御免 迷惑をお掛け申した。

2011.07.30
お待たせ申した笑って下され爺の告白じゃ。

それは突然思いついた静岡スタート一泊ラン、前日のネット宿探しは直前すぎて市内の宿はすべて満室、選択条件広げると清水市ビジネスHがヒット、ここをスタートに決めまずはリザーブ。山中抜ける150キロのハードコースは、いまの自分の体調では重荷承知し、明るいライトも用意し遠足前の少年状態で一夜を明かした。

本番前日なので軽く試走気分で小田原まで走って輪行予定が、食事処混み合う昼飯時間で小田原市内、別段腹も減ってないので熱海まで走ってみようと旧道山線へ進入、時折小雨舞う芳しくない空模様は熱海目前にして、急に雨足強くなり急ぎ駅に逃げ込む。

得意の簡易輪行”スイカ”で入場し、5両連結始発電車の最前部車両に乗車。車椅子スペースに自転車置きメットで固定、伊豆、三島方面へ向かう方はスイカでは乗車できません、切符を買い求めて下さいの車内掲示目に入る。発車5分前間に合うだろうと判断、改札に戻って切符購入すべく急ぎ改札へ向かうと、職員居らずで職員探し、切符購入機の文字も節電で暗く読み取れず、老眼鏡ポケから取り出そうにも折りたたみ脚部が生地に引っかり難儀、時間を浪費やっと切符購入急ぎホームに戻ろうにも、歩きにくいレーサーシューズで階段駆けあがる、同じく駆けあがる前走女性が頼りだったのに、息切れ中途脱落に追い抜きホームに到着したが、寸前無情にもドア閉まって嗚呼。

自転車乗せた電車が視界から消えるを見送り、再び改札口のへ向かい職員にSOS、沼津駅へ電話連絡荷物取り置き要請も人手不足で無理の返事、結局清水駅で対応と決まり、次発電車に乗車追走となったが清水までの僅か1時間が長かったあ。清水駅で若い職員に人手がないので、手を煩わさぬよう気をつけて下さいと叱られた。JR四国職員と大違いの対応に謝礼する気は失せた。

”スイカ”広島で問題無く使えたのでどうして?って聞いたら、管内のみの通行は全く問題無いけど、別管内へまたいで使用がダメと言う、って”スイカ”まだ未完成だな、熟れておらずちょい不便よな。
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7/21~22 2日間いろいろありました。

2011.07.29
怠惰な心身鍛錬せにゃあと決心、まずは家から飛び出すがベストと判断、まずは手始め一泊日帰りで挑戦とあれこれ考え思いついた静岡川めぐり。

阿部川から藁科、黒俣、笹間、大井、境、熊切、気田の7つの川沿い走行、天竜川に合流したら浜松まで下り新幹線輪行帰宅する遠大?な企みだったが、当日天候不良で未知の山中走る日ではないと判断、見送ったのが清水のビジネスホテル。

はて、家に帰るコースどうすべえと思案、清水港から土肥へ渡り西伊豆山中熱海抜けも考えたが、結局興津から国道52号身延から甲府へ向かえば、身延線、中央線にいつでも輪行逃避可能でへたれ足向き、これがよかろうと興津から国道52号に左折したが、朝も早い時間なのに車の多いのにびっくり、物流大型も多くサイクリングを楽しむ余裕なし、地図眺め富士見峠から県道75にエスケープ、朝霧高原も国道避け県道で鳴沢へ出て、勝山、河口湖と走り慣れた道抜け、富士吉田から国道139、大月で20末脚なくすことなく夕方帰宅。

途中鳴沢で15km台だったアベも終わって見たら21km、150キロ7時間少々のサイクリング、前日熱海までの自走100kmと合わせ250km、月間1000キロの最低目標達成でき、明日、明後日加わればやや貯金できるな。

往路輪行予定した熱海目前に雨の洗礼、清水まで自転車先行電車で人間(俺っち)が後発電車で向かうお粗末、エッ!詳しく知りたいって?参ったなあ恥ずかしいけど、次回告白するかな…
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7/24 日曜Eランは古里折り返し。

2011.07.25
E班日曜クラブラン行き先は雛鶴まんじゅう屋が定番、暑さの夏雛鶴は皆に不評とボーラーの声聞き、先週も完走員数少なく、まんじゅうも食べる気にならず(俺っち自身も然り)たったの10ケ。

相模湖周辺通過する約2キロの渋滞を我慢すれば、気ままに走れる田舎道初級者向きコース、安全に走れる起伏あるコース利用し脚力向上も自在、初級者の脚力向上に最適コースは他にない。秋山に入ったら先頭ひいたままで、ラストまで走る気力ある走りを目にしたいもの、つぶれて結構挑戦なくして向上無し、人の後ろに付いたままではなくガンガン行って欲しい、歳老いて手本が見せられないのが残念。雛鶴コースは絶好の練習コースなのよ。

そこで考えたは秋の蓼科ロングD班コース古里まで、奥多摩街道、吉野街道で古里まで走り二ツ塚経由五日市回りで帰る事にして出発、本日女性の参加なかったのでペースあげる、奥多摩街道も空いていて快適走行で最初の休憩羽村堰、その後も亀班らしからぬ30kmペースのまま走る。

長渕手前から春が前に出ると数名続きグループ分断、そのままペースあげず成行き走行も本日は違った、先導ペース速かったことからスイッチオン、追走体調不良がウソのような力走でき満足した。少時遅れてB班も到着、古里コンビニ前クラブ仲間で埋る。

奥多摩周遊回り組と五日市回り戻り組に別れた戻り道、勝手ランした罰当たったか二ツ塚逆走してラスター探し、二度と立ち寄らんと思った不味い手打ちうどん屋で、またうどん食べることになろうとはなぁ、サービスで頂いたトロ芋、エゴ味が喉奥に貼り付き消えず、酷評のしっぺ返しと受け止めた。

家に帰ってあせだらけのまま『笑点』楽しみ、シャワーで汗流したら眠くなり部屋でゴロンも眠さ半端じゃなくそのままベット直行が正解、神の話では爆睡していたらしい、目覚めたら21時遅い晩飯食べたら、疲れ吹っ飛び気分爽快、よしや回復の気配実感いいぞ充電開始じゃ。
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7/17 自滅翌日の大ポカレポート。

2011.07.18
熟睡の朝迎えた自滅翌日早朝5時目覚める。朝飯無料サービスのホテル朝食、満室の宿泊者員数と狭~い食事場所考えると食べに行く気になれず。走る途中で食べようとチェックアウトも、車輪ロックしたカギ紛失、部屋に戻り入念に探すも無し、仕方なく輪行帰宅すべく駅に向かい歩き、小田原で乗換て足柄の同業輪友の店行けは、カギ切断でき以後走れると気付き友にピポパ。普段は家のカギ束にスペアキー付も、今回旅行だったので鍵束持参せずが裏目になってしまった。

ホームに列車停車中で駅弁買う時間もなく、8時12分発新幹線『こだま』に乗車『熱海』『小田原』二駅だけの輪行。

駅ホーム際にある彼の店へSOS一報を伝えるも、何度も立ち寄っている店でもいつも自転車、電車で向かった事なく駅名覚えておらず、再度ピポパし教えてもらう始末。新幹線小田原で大雄山鉄道に乗り換え『和田河原』、店先から車内眺め手を振る大男が輪友。冷たい物から土産まで用意し待たれ恐縮、作業は一瞬プッチンで終了。

小田原『うな和』が昼飯時間になるよう合わせサヨナラ、夏季うなぎ不足につき予約客のみ、本日は売り切れの看板、負傷回復の報告だけせねばと立ち寄った『うな和』、次々来店ごった返す予約客で賑わう店内、会長の分は何とでもなると囁く店主の思いやり接待受け痛く感謝。うれしいね。老齢になりいつまでも大事にしたい肝胆相照の友。

食べて店を出たのがちょうど正午、も一人の同業輪友の店二宮から秦野に向かう、途中にある僅かな坂に苦労しながら、彼の店から帰路国道246を使わず、無様な昨日のペナルティでヤビツ越え宮ケ瀬回りコースを選択。蓑毛ののきつい上り、ローギア2枚使えないのがきつい、坂も長く1時間近くの苦走続けやっとのことで頂上越え、下り路面は樹木のトンネル涼風も、車が入り込む割に道幅狭く下る程行楽車多くなって、離合停車渋滞が頻繁に発生し、涼しいが夏場ここは自転車を楽しむコースではない。

夕方5時過ぎ帰宅すぐシャワー、待ち受けた神から茶の接待経過報告後、部屋の床上で1時間心地よい昼寝で過ごし疲労癒す。昨日134km、本日88km。前日の細かいデーターは喪失したが本日走行4時間40分、アベレージ18.7kmは苦走状況歴然。2日間思い返すと76歳のやる事じゃない、特に本日のペナルティはローギア不調では止めるが賢明だった。残り人生長く楽しむには程々が賢明とわかっていながらつい…
記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【09:28】

7/16 西伊豆ツアーに誘われ自滅。

2011.07.17
16~17日の連休、甲斐軍団計画の西伊豆戸田一泊ツアー、甲斐青に参加者1名欠場で補充参加乞われ、復調ほど遠い現状にきついなあと思ったが、自宅からスタートして現地にて合流で承諾。

往路、雛鶴コースから道坂、山伏、篭坂のビック3峠を越え、御殿場から沼津港へ向かい16時発フェリーで戸田、復路は戸田から三津浜までフェリー、伊豆長岡、三島から国道246、途中親戚、同業輪友の店訪問のスケジュール決め連絡送信。

16日朝、9時には出発したかったが30分遅れ、甲州街道道路大渋滞に走る気分そがれる、雛鶴まんじゅう屋で最初の休憩も、まんじゅう食べる食欲乏しくちょびっと食べ、残りポケにすぐに出発。雛鶴峠は何とかクリアも続く道坂峠で完全に失速、ロー側ギヤ2段が摩耗か歯飛びして使えず、きつい坂に腰痛発生どうにもならず、不慣れな立ちこぎ交えやっとのことで頂上越え長~い下り坂で道志街道も時間的に完全にアウト。

思えばその昔、負傷搬送された仲間のレーサーを2台引きで道坂峠を上り下って、都留市の病院まで走ったことがある。苦もなくやってしまったあの頃のパワー、今の脚力からは想像もできない事だよな。

『道の駅どうし』超混雑に休憩断念そのまま山伏峠へ、脚力消耗限界にやっとトンネル越えた山中湖手前のコンビニで休憩。HDのうまい最中アイスクリームにホッと一息、冷凍レモン水溶かした喉越し一口激うま。小休止のつもりが大休止になり、山中湖平野、旭ケ丘から最後の上り篭坂峠頂上で16時を回ってフェリー出航時間過ぎる。

裾野で17時半日暮れになってしまうので三島に泊ると宿の仲間に連絡。三島市内で宿探すもビジネス満室、次なるホテルもフロント前の多数の行列眺め断念、新幹線輪行で帰るが賢明かと駅裏新幹線口に向かう。開発中の駅前遠くに見えるホテル『東横イン』、ダメもとで向かうと喫煙W1室のみ残室、この際選り好みできずを納得で予約。

10階の部屋に入りまずは室内換気、洗濯しようとホテル案内見ればコインランドリーあるじゃん、寝巻に着かえスリッパで人混み合う満員ホテル1階へ向かうは、ちょい躊躇したが手洗い洗濯は結構大変なので疲れが勝った。

洗濯機に着衣全部放り込み気付くはホテル内に食堂無し、夕飯食べてないだけでなく昼食も食べてないじゃん、腹の中は家で食べた餅一切れだけよ、残した雛鶴まんじゅうが貴重な固形物になり、自販機で買い込んだ麦茶とスポーツドリンク計5本で腹に流し込み夕食。体調心配したようで神から電話あり、8時半頼んだ60分マッサージ終了するとすぐ快眠、トイレも忘れ朝方5時外の明るさに目覚めるまで熟睡。
記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【23:31】

7/10 けが回復後初のクラブランを走る。

2011.07.10
復帰初のクラブラン参加で雛鶴まんじゅう屋まで走った。スピード落として何とか走り切ったが、暑さもあって目的地まで走った員数少なく、食べられたまんじゅうも10ケだけ、出発時はそこそこの員数居ったので皆何処かえ雲隠れ、こう暑いと走る気になれんわな。

小原の郷でひと休み出発しましょうかの声あるも、午後2時は暑さ絶頂も少し休もうと、シューズとソックス脱ぎ更に30分ほど休憩。ビックサイズのドリンク2本飲みきったが、これは昨夏裏日本縦走の真夏体験以来のこと、去年に比べると今年はだれていることを痛感。

大垂水峠頂上『富士屋』で冷やし中華食べ湧水名水ドリンク。『富士屋』は半世紀以上前頃も峠の茶屋、老婆になってしまった貞子嬢がその頃娘盛りで看板娘、路線バスもボンネットバスで給水エンジン冷却で暫時停車して、乗客全員は休憩タイムだった。路面も相模湖側は未舗装で大平橋から頂上までの八王子側も亀甲コンクリ路面、競輪選手の街道練習は頂上折り返し、プロは茶店でひと休みが常、俺達アマ選手も頂上まで走ったが、アマは貧乏なので即折り返し、茶店で寛いだ経験など殆ど無い。

僅か5kmの距離なので2往復3往復の練習に励み、東京オリンピック開催に地元から代表選手を送り込もうとクラブ結成燃えた青春時代も遠い昔のこと、今また東京オリンピックをも一度の動きあるが…

自転車に熱中したことが俺っちの運命を決めた。数日前青梅にある親父の墓にけがの報告に立ち寄り、子供の頃買い与えてもらった子供車がすべてだったと墓石眺め感慨無量。親父亡くしてから、俺っちが親父にとっての宝物だったのだろうなと気付き感謝、ありがとうを決して無駄にはせんからな。
記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【22:03】

7/4 老爺本日誕生日でござる。

2011.07.04
本日76歳誕生日、お陰さまで楽しく生きているから、ありがとう感謝です。本音はまた1歳老いてしまったが、考えるととお年取って数えれば66歳のゾロメ、となるとまだ拾年だいじょぶかもよ…

早朝5時起きのびっくり目覚めは、たんに寝床が暑くなり寝苦しかったから目が覚めただけ、別に誕生日関係なしでござる。自分の部屋で椅子に腰かけると、壁に掛けた大きな数字カレンダー7月4日から、赤丸マジックで全部が付いてるじゃん、日本列島太平洋沿岸北上のサイクルツアー誕生日出発の予定だった。3月11日大地震と津波に追い打ち原発爆発の緊急事態発生、これは無理と予定を1年先に延期したんだっけ。

1年計画先送りは言うは簡単なれど、後期高齢者になるとずっしり重くのしかかるのじゃ、77歳で夏の炎天下毎日100キロを1カ月間走り続けられるだろうか?今年走り込んでおかねばと思っていたら、足が化膿し歩行困難やっと治ったと思ったら今度は交通事故で負傷全治1ケ月、こちら足は無傷も顔面、左肩の痛み残り未だ本調子にほど遠し。

休みの間暇もてあましロック野郎清志郎DVDに熱中、生きていてほしかった残念だな。練習不足解消あれこれ考えていたが、九州一周のサイクルツアーふと思いつき、地図とにらめっこの連日となった。予想外に楽しく神が喜んでくれた裏日本縦走ツアーの続編、神さまとヒデ爺の九州コラボツアーにしましょうと没頭、地図と宿と交通機関調べまくり暑さ忘れて熱中よ。

で計画したのが、今秋10月17日福岡発で時計回りで九州を回るコラボの旅、距離抑えゆっくり走って11月3日福岡に戻る18泊1500キロの旅。77歳の来年11月3日が金婚式なので1年前の予行演習、次から次に遊びを考える遊びの天才だろ、いやあ一人遊びはつまらんとちゃっかり添妻、このへんの老獪な企み覚えて役立てろよ、後期高齢者を支えてる諸君。

夫婦が共に元気でないと遊びも楽しめない、一心同体を老いるほど痛感させられる、今回の入院で神に迷惑かけてしまったが、闇討ち同然の事故で百戦錬磨も手ぬかった、すまん。
記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【13:54】

7/3 ご心配かけ申した2週間ぶりの走りや。

2011.07.03
事故に遭って2週間経過、昨日はミニベロで街中用足し数軒走り回ったが、レーサーで走るとなるとどうかなあ?一抹の不安あり物置から元彼LOOK取り出し、点検掃除注油し輪行袋取り付け走ってみようと家を出たのが十時半、雛鶴直行では藤野から山中走行になるので、JR中央線でエスケープ出来ず大月、禾生からの逆コース脳内に描き、誰にも会わんように裏道走り抜け、西浅川ガード下から甲州街道に出たのよ。

と、すぐ『会長怪我治りました?リハビリですか』の声かかり、姫御連れアンバランスに追い抜かれる、時速20kmの初心者ランなので、その差すぐ開くもJCT信号ストップで一度追いつく、大垂水峠に向かう勾配で姫御の速度次第に鈍り、頂上手前では再度追いつき抜き返すことになるも、強打した左肩甲骨の痛み残り左手しびれ発生、これじゃ大月まではまず無理と判断、相模湖左折し津久井湖回りで引き返すことに。

長の休みで30km出すは大変かと案じたが、ぐ~たら過しの冬場トレーニング再開時ほど脚力衰えておらず、ちょっぴりホッとした思い、道志橋に急降下し上り返した三本木で半原、愛川、箕輪と走り抜け田名、橋本の遠回りの誘惑受け、一度道路渡ったが正午のチャイム耳にして、年寄りだから無理は禁物とふと思い直し、城山、久保沢方面にハンドル戻すは正解だった。

城山街中でダム突堤渡るはイージすぎると思い、信号ストップに誘われ三井大橋渡って山側走る遠回りに変更久保沢へ、橋本までのいつも混雑する国道413嫌ってバイパス、二本松から相原駅前で自販機から麦茶の喉越しはカンロ、造形大キャンバス辺は宇津貫町、俺っち事故ったのは宇津木町、町名似ているが場所は遠く離れた別方面。大学脇を下ると八王子南野駅から片倉で国道16号、子供の頃はクリ拾いで歩いた山中、長じてクロカン楽しんだ原野も、今は家屋集結大ベットタウン昔の面影全く見当たらず。

片倉から車渋滞の国道16号も流れてるので路側帯並走で、八王子医療刑務所の坂越えると昭和20年8月2日未明、戦災で焼け野原になった八王子市内だが投下された焼夷弾の量、東京大空襲とほぼ同量と聞くとその凄まじさがわかるだろ。

1時過ぎ帰宅。 本日走行50km、走行時間2時間半はAV20km。 以上がリハビリラン初日報告。
記事URL | 日記 | トラックバック(0) | コメント(-) | 【19:12】
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