雨中の成田フリーラン 復路。

2007.09.30
天気予報は悪い方へどんどん変化し、終日雨予報に覚悟を決める。
昨夜その後3名が加わり参加者総勢8名、朝6時からの朝食会場に向かうと、全員チームウエアで食事中張り切ってるなあと感心。俺っちまだ支度してないよぉ。

予定通り7時ホテル前集合、リックは宅急便自宅送りしたので、輪行着替え無しは背水の陣だぜ。シャトルバスに乗車空港駅から輪行帰宅の声出るも、最短距離で千葉に向かって総武線輪行、または西船から武蔵野線輪行ではと雨の中スタート。

最短距離は国道51号そのまま気温16℃千葉までは約30km。雨天日曜早朝なので車も少なく走りやすいのだが、前車後輪が巻き上げる水しぶきサイドマークで避けても、前々車のしぶき避けるのが難儀。水たまり全く無い舗装路面が時折現れるが、技術の進歩は素晴らしいと感心。舗装路面すべてこうなれば雨もめじゃないけどなあ…

無事千葉駅到着駅前通路脇に輪行組立8人衆、総武線と横須賀線組みに分かれ、俺っち5人組は始発9:02三鷹行き車椅子スペース占有。本日雨天車椅子コーナー途中からの乗車もまずは無いはず。高尾が自宅の蛇の目本舗パンク修理よろず承り忍者、本八幡から都営新宿線、京王線乗り継ぎで下車。新型車両は連結部ドア無く、風吹き抜けるので濡れた衣服に肌寒し、終点三鷹で中央線に乗換も、乗車してきた電車で人身事故発生、緊急信号発令で全電車ストップ聞き即断、三鷹駅から自走を決め皆と別れる。

駅南口で輪行組立中すぐ脇に消防自動車に救急車輌相次いで到着、俄然騒々しくなり急ぎ現場を後にした。嫌だいやだ。およその方角で走り東八道路目指し、府中、立川、日野と甲州街道走り12時過ぎ自宅着。

まずは着衣洗濯機に放り込み、冷えた身体をシャワー汚れ流しながら温める。空腹感覚えるも神さん不在は食べるもの無し、近くの食堂で定食たべ人心地つく。今回のフリーランは本当に散々な結末、でも雨坊主との約束果たせ少し気楽になった。
スポンサーサイト

雨中の成田フリーラン 往路。

2007.09.30
朝早めに目覚めたら木更津から復路予定のコース逆行、まあまあ時間は鴨川回り、遅い出発だったら牛久、茂原コースとコース三本立て計画脳内インプット。
夜中12時に寝床へ俺っちとしては早めの就寝、7時目覚めるも土砂降りじゃん。とてもじゃないが走れません、でもう一度眠って目覚めは8時半。

雨足衰えるも相変わらず降り続く雨に、川崎まで走って濡れた体でバス輪行に嫌気、JR輪行途中下車しホテルまでラストランに決め、ネット検索八街で下車して山武、松尾、多古の遠回りを思いつく。前日準備万端完了した愛車にまたがり、雨の中合羽着込んで西八王子駅まで走って輪行だい。

中央特快約1時間で東京駅、ホーム勘違して京葉線に向い、あれ違うと気づき総武線成田エキスプレス発着ホームまで戻るは、東京駅で最も遠いホーム間の移動、コロコロ転がせる忍者袋が役立った。普通の輪行袋だったら確実乗り遅れ、特急列車『しおさい』車内で駅弁食べ、空いてる社内を利用しレーパンに穿き替えの早業。

人っ子無しの八街駅裏口輪行組立してると、遠く彼方をレーサー三人組の走る姿、着てる合羽でシャツ柄確認できずも、背中のリックとこの雨天を走るは我が仲間だろうと判断。一度は同方向へ向かったが俺っち方向は逆方向に戻る、山武方向に向かうも3時を回り5時ホテル到着は無理と判断、柴山、三里塚コースに変更ホテルに向かう。

今度は早くホテルに着いてしまうので旅客機の離着陸眺めようと『さくら山公園』で道草。と、先輩の老人から『競輪選手ですか』と話しかけられ、立ち話が次第にご老体の戦中戦後の体験談に変わり、耳新しい話もあり思わぬ収穫だったな。この80爺さん衣服はくたびれてたが元気だったなあ。夕闇せまらず暖かだったら話の全てを聞きたかった。

ホテル到着5時を回り4人チェックインしてると聞き、先ほどの3人は間違いなく仲間と確信。

世の中狭いが道は奥が深い。

2007.09.27
週末の成田ビューH宿泊、房総半島めぐりフリーラン走るため、ここ数日仕事に没頭つい数時間前次号雑誌広告完成、普通車でライト点灯浅川土手道を本局迄持参速達便だい。残るはクラブnews10月号編集だけ、月末は仕事が集中し何時も大変、PC前でよく眠くなるが今回は特に頻発、こうなると仕事にならないので、寝床で仮眠と決めていてこれが結構快適。

5日間連続で走った疲労だけでなく、今回は転倒の擦過傷と打ち身の後遺症、足腰にやや痛み残っりいつもより疲れてる感じ、それでも傷の回復力はやく、週末のふりーランには全く支障なし。どちらがどうかテストしてみたく、足は全く軟膏使わず自然治癒力頼り、傷つけてしまってごめんと謝りながら、腕の傷は1日1回だけ軟膏塗りこみ治療。さてどちらが早いかお楽しみフィニッシュ(完治)近し。

今回のツアーの収穫は旭市在住の還暦迎えた忍者画家との出会い、数日後彼は上野美術館中庭で『大道芸人立松』に出会い、同じじクラブジャージに気づき語り合ったそうな、何か見えない糸で結ばれてるかのような出会い、電話口から聞こえる感動で弾んだ声耳にに思わず笑みがこぼれた。立松大道忍者の気が還暦画家を呼び寄せたのかも、やるな大道お主も匠じゃ。

何かこの世の中には目に見えない、エネルギー?が実は存在するのかも…

成田試走ソロラン 最終日。

2007.09.22
傷の状態から海岸線周り浜金谷⇒久里浜、鎌倉、江の島は夢と消え、走っても海岸線は一の宮が限度だな、まあ無理せず木更津経由で戻ることにし、海岸線に向かって蓮沼まで南下。海岸道路は3回も走ってるので、1本内陸側の道路を地図と照合しながら走り、一宮手前長生村右折で茂原に向かう。

茂原からは国道409で木更津まで一本道。それではあまりにも芸がないと長南町から県道171、284で牛久へのう回路発見、ラッキーとばかり地図眺め入り込み間違えてんの…坂道上り詰めるとそこは『ゆ館』、これはいかん間違えた。

人生間違えても後戻りできん、道間違えても同じく戻らんと山道GOGO、やがて道は下り坂こけたら笑いもの、慎重に下ったら未知の道があったあ。地図でバス停確認したら水沼、何と逆戻りじゃん、ああ独りでえかったあ。やっとのことで牛久もうへろへろはウソ。

三箇からの広域農道なが~い直線路に飽き、終端袖ヶ浦では行き過ぎじゃい、この辺で左折が近いはずと曲がったら、河原にぶち当り近くに橋らしき物なし、はて弱ったものよと堤防上をクリテ会場、やっとの事で橋と鉄道踏切渡ったら、これが久留里線とは難じゃよ。

木更津駅で3時高速バスに乗車したら、睡魔襲来気がつけば川崎駅がすぐだった。川崎から大型追走ハイスピードもガス橋近くから大渋滞。日没との競走は高幡不動で真っ暗、ライト三灯つけ北野街道を我が家に向かい、さっと汗流し用意された『もりそば』食べた。とろろ芋が最高だったな、本日ホテル朝食のあと、何も食べず走り切ったが省エネ走法の極み。また自慢かよ、アホな極楽トンボは。


本日走行157km。 走行時間七時間弱。 AV22.4km。

成田試走ソロラン 3日目。

2007.09.21
転倒から一夜明けての傷の状況は、膝上から腿付け根までにあった無数の擦り傷、赤みがとれ押すと痛むが見た目は良好じゃん、いやあすごい回復力と思い、軽快に走り出したつもりがペダル重く、とてもじゃないロングは無理、まずは病院向かって最短距離だい。

11時過ぎ受診カード提出、昨日よりさらに多数の患者にこれじゃ開放は昼過ぎと判断。連休前は混み合うのと患者に説明してたが、病院も同じくなのかねえ。夫婦連れ老人は必ず病人は爺さんでくの一は強か。

本日のドクター昨日と別人、傷口遮蔽処置で傷口から水流れる状態診て、これは傷口解放して乾燥させた方がよいでしょうが本日の医師所見、で軟膏塗っただけで処置終了。これって、これまでの俺っち流じゃん。医師代わったら判断天と地、わずかな傷でこれじゃ大病は複数所見必須だな。薬局での軟膏1本含め治療費¥870。

学食『道の駅』素通り後暫く走り中華屋に、店内満員に相席願うとあれこれ喋りかけられ、開催中の個展鑑賞にギャラリーに案内される事になり、あれこれ語り合い意気投合。旅は思いがけない出会いが生まれるので楽しい。

そのまま海岸線に出て匝瑳市、横芝光町、山武市と九十九里浜フラット路面を走り、松尾から慣れてる『はにわ道』走り5時前ホテルに戻った。内腿に打身青あざあり疼痛は、落車時サドルを股で確り挟み転倒したから、カスクにも全く接地跡無く頭部打撲せずは、落車の際万全の受身体勢ができてる証明。数多く転んで会得した高度のテクニック、自慢してどうなるものでもないが、『ハンドルバーから手を離すな』は被害を最小限に抑える鉄則なの。それにしても、パンツ脱ぐまで下半身の擦り傷気づかなかったのは、アソスビブショーツが破れなかったからで、あれだけ中身擦れて外側無傷も首傾げる珍現象だったな。

本日走行73km。 走行時間3時間32分。 AV20.4km。

成田試走ソロラン 2日目。

2007.09.21
俺っちとしては早めに眠った割りに朝寝坊、ホテル後にしたのが9時過ぎ。予定では銚子まで走り漁港近くの店から土産海産物の購入。ところがホテル出て20km先、片側工事中の下り坂であろうことかこぶ状盛り上がりに乗り上げ、車体大きくバウンドし落車左側面から転倒擦過傷、皮肉なことに盛り上がり修復の工事現場で乗り上げ転倒とはトホホ…路面が木の葉影で見にくかったので、もっと低速で下れば問題にはならなかったが、後方続くトラックに気遣いしたのでまあ仕方ないかな。

現場の民家で傷口水洗い膝付近、肘上腕を粗い路面で擦ってしまい、工事現場での応急処置では心もとないので、走りながら病院探しは多古市で中央病院発見。待合室に三十数名の患者が診療待ち、¥1500払って病院後にしたら0時半。丈夫そうな皮膚なのですぐ治ると思うが、破傷風予防注射した方ががよいと言われ納得、代わって注射器手にした看護士さん、これが名人何も感じないうちに終わっていた。

『注射上手だねあんた名人』『そう有難う』悪戯心頭もたげ、『俺も注射うまいって言われるよ』『あら、ドクターなの?』『いやあ、免許無いのでごっごよ』『???』年配の看護士さん素敵だったなあ。

すぐ近くの『道の駅多古あじさい館』で昼飯はカレーライス¥350は学食値段、安いなあ、味も値段考えたら立派ものだぜ。東総広域農道マークしたトラック、テールランプ点灯多発はここも路面にこぶ隆起多数、車体バウンド防止心得た運転のよう。千葉名物は落花生とこぶ路面、積載オーバーのダンプよく目にするがこれが因だな。

次停車した道の駅『ふれあいパーク八日市場』、すれ違った主婦二人から『大丈夫ですか血が出てます』、見れば脛が血だらけ浅い傷も膝付近なので、ペダル回し続けで止血ままならず、銚子まで向かう間何度かミネラル水で流し、ハンカチで拭く繰り返し、ハンカチ王子は汗を拭き、ハンカチ爺は血糊を拭く、切った張ったの天保水滸伝の末裔、飯岡の商店で海産物入手太鼓判押されたが、おばあちゃん買った荷物本当に届くのかねえ…手元の残った店名無しの受取り、まあ¥7000じゃええか。

銚子を回って国道356利根川下流から上流に向かい成田目指すも、成田への道がこんな遠かったかなあと思うほど、ペダル回転黙々と続け真っ暗の6時半帰着。部屋でパンツ脱いで改めてビックラこいた、右脚腿の付け根まで擦り傷で満身創痍、文句も言わず走り続けた右足君に改めて感謝、不注意で痛い目にあわせ本当にすまん。ごめんなあと脚をさすった。

本日走行155km。 走行時間6時間28分。 AV23.8km。

成田試走ソロラン 初日。

2007.09.19
今日から成田ビューホテル数連泊して、月末行うイベント勝手に走る一泊ランの試走。準備の段階から神さんにあんた覚悟してた方がいいよ、おう分かってるわいの会話。何の事かって、俺っち独りで走る時なら幾ら降ってもかまわないが、皆と走るときは頼むから天気にしてなって、雨神様に常日頃頼んでる事を熟知してる彼女ならではの言葉。俺っちも委細覚悟してるので、前後泥除け取り付けライト3灯装備万全体制で出発よ。

9時40分家を出るも霧雨ひときわ強まり、合羽着るか迷いながら走ったが幸い、その後は天気予報どうり雨気配無くなり、高幡から多摩サイを川崎目指し、土手通り車渋滞激しい区間サイクリング道路、渋滞解消すると土手通りと、土手上がったり下がったりしながら走る事2時間、川崎駅前高速バス停到着バス荷物室に自転車収納すぐの出発は11時50分。

乗車1時間で木更津到着、料金¥1400は回数券支払い。街中すし屋で『にぎり』昼飯食べ、表に出ると顔に霧雨前方暗雲、あれまあ後ろは青空だぜどうなってんのお、袖ヶ浦から右折暗雲左後方に去り救われる、直線路面遠く続く広域農道は三箇で国道409、小さなアップダウン繰り返し続く路面を牛久から茂原、ダンプカー大型車連続するこの道おすすめめ道路にならず。

茂原から外房線挟み直線路のバイパス、カーブ多い街中通る旧道は街中が好きなの。東金で左折八街、富里、成田がコースもあえて松尾まで直進、『はにわ道』からホテル目指す。5時を回り夕闇迫る感じはもう秋や、着陸航空機のビューポイント『さくら公園』で着陸ラッシュ時間数機の勇姿眺め、ホテルインはジャスト6時で薄暗かった。

晩飯は気に入りインショップ『唐紅花』でオーダー、ボーイの『多すぎるのでは』と言われ、1品減らし正解だった。こりゃあロングラン晩飯無かった反動だな。

走行距離145km。 走行時間6時間。 AV24.1km。

爺に宿題なしも、問題山積どうする~

2007.09.16
前の日に友に誘われ東京ドームのナイター野球観戦。商売繁栄も有難いことであるが、応対する販売スタッフが疲労し笑顔の応対ができないようでは大問題。土日の来客状況眺め対応策をと考え、ドームに向かう途中で原宿下車店舗を覗く。来客多数で熱気ムンムン感謝も、忙しすぎで応対に問題生じたら顧客に失礼で、これだけは避けたいと願っている。

まず考えたのは、『時は金なり』社員たちに自分の時間が無いのではと考え、休業日を更に増やす事と販売商品の限定の二方法。

今でも休業日が多いのに更に休むのは顧客に悪いと言う声あるも、疲れた応対したら反って失礼ではと考えるがなあ。

その弐アイテムを絞る、その方法。気に入らない問屋を斬る。アメ車を販売しない。この両方法は俺っちのわがまま斬りの色濃いが、でもなあアメ車っていずれ自社直販で問屋も小売りも排除だぜ。

実現可能かと思った秘策?は当社イベントに毎回協賛、同盟連合体のような、パールとアソスを残し他社製ウエア類の販売全廃。実はこの方法は副艦長も同調、やるかとなったが後継者達が難色。中途半端はだめよ、やるならバッサリ忍者流だぜ。

超小企業でありながら大企業に先駆け週休完全2日制(前業ラボ時代毎週水、日の二日)実施、店内全面禁煙も早かったぜ、反対もあったが強行、今はいずれも常識。専門店の販売商品もいずれそうなるさ。半分棺桶に足入れた老体だから強いては言わんが、確かな先を見る目を持つ忍者だから、無視はできんぞ。

そうだ忘れるとこだった、北海道の輪友宇宙遊泳の旅から生還、俺っちにブドウありがとうの声届いた。おおさわやかに光戻ったよかったお

商圏拡大の意思全く持たず、共存共栄信念の戦艦艦長も数年後には後進に道を譲る年齢、ここで方向性を再度見直したいと考えるに、物言わぬ盲従艦員達にも困る。艦長、副艦長交代で自分達に指揮権移譲された時、それで業界荒海の中を生き抜けるのか一抹の不安を抱くよ。

諸兄ならあれこれどう考える。

蓼科高原ロングラン その後数日。

2007.09.15
我がイベント雨に悩まされること多く、今回も大型台風とニアミスあわやも、幸い当日は好天に恵まれ楽しめた二日間を過ごせ天に感謝。終了後天気ぐずつき気味に、よかったねえ皆で走った時お天気で、これであんた一人で行く時降られるの覚悟するんだね、と我が神さんに言われた。

俺っち出かける予定たてると、どういうわけか天気崩れること多く、途中雨に降られるといつも、俺っち独りのときはなんぼ降ってもかまわんけど、皆と行く時だけは頼むから降らないでよって、天に向かって頼んで走ってる俺っちを、我が家の神さんよ~く承知しているのよ…

月火水木とこの4日間PC前で集中作業続き、上半身疲労困憊となりマッサージ院で治療。ようやく8月分帳簿税務事務所に渡せる状態になり完成連絡、さあ来週連休明けから極楽トンボで充電開始じゃ。ありがたや、ありがたや。

浮かれていたら北海道の輪友かみさんから、ロングラン土産『ぶどう』お礼の電話受け、友の現況問うと何と本日練習帰り駐車場で倒れ、ICUで意識不明中と聞きビックリ、ツールド沖縄に向けてトレーニングに励んでいた彼が。パワー送るから頑張れやって励ますも、電話口から聞こえたかみさんのせつない声がいつまでも耳に残った。

友よまだゴールは先だ急くな、忍の一文字でかみさん喜ばせろ。俺っち世代ならどんなことも耐えられるはず、鉄人の弟だろお前なら簡単にできるぞがんばれ!!

いま俺っち頭の中お前のことで満杯だぜ、頼むからとりあえず夢の世界から戻れ。

蓼科高原ロングラン 復路報告。

2007.09.10
いつもと同じくホテル前で集合写真、麦草峠に向かう健脚班残し随時来た道逆走で出発、全員見送り地元茅野から参加の70爺様、ター坊と出発したら後ろからラスター先生が来るじゃん。遅い人が遅く出てどうすんの~あんたは歯科医誤解しないでえ。

下りかっ飛ぶター坊、ラスター先生、俺っちの即席爺様3人組出来上がる、と後方から麦草回り回避の落ちこぼれ集団通過、これはもっけの幸いとただ乗り爺様二人、無情にもう一人の爺様(これまた70歳)ラスター先生見捨てる。年寄りに愛は不要自己責任じゃ。

道中速いペースで幾つも集団追い抜き長坂、やっこいローテにしびれ切らしター坊アタック爺様のわがまま許さんと、自分も爺様忘れこれをつぶす、再度若手のローテ眺め悪戯心芽生え得意のかまし戦法でかく乱、集団ペース上げるも哀れ70ぼろエンジン、簡単に心拍いっぱい感じ集団から離脱、夏バテ8月のトレーニング不足痛感。

心拍戻り遠く離れる集団にバラケ発生見て、再度追走開始LOOK社長と蚊トンボ追い抜き猛追続けると、やれ有り方や長く延びた大集団が視野に入り、韮崎市内で捉まえる。昔日の脚力失うも有難いことに、鍛えぬいた集中力と確かな読みは健在だった。

湯村温泉、愛宕トンネルこの辺で曲がりましょうかの浅見一団に続き、信号待ちドリンクも自販機が札認識に手間取りタイムロス、飲み終えスタートも大幅遅れで集団視界から消える。道も間違いで迷走開始途中コンビニに迷った3名あり、かなりの遠回りで公果園着11:20四方から続々仲間集まり、昼食場所は大賑わいとなる。正しい道を走れた者がはたして何名いたのかな、コース決めた本人が間違えてるのだからしょうも無いわ。

食後仏心出たかラスター先生連れ先生ぺースで走り、高尾山口無事到着は見込4:30が20分早かったとは先生上出来だよ。帰宅後すぐ亡き友の家に向い、納骨まで済ませた仏壇に手を合せた。友よ安らかに。

先に寝た神さんのいびきがうるさかったが、俺っちも猛烈だったと言われた。知らぬが仏、さすが久しぶりのロング足に疲労感あり。
2日間走行距離354km。15時間32分。 AV往路20.7km。 復路25.5km。

蓼科高原ロングラン 往路報告。

2007.09.10
早朝4時半目覚める。朝から変な奴2人(D・Mと豊G)迎えに、駅前ホテルまで親友運転の迎車をチャリで案内、言うこときかぬ外人とヨボ爺に好かれ、嬉しくもあり迷惑でもありは贅沢かな。

朝の貴重な時間を奪われ集合場所到着は時間10分前がやっと危うかった。最遅組E班は最初のスタートで6時、他班残し慌しく出発。台風一過暑くなりそうな気配順調に走り笹子で2回目の休憩、案じた通り台風影響受け笹子旧道完全交通止めに、2班に分けたE班後発組先導しトンネル抜けの直行、ラッキーにも大型車追い越し皆無で助かった。

高速巡航勝沼バイパスを気持ち良く通過、甲府バイパスに入っても混雑それほどでもなかたが、暑さは厳しかったが広域農道から穴山橋へ無事到着、暑さからバテ気味の皆を見て笹子直進の貯金使って、1時間以上の休憩時間とり出発1時半と決める。

長すぎる休憩持て余し気味になり出発早め統率ジャンボに任せ、遅刻独走追走中の初参加者を出迎えに国道20号を韮崎まで戻り、合体七里岩ラインに入るも上り勾配に追走出来ぬ姿見て、SOSサポートカーを向かわせる。

長坂コンビニからはパンク遅れのくの一rie引き連れ、蓼科高原ホテルまで向かったが、上り勾配続く難路もさほど気遣う必要無く追走してくれるので、独りで走るより楽で楽しい走りが体験できた。よく頑張ったrieに感謝ジャージプレゼントだ。

ホテル到着脊ポケから勝負パンツ取り出し風呂場へ向かったら、変な日焼けした奴等で洗い場満杯、いやあ参った団体客でいっぱいじゃん、何お前が連れて来た仲間達だべ、おっと失礼裸なもんで見損なったわい。俺っちも老いぼれたよな続きは明日だ。

竹馬の友が…

2007.09.07
『大人の休日フリーパス』で東北走るつもりも、週明けから多忙続きPC前にほぼ終日釘付け状態。イベント直前ともなると、あれこれ仕事が続きこれが結構大変で、例年同じことをやって9回目、慣れてるはずがやってみると、結構時間取られおいおい何だよ~浮かれる時間なぞ全く無しやで…

一番時間かかるのは部屋割りで、決まった後で追加発生、キャンセル出るわで組替え、返送案内はがきも数葉届くわ、宿泊料送金後もキャンセル相次ぎ往生。マイウエイDMから気遣いクッキーが届く、毎回遠く名古屋から参加、走るだけでなく他人にも気配りするわりに強情な変な奴よな。

夕方明日の買物帰り我が家の近く、突然友人の妹からちょっと寄ってくれると声掛けられ、兄貴が亡くなったと告げられびっくり、竹馬の友の変わり果てた姿眺め唖然、生涯独身を通したこ奴、最後は唯一の肉親妹に面倒見てもらいあの世に旅立った。安らかな寝顔になぜか安堵、俺っちもいずれ行く場所、一足先に行って待っててやと手を合わせた。イベント前日では明日の通夜も、その翌日の葬儀にも出席できない、身内だけの密葬だけに本来なら列席してあげたかった。

昭和十年亥年生まれの同年、ランドセル背負って共に入学、戦中戦後の食べる物無い時代腹空かし、栗拾いに山野駆け回り魚取りに川遊び、少年期共に野球に明け暮れ、仲良く過ごし年月重ねた竹馬の友に思い出は尽きない。蚤の心臓のような気弱さから幸せも逃し、突っ張った俺っちと対極人生、酒におぼれ後年は幸せ人生とは思えなかった。でも、これも自分の弱さがもとしょんないことよな。

享年72歳はまだ早すぎると思うが、”他人のふり見てわがふり直せ”と言われるが、俺っちも、もう明日が無い年齢になったと自覚、してるわな。その日が来るまで悔い無く生きるためには、何をなすべきか賢人なら悩むかも知らんが、極楽トンボは気楽なものよ好きに生きるわほっといて。


カテゴリー
最近の記事
過去ログ