油断禁物だぁ 沖縄から俺っち第六報。

2008.02.20
輝く朝日が眩しく好天続きはラッキー、庭園歩きレストランに向う足腰に疲労感残る。ミキサーの中に放り込まれた様な昨日の林道走行が、一夜明けても疲労残留状態続き、これではまずはマッサージ屋へ直行だなぁ。ちょっとした坂も上るが大変じゃん、こりゃあかんわぁ本日近場のポタリングだなあと決める。

これまで来客体験皆無のマッサージ院も珍しく先客治療中、30分後というので近くの書店で文庫本購入。沖縄の書店には内地書店と違い、沖縄に関する書籍が多数店頭に並べられてる、中から一冊を選び購入マッサージ屋へ戻ると頃合良し。治療終わると正午やゝ過ぎ、次は昼飯そばや探し沖縄市内ポタリングして『ソーキそば』食べ、デザート『たんかん』は嘉手納で食べてフルコースランチだな。

沖縄市嘉手納の県道道端にいつも開店してる露店、中央分離帯続く反対車線にあり、一度道の駅まで向って信号横断し戻ってお店へ。¥500一袋にたくさん入ってるので、店先に腰下ろし食べ続けの長期戦。店主の話で自転車三人組が自転車後方に並べ、たんかん夢中で食べてると、並べた一台を乗り逃げされ遠く走り去る姿に、残った二台で追跡した話。チェン錠でロックされた自転車を担いで歩く男、どこから持ってきたと問えば道端に捨ててあっただと、畑仕事の人が置いといたもので捨ててあったと違うだろ、持ち帰ったら泥棒で捕まるよ、戻しときいって言ったら、担いで戻ったがあれどうしたかねえだと。油断できないなあ沖縄も。

荷物手に持ちお婆が歩いてくるので、お婆ちゃんどこさ行くねえと問えば家に帰るさ~そういう時はタクシー運転手に伝言頼むと、施設からお迎えが直ぐ駆けつけるそうな、頭指差しすぐ先の方に施設があるので、どうもこの辺おかしな人多くて困るわ、親父さんの話面白かったが油断禁物だなあ。

恩納村仲泊売店で『焼いも』買ってホテルに戻ろと、嘉手納で右折すると前方雨雲にう~ん。雨坊主現れたか好天気に合羽持たず、濡れたくない背中の文庫本濡らしたくない、読谷ゆいま~るで雲の動き眺め小休止。来た道歩道を戻ると道の駅『喜名番所』立ち寄ると、売店無しの休憩所だけ、道端並ぶ商店に配慮し売店置かずの琉球王朝期の復元番所。3年前に建築されたとは知らなかったな。

ここで粗末なチャリの俄かキャンピング男が休憩中、聞けば東京からまる二日間の船旅来沖、東京はどこと聞くと?田舎ですよ『日の出町』俺っち街から一山越えた隣組じゃん。何で船旅にのんびり時間かけた旅をしたかったそうで、さすが二日間は暇もてあまし、帰りは本でも買ってかえるそうな。30歳過ぎの青年に何があったか知らんが充電して帰れや!人生は長~いあせらず気楽にがよろしい。
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大男達と走る 沖縄から俺っち第五報。

2008.02.18
17日 (月)前日約束のS大佐と北部サイクリングに向う。石川から10時半彼の車にレーサー積み奥間米軍施設へ向かい、ここで他の外人4人と合流辺戸岬めざしスタートしたのが午後1時頃。朝飯食べてるので米人食は口に合わずひるめし断食でGO!ボトルケージにボトルなし見て、指摘されるも大和民族我慢の民族なんちゃって。

向かい風の中、トップ1回だけ務めた長いローテで、辺戸岬でトイレ休憩ここで『ホットさんぴん茶』ドリンク。休憩後ツールコース逆走で奥へ向う、途中上り勾配でS大佐遅れ気味に面倒見ながら走ったので先行4者に大きく遅れれる。安田から普久川ダムサイドを与那に下るコースではなく、途中から林道へ入るコースで先行連待ちうけており、この林道アップダウン連続で完全舗装で走りやすかったのは最初だけ、途中から洗濯板状の切れ目が並び、松本で体験した縦線ではなく、こちら横線がたつき半端ではなく、特に往生したのは下りで身体バラバラになりそうだった。そんな悪路も知らん顔、平気で下って行くデカイ男達の後姿眺め、とてもじゃないが勝負にならんと呆れた。

延々続く悪路も途中分岐数回あり、最後尾待ち受けては再出発繰り返し、ラスト分岐で二手に別れ与那安田線へ出て、与那で長い下り奴等の速いこと『風林火山』の比ではない。見る間に姿消した連中にあっけに取られのんびり下ったら、与那で俺っ待ちでスタンバイに感謝。ここからは40km以上の速いペースの独りびき、3番手守って奥間で彼らに別れ、独りになったらたちまちペースダウン、腹減ったのでソバや探し、鍵無し愛車窓際キープで『ソーキそば』食べる。うま~走行距離メーター60km、まだ宿まで70kmほど残し店後にしたのが午後4時。明るいうち帰れるか微妙。

道の駅許田でトイレ休憩、牛乳1本とサンドイッチぱくつき燃料補給、途中大型車両後尾に付き距離稼ぐも、若き時代と違いスタミナ無く数キロで限界、宿1kmほど手前で日没6時40分帰着。走行130km弱。

友達付き合い 沖縄から俺っち第四報

2008.02.18
滞在5日目の日曜日。沖縄車連主催北谷クリテリュームが行われるので本日見学、早朝6時の迎えの車で北谷町へ向う。建設中のヨットはハーバー周辺道路での、一周約一キロのコースで行われ25名程度の員数で予選決勝方式、員数絞ったレースが功を奏し落者無しは結構だった。神宮外苑での醜態は学連の運営責任、都心で無様なレース見せないでよ困るわ。

午後3時過ぎから石川に移動、サイクルプラザのメタボメンバーの嘉手納方面周回の練習会を共に走る。ライオンズ、商工会のお偉いさんお金が貯まると、お腹が膨れるは世界共通の減少、何とかしなければと自転車に目が向いたとは賢明。膝に負担かからず全身の血液循環がよくなり、お腹まわりの無駄な脂肪がとれ健康増進確実、無理せず気長がコツがんばってぇ。

夕食を誘われた輪友から、自店在庫の高級品を親友にネット通販で購入され、それまで親友に度々仕事を回し、商売は持ちつ持たれつと思ってたのにと痛く落胆、若い世代でなく、義理人情が理解できる世代でそれはないわと同情。俺っちなら断交だわ、やさしいお前さんに出来るかな?

会社設立一代で財成し廃業、悠々自適の生活送る名古屋の兄い、彼のお母さんが偉い人で常々わが子に『男は友達付き合いの金を惜しむな』と言っていたそうだ。俺っち母親偉くない人だったので、俺っち自分でそのように学習したわ。『金は天下の回り物』使えば必ず回ってくる、わが人生経験上何度も実体験してる。

熱気を肌で感じた 沖縄から俺っち第三報

2008.02.16
沖縄の朝6時は夜中だよ。6時半キッズショップ前集合の朝連参加で早起きよ、前回大遅刻終盤だけの参加だったので、今回は最初から参加したく苦手の早起きでスタート前に店前無事到着。沖縄時間ではなく定刻25名ほどの参加者、二班に別れ一周6km弱のコースへ向かう。健脚組みが先発した後店主を含むその他一同がスタート、最後尾は脚力差大きくバラけるため、前を走る集団後尾が安全走行できるとアドバイス受ける。

コースは那覇空港前を通過し陸上自衛隊駐屯地周辺を回るコースで、途中数箇所の信号厳守で6周回走ったが、ペースはEランつる班程度かなあ、つる班を体験してないので俺っち想定だが大差ないと思う。下りヘアピンコーナー曲がるのに全員アウトイン方式、公道は右側車線は車専用車線で、自転車は常にキープレフトで走る習慣を身に付けたい。レースではないので選手が説くコーナーの走り方を手本は×だよ。

練習終了後ショップ前で休憩も、ウインドブレーカーのまま走った下着の汗が肌寒くホテルに戻り着替え、温かい茶とコンビにおでんで朝食。滞在4日目でやっと晴れの好天気に気を良くし宿を出る、途中沖縄輪業に立ち寄り明日北谷でクリテ開催と精力的に活躍の理事長から、ジャイアント会長キング劉が台湾一周サイクリング完走後、台湾で自転車熱沸騰しイベント開催で市民レーサーどっと集結中と聞かされた。俺っち知る限り台湾の自転車イベントで集まる、ローディーの数など知れたものでしかなかった。

一代で財を成した台湾輪界のパイオニア劉先生さすがやりますなあ、シマノの首領もぜひ全国一周のサイクリング、いやあ日本は広いから無理だな、せめて堺から紀伊半島一周でもやってみたら、輪界関係者から大拍手だぜ、口だけじゃ駄目能書きよりまずは身体で示す。お呼び下されいつでもお供しますわ。

雨にも負けず 沖縄から俺っち第二報

2008.02.15
雨降ってるので時間待ち、やや小降りになったを見計らい空が明るい北方めざし宿を出たのが9時半。厚手メッシュ袖なし下着にボンディング、やや厚手のウインドブレーカー着た上にパールの合羽。着膨れ状態も風があっったので、合羽脱ぐと寒いほどで気温低く沖縄ではない。こんな低温では走ること無いが、宮沢賢治の信奉者我が神さん真似て、俺っちも雨にも風にも負けずじゃ。

北へ向かったということは昨日と同じコース。北谷で朝飯はソーキそばこれが失敗でうまくなかった。ぼくねんアートショップに立ちより、道の駅『嘉手納』でタンカン食べ小休止、道の駅『嘉手納』は戦闘機発着のビューポイントだけに、離陸時の猛烈な爆音も避けられない。戦闘機の離陸が連続すると、物売りのおばちゃん耳を両手で塞ぎ商売中断よ。旅人は凄い音だなと空見上げる程度も、毎日生活してる地元住民には耐えられない騒音なのかも。

¥500で買った一袋のタンカン、食べ残り8ケを背中ポケに出発。倉敷ダムに迂回せず沖縄市コザ直行で指圧マッサージ治療受け、合羽を脱ぎハンドルに巻きつけ、その後昨日と全く同じ南部一周コースを走り、ひめゆり公園ベンチで小休止背中のタンカン3ケ食べ残り5ケ。沖縄の夕方5時はまだまだ明るく、ホテルまで残り30kmも日没には余裕あり、日本列島の長さを実感。

寄り道しなかったので走行110km少々だった。

寒い!沖縄から俺っち第一報。

2008.02.14
13日沖縄に向かって出発の朝、空晴れ渡りサイクリング日和も猛烈な寒さ、これは年寄り向きではない。暖かい沖縄で走れる幸せに感謝、那覇空港へ無事着陸表へ出てビックリ、なぜか涙と鼻水で花粉症様寒う~これで沖縄?!風も強く自転車組み立てる場所探しにウロウロ、ホームレスじゃないよ間違えないで…前方暗雲宿まで6~7キロ道路は濡れてる、顔に雨滴ぱらつくも雨坊主暴れた後で助かる。前の晩あまり寝てなかったので早めのダウン。

荷物届いておらずとりあえず昨日のアソス防寒着、朝方はよかったが日中日が差してきたら結構暑く、下着の濡れが気持ち悪く風も強く快適な走りとなず、朝飯抜きで宿出たのが8時半。朝飯抜いたのはソーキそば食べたいからで、昼時朝飯として、夕方昼飯として二回食べる目的達成でき満足。

那覇~宜野湾~北谷~嘉手納~倉敷ダム(見物)~沖縄市(指圧休憩)~与那原~知念~ひめゆり公園~糸満~豊見城~奥武山~那覇(宿)途中海岸線見物したりわき道走ったので総距離120km。嘉手納走行中頭上を着陸する戦闘機の猛烈な爆音、続いてさらに大型と二機相次ぐ。軍備という超無駄金の浪費は、この世からあらゆる宗教が無くならない限り続くであろう、神は我が心の中にあると、すべての人が気付けば世の中平和になる。

豊見城から新しく出来た国道331号線、埋立地に道路整備公園造成中、この辺数年後大変貌するだろう、存在する米軍基地と引き換えに政府から飴もらい続け、貰う必要なくなったら基地追放これが沖縄の生きる道、どんどん要求して度肝抜いてやれ。日本民族は思いやり予算を理解できる唯一の民族。(体験したわけでなく俺っちの想像だが、文明が進んでない民族はこういう考えなのかも)

国際電話から昔の仲間の声届く。

2008.02.12
本日昼頃英国から突然の電話コール、何と相手は東京オリンピック以前共に自転車競技を楽しんだ輪友。電話の音声ががあまりにもクリアなので、国内からかと思いやイングランドから直接の音声。科学の進歩すざまじい、まるで我が家の別部屋からと思うほど身近な感じ、タイムラグも無くとても国際電話とは思えなかった。現地時間午前3時とかで、週末6年ぶりに帰郷し月末まで滞在すると云う。あいにく俺っち明日から十日程沖縄に出かけ不在も、来週末には帰宅するので帰国までに会える、いやあ楽しみす。

俺達青春時代の遠い昔の全日本自転車ロードレース、俺っち3位入賞時彼は2着だった。四拾数年昔の話がつい先日かのよう思い出される。今年66歳になるという彼、俺っちのような短足チビとちがい、長身なので外国人の中に入っても遜色ない羨ましいナイスガイだぜ。

会えば自転車談義に花咲くかと思う、いやあ楽しい、素晴らしきかな自転車人生。

本日Eラン 神宮外苑学生クリテリュームへ。

2008.02.11
本日のEラン予定通り神宮外苑で開催中の学生クリテリューム見学。ルートは東八道路、甲州街道で神宮目指し、見回り同心エンドー案内で総勢19名にて出発。意外と鮮やかに団地脇をすり抜けると東八道路、地回り役柄存分に発揮した見事な誘導に感服。

冬場は股座冷えるのですぐ厠所望、走行中も何処ぞ厠はと脇見走行も東八道路は幅広~く走り易し。祭日と云うこともあり都心への車流入少なく、快適なランが出来たので積雪残雪の郊外へ向かわず正解だった。

到着あいにく昼時になり腹減るも付近に出店もなく、同心が注文取りまとめコンビニから食料調達。厠の心配から兵糧調達と本日エンドー同心大活躍。ありがとさん。代々木公園通りに林立の屋台食べ物屋、ここにあれば賑わうだろう残念、一日だけの物販許可取り付け切望する。

現場到着直前のレースホーム前で大量落車で救急車出動と聞いたが、レベルが低いクラスにしては参加者多すぎ、走路幅考えたら員数半分にして二レースだろ。午後一、女子レースクラブの街宣まりEラン仲間から声援受け元気な走りで見事2位。助っ人になるはずの麻公インフルエンザでダウンとは情けないぞ。

Eラン仲間と現地解散し店へ立ち寄ったら、25年ほど前のクラブ員とばったり、ポチポチ走ってると聞き連れだってEラン楽しめたらと、居合わせた同じ市川市在住クラブ員を紹介。

甲州街道走りながら何時も同じ道では芸無し、脇道走ると楽しさ倍増かもとハンドル右へ、気づけば神田川の遊歩道を走って京王線の操車場から久我山駅前、何でこんなとこ走ってるの~って感じで、今度は左へ迷走続けながら見覚えある東八道路、往路の厠で放心じゃない放水完了、まずは家まで見通しつきひと安心。

京の五条で舞った牛若Eランに今日突然の参加、弁慶とは談別の上京とか、夫婦の絆に家のしがらみウ~ン都会育ちにはわからぬ。やりたいよう我を通した我が人生、19歳で長男家庭に嫁いだ嫁さん、守り通せたのは俺っち8歳年上が幸いしたか。弁慶の若さが故か、時が解決してくれるかまずは静観かなあ。

ぜんぜん走れてないよ~どうする。

2008.02.09
先月末から社用で多忙が続き、2月に入って明日で10日になるが、その間全く自転車に乗れず、これじゃまたまた30km/hが大変かもな。1日だけ普通車で立川までの往復を走っただけ、明日の日曜日も雪模様夜半降ったらEラン中止、いやあ参ったわい。

連休の翌11日(月)は昨年に続き神宮外苑で学生のクリテリューム開催。昨年度の第1回大会、人出で賑わうを予測団体参入は迷惑かもと自粛したら、参加ギャラリー集まらず余裕の応援観戦ができたと聞き、今年は見学しようと決めてるので、当日走れたらEランサイクリングで馳せ参じようと思ってる。もしも、走れなくても電車で行くわ。

13日から10日ほどまた沖縄に出かける予定。前回は歓迎招待続きで思うよう走れなかったので、今度は何が何でも充実したLSDをと考えてる。1月度も1000km走れず、2月も同じじゃどうもならんわ。

自転車に乗ってないので、普段の生活で意識し足腰鍛えるよう心がけ、電車では腰かけず階段二段歩きと速歩。靴下も片足立ちではくと普段の心掛けが大事と云い聞かせ、衰える体力維持に努めている。若き世代が電車に乗車するや空き座席に直行、エスカレーターに行儀良く立ち並び、大荷物持つわけでもなくエレベーターを利用する姿眺め、この世代が老齢化した時代を考えると空恐ろしい。

人間の体は怠惰にできているようで、ともすれば楽をしようとするようだが、それなのに鍛えると歳を忘れて応えてくれるようですばらしい。別に記録を作るとかいう気持ちは全くないので、負荷をかけてまで足腰鍛える気は毛頭ないが、危ない走りだなあと思われない、華麗な走りを幾つになっても続けたいものだ。

老後はその人の心掛け次第で天と地の差が出る世界。若い時からの蓄積貯金がもの言う世界で、日頃の積み重ねが何よりも大事かと思う。歳老いても瞬時見せる脚力は若き頃の訓練の土台があるからと認識してる。楽しきかな老後を迎えるには、今からでも遅くない一日一日を意識して過ごすよう心がけようと自戒。
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