9/25 定番コース雛鶴峠 思いやり。

2011.09.26
蓼科ロング帰路転倒負傷2週間ぶり参加した長老ラスター先生、あちこち包帯絆創膏の痛ましい姿で登場。行き先久しぶり日曜定番コース雛鶴峠、大垂水峠越えた小原の郷でトイレ休憩に遅れながらも元気に到着、休む間もなくボーラーガイドに促され先発するを見て、本日伴走してあげようと後尾追走。

古希を過ぎても歯科医の現役続行、働きながら趣味を楽しむ尊敬すべきお人柄、俺っちも現役だがお客様相手ではなく、気ままな仕事で適当に処理しておるので気楽なもんだが、患者相手の仕事では疲労も倍増、気疲れも相当なものと思う。若き頃アマゾン、エベレスト、南極等々世界を遊びまわった戦士は、俺っちのように誰にも拘束される事なく気ままに遊び呆けた輩とレベルが違いますわ。

雛鶴ラン往路はアップダウン続き結構きついコース、最大難所そば屋の急坂越えここで戻りますは的確な判断、元世界の戦士なので独りにしても心配無用だろと放置、雛鶴まんじゅう屋目指しマイペース、ボーラーガイドに追いつき先生引き返したと伝えると俺戻りますとUターンは老人互助会、そうよ他人を思いやる気持ち大切だよな。

帰り道逃げ足早い蜘蛛の子集団最後尾追走するも、まんじゅう屋でまんじゅう食べずトイレも使わず折り返し、尿意発症道俺っち専用場所に寄り道野立ですっきりのんびり走る帰り道、最大難関牧野のヘアピンコーナー小橋渡った上り、後方からAラン集団出現に追走仲間に入る、そのままぶら下がれば良いものを歳を忘れ、スピード落ちた集団に満足できず、ゴルフ場坂でバトル挑むも失速、頂上近くで抜かれるも二の足使える脚力残り満足、ところが下りになり突然心拍いっぱい、もはやこれまでと追走断念させられた。

大垂水峠も脚力残ってるので楽に走れ八王子市内入りすると、とたんに腹へって食べ物購入し家へ向かう羽目に。腹ふくれるとこんどは睡魔の襲来にたまらずベットイン老人よな。ひと眠り後マッサージにピポパするとタイ姫『おとうさん今日お客さんいっぱいよ』に『わかった』、暫時のち電話あり『明日12時来て』自分の休日返上し、俺っち疲労を癒してくれる気配りに感謝。『私のお父さんより年上なのに元気ね』と感心しながらも『無理しちゃだめよ気をつけてねと』我が子を思う母親のよう。[Official MV] Thai For Japan : เบิร์ด ธงไชย แมคอินไตย์
スポンサーサイト
記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【01:22】

9/12~15 蓼科の報告とその後最新情報。

2011.09.15
春と同じくロングラン終了後、走りを楽しみ数日滞在する大分のクラブ員空港、八王子市内ホテルに引き留めた彼と午後から近場の宮ケ瀬ダムまでサイクリング。ロング力走の翌日にしては楽に走れ、予想外の復活スピードに満足し天国の『上』に、いつも一緒だよの想い伝える。

東北大震災で亡くした輪友のチーム陸前高田の仲間たちの1人の若者がお父さん(上のことをこう表現した)はいつも酒を飲むと2つのことを繰り返し語ったのですが、それをぜひ会長さんに伝えたいと思って、今回皆に帯同して来ましたと、初対面若者から蓼科ロングラン夕食会場の席で伝えられた。

輪友佐藤『上』は酒席でいつも必ず二つの事を喋ったそうで、ひとつは陸前高田ロードレース大会開催にあたり、走行道路上信号すべて青にして2台の白バイ先導でコース試走、自己走行タイムを基準に各クラスタイムを想定し、タイムテーブル作成したところ、各クラスの大会成績タイムが2分と違わなかった自慢話、そしてもひとつは、東北の大会で俺っちに負けたことから、人生得難い輪友として友達関係ができた感謝、自分の勝った話は一切せず、負けて言葉を交わしたことが契機で交友が生まれたことを、感謝感動として仲間に伝えていたなんて全く知らなかった。酒席になると必ず繰り返し繰返し聞かされたので、それをぜひ会長さんに伝えたくて参上しましたと涙流しつたえられたら感涙言葉を失うわな。『上』とはもう語り合えることはできないが、お前は俺っち心の中にいつまでも生きてる。

レースを熱く語ったあの頃が懐かしい、いつまで続くかわからんが俺っちは走り続ける、『上』も遠く天から叱咤激励頼むぜえ。倅もお前さんの跡を汚さぬよう佐藤輪業復活に努力するはず、俺っちも老いたが『上』心配せんでよい、倅の相談役務めるぜえ。

石和CHに泊まり本日空港を新開通の若彦トンネルから河口湖、山中湖と案内、春と合わせこれで富士五湖すべて案内した。帰路御坂旧道を走って『天下茶屋』で一休み、女将に歓待され年配のマイカードライバーにも、元気だねえと送られCHへ戻る御坂新道、スピード出る長い下り勾配直線路面で前輪バーストよ、タイヤ交換も腕力失せ空港一緒で助かった。

CH石和のPCからこの稿アップ。ちなみに携帯不携帯、家に置き忘れ各位と連絡遮断状態でありんすが元気につき心配無用、明日中戻って土曜亀々ラン10時参上仕る。待たれ皆の衆。
記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【23:29】

9/11 蓼科ロング俺っち復路の詳細。

2011.09.14
連日の寝不足から朝飯食べる時間まで眠り、朝食抜きの出発しばしば体験も今回は早朝5:20の起床。
益田支部から参加二人の職務は消防隊員4連休休暇は少々無理、往路のみ走って翌日帰郷する事で参加になり、朝一特急『あずさ』で帰る事になり茅野駅まで帰る姿見送りで駅まで向かった。

羽田空港まで案内する信ガイドの一行3人を関白姫、筬長とSamで見送り、車でホテルに戻って人気少なくなった食堂で急ぎ朝食、全員揃って記念写真撮影し出発するまで慌ただしかった。八ヶ岳眺める高原走るエコーライン、快調巡航中の点々と続く車列を遠望にそのまま走れば良かったのに、強い向かい風避け高原から甲州道へ早めに下り失敗。道の駅『はくしゅう』で小休止のち、下り基調の国道20号、甲西道路下から笛吹ラインと走りを楽しみ、大集団集結し周辺大混雑の石和CH到着『ます寿司』の昼食で小休止。

後方に数名続け再走も復路最大の難関笹子峠でバラけ気味となり、尿意無かったので甲斐大和休憩はパス、猿橋で一服の独り旅に変更。自販機でドリンクしてると前方サイスポトレイン通過が目に入る、鳥沢の坂で追いつき悪戯心でひと捲り、ペース落とし列車後尾に乗るはずだったが、突然『松』乱心殿中鳥沢の関、列車のスピードぐんと上がってしまい、哀れ編集長ちぎれ悪い事してしまった。

先頭ひき続ける松後方に付け、何十年か昔の頃、仙台空港至近の閖上走路で走ったレースを彷彿、あの時は俺っち2着、松3着で僅差俺っちの勝ち、今回は上野原坂で松終わってしまいリベンジ成らずよ。俺より若い『松』の老化は体重付きすぎが原因、お互い当時を思うと共に大変な老化だが走るは幾つになっても楽しい。

サイスポ若と二人になって力走続くも、小原郷を前についに俺っち力尽きギブアップ伝える、あっという間に若者視界から消えると、俺っち宇宙遊泳始まり大垂水峠は夢の中、八王子市内も静かな道に退避で浅川土手、滝山道の駅、拝島坂の広い歩道、昭島住宅街を遊泳は続き、石和で倒した自転車車輪が当たって痛めた脹脛痛、下車し地面に足着くと更に増し哀れな帰着となってしまった。

春ロング後バイ菌買って足先痛め、車ドアに当てられ転倒救急搬送入院初体験、あれこれ不運続きで不安背負った長距離ラン、皆の走る姿見て元気回復完全復活の手ごたえ感じ、来月中頃から計画した神と回る九州ラン不安なしを確信。
記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【07:08】

9/10 蓼科高原温泉一泊ロングラン往路。

2011.09.13
『温泉一泊往復400km』走るイベント、17回も続けてると手慣れているが今回は受け入れホテルが閉館、東北大震災で失った俺っち輪っぱの友『佐藤 上』を偲ぶ集いにしたく、準備段階から入魂の作業に没頭。各地の交友関係者に広く呼びかけ人集めいやあ大変だったでえ。

でも努力の甲斐あり各地から駆けつけていただき感謝、サポート陣も10台の伴走車両集まる豪華版、早起き苦手も今回は受け付け開始前から会場でスタンバイせにゃあと入れ込み、招待メンバーと同じ宿に宿泊。3時半に目覚めるとは遠足当日の餓鬼と変わらんも、ホテルの車庫の扉が開かず出るに出られず、ホテルも早朝超早出の団体客初体験かてんやわんや、朝から大慌て遅刻会場入りではミスも出るわな(言い訳するなって、すまん)俺っちの理解者外人Dクンから、陸前高田メンバーへの贈り物何やら高価なスーツ、立川CSから積み忘れ、以前も同じことやってしまったな参ったな、でも奴と俺っち同じ類気にすること無いわと居直る。

負傷後初の長距離ランもあって、乗り慣れた旧愛車LOOK選択コースもCコース柳沢越え、出発ラストになってしまい陸前高田メンバー4名先導30kmペースで追走もどこまで走っても前走者姿無し、『上』の倅遅れ気味になり、脚力ある3名は先行、倅先導でペースダウン。親父が天から見てるぞと励ますも練習不足露呈、もはや収容止む無しと見捨て、通過したAB合同班の列車に乗り、踏み込むと足がつる寸前まで力走でき、昔走った仲間とも走れ満足の往路だった。

記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【22:50】

『ありがとう』 感動を伝えたい。

2011.09.03
話がどんと戻ってこの前の事、益田支部との交流サイクリングツアージャージ着た多数の仲間の姿、遠く離れた地方の空港で熱い歓迎受けたことを伝えたが。

最終日の見送りも同じく多勢が空港ロビーまで見送り、保安ゲートから姿消えるまで見送られほっと安堵も、搭乗時間になりブリッジ歩く乗客列に続くと、前歩く子供たちが窓からしきりに外を眺めては、手を振る姿に何気に小さな窓からお外覗くと、空港ビル屋上から孫たち家族見送る爺婆の中に、俺たち仲間達の姿もあるじゃん、いやあ、これにはびっくり新たな感動頭脳を直撃。後日満席で同便で帰京できなかった仲間によれば、機影が視界から消えるまで見送ってくれてたと言う、隣人に関与しない都会人とは大違い、人間にもアナログとデジタルがあったりして…

ずっと以前の事、沖縄伊江島に1日だけ泊った体験があり、ホテル隣の土産物店に立寄ると、話すとオーナーが船の持ち主で、海を愛し他人にやさしくの素晴らしいオキナンチュー、船上でのタバコの吸い殻はペットボトルに捨てEM菌で分解、『ありがとう』の文字で店内埋めつくされてたな、すべてに感謝で送る日常生活、俺っち帰る日には波止場まで軽トラで娘っ子と二人で見送ってくれ、船が遠く沖合に離れ豆粒姿になっても、まだまだ手を振り続けてくれた時も感動で胸熱くなったっけ。更にもっと昔、横田基地のGI達と伊豆大島民宿で一泊した翌日、島の子供たちが桟橋からいつまでも見送ってくれた惜別体験、まさか航空機でも体験できるとは夢にも思わなかった。

熱き仲間たちとの素晴らしい体験、もっと多くの仲間たちにぜひ体験させたく思い、11月ツールド沖縄と同時期だがあえて益田支部と交流の津和野ツアーを企画した。詳細は筬長に相談し近日アップする土日月の二泊三日間で5万円(全食付)予定。近く試走体験し恰好なコースを見つけるので期待して下され。

次週末開催する『蓼科高原温泉往復400km一泊ロングラン』には、益田支部から消防隊員2名、陸前高田から輪友チームタカタ4名、大分1名、北海道1名、大阪2名、名古屋1名、新潟1名、静岡2名の遠隔地クラブ員が遠路駆けつけ参加には感謝。特に1日1便陸の孤島化萩石見空港から参加する、益田支部員は消防隊勤務の関係で4連休は無理、往路のみ参加で遠路の上京は心から感謝、送り出してくれた消防署関係者皆さんに『ありがとう』です。

尚愛知、神奈川、新潟の同業仲間がサポート車で支援帯同、メーカー、問屋各社からの協力もあって今回サポートカーは充実の9台配車の豪華版、こちらも皆さん『ありがとう』
環境立地抜群使い慣れたホテルが今月末で閉鎖されてしまうのがただ一つ残念よな。
記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【23:46】
カテゴリー
最近の記事
過去ログ