明日からオープンなるしま無料宿泊所 石和クラブハウス(CH)。

2009.07.30
笛吹市石和町に構築中だった砦、正式名称なるしま石和CH(クラブハウス)、看板の制作間に合わなかったが、庭先の整備完了しあれこれ生活道具も揃い、8月1日開所まで何とかこぎつけた。

八王子EDも開処後徐々に整備完了となったが、石和CHも同じく使用しながらあれこれ拡充と考えており見切り発車、貸し出しを8月1日から開始しますので、希望者はまずは八王子EDに問い合わせ下さい。

近日中にクラブホームページを全面リ二アールしますので、申込と使用状況がWEB上で確認出来るようなります。それまでは多少不便ですが、ED直通電話かサダ爺携帯電話で予約確保して下さい。空室状況は八王子ED室内のCH使用状況表で確認できます、日頃からこれを眺める習慣つけてください。

申込と鍵受取は八王子ED限定で鍵受領の際、申込書に代表者サインと宿泊者全員の名前を記入していただきます。社員、クラブ員とその家族の利用は認めますが友人、知人の宿泊はお断りします。

尚、8月9日(月)~19日(水)までは”なるしま若者合宿(中、高校生限定)”で全館使用につき満室この間の利用はできません。室内にフィットネス機器数種、雨天の際はローラートレーニングも可能。俺っち大嫌いのローラー台数台並べ皆で競演?も楽しるかもよ。

宿泊費用は無料ですが飲食物の用意はありません。調理道具ありますので自炊可能各自で対応下さい。隣組内に安くておいしい食堂(木曜休み)がありますのでここも利用して下さい。

その他詳細は各店頭に用意したパンフを見てや、クラブハウスを楽しくする提案大歓迎、皆で楽しめる施設にしたいと考えちょるのでよかれは即採用じゃ。何があっても掃除だけはちゃんとしろよ。
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恒例 月末峠めぐりランは先月と同コース。

2009.07.26
5時15分目覚める。神さま夢の天国まずは食べるものと台所、パンの耳に田楽味噌つけお茶一服、冷蔵庫の天下太平にもらった稲城もも、食卓に転がってる太陽プラム食べ、何も食べんよりはましだろと着替えてると、『あんたもう出かけるの?』と神が顔出す。好きで遊に熱中俺っち気にすることないわ、早朝からあれこれ準備されては走りが重くなるわ。

6時にED開けるとサダ爺言ってたのでジャスト向かうと、何じゃゃもう3人スタンバイで4人目にサインすぐ出発したので出発一番。ED出るや信号赤に迷わず右折、その後も信号タイミングで勝手知った街中裏道、左転右転繰り返し楢原信号、ふとサマーランドから青梅長淵で吉野街道走ろうと気変わり。遠いけどこちら坂が楽どっちもどっちかな、梅が谷過ぎた先でトイレに立ち寄り、いつの間にか後尾に続いた貴婦人夫妻に抜かれ、古里コンビニにピットイン横目にパス。

奥多摩最初のトンネル手前でAランの長い隊列に抜かれる、間隔開けた三分断が常識だろうに、何年走てるのか問いたいわ。トンネル入れば姿が見えずお前ら忍者気取りか、ドライバーの舌打ちが耳に聞こえそう、傍若無人で走る姿眺め大人の遊びができてないと知った。あれこれ細かく規制されたら遊びも面白くなくなる、自主規制が何よりと考えてる方針を納得留意されたし。

深山橋渡り小菅から鶴、田和峠二つ越え上野原、最初かばっていた胸部重なる山道100km越えに折れてる肋骨痛みだし、雛鶴まんじゅう屋一番乗りジャガイモ煮付に茶一杯ですぐ戻り、家老、汽車ポッポetc間隔大きく開いた仲間に次々出合う、相模湖過ぎ急激な空腹感でピットイン遅い朝食。大垂水峠頂上まで持たせたかったが、ラーメンは熱すぎるだろと断念、千木良40℃に正解と納得。

神はサークル活動忙しく今日も鎌倉、汗だらけの衣類すべてまとめ洗濯、陽の高いうち天日干しこれがベスト、年寄り夫婦は思いやりが大切、老妻は俺っちみたく遊びで身体を鍛おらず、疲労蓄積思うに任せずのはず、休めと言っても聞かぬ強情さ知るので放置。自分でさとるこれがすべてじゃ。

シャワーしてさっぱりしEDに顔出し。夕方マッサージで極楽浄土から生還、遊びの疲れは快適だのう。
本日のデーター オール独走。 144km。 6時間40分。 AV21.5km。

左足挫傷完治 残るはろっ骨3本だけ。

2009.07.23
それは昨日のことでした。ご心配かけた左足包帯が取れドクターから完治と宣告され,残るは骨折ろっ骨3本だけ、こちら来週またレントゲン撮りましょうだって、うーんまたあの女性技師に会えるな、って歳を考えろよなって言われそう、でもなあ若さの秘訣は歳を忘れてるからだぜ。高貴な神からエロ爺って言われるが英雄だもん仕方ねえべ。

古希をとっくに越え燃え尽きる日のカウントダウン始まろうとしてる己の歳を忘れ、次々に皆に喜んでもらえる企画を考え、自ら率先して楽しむことができるバイタリティは心の中が若いからだぜ、身体も精神も俺っち若人忍者、ゆめゆめ油断めさるな遊びから多く学んだ人生の達人よ。”若い時の苦労は買ってもせよ”と言われる諺があるが、苦労せんですむなら無理にせず、逆に遊び呆けるも結構なこと、遊びに熱中しながら流されず、自分を失わないで過ごせた俺っち、青壮年期の遊び体験からの学習を老年期に変幻自在に活用、今を生きているのが忍者自認の所以なのよ。真似したいってローマは一にして成らず。塩野七生『ローマ人の物語』壮大なローマ史より書いた人の労力に脱帽だな。

遊びから学べば人間大きくなれる”遊びは人間の幅を広くする”仕事一筋、家庭一筋それはそれで結構、でもなあそれだけでは世の中狭くしか見れない人間になってしまう。一生を終えたとき人の価値を決めるのは、稼ぎ残した財の多寡ではなく、稼いだ財をどう使ったかだろう、金は天下の回りものラテンの乗りで過ごそう。

石和CH庭先整備完了通知あり明日確認に向かうつもり。8月1日オープンツアー楽しさ体験プラス、どうせ遊ぶなら自転車遊びの楽しさ味わいつくそう、クラブ員皆で積極活用してほしい無料宿泊処だが、管理人不在なので次使う人が気持ちよく滞在できるよう、使った人は責任持って整理整頓を心がけること。これが出来んと、それ見たことかと俺っちもの笑いにされる背水の陣じゃ。

連休二日目うなぎ食べ損ね腹減らした迷走ラン。

2009.07.21
3週間以上も完全休養のあと2日間の連続クラブランはきつく朝起きたら身体じゅう筋肉痛、今日はのんびり走るがやっとかもと思い8時半家を出る。祭日は定番コース雛鶴峠ではなく別方向、リクエストされた場所に向かうがよかろうと、目的地コース考えず野球シーズンでごった返す市民球場前到着。

『土用丑の日』の翌日ということから、一日遅れで『うな重』食べようと言うことになり小田原に決まる。うなぎはいまいちで別方向の数名を残しスタートは約30名、多摩テック、尾根幹線多摩境、相模原、上溝商店街抜け昭和橋、ここからは水曜EDうなぎランと同じコース。ゲートボール大会でにぎわう厚木運動場で小休止、うなぎ屋に電話すると『本日満席です』、きのうの土用丑の日が日曜日だったので多分客殺到、食べられなかった御仁達が翌日連休に流れたものと思われる。

早川漁港の海鮮丼の声あるも水曜ランより30分遅れ、うなぎ屋より遠い場所28人の多勢を考えると時間がかかり無理と判断、土山峠越えの宮が瀬に変更でGO。清川村役場前でトイレ休憩したのは俺っちだけ、手前のコンビニで休まぬとここ食べるもの無いと知る。仕方なく最中アイスと足柄茶1本飲み走り出す、土山峠やっとこ越えたら空腹から近道半原下り思いつき、ボーラーに電話するとなんじゃ別人、『会長誰に掛けてるの?』って同業者じゃん、あれっ?再検索したらボーラーが2名居るじゃん、後方と思ったボーラーとっくに湖畔休憩場所、俺っちトイレの僅かな時間に前素通りしたな、奴も忍者になったか油断ならん。いやあ、もしかしたら単に俺っちボケが来たのかも…

やっと到着した湖畔、丹沢パン食べるつもりが貴婦人から『コンビニおにぎり』頂戴、年寄りには米が一番よ、でも俺っち相方神はパン大好きなの、俺っちパン好きではないが神は大好き、いやあ神あっての俺っちよ。わけわからん文章になってしもうた、草臥れて昨日書けず本日早起きのレポートで御免。

復活の手応え良好、まっちょれすぐ追いつくわ。

2009.07.19
本日24日ぶり100km越えるクラブラン完走(感想)は疲れたあ~
一昨日指の包帯が外され、やっと右手指全部が使えるようになり、自転車乗るときだけテーピングすればよいと言われ、やや不自由ながらハンドル握れるので、さっそくEラン参加定番雛鶴峠に。最初はゆっくりマイペースで走ろうも、走り出すとそうなの足が勝手に動いてしまってのう。

相模湖トイレ用足しすむせ独りすぐの出発、吉野信号左折し大橋渡った先の上り、後方からSLに豪快に抜かれるも、頂上目前に急激速度ダウンのSLに悪戯心で急加速追い抜く、以後何度も繰返しアタック続け神奈川カントリー先ヘアピンコーナー上がった牧野で失速、レール上を消えてゆくSL車見送り自販機前でストップ、この店おすすめ安売りショップ¥100で500CC スポーツドリンク買って、ボトルケージに収納こまめに飲みながらのゆっくりラン。

追い上げてきた小殿とオールドまー君コンビ見て追従、楽走できたは僅か1km足らずだけ、坂が続くとあえなくプッチン、以後終点まで数キロ悲しき一人旅でまんじゅう屋に転げこむ、あらぬ方から到着した姫関白とキリン姫にばったり。まんじゅう食べる気力も失い、ボーラー社長の介護受け、口にした梅酒漬けの梅に酔う、これで転んだら今度は酔っ払い運転だなと心ひき締める。

帰り楽な雛鶴ラン足回してれば帰れるじゃろと、蜘蛛の子集団追う気もなくマイペース走、『きらら工房』立ち寄り表札オーダー、吉野信号待ちで後ろから見回り同心と幼い社員来る、気力振り絞り後方マーク大垂水峠ちぎれること無くクリアまでは良かったが、下り高尾橋近くから足攣る兆候に爆弾処理中の慎重我慢の走り続け自宅へ直行。おおしんど。

疲れきった身体シャワーでリフレッシュ、足の包帯巻き替えEDへ向かう。神外出中で帰宅夜になるのでひとり淋しく晩飯はカレーショップ。家に帰ると眠くなりそのままベッドで1時間ほど仮眠、目覚めると気分爽快まだまだ健在と自覚。来月の『若者合宿』でリハビリ大人に戻るわ。

神と一緒の北海道駆け足ツアー報告。

2009.07.16
二泊三日の駆け足北海道ツアーから今夕無地帰着。紋別空港へ到着したその日と、中標津空港から帰る日の二日間で走った距離は50km足らず、肝心の中日が雨天で全く走れずの寒い日、立ち寄ったあちこちストーブ焚かれていたのには驚いたな。連日暑い都心に過ごしてたので、まさかこんなに寒いとは思いもせず、薄着で渡道いやあこちとらも参ったでござる。でも考えるとまだ負傷癒えず、右手中指、薬指の包帯姿であちこちで同情受け、箸も満足に使えぬ状態なのでこんな程度でよかったのかもよ。

普段全く別行動の俺っち夫婦が久しぶりの仲良し旅行ができ、温泉も堪能でき満足の旅になった。何よりもの収穫は行く先々で温かいもてなし受け、旅程万端気配り頂いた筬長には感謝感激。あまり気乗りせずの参加だった神も皆さんの温かいもてなしにすっかり感動、ペンションオーナー夫人の愛読書に共鳴し親しさを増した様子。人見知りする俺っち神だが筬長夫人とも、同じような亭主持った不幸な?仲間のよう傷なめ合う感じで意気投合、いやあ至らぬ亭主としては安心しましたわ。これからも長い付き合いをよろしく。

今回の旅で気配り筬長の人脈の広さに改めて感心、この人脈あればツアー企画便乗もよし、北海道ツアーもまた結構かも、札幌には3名のクラブ員もおるので交流も考え夢は広がる。北の大地は俺っち学生時代夢見た土地でもあり、南の果ての沖縄本島走りつくしたいまは北に目を向けるもよいかも。問題は冬場走れる沖縄と半年だけと制約受ける北海道の格差をどう解決するかだろうな。

俺っち自身としては、北の大地の外周走りの続行は取りやめ、良い処どりの走りつくしでまずは世界遺産知床の自然探訪じゃな。以前同じく世界遺産白神山地走破試みるも、荒れた路面にロード車で向って敗退出直しとなったままなので、知床地域は舗装路で縦横に走れるのでまずはここを攻略することに目標転換じゃ。

復活プロローグ 少しだけ走ってみたわ。

2009.07.12
転んだのが25日夕方、本日が月変わった12日だから17日ぶりレーサーにまたがった。神さん鎌倉詣でラッキーと、鬼の居ぬ間の洗濯じゃないが11時少し前家を後にした。いってらっしゃいと言わんばかり、玄関に左手だけ指きり手袋あって右手は見当たらず、あってもそ使えんから不要だが、脇に軍手はもっけの幸い。中指薬指を切断即席手袋瞬時に作成、包帯した二本併せた指をここに入れると、怪我の包帯すっぽり隠れ、これは忍者らしくて良いわと独りにんまり。目立つ下肢の包帯隠すは暑さの夏は無理せずあきらめ、路面走り出したら快感全身を巡り、いやあ自転車最高すばらし~い…

止めてくれるなおっかさん もう居らんわ、神さん許して自転車乗らない俺っちはただのくそ爺、死ねと言われたも同然、自転車命これさえあれば怖いものなし、天下無敵じゃあ。

休んどった両足は歳老いても健在よう回るも心の臓が少しパクつく感じ、信号停車でガードレール掴むとろっ骨チクリ、こんなもの気にせんが包帯の二本指が役立たず、小さな小指ががんばってレバー支えてるじゃん、俺っちみたい頼もしいぞとうれしくなったな。

大垂水峠頂上で茶店へ入る。本日ここまで試走と決めてたので『餃子』注文、ホークで刺して食べ昼飯とする。主夫妻と遠い昔話、木炭ボンネットバスは峠で給水一休み、乗客全員下車して小休止、練習の競輪選手、俺達アマチュアもみんなひと休み、冷たい水やらサイダー、ラムネ、氷水で喉うるおしたもの。いまや車は高速道路に消え国道走る車も通過、桁違いに増えた自転車ライダーも止まるもの殆どなし、世の中スピード時代言いたくなるわな”狭い日本そんなに急いで何処行くの”

主夫妻に『お怪我お大事に』と『蜂蜜』頂戴サドルバックに詰め、スペアタイヤ背中に入れ替え帰宅。
何人かの仲間に走る姿目撃されたと思ったら、雛鶴陣中に居った家老の耳に届いたと言う、忍びの行動すぐ漏れるとは忍者に油断禁物。

ED閉所後家に帰ると眠くなり我慢できず寝床へ、目覚めると鎌倉夫人の神帰宅してて、『あんた乗ったでしょう』あれ!ばれてるどうして、お前あほや洗濯したろう、あれじゃ…
干したあと収納までせえへんから、ばれるんじゃ。

事故その後経過報告 きわめて元気で心配無用よ。

2009.07.11
本日で事故ってから丸二週間経過し、最近は月水金の一日おき通院で今日は通院日、左上腕の包帯は取れ左下肢の深い擦過傷もかなり癒えたが、脱臼した右薬指が問題。これまで小指と併せ固定されてたためか、小指側に傾いてしまったを診たドクター、今日から中指と併せ固定しますだと、中指と薬指が固定された包帯はこれまで以上の大きさで邪魔だし、親指と人差し指じゃハンドルも握れんわ。まず何よりも箸使えんぜ、どうする、これで来週火曜日からの北海道ツアー、レーサーで走れるのかよ参ったぜや。

レントゲン写真見ながら『肋骨もまだ付いてないので痛むでしょう』コルセットしてないと知り、びっくり『家に帰ったらきつめに装着して下さい』暑いので痛み我慢しても無しで居たい俺っちに、『固定しないと早く治りませんよ』だって、そろそろレーサーにまたがろうと企む、俺っち見透かしたかのような規制かけるドクター、言うこと聞かぬわがまま爺との対決火花散る。

駅近駐輪場まで街チャリで走り2分前に切符購入、予定した特急『あずさ』に乗車無事甲府駅で待ち受けた建築士とクラブハウスに向かい、雑草はびこる庭の対策最終打ち合わせ、来週から着工約2週間で完成8月1日オープンに余裕で間に合う。

とんぼ返りで戻りクラブ若人対象の夏期合宿案内書作成し該当者あてポストに投函、何人参加するかわからんが11人に呼びかけた。参加者多勢だと寝具類の買い増しせにやならん、熱中爺さんもう誰にも止められんわ。楽しきかな俺っち人生。

『あんた全く自転車乗らないで太ったのでは』の神の声聞き計量も体重58.3kg。体脂肪9.7%はいつもと変わらずだった、そうよレーサーには乗らないが今日も甲府まで1時間立ちんぼ、日常で足腰鍛えてまっせ。

俺っち74歳、親父にたくさんのありがとうを…

2009.07.05
昨日74歳の誕生日を迎えた。新クラブハウスオープン初日を予定、有志引き連れ泊まりがけで向かい、本日帰る一泊二日だったのに実現できなかった。我が自転車人生初の骨折転倒体験がため、長距離走るどころか皆と一緒に走るにも支障きたす状態ではどうもならず。

物件が浄化槽方式だった下水を直接下水放流に変更後購入を希望、工事費払えばすぐにOKは素人考えで、役場に申請許可得てからの着工で大幅工期遅れ、ケガしなくても7月4日開所は物理的に無理だった。遅れてしまったので準備万端整え8月1日~2日の土日一泊二日でどうせなら盛大にやることにした。

8月1日~2日は考えてみると遠い昔(1945年)俺っち10歳の時、今から64年以前のこの日俺っち家だけでなく八王子市の殆ど全部が焼失、一夜にしてがれきの街に変わり果てたのは戦争末期敵の空襲受けたから。勝利確信した敵米軍は余裕の予告爆撃、B29の大軍が夜襲焼夷弾の雨が降った日で忘れること出来ぬ日だ。

夜遅く待ちくたびれもう来ないだろうから眠れと言われた英雄少年、寝床に入るとすぐの熟睡は10歳の少年だもん無理ないわな、突然『英雄起きろ』の親父の声にびっくり飛び起き、駅方面に照明弾投下で昼の明るさの街中、親父の自転車の後方にマーク母と妹弟達疎開先元八王子に向かう、とはるか前方も爆弾落下で明るくなり行く手阻まれ、逃げ惑う住民たちの中を子供車で親父に続き迷走。

やっと山の中に逃げ場を確保でき、『ここに待ってろと』様子見に出かけた親父が戻るまで隣で親父が背負っ連れてきたお婆が”南無阿弥陀仏ナンマイダ”繰り返すお経を聞きながら、燃える赤い空の色を眺め母妹弟たちは無事か漠然と親父帰るを待った。長男の俺っちがまだ10歳の大家族抱え、孤軍奮闘生き抜いた親父のDNA確り受け継いでいる、安心せい親父よと別世界に向かってつぶやく。

照れがあって、生前生の言葉で伝えられなかったが思い出すと親父がどれほど俺っち愛してくれたか痛いほどわかる、今回の事故も親父が守ってくれたなと瞬時痛感した、キーボード叩きながら涙がとまらないよ。おやじごめん、そしてありがとう、親父に負けぬよう俺っち生涯現役でがんばるわ。
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