物すすめられ、向かってから道に迷ったようで、ご本人気づかなかったようだが迷走となった。途中から雨上がり日は射さないものの、地元の人が今日はもう降らないよと言った言葉信じ、防水袋から取り出したカメラの出番となり撮りまくり。

コンビニ見つけライトマップ買うべく立ち寄るも、分厚い県別地図では持参できず断念、何処をどのように走ったのか定かでないが国道56下宇和。これはいかん遠回りになってしまい、完走は無理とここで判断宇和島駅からタクシー綸行と決める。

宇和島駅到着15時15分走行距離81kmで、駅前に屯すタクシーでタクシーチケット使える車探し、運転手にチケット使用伝え会社に確認OK、途中あれこれ話しながら、宿泊ホテル森の国まで向かったが、道の駅『広見森の三角帽子』では、全国唯一鬼の字がつく自治体鬼北町、雉が肩に止まる赤鬼モニュメントバックに、記念撮影してくれた運転手。旅人に思い出を残す気配り思いやり、四国の人にとても多いような気がする。今日も山中細道で後方から軽四トラック来たので、減速サイドキープしたら、窓から手を伸ばし大きく振りながら、追い抜き去った村人から感謝の心受け取った。

滑床渓谷素晴らしい景観タクシー窓から眺め、益田支部の仲間に案内された匹見峡に匹敵、よい場所に宿とった明日は朝の散歩で撮りまくり、神の反応次第で再訪するぞ。夕食のシェフ特製フランス料理も素晴らしかった、スタッフ皆さんも好印象おすすめホテル、11月が紅葉で素晴らしいと聞いた、神よどうする?祖谷も遠くないから両方行こう。まずは帰ってからのスライドショウが楽しみだな。

6/8 四国九州の旅初日

2015.06.10
京急天空橋駅まで自走して、2駅輪行するいつものパターンは午前便なので、早起きが必要で寝坊助爺にはちょい厳しく、どうしたものか悩んだ結果選んだのが、車出勤で神宮店へ向かう2代目運転する車に便乗。山手線原宿駅で降ろしてもらい、6時半乗車したJR山手線車内、意外にも早くもやや混み合い企業戦士に同情。

品川で京急羽田行き特急に乗換えると、こちらがら空きでちょっぴり安心。チェックインも空いてて素早くすむも、1便前に搭乗は無理で約2時間以上の待ち時間、はてどう過ごすかなと考え思いついたANAラウンジの利用、無料飲み物新聞も各種用意されリラックス。何故か時間たっぷりあるのに腹減らず、空弁食べる気にもなれずはどうしたものか考え、前夜会社運営に不満爆発させ、事業継承させて以来初めての苦言呈し、これが影響してのことかと判断。
   
気分転換素早く切り替える気質は老いても衰えず、旅に集中することに専心神に心配掛けぬようメール。次世代と見解の相違は先頃もめたどこぞの会社の骨肉の争いとは違うあ。俺っちが持ち続けた思いやりの心、希薄のよう感じたので物申した次第で、先人の労苦を無にして欲しくない。人の考え方は様々であるが思いやり精神は、大和民族が持つ特有の気質で大事にしてゆきたいもの。

松山空港へ着いたら止んでた雨がまた降り出し、合羽着用暫く走ったら空腹感じ食堂へイン。食べ終える頃厨房から顔出した若店主と、あれこれ話弾み内子まで走ると知ると、行き先でのうまい物情報教えてくれ、雨なので道中気をつけて下さいと送られた。内子町で迎えてくれた宿の女将からも、温かい気持ちが伝わった。宿には評判芳しからぬ中国の団体客12人滞在、和人は俺っちのみだった。内子町はよき時代の日本が残ってるような町並み、宿の傘借用街中散策走行中使えなかったカメラを活用。

初日雨で明日も雨の様子、泥除け装備してきたので後方からの巻上げ完全カットされ、合羽着用も気温高くないので思いの外楽。問題は破けてしまいチェンジしたリュックが小型で物入らず。それでも背中の負荷感は少ないので助かる、本日走行距離50km。

6/5 6月のツアー詳細

2015.06.05
6月のサイクルツアーは2週間のロングツアーで、8日羽田空港出発の行き先は愛媛、高知、山口、福岡、熊本、宮崎、鹿児島の7県を宿泊走行、24日鹿児島空港から帰京自走帰宅。今回の旅最大の目的は秘境椎葉村探訪で、地元のサイクル仲間との交流が目的,嬉しい事に俺っち計画聞いた姫監督、カメラマン同行して椎葉村に3連泊カメラ回すことになり、羽田空港から熊本経由、現地入りし3日間付き合ってくれるとは有難い。椎葉の人たちと滞在中日に夕食を囲む事も決まっており、カメラが入れば更に盛り上がること確実で期待できる。

今回の出会いを契機に椎葉村にも支部誕生させたいと考えており、宮崎日向に支部がある関係でそれも容易かと思う、遠い昔に誕生して現在も続いてる、なるしまフレンド初のクラブ支部臼杵市。その後誕生した日向市に続き、九州3地区にクラブ支部が展開すれば楽しさも倍増する。北は北海道、南の九州に加えて日本列島裏側の島根県益田にもクラブ展開、山梨県笛吹市石和町にある、俺っち出城クラブハウスに全国から支部員を招き、東京の仲間と親睦交流し富士山麓を観光ランで楽しみ、温泉で疲労癒し人生を謳歌する老後を楽しめるって最高じゃん。加齢で遠くへ行く気力失せたら、全国に展開する仲間に声掛け、日本の中心地甲府盆地の根城に屯し、呼び寄せた仲間と周辺を徘徊するも乙な楽しみと期待しちょる。

遠い地方からでもシニア割引利用すれば割安料金で往復でき、滞在宿泊費は不要食費も自炊で節約可能、見どころ走り所たくさんあり、特に至近距離からの富士山眺望は、日本人なら一度は眺め心に残したい風景。共通の趣味を通じて遠方の仲間と親睦交流できる幸せに感謝,平家と源氏の融合大和民族を再確認,未来に向かう若人に和(輪)の尊さを伝える事が出来れば素晴らしいと夢見ている。

今月の椎葉村訪問四国&九州の旅詳細は以下…
6/8 羽田=松山〜愛媛県内子町。 6/9 内子町〜愛媛県北宇和郡松野町。 6/10 松野町〜高知県宿毛市。 6/11 宿毛市〜高知県四万十市。 6/12 四万十市〜愛媛県西予市。 6/13 西予市〜愛媛県松山市。 6/14 松山市フェリー=山口県周防大島片添え浜。6/15 周防大島〜同島内小松。6/16 周防大島〜山口県山口市湯田温泉。 6/17 山口市〜厚狭JR輪行=福岡県博多駅前。6/18 博多駅=JR輪行新八代〜熊本県人吉市。 6/19 人吉市〜宮崎県椎葉村(3連泊) 6/22 椎葉村〜宮崎県小林市。6/23 小林市〜鹿児島県霧島市。 6/24 鹿児島空港=羽田空港=京急天空橋〜自宅。 16泊17日 以上。




5/31 富山空港から帰京

2015.06.01
能登半島巡った1週間のサイクルツアー最終日。富山空港発13時20分と遅い便、宿泊してる富山駅前のホテルから富山空港までは10kmちょいと至近距離。今回の旅後半3日間宿泊した七尾、高岡、富山の各ビジネスホテルはチェックアウト時間が10時11時12時と1時間ずつ遅く、富山コンフォートHは正午なので、時間までホテルに留まりエアポート向かっても間に合う。ま、そこまで居続ける事も無かろうと、11時回ったところでホテルを後にした。

定刻発定刻着で羽田空港到着輪行袋受取り、京急ホームから天空橋通過の特急に乗車、京急蒲田で下車自転車組み立て15時半、ガス橋渡り多摩川堤通り西日に向かって自走帰宅。予定通り18時帰着シャワー浴び、用意されてる粽食べそば茶のみ一息つく、1週間で走った距離は400kmだけだが,やはり疲れは隠せず帰宅後洗濯機まわし,洗濯終了部屋中に吊るし干し終えると、猛烈な眠気でてそのままベッドで仮眠。鎌倉学習から神さん帰宅した20時頃、目覚めるもすっきりせず,やっぱり家に戻ると疲労がどっとでる感じだな。

今回石川県、富山県の2県に泊まったので、これで本年度宿泊地15県宿泊日数44泊となった。走行距離は5500km弱、5月終わった時点で昨年の3/1の達成でやや出遅れ感あるも、来月16泊誕生日迎える再来月19泊の予定が詰ってるので,終わってどうなるか分からんが追い上げてるぜ。

この1週間走った距離は400kmだけだが,やはり疲れは隠せず帰宅後洗濯機まわし,洗濯終了部屋中に吊るし干し終えるのがやっとだった、鎌倉学習から神さん帰宅した20時頃目覚めるもいまいちすっきりせず,家に戻ると疲労がどっとでる感じだな。これは明後日の台湾足裏マッサまで待てんと思い、明日公休のタイ古式姫にメール送ると、10時にいらっしゃいと返信あり。この歳になり走り続けるには、頻繁にケアすることが必要不可欠と考え実行してる。
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