忍者爺雲隠れのわけはなあ。

2007.10.31
お友達の雨坊主君に、出かけた時も帰った時も喜ばれながら本朝午前零時過ぎ、我が家の神と遠く九州三泊四日神善旅行?から帰宅したぞや極楽トンボが。とりあえず眠らん事には何も出来んと、まずはお眠むですべてを放置し睡眠、3時間ほど眠ったがおしっこでお目覚、一度は寝床へ戻ったものの、心配してる(してねえか)仲間に報告だけ届けねばとPC電源onよ。

遠く九州水俣で環境科学の最先端技術を駆使、我々地球環境を汚し続ける懲りない面々の尻拭いに奮闘する、世界のHONDA博士の結婚式参列が目的、ちゃっかりヒデ爺チャンス到来と神へのゴマ摩りだい。忍者はしたたかなんじゃ。

博士HONDAは高校、大学時代なるしまメンバー、あちこち一緒に走り回って苦楽じゃない、道楽を教授じゃない共に享受した大事な仲間、門弟福の神と天超の目出度い二人引き連れお祝いに参上がまことの事実。おめでたいのはあんただよって、多分突っ込まれるので忍者は抜け目なく先回りじゃ。

HONDA博士は、自転車競技の実力で俺っち記憶に残る思いはないが、クラブラン途中転倒した仲間の自転車、僕が一番近いのでと家に取って返し運んでくれた、愛ある行為が強烈に脳裏に焼き付いてるなあ。家が近いと言っても、山越え野越え遥か先だぜ、お楽しみを断念し友のための尽力に痛く感動した覚えが忘れらず、当時毎年選定してたクラブ大賞(ヒデちゃん賞)に、この愛ある行為を絶対評価で選定した。

こんな素晴らしい日本男子が俺っち門下生であることは幸せであり誇りである。いずれ世界のHONDAとして環境科学の世界で、アルカンシェルに輝く事になるはずの博士、世界のHONDAに祝福の乾杯…

とりあえず以上経過報告だけ、旅のあれこれは仕事片付けたあと再報告ということでまずは失礼。
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来春ロングラン新コース試走体験。

2007.10.26
それは昨日の事ですわ。以前からまずは自分の足で走ってみてから、と考えていたロングラン新コース、とりあえず走って来たのでまずはその報告。

場所が路面状況未体験の山越えコース、距離も自宅から直行しても往復約150kmあり、朝寝坊俺っちが向うには早起きが条件となる、でこれまでなかなか実現できなかったのよ。

早起きするには早寝がベスト夜中12時回ってすぐ寝床へ、これでも自分としては充分早寝、朝方5時過ぎ目覚めるもまだ睡眠不足、山越え無理と判断二度寝。次目覚めたのは7時過ぎ頃合いはよし、腹ごしらえは自分でつくったとろろ昆布のころうどん。

気になるお友達の雨坊主、天気予報は午後になるほど雲多くなり、場所によっては夕方から降り始めると伝えるも、とりあえず家る時は晴天絶好の走り日和、夕方までは帰れるわい。

本来なら秋山道雛鶴峠越えで向うべきも、9時過ぎ出発では余裕不足、国道20号直進し笹子まで向かって峠下からの逆コース。

12時笹子下到着ちょうど昼時『蕎麦屋』もあるが、時間惜しみまずは山越え優先だろと、追分左折で短いトンネル抜け9%のきつい坂を上り詰めると分岐、右方向は清八峠、三つ峠、左方向都留市の標識勿論向かうは左の都留市方面(黒野田林道)。ここからは山肌巻くように走るのでほぼ平坦楽走、紅葉色づき始め下には走ってきた国道、遠く眺める稜線は柳沢峠、大峠、松姫峠に連なる大菩薩嶺景観が見事。時折短いピーク越え繰り返し、最後大きなピークでが尾根越えすると東屋ある展望台。方向ぐるっと変わって眼下は都留大幡、道志の山並こちら見えるは丹沢山塊から富士山最高だよ。落ち葉で埋まった路面慎重に下るも、細かい落石散乱に小石に数回乗り上げ衝撃受けスローパンク。修理作業中停車した枯葉マーク老人3人組から、腹減ってるだろといなり寿司の差し入れあり、それほどでもなかったが山中の触れ合いに感謝。

セメント完全接着のタイヤ外しに手間取り、大幅時間ロスもその後無事に走行、気温18℃暗くなる前に大垂水越え帰着。このコース来春ロングではAB班に体験してもらうつもり、機会あったら自走体験して欲しい。コースは大幡峠への分岐で右折をせず、そのまま直進すれば標識完備しているので間違う事なく笹子下まで抜けられる。かっての未舗装路面も今は完全舗装路、落石も上り面なら避けるは容易、車の通行も無くサルの群れと紅葉が楽しめる。DISCOVERY JAPAN


忍者爺の閑話。

2007.10.24
落車したからではなく走行積算距離が多いので、そろそろ次のフレーム用意した方が良いのではと、スタッフからアドバイスあり、え!っと驚いた、最近のものは素材が軽量化で薄いため、消耗が激しいと強度劣化も早いと。せっかく気に入ってる車体、先日も自分の身体痛めながらも、車体は無傷で守ったと云うのにもうチェンジ?それにフレームの値段もめちゃ高いがどうして?誰が甘い汁吸っているの…

ツール・ド・フランスのような自転車業界F1レース、参加各チームが使用する機材すべては、メーカーから無償供給されている、参加選手だけでなくチームⅡ軍選手分まで負担させられているとも聞いた。この膨大な諸機材経費のすべては当然価格に転化され、一般ユーザーが負担することになるわけで、こりゃあ高くなるはずだよなあ。

ならF1レース止めちゃえってなると、価格は下がるとは思うが夢が無くなるわな、ある意味、夢を買うと思えば高くても我慢は仕方ないのかね。もしもだよ、皆が買わなければ価格は間違いなく必ず下がる、でも高性能なものも開発されなくなる。需要と供給の法則だな。

加齢年老いた今若き頃考えられない鋭い踏み出しスピードの乗りは、間違いなく機材の進歩あるからで、昔の材質での車体では到底考えられない。でも、周りの皆も新しい素材機材で走ってるわけで、改めて考えたら忍法走は古くて新しい術なのかも。物に金かけてるなら物を使いこなせなければ宝の持ち腐れ、他人の説法信じ頭でっかちにならず、まずは自分で考えることが原点。

そのうち忍法秘伝の説法会を門弟に伝授するか。この冬山に籠ってまずは俺っち自身を鍛え直しそれからじゃな。

第2回 トキソイド注射。

2007.10.22
成田で転んで1ケ月経過し第2回目の破傷風予防注射せねばならず、近くの医院行くも対応できず、止む無く総合病院へ向かった。待合室には1回目の注射した病院の混雑無く、これならすぐ退散できると見込んだら大違い、病院後にしたのは丁度1時間後。次は1年後3回目注射、これは忘れる人が多いので気を付けてねだって。こちらの病院男子老人は皆単身受診、おかんに連れられた意気地無し居らずちょっぴり安堵。

この病院慎重なのか医療ミスあったのかわからんが、体温計で体温測るわ体調問うわと丁寧、ちょっと風邪気味かもって言ったらもう大変、どんな症状なのですか大丈夫ですかとうるせえのよ、でもなあ70歳過ぎの爺様になると、本人意識と周りの判断大きく違っても当然なのかも。老いるほど個の差が大きくなるから日頃の心掛けが大切、自転車乗ってるだけでは安心できん。歩くのが基本。

転倒で頭部打撃を避ける防御姿勢はハンドルから手を離しては不可能。骨折は修復可能でも頭部打撲は致命傷になることもあって、避けねばならなず長年の経験上転倒すると首を亀の頭のようにすくめ両腕で守るこれがベストと考えている。現在はヘルメットの性能が向上し安全性高いが、俺っち選手時代はカスク(俺っちは今もカスク愛用)だったので、特に意識して頭部防御したもの。

今回の落車転倒は下り坂荒れた細路面上で横転肩口、上腕、上肢、膝頭、下肢、右手甲が地面と激しく摩擦擦過傷ブレーキ。自転車はハンドルバーグリップが路面と接地こすれてボロボロ、サドルに擦りキズ、足はビンディングペダル外れずシューズバックルを路面に擦った、内股にサドルを挟んで腿を閉じたため軽い青あざ。

チームジャージ肩から袖口、右手グローブ表破れ共に廃品、自転車は無傷、右側バーテープ破損で物損はこれだけ。どういうわけかアソスパンツは無傷で、上肢に洗濯板状の擦り傷無数はホテルでパンツ脱いで初めて知った。アソスパンツ丈夫だねえとD・Mに言うと、ヒデオさんそれはラッキーだっただけ、アソスも破れますよって、あ奴も謙遜することあるんだねえ。

おそるべし くの一の字 姫&田。

2007.10.21
神さんが風邪から持病喘息悪化させ連日苦しむ姿眺め、心やさしい俺っち、ウソだろ!って声聞こえるなあウソです。俺っち独り元気は気がひけ、またウソだろ!!そうですウソです。前日から何やら喉痛み風邪気配、俺っち風邪ひいて神さん症状良化するなら、運命共同体分担も義務喜んで引き受けるが、そんな事あるわけないよな、ならGogoサイクリングじゃ。

絶好のサイクリング日和、先週琵琶湖攻略遠征でEeeランお休み、なら京じゃない、今日は行かねばと集合場所へ向うもやや遅刻、待たせた連中皆鶴になってたな。

精鋭部隊じゃない呑み班13名、昨日から諏訪湖城攻略は表向き、実は謀叛じゃない忘年会の先取り不在。あれこれ班分け面倒と即刻出発はみんな鶴なので、先陣のみ禾生折り返し残るは出会った地点でUターンのノンストップランと決め、甲州街道そのまま走って大垂水峠。

ラスター先生と小判鮫に変身したリベンジ君に追いつき、本日爺と孫のような二人の走りに雛鶴まんじゅう屋までの50キロを付き合った。あまりの遅さに後方皆さん呆れたか、パラパラ視界から消え去ったが若いリベンジ君ラスター先生にもちぎられる始末。追々どうしたあ。

でも、亀の走りでも休まないのは速いもの、正午前にはまんじゅう屋到着だい。更に早かったのは帰りで、まんじゅう食べたらクモの子散らすように皆いなくなったのには驚いたぜ。食い逃げかよ~

やっと人影見えたと思ったらなんだ爺孫コンビよ、それもかなり走ってからだぜ、年寄りには追い付けないよ。食い逃げしてるので速いのか、脚力あがってるからか、俺っち衰えたのか定かでないが、神奈川CC坂で数名見かけたあと、相模湖吉野で信号待ちの札差三井一行に追いつくがやっと。

札差の絶妙仕切に続く2名くの一を含む集団と大垂水越え、頂上近くで集団抜け出す姫と田の一見て、一手指南と前にとび出て丁丁発止繰り返すと、つい先日までは箸にも棒にもかからなかった田の一もこれに参加は凄い凄過ぎ、くの一は本当に油断できない。両名共に軽くハスッテも転ばぬ捌きもお見事、またこんどな。

集え皆の衆 遊びの楽しさが体験できるぞ。

2007.10.19
春先のツールド八ヶ岳会場で約束した、誰でも安心して参加できるレース開催。
日時決定12月9日(日)場所日本CSC 10:00~15:00
Ⅰ部は5キロコース左回り。Ⅱ部は4キロコース左回りで行います。

Ⅰ部午前中は競技者、経験豊富な選手を対象とした賞金レース。次回大会は賞金倍額予定。
賞金は1位10万円。2位5万円。3位3万円。4位2万円。5位1万円。
このレースはBR1なるしま社員も参加します。

Ⅱ部午後の部は初心者対象、レース未経験者対象の賞品レース。タイムを計測しないレースで参加1チップ、各種レース参加で集めたチップ数だけ、賞品コーナーから欲しい商品がゲットできる。レースはすべて単独レースで行うため安全性が高い。

当日発表思いつきレースもあるよ~、楽しんで貰うことが生きがいの爺様企画の大会、参加して損はない。

会場内では問屋各社の新製品展示会、新車試乗会、特価品販売コーナー等ミニサイクルショウが同時展開中。楽しめます。極楽トンボひで爺が考え抜いた遊びの楽しさ凝縮の第1回フレンドフェスティバル(FF大会)に期待して下さい。
募集要項は明日より店頭にて配布します。

草臥れたので次なる遊びを考慮中って??

2007.10.14
ヘッドの緩み修復OKとなり前日軽く走ったがまた僅かなガタ感じ、今朝がた出がけに自分で修正試み反って悪化、臨時休業で練習中の社員にSOS電話。説明聞き修理試行もどうもならず、どうしたものか悩み、ふと思いつき近隣の同業仲間にTEL、ヘッド崩壊ハンドルバー外した愛車を転がし徒歩で向う。

親切に休みのお店シャッター開け修理完了、彼からアヘッド構造説明受け理解できたが、俺っち時代のヘッドパーツはWナット締め付け調整、最近はアヘッドタイプ全盛、鉄コラムなら単純作業ですむが、カーボンタイプは多少複雑で原理を理解してない俺っちでは無理だった。しかし、構造を理解すればアヘッド調整の方が素人向き、専用工具も不要でやはり進歩している。家に戻り半袖ジャージの下着長袖に替え出発、つい先日まで暑さで参ってたのがウソの陽気。

クラブラン当日朝の出来事だったので、集合に間に合わず八王子市内で合流でなんとかなったが参ったよ。往路はちぎれた後方組リード相模湖休憩後のフリーランは秋山道へ入ってから姉姫と一緒、帰り道結構飛ばしたので練習不足露呈、一団最後尾走るも疲労感強く、一度前走り本日無理せん方が良いと判断マイペースに戻す。寒くなるとトイレが近くなってこれ悩みの種、帰路走り出すやすぐ尿意。最後まで我慢したがこれからはトイレに悩む季節、お歳は隠せないですわ。

雛鶴トンネルまで行かず、八王子市内合流での往復だと90kmも無く、今月半分経過してやと500km、これでは昨年実績にも及びそうもない。100kmも走って無いのに家に帰り、食べたり飲んだり(お茶だよ)したら眠くなって昼寝、起きたらマッサージの時間じゃん、出かけた治療院で熟睡寝惚けてんのお歳ですなあ。俺っちの身体も緩んでるようだがこれをどう治したらよいのか模索するか…

実は解決法はわかってるのよ、そうすべてを忘れ遊びまくる、これこれこれなんで~す。人生70年も生きてたら許される?まだまだかな?極楽トンボが次なる遊びを考慮中だい。

京の旅 3日目 帰京。

2007.10.10
今回は余裕の時間つくって帰りは美濃山中、伊奈谷から諏訪まで走りぬけ、JR特急『あずさ』輪行帰宅4日間のソロツアー考え、途中恵那峡宿のみ一泊予約。その他宿泊予約はせず山中気ままに走って、成行きで宿探し勝手に走る楽しさ体験と決めていた。

ところが最終8日またも雨坊主現れ、以後数日も傘マークありの天気予報、雨中の山中全く知らない道走るでは楽しさ半減、車体ヘッドに緩み発生は無理は止せの忠告と判断、家直行の帰宅が無難と恵那峡宿にキャンセル連絡。

ペンションから雨中京都駅まで皆を追って自走、昨日と同じ並びで和迩から坂上りトンネル抜けて大原、三千院から京都市内へ下る。13時過ぎ無事京都駅到着、八条口地下街入口でトイレで着替え輪行組立完了。

通りがかりのほろ酔い壮年男子から声掛かり、あれこれ話すと同志社大ラグビー部OB、スポーツマンなので輪行支度中のグループに気安く声掛けたのだろう、チャーム渡したら喜びすぐ携帯に付けてたが酔い覚めて思い出せるかね。京弁慶が同志社後輩で盛り上がり、通行人も振り返る大声での応援歌に送られ京都駅を後にした。

14時発『ひかり』最後部に乗車、輪行袋を立てた状態でデッキ手すりの結いつけ、空いてる座席で駅弁『焼鯖寿司』食べる。途中後発『のぞみ』に追い越され、新横浜乗りかえ八王子着16時半、そのまま駅前ケアセンターで成田転倒での腰椎を修正して帰宅は18時。

京の旅その2日目 琵琶湖周回。

2007.10.09
一夜明けた翌日、前夜早く眠ったのでめちゃはやの6時前目覚める。もう一度眠るよりそのまま目覚めた方が楽かと考え、戸外散歩に出かけスパ散歩道に足踏みいれると、立ち木の看板『ハチとへびに注意して下さい。見かけた方は事務所に一報』に進入断念、歩道を1時間半ほど歩きまわる。高台から眺めた遠く霞みで見通すこと出来ない琵琶湖、古人が海と間違えたも頷ける大きさを実感。本日この湖面を一周走るわけだが、その昔では行程4日間はかかったと思うと、人力最高速度で走るロードレーサーは素晴らしい。

朝食後記念写真撮影され宿出発は9時過ぎ、前回と同じく時計周りで湖岸道路を京弁慶、若武者重範の先頭交替に牛若、家老、酒豪侍、テール俺っちで走る。三連休の中日で明日雨天予報もあってか、反時計回りで走る数多くのサイクリストとすれ違うも、俺たちと同方向向かうライダー皆無。信号少ない走りやすい路面は快適そのもの、平坦追い風楽だったこともありよく回っていた牛若、月出上りで遅れるも展望台で小休止回復。イベント中かのようなサイクル集団眺め、賤ケ岳トンネル抜け道の駅『湖北みずとりステーション』で昼飯は焼鯖押し寿司。

よう走ってた牛若、後半やや疲労したか集団からこぼれるを、何度か集団復帰させては頑張らせ近江八幡市内。日牟禮八幡宮大混雑の境内で再度の休憩、長蛇の列で洋菓子食べる目的達成できず、和菓子本舗も同じくで食べたのは、露天商の滋賀山栗?の甘栗と焼き栗。休憩後夕暮れ近しでスピードアップ牛若回復よく頑張り、琵琶湖大橋渡り堅田右折で前日走った路面を宿に向かい、夕暮れ寸前ペンション帰着

春先テレビBSiで放映された俺っち『銀輪の風』ユーチューブ動画で見る事ができます。走り続けて半世紀 鳴嶋英雄で検索すればOKかと思う。自転車の楽しさが少しでも伝わればと思い、放映見れなかった人にぜひどうぞとおすすめします。

牛若京弁慶との京舞ツアー初日。

2007.10.09
よさげな天気も予定たてるとなぜか悪化、牛若弁慶京舞の日近づくや今回も同じ状況だぜ。仲間は正午までに京入りすると聞くも、新横浜経由ジパングは1時間1本の『ひかり』だけ、到着正午過ぎが寝坊助俺っちにはやっとの事。

始発駅は輪行向き更に東京周りより1時間遅くてOKとなると、八王子住まいの俺っち新幹線利用は新横浜駅。駅まで自走改札前で輪行袋に収納ホーム転がし最前部車両に乗車、新横浜で乗り換えは岡山行き特急『ひかり』1号車後部デッキ乗車。三連休初日で満員は覚悟、立席全く苦にならならずも、輪行袋の置き場所確保を機にしたが、立客数名居ったデッキに置き場確保出来たはラッキー。最初の停車駅豊橋で降車客多かったが、そのまま京都駅まで2時間半愛車と一緒に過ごす。

脊中の荷物が重かったぼやきブログ見たか、心やさしい社員が呉れたサドルバック、これって自費購入の『なるしま』の商品じゃん、どうして???背中の荷物分散収納させ脊負う荷物僅かに減るも、重量さほど変わらず?でもR泥除け替わりになるのは助かるな。

昼過ぎ京都駅で待ってる皆と出会うも、背中の荷物重く宿まで自走の気力なく、湖西線『比良』まで輪行逆走食事した駅前商店に預け湖畔道路逆走し琵琶湖大橋、はてどこから来るのか聞けば大原下り、さればと上りだすと一向姿見せ合流近江舞子のペンションまで32km走っただけ。

気晴らしに走ったら…調子がう~ん。

2007.10.04
あさって土曜は京都行き、この連休は京で牛若弁慶の舞い楽しむ手筈。
そのままトンボ帰りは勿体ないと考えた、琵琶湖岸の木之本から岐阜領内に侵入、青い道と黄色道を蜘蛛の巣状に走って、関、白川から県境越え長野領内飯田から、上諏訪へ向かって『あずさ』乗れば、乗り換えなしの楽々輪行家まで直行の忍者ランも可能。

雨で散々だった成田ランのあと、次なる遊び時間つくるためPC前に張り付きガンバ、数字の羅列処理は面白味全く無く、眠くなると寝床かマッサージチュアに向かう連日だった、気晴らしに近場をサイクリングと家を出て大垂水峠へ向かった本日4日(木)のこと。

気晴らしどころが走り出すや身体じゅう痛みあり絶不調よ、こんな状態だと平地に向かうが普通なのだが、今回は岐阜山中走る目的あるのでそのまま峠に向かう。肩口、背中、腰に疼痛あり、大垂水峠後半立ちこぎまじえる始末、これで山岳ラン走れるのかい?
外傷癒えたら内傷発症と言うか、打ち身は後日痛むからなあ、首筋すくめ重い頭部の路面衝突防御すれば、多少首筋痛むも当然だよな。

相模湖町きつい鼠坂迂回しようか、迷いながらの相模湖大橋、橋のたもとで目撃した、湖面に釣り糸垂らす釣りキチ数人、めちゃ楽しげに談笑の姿からパワー頂戴、迷い吹っ切れ鼠坂直行は好回転、下り大型車輌数珠つなぎ渋滞避け、新道志橋から脇道抜け津久井町、三井大橋渡って津久井湖北岸、城山湖、相武CC、南野、北野と短い坂道選びジグザクラン。

氷見売店に立ち寄り味の山正『鱒のすし』手に入れ帰着、走行52km走って、遅い昼食買ったばかりのます寿司食べ、時計眺めたら夕方5時だった。痛かったはずの身体もさして自覚症状感じないが…これってどうして?



年間走行予定距離大幅不足だよ~。

2007.10.02
昨年9月末月間3000km目指し下北半島3日間走った最終日、大雨に合って野辺地まで60km余り走ったこと思い出したが、この9月末も雨に悩まされるとは…2日間で400km以上走るつもりが、100kmにも満たず9月走行距離やっと1500km。昨年9月2700kmも走ったことおを考えると半分強、12月から計測の1年間走行距離2万km計画は14000kmに満たない。残る2か月どう頑張っても昨年並み年間18000kmがやっと。距離伸びなかったのは、暑い夏体調不良で走る気になれず、無理しなかったから、まあ残る2か月無理せず頑張ってみよう。

この週末3連休利用でまたも牛若弁慶夫妻から誘いあり、今度は琵琶湖完全一周のロングラン企み。仲間数名が参上し楽しむ予定だが、せっかくの機会そのまま帰るはもったいないと、只今自走で帰るコースあれこれ考慮楽しんでる。

沖縄に向け燃えた1年前がウソのようで、競いを超越した穏やかな心境になったがため、今は集中力磨く走りを避け気楽に楽しんでいる。歳を重ねるほどに衰える筋力、気力を保つためには日常生活での動作に留意、自転車に乗らぬ日は柔軟な身体づくりに努めている。普段の心掛け次第で大きく変わる。

自転車競技の世界に足踏みいれ半世紀、チビ(162cm)で短足、肺活量(1800cc)心拍数(72)握力(29kg)低血圧。まず運動で活躍できるデーターに程遠い身体でも、充分楽しめた自転車競技の世界は最高。運動能力充分の若者たち相手に戦えたのは、自転車競技が自転車と言う道具を使うからで、道具の使い方を会得すれば良いのではとここに目をつけ、他人を欺く忍法走を併せ会得したからじゃ。目の付けどころが…自慢になるからやめよう。

自転車競技という狭い世界に魅入られ、今はサイクリングという奥の深い趣味に没頭、忙しく楽しい毎日を送っている。数多くの同好の仲間に囲まれ幸せ満喫、健康とキーちゃん仲間に感謝だ ありがとう。




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