今度は忙しさに目が回り、神に感謝俺っち夫婦。

2009.04.30
4月も終わった。後半に風邪ひき体調くずし散々も1200km以上走行したので良しとしよう。5月連休4日間で500km乗り込み、いよいよ週末に春の温泉一泊ロングランだな。連休は連j日雛鶴峠に向かい禾生、初狩、笹子とロングランコースを距離伸ばして走る。松本ロング初体験者にコース慣れ、ペース配分会得してもらうが狙いなので、初体験者にはぜひ参加してほしいと考えておる。

ロング終了翌日は五島列島に飛び3日間、翌週は再度吉野熊野を4日間と走りが続き、今月も引き続き大忙の月になる。楽しい毎日が続き幸せ満喫、俺っち神も月末からドイツ旅行とか、我が家はそれぞれ別な楽しみで家内安泰、俺っち宝物は神、神は俺っち、孫娘に問われともに確認、すまんのう惚気て。

4月末の峠めぐりラン大好評だったので、6月行う予定の次回逆コースランを繰り上げ、5月最終日曜日に行うことに決めた。詳細案内チラシをEーDにて配布します。

最新ポイントランキングシートもEーD内で確認できます。サイクリング帰りに立ち寄り一休み、仲間の活躍状況を眺め、負けぬよう走りを楽しみましょう。

春ロング参加案内の郵送手配を本日完了、明日夕方投函するので連休中に手元に届くかと思う。喜べ新企画は販売各社の賛同受け、愛用者プレゼントも続々届いてますぞ。景気低迷する世相では、顧客囲い込みこそ命綱の種、やがて芽を出す実が実る気長に遠い先を見る、これぞヒデ爺忍法先読みの術。

試しに走ってみてくださいと、何やら俺っち愛車に細工した原宿城主のニヤッと笑った顔、気になり愛車と対面すると、何か高そうな凄い車輪が付いてるでえ、もしかして、足回さなくても走るのかな?クラブランでお披露目するので見てよ…
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社員の結婚式に出席で無念Eラン欠席よ。

2009.04.29
晴天絶好のサイクリング日和なのに、本日社員と元彼女じゃない元社員との結婚式、不登校児童のように出席拒否も電話に根負け、京王プラザホテルでご対~面の新郎新婦、人生スタート切ったものの、いきなり激坂迎えやや顔色青ざめた新郎目にし、背水の陣迎えた若武者脳裏よぎった。

男が世帯もったらどんなことあっても家族を守らにゃならん、炊事洗濯育児は女の仕事男女分権が本来の姿よ。女房子供に背中見せ仕事に生きるのが男道、子を育て家を守るは女の仕事、旧時代日本の『お母さん』が偉かったから、近代日本が世界列強の仲間入りできたのだ、再び強い日本になるには家族団欒ウハウハ、金玉失った中性に成り下がった男では無理。男よ目覚めろ、女よ控えろ、これがわがまま爺からの祝辞じゃい。恵太、麻実夫婦ならできそうな気がする、まあがんばれ、何かあったら言って来い。自慢だけど、争そいまとめるよりこわすが得意じゃて…

思い出すなあ、臼杵支部の『まっちょ』あれが男の中の男じゃ、ああいう男があちこちにおれば世の中変わるが都会の男は皆腑抜け、女房殿にマインドコントロールされ、つまらん一生送るは奴隷と変わらんわ。

しかしなあ、若いの勘違いするでないぞ、女房が黙って納得付いてくるような、ぶれずまっすぐ生きる真摯な姿見せねばいかん、ただの空威張りは愚か者のやること、男はいつも金玉(こんぎょく)の重さを意識し行動すれば道は開ける。

30年ぐらい前になるかなあ、今振り返っても不思議な体験だが、ふと知り合った人に招かれた客室で、いきなり仕込み杖から日本刀を抜刀され、微動もせず相手を眺めたら肝っ玉が据わってるって感嘆された。こ奴一体何なんだと不思議に感じ、あれこれ正体知ろうと興味持ったことがある。ある日突然この相手、恐喝で逮捕収監されてしまい、関係断絶してしまったがあれは不思議な体験だった。

彼から貰った書籍あるを思い出し書庫探したら、自筆サイン入り俺っち名前書かれた贈呈された本は昭和60年初版発行、20数年前五十代初めの頃の体験だったようで、その後が、どうなったのか一度会って聞きたい気もする。まさに夢の体験のような不思議な体験で、ナイトクラブに誘われダンス踊って、カラオケ歌わされた体験は自分でも信じられない。


目が回って車輪回せず、院内で峠越えよ。

2009.04.26
峠めぐり200kmロングラン風邪ひき完治せず、無理禁物と考え柳沢峠下の塩山まで走って、輪行帰宅と決め輪行袋セット、ランプ取り付けで準備整える。松本ロングラン期日も迫ったので、作業遅くまで続けやっと完了、さて寝ましょうと寝室に向かうと突然めまい、いつもの低血圧貧血とさして気にせず、そのまま横になり一夜明けるも回復せず、これでは走れる状態で無いと判断EーDまで見送りに向かう。

20~30人の参加者かと思っていたら総勢50名ほどが集まり驚く、一緒に走れず残念だったがどうにもならず、病院で診察受けねば皆に申し訳ないと6:45全員出発を見送り帰宅。仮眠したら神さん『診察申込受付6番だから9時すぎたら病院へ行って』と、手回し良いこと、怪我や歯痛で苦しんでる姿見て笑ってる、いつもと全く違うじゃん、どうして?

院内で順番待ちしてるうち状況次第に快方に向かい、俺っちここが柳沢峠かもの予感的中、三半規管の不調で原因不明、薬すべて飲んでも改善しなかったら耳鼻科に行ってねで、処方箋の薬買わされ朝食後一服、毎食後服用5日分1回飲んで放置。皆を迎える夕方にはほぼ改善した。

このところ各地転戦じゃない言うならば各地転遊だべ、旅続きも例によって輪行車内で着座せず、愛車と共に立ち続けは疲れるはず、年寄りらしさを忘れてたしっぺ返しか、いやあそんな事はないはずと反省せず。有名な老プロのように手枷足枷、背中に加重で無理に肉体鍛えるような、老いに逆らう真似は一切してませんぜ、遊びを楽しめる体力づくり心がけてるだけだわ。

俺っち企画峠めぐり初回目皆の期待を裏切ってしまいすまなかった。多くの仲間が完走した姿目にでき、企画者冥利を噛みしめ次回埋め合わせと考えております。今回はごめんなさいでした。

完走のみなさんおめでとう、途中引き返しの皆も次回は俺っちとリベンジ、人生は長いのんびり行けばいずれ何事も達成できるはず。



4/22  絶好サイクリングシーズンEーD水曜うなぎラン。

2009.04.22
今期初半そで短パン着用での水曜E-Dラン。この季節紫外線強く肌焼けるので、日焼け止めクリーム露出面に塗る、クリーム塗り初体験顔塗忘れる。生まれてこのかた肌を保護した経験無いがよる年並みで、無抵抗な肌を哀れに感じ仏心でました。我が家の屋根上小さな発電所、稼働開始3年半でのベスト5発電日、そのすべてが4月、5月に集中し、太陽光強いのは決して7月、8月の真夏ではなくこの季節なのがわかる。

集まったメンバーはくの一2名含め計10名、時間通り予定コースで向かうは小田原『うな和』、トイレ休憩の厚木運動場で1名戻り、昼食『うな重』予約入れ小田厚側道、公所の坂上って二宮から国道一号線西行11時40分到着。

帰路100km目前、田んぼ通過のいっとき限界気味になったキリン姫、それ見てペースダウンのペーサー家老の配慮に応え、なんとか持ち直し昭和橋対岸の僅かな上り勾配耐え、ラスト小比企、富士森の坂やや失速も見事に完走、久しぶりの参加で全行程117kmを4時間半で走り切り、AV25.8kmは上々よな。先週同じく久し振り参加し失速ちぎれ、大きく遅れたパス子ちゃん、仕事忙しく殆ど走ってなかったが因、次回練習し出直しますと素直に反省してたが日々努力は自転車乗らずもできるでえ。
どうやるの?って自分で考えるのよ、自分に合った自己流を。自分で考えないと身につかないのよ。

E-D帰着のんびり一服してたら、これから夜勤の仕事場(介護士)へ出勤します、と30km先の職場に自走した南武線、若いとはいえようやるなあと感心。こちとら、帰宅したら疲労から眠くなり40分ほど昼寝じゃて悲しき七十代、でも100km以上皆と一緒に走れ、一夜明ければ明日も同じ走りが出来るのだからええか。

 若隠居と過ごした4泊5日の旅報告。

2009.04.21
新横まで走って輪行名古屋、中央線多治見辺まで走って帰る予定だった4泊5日の旅から無事帰宅。予定は最初から狂って初日自走は雨で全輪行、若隠居に誘われた完成した山小屋見学がてら、周辺各地を走る旅かと思って、いつもの軽装で出かけたところ、なんと若隠居宅に全泊させられる手筈の居候旅行とは恐縮。更に帰りも雨天になり自走を中止八王子駅まで輪行、ラスト駅から自宅までタクシー待ちの行列に、遊び帰りで割りこむは遠慮し合羽着用自走して、雨坊主と遊びながらずぶ濡れ帰宅よ。

走れたのは土日2日間だけだったが、土曜はアップダウンの山中を若隠居とペアラン、日曜は近くのショップに集まる若者たちと知多半島一周のサイクリング、師崎で食べた海鮮定食ヒラメがうまかったなあ。一人で食べたら切り身盛りが普通だが、姿造が三人で一匹あて更に貝刺し、鯵と平目の煮魚、車海老塩焼きとリッチも価格は廉価¥3.500.大満足の昼食だった。

30名も集まったサイクリストに歓迎され、ツーショット記念写真を所望され、夜は有志で晩飯囲み自転車談義、楽しきかな自転車人生を謳歌、次は五島列島の招待ツアー自転車は素晴らしいわ。

内緒の話今回大ポカがあってのう、新幹線『ひかり』岡山行きいつものデッキで愛車と一緒、名古屋駅近くになり車内でレーパンに穿き換えようとリック開け、レーパン入れ忘れに気づき参ったなあ。暫時後D・M頭に浮かびSOS、アソス急襲社長からビブショーツ頂戴、夕食蕎麦会席までご招待され、いやあ忘れて良かったとずうずうしい。

嫌だねぇ、歳はとりたくないなあと痛感。
朝の僅かな時間使って若隠居、猫の木工細工を俺っち娘にプレゼント、丸太小屋も抜群の出来栄えとにかく器用ですなあ、棚も作れん俺っちにはうらやましい限り、でもな、俺っち若者に足のマッスル褒められたから不器用でもええわ。

紀伊半島山中ツアーから帰還報告。その⑥

2009.04.14
南紀白浜午後3時10分発の便、距離も50~60kmなら余裕、寒いこともあって出発10時少時前。つり橋の幾つかを自転車で走り抜け遊ぶ、歩くより自転車通行のほうが橋が揺れないと前回知ったので、今回再度定員1名の橋で実験確認した。明神橋から昔走った県道29号を逆走、時折記憶に残ってる場所あるも虎ヶ峰トンネル先のパノラマ展望が全く記憶にないのはどうしてだろう、昔は違う道だったのかもと不思議な感じ…

途中にあった道の駅『紀州備長炭記念公園』、ベンチで宿が持たしてくれた弁当拡げる。ベンチに先客郵便荷物車の職員居り話しかけられる。目張り寿司つまませながら四方山話続き丸金、丸石、セキネ、フジ等メーカー車名続々出て、皆つぶれてしまったどうしてかねえと古い話。昔は郵便配達も自転車だったのが今はモーターバイク、自転車メーカーもつぶれますわ。価格だけで外車に駆逐されたわけでもない、別な面もあるのよ。

田辺市在住のこのお父さんも自転車礼賛者、自分の健康は自分で管理が義務と考え、健康に留意すれば足腰強化が基本とわかる。動物は餌が捕れなくなったら命尽きる、人間だけ植物人間になっても延命されるが甘えるな、自分のことを自分で出来なくなったら末が忍者の掟よな。

でもなスポーツは両刃の刃、レジャースポーツ楽しむがよい。レコード追求、チャンピオン目指すは他人に任せ、肩肘張らず気楽に楽しむのが長続きの秘訣、俺っち半世紀以上自転車走り続けられたのは気楽気ままアバウトが故。夢中になりすぎ完全燃焼すると終わってしまう、これまでの長い体験で多くの例を見てるので、趣味のサイクリング域で楽しむがベストであると確信しちょる。

6日間のサイクリングが終わったいま、充実感いっぱい次なる遊びが控えておる、週末は名古屋の若隠居とコンビツアー、更に来月中旬は五島列島探索の企画舞い込み、次々新しいクラブラン誕生させ同士と楽しみ分かち合いたいと考えてるのでよろしく。

羽田空港から出発寸前のリムジンバス『南大沢行き』に突然の乗車、バス車内で2時間の旅すっかり日が暮れ到着した京王線南大沢駅、ライト点灯R16号線に出て家路に向かい自走、車流れる都会の現実に戻り19時半無事帰宅。
本日走行74km、合計500km6日間のサイクリング終了。

紀伊半島山中ツアーから帰還報告。その⑤

2009.04.14
本日は龍神温泉まで向かうがコースは国道425、同じく国道311と県道735の3本あり、R311は往路で走行済み、R425かR735のいずれかを選択WEBから情報得られなかったR735、地元の人と自販機飲料充填ドライバーに問うも通行体験なしで不明、ツーリングマップル”ひたすら深い山中を進む””集落を結ぶ狭い山道施設と呼べるものはない”注釈見てこれに決める。それって若者の選択で爺向きではないのでは?別の心がお主は忍者じゃろ鍛えぬでどうする…

フロントに聞くと途中工事中個所あり交通止め時間帯があるはず、ご親切に土木事務所にピポパ1時間に10分間だけ通行OKと判明も、現場まで自転車での所要時間読めず、成り行き任せ承知で出発となる。結局30分待ちの現場到着となり、この間待たされたのは乗用車1台、自転車1台で対向車なし、途中にあった大きな学校も生徒数10名も居らんと、少子化若い世代の離村、農村は疲弊し旧い日本の良さが消え去ろうとしている。食糧自給の原則を学習せんといずれ困るのでは

お店なし、人里なし、自販機なし、何まなしは構わんが、じゃだけは見たくないなと思いながら40kmほどの山道走行、710mの引牛越頂上越えると下り、途中見かけた日帰り湯『丹生ヤマセミ温泉館』に立ち寄り入浴、客人俺っち1人だけの貸し切り湯、食堂も休止中いったい誰が風呂に入りに来るのかね、ここに温泉開業はバブルの付けでは?と思いたくなる立地、経営感覚を疑う。

取材に来館中のミニコミ誌のレポーター娘さんとの会話で、この娘さん『地球交響曲』を知ってたのはうれしかった。時間折り合わず一度も見たことないが、映画ポスターは和歌山で見たことあるそうで、今度必ず見ますと約束してくれた、たっちゃんファン1人確実に増えたよ。

宿泊龍神温泉宿は上御殿で自転車は軒下鍵ある塀の中、前回は元湯で建物は建て替えで変わってた。ここも温泉が良く都合5回も楽しんだが部屋にこたつがあったのに驚いたけど、翌朝7時表を散歩したら身体冷え切ってしまい、帰館後炬燵を納得させられた。チェン携行の高野龍神道路注意案内板も了解できた。

本日走行66km。 宿泊料金¥16.950. 

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紀伊半島山中ツアーから帰還報告。その④

2009.04.13
昨晩だけ温泉ではなく風呂だったが疲労からよく眠れ、朝の目覚めも快適だった。本日の距離は100km以下近いので急ぐことなし、まず向かったは天河大弁財天社の訪問。たっちやん伝言届いており宮司からお土産頂戴感謝。

渓谷沿いの雰囲気良い奈良県道53号線、ここなら外人がサイクリング姿絵になるわ。大塔橋に出て国道168数年前大崩落修復も事故跡残ルを眺め、大規模造成中の作業現場脇走って、谷瀬の吊り橋で小休止、以前渡った宮崎『綾』の吊り橋と比較すると川底浅く感動乏しい。

空腹感覚え『柿の葉寿司』食べたいと思いながら走り、通過した店振り返ると田舎らしからぬモダンな床屋、過疎な地方に金落とした方がよかろうと戻って調髪頼む。若い店主も自転車好き、高校時代自転車欲しく旅館でバイト、その頃宿泊したのが888の選手だった吉本興業が似合いの兄いから、よしや俺が自転車作ってやるわと引き受けられ、今も物置隅に休眠中一度手入れして乗って見ようかと乗り気、俺っち店の手書き広告隅々まで読んでましたと、自転車談義は楽しく続いた。

十津川村のど田舎で俺っち『なるしまフレンド』、覚えてもらえたとはまさかの体験。余所での散髪体験は沖縄があるだけ、このときは長期滞在だったから仕方なく、今回行き過ぎて戻って立ち寄ったのは、やはり偶然ではなく何か見えない糸に引き寄せられた感じ、大事にしたい事よいやあ旅は楽しいのう。喫茶店でサンドイッチとミルク飲み時間調整し宿入り、温泉プールある十津川温泉ホテル昴へ投宿、愛車は輪行袋で部屋内持ち込み。

走行 80km。 宿泊料金¥15.750.

紀伊半島山中ツアーから帰還報告。その③

2009.04.13
本日は今回の旅ハイライトの日。本宮温泉郷から天川村まで、コースハードで距離も約130km以上あり最も長く、3日目でもあり疲労も加算されるのでそれなりの覚悟で出発も、早くも部屋に地図忘れたことに気づき、せっかく上った道を引き返すお粗末は先行き不安的中となる。

20年前のツアーで観光を楽しんだ瀞八丁舟下り、本日川沿い抜ける国道走ったが狭路急坂で難儀、ボトル不要の俺っちが渇きを覚えたほど気温も上昇、真新しいトンネル目にした時はホットしたな。自転車の素晴らしいとこは、上り地獄も下り天国で状況一変することだろう、下りきって道の駅『奥瀞』で牛乳ドリンク喉湿し。

JAコープ『すし弁』で昼食時間ないのですぐの出発、R309が分岐する上北山西原92km走った地点、停輪中の先着サイクリストに冬季閉鎖通行止めと聞かされる、直前に道路閉鎖情報WEBで知ったが、自転車なので持ち上げ柵越えで問題なしと安易に考えていた。ところが道路整備中の責任者によると、閉鎖中の土石崩落凄まじく自転車で走れる状況でないと言う。

近くに迂回路無く吉野まで下っての大周りあるのみ、時間から明るいうちに行ける距離ではない、はてどうしたものかと思案すると、サイクリストから吉野にマイカー停車中なので、吉野まで自走すれば宿まで送りますがとありがたい申し出。『なるしま』の名前よく知られており、『一緒に走れ光栄です』のうれしい言葉、若き頃なればランプ点灯自走しますわと固辞も、今や老齢無理せず好意に甘えてしまった。『偶然の出会いはなくすべて必然』の俺っち神の言葉脳裏よぎり、出会ったのも何かの縁大事にしようと思った。

夕日眺めながらの河川敷駐車場、二人で食べた『柿の葉寿司』浪花侍の心伝わりめちゃうまかった。車内自転車談義に花咲かせ宿まであっという間だったが、もしも、自転車で走ったら大変な事だった。大阪の自宅まで来た道戻りますと、帰る高校時代選手だった浪花侍見送り、自転車を民宿物置に収納。

本日走行 130km。 宿泊料¥10.500.

紀伊半島山中ツアーから帰還報告。その②

2009.04.13
一夜明けた『鶴の湯』出発前オーナーから声掛かり、田辺市の友人が自転車業と言い、しばし自転車談義に花咲く。温泉良し値段安し南紀、熊野、吉野を巡る大和遺産ツアー企画が脳内浮上、さっそく来年実施だい、爺さん何でそんなに急ぐのかいって、俺っち寿命がどれほど残ってるって思うの?やり残さず命を全うするのが忍者のつとめや。

本日コースは山中県道走って国道424、425中山路、県道を中辺路まで下って国道311を本宮温泉郷まで、WEBで調べるR311は走りやすいようで距離も80~90km、急ぐ必要無く道の駅『龍遊』で『たこ焼き』食べて小休止、近くではトンネル造成大工事も進行中で来年末はこの辺大変貌する様相。

中山路の分岐路信号脇食堂で昼食は『日替わり定食』、都会とと変わらない平凡な味¥800はまあこんなものでしょう。長いトンネル抜け下り勾配一気に下ってR311、熊野新宮への抜け道で観光車両多く、路面広く走りやすいがソロランでは面白みに欠ける。道の駅『熊野古道中辺路』でひと休みしたが、熊野古道歩きのハイカー多数が居り、多摩ナンバー車夫妻は立川の人日本列島は狭いわ、歩き楽しむは元娘さん集団ばかり、お父ちゃん達と若人は何処なの…

予定より早い時間に本宮温泉郷に到達、まずは前回宿泊しった『川湯』へ道草、泊まった宿名忘れてしもうたが、『亀屋旅館』だったかもと大きくなった建物眺め、河原眺めれば川湯に外人アベック入浴中、手を振り挨拶すると超肥満体女性から笑顔の挨拶返される。昔俺達ツアーの時はレーパンでそのまま川湯を楽しみ、よしずの囲い無く川の水量多くあまり温かくなかった。

今日の宿は湯の峰温泉『湯の峯荘』¥18900.今回ツアーで最高値宿は1人泊まりの割増と追加料理ミニステーキがため、自転車輪行袋に収納部屋に持ち込んだ。この宿、熊野古道歩きの人たちで結構繁盛、世界遺産さまさま俺っち地元bの高尾山はミシュランさまさま、格付けされて集うのでなく、自分で価値あるものを求めなくてどうする。

本日走行80km。

紀伊半島山中ツアーから帰還報告。その①

2009.04.12
とりあえず元気に帰宅したことを報告、委細は今晩がんばって書き込むつもり、今回は脚本があったようなあれこれを体験、人生ストーリーって実体験だから小説の比ではないと実感。

午前零時過ぎだったのでそれは当日のこと、ふと注油しようと思いつき倉庫の愛車整備、と何と々、シートステイに亀裂あるを気づき走ればいずれ破断は確実、紀伊山中だったらどうなる頭の中真っ白。延期?もしや娘が俺っち旧車お下がりで使ってるかも?すべては夜が明けてからと、まずは寝床に入り早朝7時前目覚め、娘に委細伝え先妻じゃない旧車と対面。車輪、サドル、ペダルの交換で何とかなりそうで即対応。チェンの若干の歯トビ気になるも乗換OKと判断、軽い朝食後リュック背負い羽田空港めざし自走。

京急『大鳥居』で空港まで3駅5分間輪行、JAL便搭乗『南紀白浜空港』14時過ぎ到着、自走20年ぶりの白浜市内抜け県道、国道を走っておいしそうな食事処で昼飯も値段だけでお味さっぱり。小さな食堂目に入らず腹減ってしまい誘い込まれた、カード使用可能のビック店選んだ自分が愚かだったわ。

田辺市内から海岸側近通る国道42走りみなべ町、35年ほど前クラブ創世記主要メンバーだった、ひげ巨人と二人で走った思い出のコースよ、今回はソロここから海岸線を離れ国道424みなべ川沿い、途中道の駅『みなべうめ振興館』で小休止。和歌山県道30へ左折登坂路に変わり、トンネル抜けたら意外に簡単にみなべ温泉『鶴の湯』到着、誰も見てないので亀の俺っち今晩だけ鶴。

フロントのママさん、どうぞこちらへと愛車を館内特席に招待はありがたい。
夜駆けつけてくれたマッサージの同輩爺がこれまた親切、背中と腰が張ってるわと入念治療は、釣り銭チップも惜しげ無し。半端ではない湯量のかけ流し温泉も素晴らしく一泊一万円はみなべの心。

本日走行 都内を合わせ80km。宿当着16時30分。 宿泊料金¥10.807.

明日の第44回チャレンジロードレース開催に思う。

2009.04.04
明日日本CSCでチャレンジロードレース大会が開催される。この大会が開催される前まで、サイクルロードレースに参加するには、各都道府県の自転車競技連盟に選手登録し、ライセンス取得する必要があり、ホビーレーサーには簡単に楽しめる世界ではなかった。

誰でも申し込むだけで参加できる競技大会として、ホビーレーサーに門戸が開放されたのが33年前のこと、画期的な大会とし大盛況も時代の推移に対応できず、旧習維持の硬直化した組織が底辺拡大の絶好のチャンス逸し、小さな独自大会が各地で開催される現況に終わってしまった。

チャレンジロード開催だけで他にホービーレース開催する意思のない組織に失望、自分たちのレースは自分たちの手で開催しようと、立ち上がって誕生したのがJCRCで日本で初のカテゴリー制採用、20年間俺っち膨大な自分の時間をこれにつぎ込んだ。

JCRC熱中で俺っちクラブの実力低下にはっと気づき、今度は自分のクラブの建て直しと思えど、すでに往年の脚力なく追走も無理な状況に愕然とするも、思いついたは遅く走るシニア、ビギナー対象にした低速ラン。名づけてEeeランは自分が決めたJCRCカテゴリー最弱ランク、これがヒットし新人加入続々、昔の仲間が舞い戻るわで大盛況5年目迎え部員500名の大所帯だい。

楽しさ追求で大忙し、来週南紀熊野、吉野廻った次週は名古屋で若隠居とのツアーが決まり、今月走る予定が月半分の15日間もあり、カレンダーに書き込みびっしり、不況到来を遊びのチャンスと捉え走り回るつもり。

明日のチャレンジロード参加者の皆さん、2009年度ポイントはレース参加でも付与と決めたので、自己申告なので八王子EーDへ一報で加算、入賞者は別途さらに1P加算し年間ランキング上位100名2010年度クラブジャージプレゼント

突然浮上した紀伊熊野~吉野ソロランのわけ。

2009.04.04
世界経済の牽引車であったアメリカの景気低迷から、いまや世界的不況時代の到来となった。圧倒的大量生産と貧富の超拡大は、資本主義も末世を迎えたのではと忍爺は心配してる。

額に汗して稼ぐブルーホワイトに加え、脳内汗かきゲーム感覚で稼ぐイエロー?が派生、こちら僅かな賃金と違って当たれば長者、ミクロはPC前でWEB世界でさ迷い、マクロは土敗で新世界創造を夢見て悪い気充満、欲に目がくらむと『砂上の楼閣』が見通せない、何事もほどほどが身分相応ということ。

四輪不況で大メーカーがF1から撤退、膨大な経費はすべて製品に転嫁されるわけでF1から撤退、消費者の実益に寄与しようと方針転換は英断よ。自力二輪車?の世界も同じく自転車のF1ツール・ド・フランスも限りなく商業主義化、膨大な経費はすべて製品価格で消費者に転嫁は同じこと。

プロチームにフレーム使用してもらうためには、年間どれぐらいの台数を提供するのか知れば、末端価格の高騰も多少は理解できる。でもなあ、誰かが儲けすぎてる気がするけど…

ドーピング問題、商業化したツールに懐疑的な、過去のツール覇者アメリカ人が来月来日、紀伊熊野、奈良吉野山中をサイクリングし、俺っち心の友がその姿を映像化することになった、商業ベースに乗らない自主上映の制作、資金は乏しいが心豊かな人がつくる作品は感動を呼ぶ。ガイアシンフォニー『地球交響曲』珠玉の結晶は第一番から始まり、鋭意第七巻を制作中乞うご期待。

俺っちできることは走るコースの探索ぐらい、撮影がスムースに運べるようなら(奈良)試走してやるわと、来週月曜から土曜まで紀伊半島を20年ぶりに走ることに決めた。日程は以下…
6日(月)自宅~自走羽田空港=輪行紀伊白浜~自走で鶴の湯。
7日(火)鶴の湯~R311~湯の峰温泉。
8日(水)湯の峰温泉~R169~瀞峡~R309~天川村民宿。
9日(木)天川村民宿~洞川温泉~下市温泉~R168C~十津川温泉。
10日(金)十津川温泉~R735~R731龍神温泉。
11日(土)龍神温泉~自走~紀伊白浜=輪行羽田=自宅。
6日間で全走行距離5~600km。

4/1 E-D八王子一周年記念日を迎える。

2009.04.02
先週に続き今週水曜もまた天気不安定で午後からが怪しい、WEBで各地予報をチェック小田原地方午前中30午後50夜50%と高く、来週紀伊半島走るのこともあり無理せん事に決め、窓開け表眺めてのち二度寝を楽しむ。

2名のみ、明るいので出かけるよと出発時間に電話あり、メンバーたったの2名は厚木から夜勤明け合流で3名になるという、本日EーD1周年記念日で皆が戻る3時過ぎ、そば打ち趣味のアマチュアが『手打ちそば』振舞ってくれる手筈、サダ爺考えたせっかくの仲間喜ばせる計画、人集まらぬで延期したらにやるってたってどうすんのぉ。

一時晴間もあり雨降る気配消えた感じも、も一つ次の雨雲来る予報どうり2時すぎから降り出し、3時過ぎ雨に濡た2名が戻り、途中から病院行きリタイヤの家老も車で駆けつけ、青梅から濡れパンダ姫来りて、居残り爺さま2名加えてもたったの6名の寂しい打ち上げよ。

道具一式揃えのめり込んだ『趣味のそば打ち』心こもってるのでうまいわ、でも、楽しめるのはアマチュアだからで、プロになると世界は変わり楽しさ半減、ずっとアマのまま『そば打ち』楽しむが華、皆に喜んでもらえる今のままを続け、間違っても商売人にはならんように。

振り返り俺っちはどうだったろうかと考えると、商人らしからぬ商売をしながらも、実技で問答無用と煙に巻いた忍者商法、これが功を奏した感じ、皆に喜んでもらうとする心が根底にあり、求道者としての真摯な姿もあり、ある意味アマチュアのまま通したのが良かったのかもと思う。

そんなに走るの好きだったらプロ(競輪選手)になったら良かったのにとも言われたが、プロになって気ままな走りを楽しんでたら、おそらく商売にならなかったはずよ。でもなあ『マニアショップ』には楽しみながら商売になる余地があるのも事実。となると、好きなアンタたちもやってみるかい?楽しいぞ、秘伝は求道一筋追夢無我欲。

ヒデ爺”商売のすすめ”2009年4月1日。
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