1/31 奄美大島滞在最終日

2015.01.31
電池切れでシマノ電動メカ動かず、昨日後半の登坂路面で体力消耗、悪いこと重なる不運ミスコース、やっとの事で頂上越えたT字路で体感信じ左折が間違いで逆方面へ下ってしまい、海岸線右折すると記憶にない細道になり、元の道まで戻らねば名瀬に行けぬと判明。楽に下った長い下りギヤ固定では逆走上るは無理、r79海岸線回りで芦険、宇検と戻って瀬戸内町をパス、r85ハイビスカス道路上り住用へ抜け、R58で内陸山間走り抜け名瀬戻りを瞬時決定。年老いても決断力鈍って居らずと自己満足、変速できないハイビスカス道路の上りはきつかったが、国道に出てからは楽で全行程109km16時半無事ホテル到着したのは昨夜報告済み。

一夜明けた本朝8時半熟睡でき朝食食べ、イベントコースのr81龍郷周りは、奄美CC抜ける長い上り道路あり、俺っち力ではとても固定ギヤでは上れない、直行したら宿は近すぎ時間持て余し、でも一度ネットカフェで時間つぶし、13時15分まで3時間パック¥1000.支払い、本日分ブログ作成アップよ。

途中昼食食べ道中ゆっくり走っても、本日宿は龍郷町赤尾木20kmもないと思う。帰宅は明日のJAL直行便15時半奄美フライト羽田到着17時15分、夕方暗く積雪直後自走は無理と考え、リムジンバスで輪行で帰宅します。

帰宅後すぐ春の英爺ラン、温泉一泊サイクルツアー箱根強羅ラン3月14~15日の募集案内作成します。期待して下さい今年は、楽しいランあれこれ考えますで皆で走るは何たって楽しいわ。来週の亀ランで手元に届くよう立川CSへ、奄美みやげと一緒届けて置くわ。

本日のブログで奄美の旅については終了。7日間走行350km1月の宿泊明朝で10日間となる。
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1/30 雨中名瀬まで戻る

2015.01.30
朝方テレビで東京降雪を知る、八王子駅前中継画像で結構な雪降り、こちら奄美も雲厚く予報ではやがて雨降り、朝食は箱弁先客食べた後で空重箱、俺っちのと広い食堂泊り客2人だけ。8時半食事で自転車そのまま持ち込みなので9時出発。どう考えてもすぐ降り出しそうな雨雲見て、コンビニで雨合羽購入リュックに入れる。

走行30分トンネル抜けると降り出し、出口に戻り合羽着用弱い雨で合羽保効果感じ走るも、やがて路面に水たまりシューズ濡れ爪先冷えは仕方なし、助かったのは指先濡れるも寒気関知せず、ハンドリングにも支障なく、濡れた湾曲路も問題なかったが又もやってしまったバッテリー切れ、インナーギヤフリー中段で固定になり動かず、平地はまあ脚回りすぎるも上りがアウト。

芦検から上り勾配長い村道やっと上ってr79分岐路、体感左折したのが間違い元で下りきって右折すると見覚えない細い悪路、道が違うと気付き停車してたドライバーに聞くと、逆方向に下ってるので下った道を上らねば名瀬に行けないとわかる。電動ギヤ使えず固定ギヤで下った坂、戻るはとても無理と判断、躊躇せず海岸線逆走戻ることに決定。

海岸道路直進し芦検抜け振り出しに戻り、宇検から前回走ったr85コスモス街道、上りはダンシング多用何とかクリア、住用役勝でR58に出て名瀬まで27kmの標識目にし、81kmのメーターに合算全距離118kmにホッとした。脚力失せたらバス輪行視野も必要なく、スイッチ入り空腹感も感じず、住用道の駅トイレ休憩でホッと紅茶缶ドリンクしただけで16時半ホテル到着は初日ホテルと同じく。

コインランドリー洗濯終え、風呂で疲れ癒し夕飯はステーキ重¥1200.豚骨付き肉煮¥1000.完食、ネットカフェで溜めた3日分ブログアップ。ホテル帰着0時チョイ前だった。やる時はやるぜ大和魂爺わ。

1/29 加計呂麻島へ渡る

2015.01.30
ペンションの一夜明けたが俺っちペンション泊まりはまれ、自転車はそのまま玄関へどうぞと言われたので組み立てる事無く朝食後すぐ出発できたのだが、朝一番助走もなくすぐの登り道は有難くない。本日泊るホテルに向かいまずは背中の荷物預け身軽になる。古仁屋港海の駅売店立で、昨日買って超うまかったタンカン¥500、たくさん買って送りたいがと云うと、まだ季節若干早すぎますのでと断われた。

フェリー運賃¥360.自転車¥130.乗車時間25分、出発10時20分なので到着10時45分フェリー乗船時、バニラ航空で成田から来た東京尾久の青年に声かけられ、歩き旅で加計呂麻島回ると云う彼に、比較にならない行動範囲の自転車の良さを吹聴。元気の秘訣を問われ快眠快食、夫婦和合、薬物拒絶、体力鍛錬とケア、ストレス発散等あれこれ並べたら、親が漢方薬剤師なので、僕も薬は飲みませんと共鳴。

到着した瀬港から乗客皆無のバスに乗車、15km程歩くという青年乗せ走り去ったバスと逆方向、島の北端実久目指し出発すると『桜ハーフマラソン』スタート看板あり、1km置きの表示眺めながら尾根幹連続のようなアップダウン繰り返し路面を走る。舗装はよし車は殆ど走っておらず、信号皆無自転車天国、いやそれ以上の野鳥天国で道路上で乱舞するわ、森中では合唱会と都会の喧騒と全くの別世界があった。

4kmで行き止まり知之浦も探訪、ハーフマラソン折返し看板を通過実久集落通り、道路終端まで走ると海岸岸壁でEND、小さな船着き場なので漁船が荷揚げする小港か問うと、漁師の荷揚げは古仁屋港で、ここは自宅で食す分だけ獲りに行く船の接岸場よと、ちょうど居合わせた老人から聞かされた。

帰りは瀬相港の先にある生間港まで走り、往復別港のはずだったが嫌な奴がポツポツ顔に当たるので走行取止め、同じ海路往復で古仁屋港到着。ホテルは港からすぐで立派な部屋で驚くも、値段も高く朝食付き¥13608.島なので別に構いませんの、山羊島RH支配人の言葉思い出し、輪行袋に収納せずそのまま持ち込み。コインランドリー無くフロントで聞いた街中ショップで洗濯、帰り道遅い昼食魚屋さんの海鮮丼¥600.うまくて安くて申し訳ない感じ、夕飯は別途夜になってからと思うも、一向に腹減らずそのまま横になり、ベッド寝心地格段の差を痛感。

1/28 島内南部の瀬戸内町へ

2015.01.30
昨日北部を周回してきたので本日は南部、しかし、名瀬のホテルへ戻る周回ではなく、南端嘉鉄のペンション泊まり。と云うのは念願の加計呂麻島へ渡る目的で、古仁屋フェリー港近くに宿を予約した為。直線距離では50km程度なので、急ぐ事はないので、ゆっくり出発ホテルもチェックアウト11時、朝方のんびり過ごせた。

朝食後庭内散歩コース勧められ展望台まで散策、地道急登坂路の上階段足場の整備悪く、手摺り杖ついて登らんとご老体にはしんどいかも、おまけにハブに注意の看板見ては、岩石むき出し草木に覆われた山肌歩くは、あまり気持ちよいものではないわ。ロビー出口に沢山の杖が用意されてたのも、ハブから身を守る意味もあると聞くとなあ、脚力余裕の俺っちでも雪駄素足で歩いたので、終始ハブのことで頭の中は一杯もう二度と登らん。

曇天だが気温19℃あり暖かく、背中にリュック背負い出発10時20分ホテル前から、海渡る小さな橋上で強烈な横風に煽られ、大き飛ばされ道路に出るや追い風に変わるも、無風に優れるものなしだわ。街中抜け永田橋から国道58になると古仁屋まで一本道、トンネルが次々続くのですべて歩道走行。

奄美の島人夜目が利くのかずぼらなのか知らんが、暗く長いトンネルでもライト点灯しない車両結構見かけるが、これって内地では全くあり得んことよ。途中住用でまた土産どっさり購入したら、現金小銭しか持っておらず近くの〒局まで往復。

古仁屋手前の標高300mほどの網野峠、俺っち地元の大弛垂水峠より標高ないが勾配がきつく大変、数年前のイベント完走時ここで脚攣り気味になり、苦渋の走りを体験したことを思い出した。今回はあの時よりも体調良いはずなのに??ここトンネル工事中で3月には開通するという話。

明日まごつかぬ様フェリーターミナルに立寄ると、車の両人に『昨日北部を走ってましたね』と声かけられ、談話すると下北沢で自転車飾り付けた、カフェVohouの自転車好きマスターだったが、これって何かの縁でしょう今度お邪魔してみよう。

古仁屋の街中抜け3~4km先嘉鉄のペンション¥8600.宿の場所は港で親切な島民が教えてくれたのでドンぴしゃ。宿の一番風呂浴び洗濯機借用洗濯、いつもハンガー足りんのに、ここにはハンガーたくさんあり助かった。6畳間に布団敷いて眠ったが外トイレは不便よと感じたが、若い宿の主はとても親切だった。

1/27 奄美北部周回

2015.01.27
布団に湿気感じチョイ不快もまあ安眠したようで目覚めすっきり、8時半2F食堂へ向かう9FからのEV、各階停止乗客すべてチェックアウト客、満員EVから食堂で降りたは相客たった1名、バイキングも食べ残し品で食欲刺激せず、まあいつも朝食食べたり食べなかったりなので、残り物ちょこっと皿に選びクロワッサン1けケと牛乳でEND。

輪行袋で持ち込んだ自転車、部屋の中で袋だけ外し折りたたみボトルケージに収納、走る支度に着替えレーサーシューズに履き替え、むきだし自転車抱えチェックアウト。今日は3km先の山羊島RH泊まりなので、背中の荷物すべて預け島内北部を周回なので、まずは山羊島RHに立ち寄り荷物預けて出発。

イベント奄美大島一周チャレンジサイクル、最初の100kmパートとほぼ同じコース走るがルートラボで計測約80km、というのは大会で走る龍郷町までの海沿いコース走らず、R58直行で龍郷町抜けなので若干コースが短縮。どうしてと聞かれると、今回の最終日名瀬から移動宿泊宿まで、直行では距離近すぎで際龍郷町周りが良かろうと取り置きよ。奄美イベント時間制限が、この最初のCPまでのパートがきつく、ここで足切りされる参加者が多く、俺っちも独りで走ると多分アウトと思うほど。そう最近の俺っち独走本物亀ランで、スピードあげるとすぐバテル始末歳は隠せない、着実に老化しておるのじゃ。

雲切れ目ない曇天だっつたが気温は19℃、走りだしすぐダウン脱ぎポケへ、こんなことならホテルへ預ければ良かったと悔やむ。AV20kmに満たないペースで走り、奄美空港前通過13時半回るも空腹感なし、大したもの食べてないがのんびりランなので燃費良好、地元特産品販売所でお土産は柔らかい黒砂糖、棚にあった全部買占め送品手続き、売り子のお母さん変な爺さんと思ったようで、あたふたしてたが御免なさい変な爺さんなんです。

鹿児島から種子島、奄美大島、沖縄と海上仮想道路にしてる国道58から、大勝信号右折して本茶峠越えるイベントコース入り込むも、標高無いがほぼ1ケタ標高から上るので、50m標高稼ぐのが結構大変。山肌に沿って上る方向が名瀬方向に向かわず、頂上に至って三方向の案内標識見るも行き先名瀬不明、手持ちイラストマップでは細部全くわからず、登坂して来た車止め名瀬方面を聞くと、車が上ってきた道下ってくださいで安心も、途中不安になりジョギングの若姫様にも聞いちゃって、また変な爺さんやっちゃった。

4~5km下ったら見覚えあるR58名瀬市内、ホテル到着16時半洗濯シャワー部屋干し乾燥したら眠くなり仮眠、18時半目覚め温泉で汗流し、露天風呂で疲れいやし19時半食堂で夕食。前菜食べ終わったらウエイター、すいません和食コースでしたね間違えましたで場所替え、多勢の客で賑わうコーナーから遠く離れた窓際席に案内され、イルミネーション景色独り占め。良い席ご用意してたのに、私が案内間違えましてすいませんと詫びられたけど、俺っちもナイフ、フォーク、スプーンと苦手西洋武器?並ぶ席であれ?と思ったがまあ間違えられたら、それでも構わんと鷹揚に構えたが悪かったのかも。御免はお互いさまだったな。

食後徒歩で街中向かい通りがかりのタクシー乗車タクシーチケット払い、ネットカフェでレアなブログアップ、女子競輪と日刊対抗競輪ビデオを眺め、流しタクシー拾ってホテルへ戻った。

1/26 奄美大島へ向かう

2015.01.26
寝ても寝ても眠い、朝早くは寒いで亀ラン集合9時は真平御免、で週末寂しく独りラン続けて居ったが昨日は、旧ED前10時のお迎えあり、8人仲良し友の会走りになり、いやあ皆と一緒は楽しいを改めて実感したよ。どこへ行ったというランではなく、冬場の爺様特有小用頻発によって、例のトイレ巡り気まぐれランで走るというより、皆でだっべって飯食べ立川CSへ戻って更に談話。夕方家路へ向かういつものコース、3月の近場温泉一泊ラン構想、練りながら帰宅したのは昨日のこと。

一夜明け奄美大島のサイクルツアー当日。羽田からの奄美直行便はJAL便、1日1本しか無くフライト時間12時10分、昨年末神と一緒した時は電車輪行だったが、今回迷ったが自走で出かけるつもりで朝を迎えた、どうだろう見事な切り替え6時半目覚め、余裕の時間で着替え朝飯といっても、焼き餅2けに海苔巻いただけだがとりあえず食べ、8時前家をスタート携帯忘れたことに気づき戻ったハプニングあるも、予定のフライト1時間前に空港受付に並び、ここまでは余裕着々だった。

そのあとがお粗末でして、石垣牛すき焼き弁¥1080食べ終え、小用催し荷物待合室座席前に置いたままトイレ探し、ほっと一息気分爽快わが席に戻ろうとするも、はて何処に腰かけていたか場所が分かりませ。搭乗ゲートの待合室に腰かけてたのなら番号ですぐわかるも、俺っち腰かけてたのは空いてた別搭乗口の座席、探し回ってうろうろ迷走すると、乗客呼び出しのアナウンスで俺っちの名前コールされ、さすがの俺っちもヘルメットとシューズ入ったリュックじゃ、見捨てるわけにもいかず参ったさんの成田山よ。と一瞬神の啓示あり、遠くぽつんと光って浮かび上がったリュック助かったあ。ありがとう守護神yokko大好きだよ。

アホな爺さん乗せたJAL便定刻フライト、定刻ですぞ10分ほど早く奄美空港到着、輪行組み立て15時名瀬に向かい30km自走開始、途中腹減りマーケットで紅茶ドリンク、リンゴパン、焼き芋、ミカン貪るように食べ体調回復を認識、走り出すやすぐ今度はトイレ、恰好な場所探し爺さん好きな野立ち用足し、島じゃ何でもありじゃごめんよ。

1/17 痛いの飛んでったよ

2015.01.19
2日前のこと、宮ヶ瀬鳥居原売店の辛み野菜饅頭食べたく、10時過ぎ家から直行現地に向かい走り出すも、いつも同じ道走るは面白みに欠けると考えながら走り、まずは富士森公園坂越え小比企、寺田、法政大から町田街道通り抜け、r48小松信号まではいつもと同じ、信号右折城山湖への裏道Aコースで上り、正面本道下ってR413に合流寸前で右折、圏央新道で津久井湖畔r513から湖畔に延びるr515、対向2人のライダーから”なるしま”さんと声あるも、あちら余裕の下りこちら上り逆光の離合で誰か?でごめん。

名手吊り橋渡りR413横切りr65へ、前方から下り路面を快走してくる、十数名の中学生自転車集団あり、俺っちにもあんな時代があったなと感慨。津久井〒局前右折しr513上り坂で、前夜風呂場で何したわけでもなく右膝通、一夜明けるも痛み残るも、家に居っても痛みは変わらんと自走したが、この坂上りで強い痛みに変わり、左足でカバーしながら走ることに。歳とると明日何がおこるかほんと闇じゃ、以後帰宅するまで他人が見たらピノキオペダリングで走るお粗末状態。

相原駅前も普段通る事無い駐輪場脇を走り抜け,駅前から右折するとまたも”なるしま”さんと声あり,今度は徒歩のご夫人に何方ですかと停車し,言葉交わすと何と若者当時俺っちクラブ模範生の母親じゃん。脚力ではなく人間性と智力冴えた若者だったが今や工学博士。水質問題の専門家で活躍し、中国大陸から帰国し相模原でマイホームパパの今も、独身時代活躍した水俣からお呼びがかかってるという近代日本の至宝。学問に秀でてるだけでなく、人が困ってると誰よりも先に我が身を投げ出す侠気,クラブランで大道芸人が秋山道で落車時、二台曳き自転車で大垂水越えを気遣い,相原の自宅に引き返し車で戻って、藤野で待つ俺っちピックアップしてくれたが、他人を気遣う心遣いに甚く感動した覚えがある。俺っち大事にしてる大和魂の持ち主。

我が家近く長年連れ添った亭主に突然逝かれ、元気喪失した夫人に背中ポケの、饅頭一つ渡し旨いからこれ食べて元気出しなとパワー送る。ご亭主は仕事人間入り婿で、俺っち親父と似てるとこあり、親しく付き合ってたので人事ではなく、仲良し亭主突然亡くしたら元気失うも当然だが、喪失した人は戻らんので立ち直るしかない。

神さん鎌倉通いで留守の我が家に戻り、辛み野菜饅頭食べ信州霧山のダッタンそば茶飲み、膝撫で擦りながら遅い昼飯。しかし、この膝頭の痛み何とかせんと、来週から奄美大島旅行に支障きたす参った。

で翌日曜日大事とって走るを取り止めた、それが正解だったかは定かでないが、本日月曜日幸い痛みが消え失せ、家の階段昇り降りに顔しかめる事も無くホットしてる。明日は益田から来京してる同業店長が神宮、立川両店見学要望ありsamと待ち合わせで俺っちも上京だい。元気が何よりも一番有難いな。

今年初の旅は奄美大島次いで天草下島

2015.01.13
自宅に戻りいつもの食生活になり1週間経過、医薬に頼らず風邪も退治体調回復のはずも、3連休10日〜12日の3日間は初日ソロランで94km、2日目往路ソロで101km、3日目同じく往路ソロで54kn3日間合計で約250km沖縄滞在中3日間走った250km弱加え、約500km走った事になるが足脚腰肩と疲れきってしまい、昨日はタイ古式マッサ、本日台湾足裏と2日連続のマッサのメンテ。連休で現金入手できず手持ち円無く、タイ姐御には$で支払いと俺っち場合何でもありよ。80歳も間近になると体力維持も並大抵ではないが、サブリや薬に頼る事も無く元気にすごせる我が身体に感謝。

自転車乗らん時は爺さん何やってんのと言うと、ほぼPC前で次の遊び計画の下調べ、アナログとデジタル地図眺めては、コース考えたり宿調べよ。これがまた楽しいのよ、で今年初の遠征は月末一週間の奄美大島ツアー、またかよと思われるが島は人が良い。今回は神さん同行せず俺っちの一人旅、1泊宿付き7日間フリー旅行¥32000で阪急リクエスト受付で申込、残る5泊を念願だった加計呂麻島へ渡るため、島内走りながらの移動宿泊。イベント参加では味わえない島民とのふれあい、食べる楽しみ観る楽しみを堪能したい。

1月26日羽田からJAL直行便で奄美大島へ向かい、初日名瀬の阪急指定ホテルから選択したウエストコーストH、2日目山羊島ホテル、3日目瀬戸内町嘉鉄、4日目古仁屋町内の宿、5日目再度名瀬ウエストコーストH,6日目は龍郷町内に宿泊、2月1日夕方羽田空港へ帰着リムジンバスで帰宅予定。

以上今年初放浪の旅経費は1泊付運賃¥32580,宿泊費¥50218、飲料昼食代等で¥17000加え総計¥100000の経費計を計上してる旅。

第2弾2月のツアーは25日から3月6日の9泊10日で、こちら目的は天草天草下島一周サイクルマラソン参加と再度のben平野屋宿泊で親好深めたい思いから企画。25日ANA便で宮崎空港入り宮崎市内ホテル、26日神ノ郷温泉、27日出水駅前H、 28日に諸浦港から中田港までフェリー輪行、翌2月1日と大会スタート地の新和町の宿に連泊、翌2日と3日も連泊で天草市大江平野屋泊まり、再度の3桁県道と林道で山中ラン存分に楽しみ、4日天草下島鬼池港まで自走、港からフェリー輪行で口之津港へ向かい、自走して島原駅前ステーションH、5日は佐賀駅前コンフォートH、6日佐賀空港から昼のANA便で羽田からは自走帰宅。

こちら経費は航空運賃はマイレージで¥0,宿泊費が¥75000フェリー運賃、飲料食事代でこちらも¥100000を予定してる。宮崎県、鹿児島県、熊本県、長崎県、佐賀県と九州5県を走行し残るは福岡、大分両県残すだけ沖縄県も走ってるので、まずは暖かい列島南から侵攻開始よ。




 



1/3~4 完全休養日と前田カフェまで

2015.01.05
風邪気味解消には睡眠を充分にとり、疲労を回復させることがことが何よりと考え、本日サイクリング取りやめ桜坂劇場で映画でも見ようと思い、まずは遅い朝飯そーきそばでも食べてましょうと、近くを歩き回るも各店共に開いておらず、足伸ばしてやっと目にしたラーメン屋、まあ正月三が日では贅沢言えんわんと妥協も、はっきり言って美味には程遠かったな。

宿のPCで検索桜坂劇場の上映映画題名と時刻表調べ、国際通りから劇場方面向かい歩き、途中から近道だろとわが判断で、横道抜け到着するも一向に近くには思えず、反って遠回りしたような感じだった。この劇場は知る人ぞ知る名画館で、内地からの観光客ファンもとても多く俺っちもその一人、ちょうどグッドタイミングで上映5分前窓口に並んだが、満席で補助席か立座しかありませんと言われ、大丈夫いつも立って見てますからと入場。60歳以上のシニア料金でも¥1131、内地の¥1000より割高で定員100席ほどが満席で通路に補助席並べる盛況ぶり、昔は扉が閉まらん程の大入りも良く見かけたが最近では珍事。上映してたのはスウェーデン映画”100歳の華麗なる冒険”描かれてるは摩訶不思議な100歳の老人の人生で面白かったわ。

4日(日曜日)本日で宿らくちんから、会員のリッチモンドHに移動。荷物背中を58道路サイドにあるビジネスHに預け、約束のJJカフェに案内され、渡米中で生憎留守だったが彼の生活の一端を知った。彼の案内で米兵たちとサンフランシスコからラスベガスまで走ったのは、アメリカ同時多発テロ事件後で警戒厳重な頃だったので、もう十数年昔の事になる。行く気もなかった敵国アメリカへ、行かざるを得なくなったのは仲良しになったGI達と軽い口約束が元、今となったらやっぱり往っておいて良かったと思う。

米国とソ連と言う両大国に数日間だが滞在し、自分の自転車で走り回ったのは事実、赤の広場も自転車で徘徊した。共産主義崩壊寸前のソ連邦での国内最大の大会にチーム参戦させ、自由主義経済発展を謳歌してた強いアメリカを見た自転車人生は2015年新しい年に引き継がれ、今夏満80歳どこまで楽しめるかわが自転車人生よ、皆の衆今年も楽しくやろうぜ。

昨年12/23から走り出し11日間連続と1日休み1日で走行820km 本年度4泊終了。今年の方針はロングライド参加はなるべく控え、日本全県を走る計画で目標設定する事に決め、支部のある北海道、島根県、九州各県は特に時間かけてと考えてる。8月中は石和CHに常駐の予定なのでよろしく。

1/2 100kmやっと走れた

2015.01.03
毎日の走行距離は短いけど、先月23日から連続10日間走り、山中抜けるアップダウン道路多く走り、風邪気味で体調よくないこと等あいまって脚回らず。辺戸岬往復参加のつもりだったがとても早起き無理、距離も遠すぎと考え断念、ゆっくり名護まで走るつもりで朝方のんびり目覚める。正月なので食事処が思うように開いておらず、何も口にせずとりあえず宿出て国道58を北上、元旦はサイクリストを全く見かけなかったが、本日は対向を何人も目にした、6人グループ以外すべてソロで20名ほどとすれ違った。

いつもひと休みするお菓子御殿立寄ると、増築改造され見違えるレイアウト、総じて沿道あちこちに観光客目当ての改装、新店目に付き、観光立国色彩濃厚に感じられた。開店中の店あり朝昼兼用の食事はソーキそば、食べ終え走り出しすも気力なく、せめて許田折り返しもその気にもなれず、県民の森で折り返しは調子悪すぎ。

折り返し帰路は、新設道路恩名BP直行でお菓子御殿通らず、往路は左折海岸沿い走るとお菓子御殿前通過するが、帰路は道なりストレートが自然、すべての車両が往復共に前を通過した頃に比べると、BP開通で売り上げダウン必死と思うがどうだろう。

恩名の駅で小休止のつもりがメール届いたりで大休止、58号折返し102kmで5時間のラン終え宿戻り、洗濯終えたらひと眠り休むかと考えてたら、レーターパックで頼んでた年賀はがき届き、昼寝取りやめ返信年賀状書きが大作業。

以前は年賀状出さぬ主義貰っても放置、さすがそれは失礼と考え最近は、社用以外は貰ったら返すことにしてる。正月沖縄滞在中に処理と考え、元旦に自宅に届いた賀状そのまま、レターパックにまとめ沖縄宿に転送、沖縄宿で宛名書きして返送することに決めた。日本の郵便物は早くて正確、元旦午後投函の〒が翌日夕方沖縄那覇市内に届き、その翌日午前中ポストへ返信賀状投函、明日は皆さん手元へ配達されそう。

その昔ソ連時代末期の頃の話、モスクワから帰国時赤の他人じゃない、赤い国のボスが自国の〒業務不信から、航空便数通を俺っちに預け、日本からの差出を頼んできたことがあったわ。自国の赤仲間の仕事を信用せず、どうして黄色の俺っちを信じたのかな、武士道精神大和民族には心許せたのかも、正式ビザなしで入国承認させた、ソ連の高官コフマン氏まだ存命してるのかな。言葉の壁なければと少し残念。

日本人って素晴らしい民族、年末の超多忙時の空港で、搭乗手続き作業のうら若き乙女たちの仕事ぶり眺め、正確で素早い対応は他国の姫様連には、とうてい真似出来ないと痛く感動したのはつい先日だった。

1/1 2015あけましておめでとう

2015.01.01
昨年と同じく沖縄県那覇市で新年を向かえました。昨夜遅かったので9時半過ぎ睡眠充分で目覚める、食べ物の買置きなしどこかで食べるつもりも、元旦早々では個人経営は無理かと思いながらも、国道58北上続け宜野湾から海岸線沿いに進路変更、北谷に向かい周辺めぐるも空振り。

昨日那覇空港で感じた暖かさ全く無く風強く寒く、特に強い北風は向かい風になり応える、車体振られるので歩道をのんびり走行、嘉手納道の駅から知花へ抜け、沖縄市から国道329で那覇に戻るつもりも、嘉手納基地サイドの直線路の風当たり考え取止め、58号沿い営業中の食堂通り過ぎるも、店前駐輪すれば安心そうよと考え戻り入店。『とんかつ太郎北谷店』チェン店好かんが諦め立ち寄った店だが、中々よい店よい味で開店のお店少なく昼時も加わり繁盛してたな、若者には受けるお店かと思う。一度食べて見て体験してや、メニュー豊富で迷うもうどんセットの定食¥1480しかし.どのセットも量が多く、そんなに食べられない俺っち向きでないが仕方ない。ちょうど昼時朝昼兼食になったので何とか完食でき助かった。

お店がすぐ桑江信号手前だったので走り出すと嘉手納基地はすぐ、国体道路入口信号で一旦停車後右折県道23に入る、沖縄南IC過ぎ坂を上ると池武当東信号分岐路、左折するとすぐまたもや分岐路で直進嘉手納県道74、右折知花県道74標識、嘉手納基地のいつも走る側と反対側を走ってたわけ納得。知花信号右折で国道329何十回も走り慣れた道路、コザ十字路信号周辺建物跡形も無く完全処理、沖縄は各地が変貌してるが大変な国費が投入されてる事が実に鮮明。

高原下って県総合運動公園でトイレ休憩、通路直ぐ脇植え込み芝生にハブ注意の生々しい看板、何年たっても消えることが無い看板だが基地と同じかよ、この公園内の建造物も大工事中、自転車競技場はその後どうなったのかなあ。時折ぽつり雨滴あるも降ることなくすみ15時過ぎ宿へ戻れた。走行距離60kmやっとで、3時間半の走行時間は風邪気味の体調もあり結構疲れた。

まず宿へ戻るとすぐ汗もかかない走りだったので洗濯せず、衣服換えそのまま布団にもぐりこみまず昼寝。風邪治すには睡眠と体力維持が何より、17時半目覚め近くのスーパーに食料調達に出かけ、すしパックいずれも大きすぎて、買う気になれず諦めサンドイッチで我慢、その分たんかん3袋も買込み、思い切り食べてやろうと意気込み宿へ戻った。

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