雨予報に予定変更した今日のEeeラン。

2008.08.31
午後から天気崩れるの予報で定番雛鶴峠に向かうと、帰路遠くなるを嫌い各自帰宅に好都合になるコースに変更。本日『乗鞍ヒルクライム』もあり、Eランからの出場者も多数あったようで、参加者やや少なく30名少々、2班分けでとりあえず相模湖まで向かう。

集中豪雨で床下浸水、線路浸水、土手崩壊脱線でJR,京王線共に八王子=高尾間不通のTV報道で不名誉な全国区、心配した友人からメール届くも市内は全く平常、山間部近くが被害受けた様子。昨日朝方歯医者通院で土手の上3kmほど走ったが、市内流れる浅川も濁流ではなかった、昔少年時代市内流れる浅川対岸まで全面濁流を体験してるのでこれで洪水??、あとで聞いが浅川に注ぐ小さな河川があふれたらしい。

大垂水峠に向かったら路面に土砂散乱、水浸しにう~んこの辺大変だったのかもと小川の流れ眺めるも、もう通常より水量やや多い程度で山が低いので小反乱で済むようだ。尻に水巻き上げシューズ濡れるので低速走行で峠越え、相模湖休憩後は湖畔回って寸沢嵐、三ケ木、城山で再度兎班と合流休憩。津久井湖岸山側土砂崩れ全面交通止めだった。

小倉橋、相模川沿いに高田橋間フリーラン、田名科学館でトイレ休みすぐ出発し上溝タイ焼き屋へ、兎班別コース向かったようで亀班17名だけここで休憩。相模原から小山、多摩境で尾根幹線に入り鎌倉街道、野猿街道で左右に別れ数名でEーD帰着小休止。

雨に合うことなく帰着できたが市内の小さな坂でふくらはぎ攣りそうになり、練習不足実感させられたが今年初めて月間走行距離1000kmを超えた。来月は北海道6日間走るので引き続き月間走行000km超え達成できるだろ。徐々に戻すぞ。
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よい天気に誘われ独り気ままに楽しみました。

2008.08.27
目覚めたら晴れてんじゃん、ラジオから流れる明日はまた天気悪くなる予報を聞き、一週間ぶり走ることに、全店夏休みで神さん隣の娘家族と二泊三日の旅行で不在、食べ物自己調達の7食目。ハンバーク用パン一け焼いてウスターソースがけ、どういうわけかウスターソースが大好き、『ひかりソース』最高だな。

例によってどこ走るか決めず甲州街道相模湖方面へ向かう、高尾橋過ぎたところで後方から来た若者に『どこへ行くんですか?』『わからん決めてない』『お前さんどこへ行くの?』に『水曜練で松姫から鶴峠です』『一緒に行きませんか』『坂は嫌だよ』前をふらふら走る若者、しきりに振り返り俺っちギヤ見て、『すごいですね男ギヤですね』う~ん現代若者の造語能力って凄い、平地用アウターギヤ見て男ギヤかぁ、自転車経験半世紀以上になるが男ギヤって初めて聞いた言葉だよ。

『頂上まであと何キロぐらいですか?』『2キロ』電光掲示版眺め『涼しいですね24℃』『この前走った時29℃だった』『列車組んで走りましょうよ』『列車組むの嫌いだよ』と冷たい俺っち、『仲間は後から来るのかい?』『いや千切れた僕がびりです』『何人で走ってるの?』と聞くと『僕を含めて6人』前代わってバトル誘うもすでに脚力いっぱい、なんじゃお前さん亀ランクラスかい。千木良で曲がらずも少し一緒に走ってやるかと直進すると『一人で走るのめげるんですよ』『大月まで行きましょうよ』とキャバレー呼び込みタイプ、先行仲間は雛鶴峠周りで大月から松姫峠に向かうので、甲州街道直進で合流する気らしい、でもなあその脚力じゃ松姫無理とは言わなかったが、口回さず足回せばすぐ強くなる、がむしゃらに走ってればいつか強くなるべえ、目標『おきなわ』かどこのチームもハードに走ってるようだが事故には気をつけろ。

吉野信号で別れ気楽にひとり旅、菅井から青野へ抜け、宮が瀬、萱尾根、半原、田名、川尻、相原、南野、北野、平山、日野、滝山、創価大、稲荷坂から市内自宅まで102km走った。

日野で食べた遅い昼飯『鉄火巻き』不在8食目は最高うまかったあ。

雨降ったのでエコドーム休みで東京ドームへ。

2008.08.25
終日雨ふりでEーDエコドームお休みし、東京ドームへ孫連れナイター巨人中日戦見に出かけた。ぎっしり満員盛況で中日ファンも結構居るのな、結果は9対1で巨人軍のボロ負け、巨人ファンの孫はがっくりだったろうが、阪神ファンの爺は猛追中の巨人が負けてニンマリよ。

札束で頬たたき各チームの4番バッター集め、対戦相手を非力にしても思うような成績あげること出来ぬのは、プロ野球界全体の繁栄を考えず、自チームだけの隆盛栄華だけ夢見るオーナーと現場の指揮官が器じゃないのよ。オリンピックの日本チームも同じくで、星野、田淵、山本の仲良しトリオは過去の人、予選リーグ4位ではメダルなしで当然の結果だろ。もう旧い野球は結構、審判云々ではないよ、プロ野球は参加しなくて結構、オリンピックは二軍選手と実業団と学生達に任せたら…

東京ドームはその昔後楽園競輪場、後楽園野球場があった場所で遊園地などなかった。後楽園競輪場では全国唯一12車立てレースが行われ、帽色が複雑でファン泣かせも今は昔、革新美濃部都知事の公営ギャンブル場全廃都政により、再度ギャンブルの場に活用しないことで補償金を手にしながら、東京ドーム建設の際バンクを密かに付随建設させる強かさ、ドーム建設費は野球やイベント等での賃貸料では回収できず、競輪開催での売上収益%賃貸料読み込み建設だよと、今は亡き友人から聞いた覚えがある。

文京区や周辺住民の猛反対で競輪復活話は立ち消え状態だが、そもそも競輪そのものが売り上げ低迷、年々売上減少中でファンの老齢化と趣味の多様化ギャンブル離れ、新規顧客獲得が思うにまかせず黄信号点滅が続いてる。

競輪は日本生まれなのにどうしてオリンピックで勝てないのと不思議がるが、競輪とKEIRINは全く別物、オリンピック種目が日本での競輪と同じなら外人独壇場になりえない。なのでKEIRIN銅メダルは価値ある金星なのよ。

ワンサイドゲームだったがラストまで観戦、メトロ『後楽園』駅から、南北線、京王新線、京王線と乗継帰宅。JR『水道橋』から総武線、中央線と乗継したらチョー混雑だが、こちらがら空き座ったまま、忍者は裏道抜けが得意技。明日から各店夏休みも、EーD雨降らなければ開処よ。

愛は心の中に幸せは自分でつかもう。

2008.08.23
1974年にクラブ誕生、以来34年になる長いクラブの歴史上、これまでクラブ員同志での結婚は数件あって、実は俺っち娘達もそのひと組になるが、誕生して間もなく満四年になるEラン史上では初になるクラブ仲間同志の結婚が成立、本日自転車仲間への報告会が開かれた。

新郎は初期の立川時代からの旧いクラブ員、脚力衰え立川Aランでは敷居が高くなり、どうしたものかと戸惑ってた頃、思いつきで始まった俺っちの互助会Eランの噂伝わり、頻繁に顔見せるようになりやがてEラン勘定奉行に昇格。一方新婦のほうは、護身術武道派で鍛えた男勝りくの一忍者、あれよあれよの脚力上昇、勘定奉行打ち負かす上達ぶりに目をみはったものよ。

いつか二人は仲良子よし、勘定奉行脚力たいしたことはないが、くの一落とす手練手管はたいしたものうおのう、宝物を手にしたのだから大事にしろよ、お主は果報者じゃ、おめでとう俺っちはめちゃ嬉しいよ。

この春雨中の松本ロングラン復路塩尻峠頂上近く、パンク修理で難儀してる仲間見ていっぺんの迷いもなくヘルプに走った姿目撃したが、あの時は俺っち嬉しかったなあ、先行させた可愛いくの一追ってるのに、困ってる仲間を見捨てることなく助けた、I(愛は心の中に)なるしまの合言葉そのまま実践、女心を捉えたのはこれだなぁと感じ胸が熱くなった。先行してるくの一に委細伝えようと先を急ぎ、諏訪湖畔を数名引き連れ先行続けるくの一発見、急追し先頭代わってやったよな、爺さまだけど心はキューピットのつもり。気温低く手足はやたら寒かったが、心の中はやたら温かかったわ、ボケーありがとうよ。

お二人さんの前途を皆で祝福、次なるカップル誕生を期待しよう。次は誰かな??

北から南からやって来ましたサイクル旅人。

2008.08.22
これまたある日のEーDでの出来事。ロードレーサー二人組が通りがかり、店内展示中のロード車目にしフラット店内入ってきた。哀れ暇持て余し爺二人にあれこれ質問攻め、一人は九州大宰府市からも一人は北海道室蘭市の住人とか。北と南の接点は…誰しも興味あるよな、で事情聴取はさらに続く~

室蘭坊やは苫小牧から茨城県大洗まで運賃安を理由にフェリー、太宰府兄ちゃんは茨城県水戸まで青春18輪行、大洗までは自走して二人は再会。走りやすい海岸線を走らず、幹線道路6号線選択は最短距離で都心をサイクリンブし八王子市内、土地感あればバイパス走って市内迂回も初体験の旅人なので、そのまま市内をのんびり走っったのが幸いし、偶然EーDに立ち寄る結果となったわけ。

この北と南の青年が出会ったのは日本の中心愛知県、世界にその名も高~い自動車トップメーカー、非情大企業特有切り捨て御免の季節工として就業中、得難き友人となりそれぞれ故郷に帰った後も交流してるそうで、なぜかお二人さん姓が同じとはこれまた不思議な縁。世の中偶然は無いとか、これも何か必然EーD来処も見えない糸に結ばれてたのかも。そう言えばサダ爺と俺っち二人とも神は『よしこ』漢字で書くと違うが呼び名は同じ、二人して素敵な神の手のひらで遊ばされてるわけ。

最近ミシュランに取り上げられ人気沸騰の『高尾山』、通り道にあるので、ちょこっと入ってケーブル入口眺めたらとアドバイス、富士山五合目に向かう二人を送り出した。若者二人の未来に幸あれ。

そうだ俺っちも9月8日から週末まで初の北海道ツアーだった。今回は稚内から知床か根室までの一人旅、道中宿予約せず帰り便の予約もなし、全くの行き当たりばったり気まま旅で~す。

AND俺っち造語です知らなくて当然。

2008.08.22
これは数日前のこと。俺っち普段使っている自転車、前かご変則機つきなので分類すると軽快車、かねてから前ブレーキ甘く、ワイヤー交換せにゃあかんと思ってたものの、面倒なのでそのまま放置。祭りでEーD閉処遅くなった夜道の帰宅、ライトなしのMTBで帰宅できないサダ爺に貸したところ、ブレーキ利かずびっくりしたよと指摘され、重い腰上げ直すことに…

店からインナー取り寄せるも取り換え作業忘れてたが、ふと思い出しワイヤー交換してくるわと、EーDからすぐ裏の自宅へ戻り作業開始、あんれまあ今時のインナーワイヤーはフラット、ドロップ兼用でヘッドとエンドに別頭付き、フロント、リヤも兼用で寸法長~いのよ、これなら残り片側レーサーに使えるわとエコ男本領発揮?なるべく短く切断しとけば後が楽と寸法合わせインナーワイヤー切断。

古いインナー引き抜き交換試みるも、オポジットレバーなので作業がやや面倒、穴にうまくインナー通らず、年取るとうまく入れられないものよのうと老眼鏡で再確認、そのうち複よりインナー1本バラケてしまい、やむなく先っぽ切断寸法限界あとがない再挑戦、やれうれしやオポジットグリップ部分は貫通。次アウターも切断せんとインナー長さ不足と相成り、アウター切りたいがアウターカッター無いじゃん、仕方なくインナーカッターで切断、切り口時間かけなんとかだまくらかしワイヤー通しホッとする。

おあと本体アーチにインナーワイヤー止めれば作業完了も、ここでも穴にワイヤー通りません、どうして?年とったからってせがれを真似るな、こうなったらワイヤー止め外して穴に通そうと、ネジ全部はずすもワイヤー止め手で外せず、かしめてあるのかとハンマーで叩いたら、あんれまあねじ止め飛んでっちゃたよ、作業してた場所悪く庭砂利の中へロースト老眼鏡で庭石とにらめっこ、あんたの人生探し物の時間多いねえって、いつも神さんに言われてるが実感。こんなことなら最初から自転車屋行けばよかったと後悔も、やっと探し出し修理完了したが約1時間もかかったかも。でも、不器用俺っちにもできたわいって、ちょっぴり嬉しかったな。ちなみに俺っち両親共にちょー器用な親だった。

こんなしょうもないブログ書くのもまた1時間かかったぜ。



9月からのEーDイベント俺っち企画のあれこれ。

2008.08.16
八王子祭りの大道芸リサイタルに続き、EーD開催第2回リサイタルはご存じ『おろち大明神』のチェロ演奏会。おろちって誰?申し訳ないチェロの達人誰でも知っちょるあの人よ、確かと確かめ失礼ないよう来処してな。日時は9月6日(土)午後5時、会場は30脚ほどの椅子しかないので、癒しの音色に浸るには早めの来場お席の確保がよろしいかと思います。

今後毎月第一土曜日夕べのEーDをカルチャー教室風に利用しようかと考えております。次は10月4日(土)ヒデ爺こと俺っち様がのたまう『楽しき哉自転車人生』、勝手気ままな俺っち人生を語ります。暇もて余し奇特で酔狂な方のみご出席下され。無駄な時間浪費せぬ方はくれぐれも来処せぬよう御注意。

10月は盛りだくさん12(日)~13(月)の連休、例の房総フリーランを行います。今回は川崎駅前高速バスターミナル集合で、往路皆で揃って成田ホテルに向かうため、事前に参加申し込みが必要、受付は八王子EーDのみ費用は約7千円、当日ホテルでの支払となります。尚、全コースサポートカー1台つきますので、最小限の携帯荷物だけで走れます。2日目は銚子まで向かって九十九里ライン走行で一宮から、内陸走り保田~浜金谷=久里浜コースで各自自宅まで自走予定、距離的には250kmを越えるかと思いますが、コース的にはきつい峠道がないので楽かと思います。

これを秋のロングラン代わりの企画と考えており、参加賞も2009年度用新クラブジャージを奮発、多数の皆さんの参加を期待しております。簡単な参加案内をEーDに用意、申し込み締め切りは9月末日。

11月は11月8日(土)~12日(水)まで、九州臼杵支部との交流サイクルツアーを行います。こちら締切日ぐ~んと早く9月7日で大分空港=羽田空港輪行、大分県内100km/日距離押さえたサイクリング、温泉、料理、支部員との親睦が主目的で㈱なるしまフレンド社員旅行と相乗り企画です。費用は8万円。

12月は昨年第1回を開催した日本CSCでの賞金レース、賞金対象は個人ではなくチームで賞金総額101万円を提供、昨年好評だった各社の新車試乗会が更に充実、ヒデ爺渾身の意欲イベント大いに期待してほしい。すでにスポーツエントリーにて募集開始している。

やったぜ柳沢峠周回180kmうさぎツアー完走。

2008.08.14
本日柳沢峠ラン誘われていたが前日まで旅疲れから死んだ人、それでも、だらけきって過ごした昨日定休日の完全休養がもの言い、朝方少し眠かったが6時前目覚めると、生きっ返ったなような体調確認、これなら途中引き返し考えることなく行けそう、ならまずは朝食と冷蔵庫漁るも食べる物なく、コンビニ調達おにぎり1ケといなり2ケ食べ、麦茶で簡単な朝食目覚めた神さんの見送り受け、7時前集合場所EーDへ向かう。

一行は家老リーダーの6名途中小原の郷で1名合流の計7名、最後尾追走のまま最初の休憩猿橋へ、トイレ後コンビニへ移動休憩中の仲間横目に休まずマイペースで笹子に向かう。ペース落とした足使わず笹子下に至るも後続姿なく、そのままトンネル抜け塩山信号で別道から現れた皆と合流。柳沢峠への長い登坂路途中で今回ランの言いだしっぺ、中学後輩の父親実家が道路脇にありピットインお呼ばれ、ちょうど疲労でかかる場所絶好の休憩場所に皆さん救われた感じ。俺っちとしては休まず走る方が楽で、ここで休まれると回復力ある若手には敵わん。

先行する一団追わずマイペースで走り中里介山記念館でトイレ、私用トイレの借用が嫌いな気質で公共トイレ使用が癖。先頭は全く見えなくなるも、追いついた落ち武者相手に遊びながら長い坂道気を紛らす、ポツポツ雨滴こぼれ出し脊ポケのhp濡れてはいかんと対処、頂上はまだかと再度走りだすと後方から後輩来て、そのまま追走頂上で雨宿りの仲間に合流。

ワンドリンク小休止で雨上がりぐ~んと気温下がった濡れた下り路面、尻濡れ嫌いスピード落とし走行、暫く走ると路面濡れておらずまたも後輩に続きスピードアップ、丹波で先頭に追いつき集団のまま奥多摩湖畔、ここからまたも雨降り家まで50kmもう構わんと濡れ気にせず追走続ける。車列渋滞始まり前車の水滴顔に当たるわ、グラスは水滴で視界悪くなり難走が続く。

長年鍛えたマーク走の技術もの言い、全走行距離約180km7時間半AV23.2kmで無事帰宅。昨日まで死んでた人が走り切ってしまったぜビックリだろ。自転車には帰宅納車時だけでなく、走行中も丁重にお礼の言葉をかけ走り続けたのよ。自転車は俺っち命。

孫(中1)と九州サイクルツアー報告 後半4日間

2008.08.13
3日目朝、宿へ若隠居来りて本日より孫と3名のラン。行き先は竹田市直入長湯温泉、車交通頻繁の国道を出来るだけ避け、県道と持参の古い地図に記載ない広域農道走って国道へ、途中小国町では動物組木館『ズートピア』見学。

手先器用な若隠居裏芸『101匹の動物チェス』が展示されており労作に感動。定年前に退職しログハウス造り、写真撮影、サイクリングと趣味多彩な彼の人生謳歌はうらやましい限り。

炎天下上り勾配苦難の走り続きやまなみハイウエイを横断、久住高原爽快に下って目指す長湯温泉到着、宿に向かうと待ち受けた臼杵支部の上様と再会、夕食を共にし明日途中までガイドランOKに感謝。

4日目。大会開催企画最終詰めのつもりが、相手が仕事やりながらの応対に不信感受け、自分達の大会開催の熱意全く伝わらず、臼杵支部員上様努力も空しい感じこれには???

10時出発竹田市で岡城址眺め昼飯、食後店を出ると突然老爺に写真撮らせてと頼まれ??、場所が自身の写真展開催会場直前だったので、無料会場を覗かせてもらうと何と『あの戦争は何だったのか』と2次世界大戦を地元体験世代に問いかけ、肖像画と語りを記録した力作、自身出征従軍経験ある81歳の老爺毎年1回開催の12回目、体力の限界から今年が最後と言われたが、風化させてはならない戦争体験記録も残念なことに次第に薄れ忘れ去れようとしてる。

臼杵入り直前国宝『臼杵磨崖仏』を2人に見物させ、いつもの宿駅前ビジネスへ向かう。孫は疲れたか眠りから覚めず宿に残し、夕食は迎えにきた臼杵メンバーと海鮮コースを囲む。

5日目。夜半朝方まで猛烈な雨に輪行のつもりが突然雨上がり、走って行くかとなり俺っち同年臼杵の老爺案内で佐賀関周りで大分、別府へ向かう。

鉄輪温泉に向かう坂道信号停車中、脇に停車した地元車の窓あき声援受け、年齢聞くと後部車窓も全開され車中3名から拍手あり、聞けば仕事中との実年ホワイトカラー、高台にある瀟洒な湯量豊富な宿で温泉と食事がじっくり堪能でき満足。

最終日。孫が食事もとらず気分悪いと聞き、空港まで走るは無理と判断、知り合い空港タクシーにピポパ彼の仲間の出迎え受け、病院経由して空港迄を依頼、俺達2名は遠路臼杵から駆け付けた安さん先導で大分空港まではイージーラン。

病院で点滴治療受け到着した孫と予定のフライトで帰京できたが、羽田からの自走は輪行に変更4時半帰宅。若隠居は更に国東半島走走り続け国見からフェリー、新幹線で名古屋自宅へ、やっさんはそのまま臼杵に向いトンボ帰りソロラン。

6日間で走行470kmは抑えた距離のはずも真夏、上り勾配多い山道走ったので、野球少年に初体験の連日のサイクリング、少々重荷だったようで俺っちも帰宅後に疲労自覚、歳を思い知らされてる。

孫(中1)と九州サイクルツアー報告 その2.

2008.08.05
昨夜夕食食べ部屋に戻るやすぐ高いびき、夜半目覚め9月第1土曜日EーD開催の『おろちライブ』、聴衆皆さんに『おろち』由来を説明せにゃいかんだろうと考え、毎月第1土曜をカルチャアデイとでも名づけ、教室、講演等企画しEーD活用あれこれ考えはじめたら、目がさえてしまい朝方やっと熟睡した。

9時過ぎ出発。山香温泉きで走るは楽も、アップダウンの連続がちょっときつかったな。コースは山香~安心院町~院内町~椎屋耶馬渓~日出生ダム~玖珠町へ出る途中、昼飯時道路端にあった看板に誘われ脇道に入ると、急傾斜の下りが延々続き川底まで下ろされ、落武者集結部落のような処が現れ、肉や川魚料理メニュー充実もこちとら誘われた看板は『そば』、食べたかった『そば』は想像に程遠い代物、帰り道の急坂の重かったこと、やっとのことで国道に出たら通り雨の通過後で路面水浸し、下り勾配お尻に水滴巻き込み気色悪かったが間もなく乾いた路面に助かった。

玖珠から日田までの国道30kmはほぼフラットで脚力余裕も、道幅のわりに大型車多く走りたい道ではなかった。あまり休まなかったので余裕の時間で日田市到着、JR駅前に向かい付近地図を眺めるも宿特定できず、構内の交番でヘルプミー。若いお巡りさんが住宅地図広げ場所確認、路面入り組んでいてわかりにくいと懇切丁寧な説明受けた。

日田市豆田町って素敵な町並みは小京都気に入ったぜ、宿はわかりにくかったが趣ありこれまたご機嫌、一風呂浴びて町並み散策と表へ出たら『若隠居』とばったり、本日相部屋取れず明日から合流で福岡空港から自走途中、偶然引き合わされたは必然。明日9時過ぎここから長湯温泉めざし出発を確認し合う。

本日走行94km。 AV20.0km。 走行時間4時間43分。 2日間トータル182km。

孫(中1)と九州サイクルツアー報告 その1

2008.08.05
八王子祭りの3日間、E-D前甲州街道交通止めそのまま祭事会場では、定時閉店しては近隣商店に失礼かと、老体ふたり9時まで付き合ったので疲れたあ~立ち詰め歩き回りの疲労そのまま引っ張って、月曜から孫連れての九州サイクルツアー。

7時過ぎ親族に見送られ羽田空港めざしサイクリングスタート。その昔家族、近親隣組から町会の多勢に見送られ、帰れぬ旅立ちした多くの若者たち、日の丸小旗振って見送った思い出が脳裏に焼きついているがあの責任者はいったい誰、A級戦犯だけ?そんなことはないよな。天皇を頭に国民全員に責任があったはずだよなあ。終戦記念日がまもなく来るが、二度と争いを起こさぬよう為政者を監視、国民の権利を行使する、これは国民の義務責任わかってるよな。

横道に逸れたが羽田空港内まで走るは検問あるかと、いつも寸前京急大鳥居駅から輪行で本日も同じく。輪行初体験の孫にヒデ爺流簡単輪行法伝授、JALチケットレスはスムースに搭乗座席もSシート、大分空港定時着は13時15分。機内でちょっぴりリラックスできたかな。

本日の宿泊は杵築市山香温泉で空港から直行では30kmに満たず、途中から両子寺まで上る登坂路迂回走で40km、都内での48kmと併せ88kmで1日目終了。

温泉で足裏マッサージ受けたがこれが強烈に痛く、大丈夫後で楽になるの言葉を信じ痛みに耐えた。チップ固辞した人は記憶にない、辞退してももらってくれるが普通だが、この人には拒否の気配強く感じたのであきらめた、次はお土産持参するわ。ここで開業3年目になると言うこの太々には痛く感心した。

外国人だけに意外性を強く感じたわけだが、世の中さまざまな人が居るわ。

爺さまは草臥れたでござる。

2008.08.01
早朝起き涼しいうちに走り出す計画立て6時前目覚めるも、今いち眠気残りPC前の椅子に座り、はてどうしたものか思考中、本日月末に気づきくお粗末大ボケじゃ。11月決算期なので半期経過の納税期限日じゃん、机脇にクリップした納付書数葉あり銀行に行かねばならず、まずは仕事優先が無難だろうと、遊びは仕事終えてからと後回し(当然だろうに、威張ることなか)。この歳になると遊びから無事帰還する確立も、壮年期と違いやや低かろうと思うので、もしものことで郎党困らせてはと配慮忍法先読みの術なんちゃって。

寝床へ戻り再眠も暑かろとそのまま書類散乱する仕事場、窓全開し自然の冷風肌に呼び込み、床の上に大の字いやあチビだから少の字だな、再度目覚めたは9時過ぎ頃合いはよしと、客人立て込まぬうちに銀行に向かい要件完了、遅い朝食食べ家出たのは昼頃だったな。

朝のうち涼しかったが昼過ぎ頃は最高気温、それでも大垂水31℃はやや楽に走れ、千木良、ピックニックランドから相模湖南岸樹木の中走って、久し振り牧馬峠12%のコンクリ馬蹄路面上って青根、宮が瀬から萱尾根トンネル下り半原、箕輪から高田橋渡り、田名左折川尻は右折相原で左折、造形大、南野、北野台とジクザク走りるも目的『鮭のすし』無くがっくり、北野で遅い昼飯『うな重』食べ帰宅。

シャワー浴びると腹膨れたので眠くなりそのまま昼寝、1時間半ほど眠って目覚めテレビ見る。夕食食べるとまた眠くなりまたも寝床へ、2時間ほど眠って目覚めると風呂。亀ランよりやや速く走ったので疲れたのか、亀ラン程度で走らぬと年寄りの冷や水なのかなあ、と本日のコースと走りを反すう。

結局7月走行距離も900kmで目標に満たず、1月~7月の総計距離5500kmは昨年実績9600kmに比べ4割以上減、日数でも昨年度100日走ってるのに、今年は61日やはり4割減と同じく、脚力が4割落ち込んでないのが救い、まあ気楽にポチポチ戻すわ。
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