スポーツ一筋もいろいろだな。

2007.05.30
多少肌寒い日で午後から雨予報も無視、相変わらず深読みせず半袖ポロシャツ姿でのJR電車内。場違いだったか隣に腰かけた初老から『寒くありませんか』と声掛かる。あれこれ談話で、若き頃100キロマラソンも体験したジョガー、競技志向まっしぐらだったので、タイムでなくなると同時にマラソンから足洗ってしまったとのこと。女子中学生にも負けるタイムでも、走りを楽しんでいる元全日本クラス仲間が居るが、恥ずかしいからやめろと言ってるんですよ。競技者はタイムでなくなったら止めるべき、栄光に泥塗るな的考え方。これは納得できんな。

レコード目標に身を削るも、楽しさ追求に没頭するも両方ありで、批判はなしじゃ。

人それぞれ燃え尽きてやめるも、いつまでも楽しみで走るも当人の勝手、でもなあ、ほかに楽しみが無いなら継続が何よりも勝ると思うよ。この人いっときMTBであちこち走ったが、マラソンの方がより面白かったそうだ。そういう人も居るだろう。

Qちゃんがオリンピックには勝ったがその後振るわず、あれは外国で高地トレーニングとか言い、日頃の練習を気温の低い場所でやってる弊害、日本人が湿気が多く蒸し暑い気候に負けて、どうすると憤慨してた。競技一筋で通した豪脚には、世界レベルのマラソンランナーもひ弱に思えるのかもな。それはわかるわ。

京王線に乗換で駅階段歩きながら『いやあ、お元気ですなあ』、俺っち『タイムでなくても走りを楽しんでいるからね』、忍者は日頃から背中で老齢を悟られぬよう心してる。でもよく考えると、宝物の仲間たちから限り無いパワー貰ってるからな。

宝物たちの脚力だけでなく精神力をも鍛えるには、奥の深い忍法奥義伝授せにやならず、忍の一文字焦るでないとわが心と自問自答。
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勝手に走る一泊二日のロングラン案内。

2007.05.29
喜べべまたもや考えたぜ次なる企画。

走るコースがハードだけならまだしも、ひ弱な腰抜けは参加できないサポートなし完全自己責任ロングラン。実行日は6月30日7月1日の一泊二日、集合スタート飯能駅前R299正丸旧道峠、志賀坂峠、十国峠を越え佐久にて一泊。

翌日八ヶ岳麦草峠越えから七里岩ライン下り、笹子旧道峠、大幡峠、雛鶴峠、大垂水峠を越え高尾山口駅前までのコース。参加希望者は6月中登坂力強化トレーニングに励んでください。申し込み不要宿は自分で確保、脱落は勝手に帰る方法考える。

脳内で考えたコースなので距離が何キロあるか知らん、各自地図にて確認納得せい、時間あったら一部試走もバチ当たらんぞ。

走行中の休憩、食事も自分の判断、すべて自己判断で対処が原則。荷物背負うが苦手はホテルに直送、指定宿泊ホテルは大殿配下の佐久のビジネス砦。

事前に試走ランやるつもりもだが気まぐれなので、必ずと約束できないが本番は雨天決行のつもりなので安心せい。

TOJ最終日 東京ステージ。

2007.05.28
TOJ無事終了。最終戦東京ステージ会場大井ふ頭へEeeラン。立川Aランと会場直行組で百名余りがゴール前に結集する中、チーム6名中3名の選手が生き残り見事完走。チーム総合成績16チーム中14位は上出来、全員がフルタイムワーカーで、これだけ走れれば胸を張って遊べるが、職場に残った仲間も忙しい仕事を忍の心で、耐え忍んだ事実を決して忘れるでない。

出かけて走った者も、残って仕事した者も、それぞれがよく頑張ったので忍者爺は大満足。いつもながらサポートスタッフ有難う、あちこちで頂いた温かい声援にも大感謝。明日から職場に戻り遊んだ分また働きます選手社員には、労いの言葉が何よりも力になるかと思います。

次はこの夏開催されるのツール・ド・東北に、女子チームが参加しますのでこちらも応援よろしく。

大会最終日は沖縄出身の新城幸也が見事な勝利を飾り盛りあがった、この正月に沖縄キッズクラブのロングランに参加し、力強い先頭交代の走りを眺め体験、日本を代表す選手は沖縄から生まれるのではと指摘したが、忍者の選手を見る目に狂いは無かったと独り納得。

会場で京都美山ロードで牛若優勝のニュース耳にしたが、帰宅後PCで改めて京弁慶も3位入賞で夫婦でお立ち台を知る、夕飯どき口角泡飛ばす牛若の喋りに、弁慶立ち往生する様子が目に浮かび笑えた。くの一監督プレゼントのデローサでの初優勝。いやぁ、めでたしめでたしだぁ。

素晴しい仲間たちの熱気に囲まれ幸せ満喫。自転車最高。

南信州ステージ翌日 本命の一日。

2007.05.25
朝飯が8時からと遅いため出発も9時過ぎ、宿から激坂上ると近道で国道151、国道走るは面白味欠け、しかも走ったことある道路、県道113を温田へ下り天竜川沿いに佐久間ダムは車も無く快適路面。問題は佐久間ダム過ぎてから続くトンネル、狭い暗い漏水あり路面悪しで最悪、しかも曲っているトンネルは周囲の状況まったく見えず、止む無く暫く徒歩で歩く始末、先が見えた地点から再度走り出した。

御殿場線御殿場山北間の大小7つのトンネル、小学6年生の真夏深夜歩いて通り抜けた体験がこの時役立とうとは。躊躇せず走り込んだので抜けられたが、タイミング逸したら抜ける勇気が湧かなかったかも、前から後ろから車の進入考えたら出足止まるわ。最後のトンネル通過中後方から来る大型車の轟音が不気味で、大戦中体験した爆撃機の音がダブる。

中部天竜から浦川で逆方向に向かってしまい、川の流れが逆向きに気づき川角左折で国道151東栄町から県道9浜松に18時前到着、背負ってたザックからズボン、ポロシャツに着替え輪行で新幹線『こだま』で新横浜へ20時過ぎ着。乗換える横浜線がどれも満員状態、無理して乗るのはこちとら遊び、乗客皆さん仕事帰りの疲れた身体、俺っち乗り込んだら悪いと乗車断念。

自宅までの40km余り自走して帰ることにする、ボトルケージに収納してた輪行袋、簡単に小さくたためず、背中バックに放り込んだので重かったな。走るとき荷物背負わないが常なのに、終日荷物背に走ったので上体が疲れた。

ライト点灯してのサイクリングは久方ぶり、男も女も若きも年寄りも傍若無人の走りの普通車、これにはいささか呆れたな。取り締まりの対象にされても当然で全くなってない。22時半自宅到着、楽しんだ一日が無事終了、椅子の上の請求書の山を整理し2時過ぎ寝床へ…

走行距離202km。 9時間20分。 AV21.5km。

TOJ 南信州ステージの当日。

2007.05.25
あれこれ用事あり眠りについてすぐ目覚める慌しさ、睡眠僅か2時間で早駕籠到来も、一泊二日の遊びを兼ねているので気合入りまったく眠気なし。

会場到着スタート前に周回路に入り、山岳ポイント地点まで自走移動中目にした「なるしまフレンド」がんばれプラカード、そうだここはチームエース社員の嫁さん生地、関係者たくさんの応援背に追い風受け、チーム員3名の完走成って、団体総合成績僅差の14位は上出来だわ。若手が伸びてきているので先が楽しみ。

ラストまで走路はり付きは面白くないと、山中農道あちこち走りまわり、この地はどこでもレースができそうと熱走してたら元へ戻る自信喪失、やむなく県道走り天竜峡からコースに向って大迂回する破目に。やっとのことで山岳ポイントへ戻ると、そこに待ち受けたテレビ映像に被写体にされる。ラスト周回走る全選手を見送って、レース終了で規制解除された走路を本部前に戻る。

力走したメンバーとスタッフ、応援に駆け付けた社員達クラブ仲間と出会う。たくさんの観戦応援の皆さんからパワー頂き感謝。遠い地までの駆けつけ、仲間への熱き声援確り脳裏に刻んでおきます。ありがとう。

飯田地域を走り痛感したのは地域住民の皆さんが、サイクリストに優しく接してくれ、あちこちで言葉をかけられたのにも感動した。バス停で行き先地名確認で時刻表眺めてたら、行き過ぎた自動車が戻り『どうかしましたか?』と、問いかけられたのにはビックリした。乗せてくれるつもりだったようだ。飯田住民ありがとうま今度ゆっくり訪問するわ。

南信州ステージ前日のいきさつ。

2007.05.22
開催中のTOJ大会に合わせ、5~6日ゆったりサイクリングで山中走り、飯田で南信州ステージ観戦するつもりも、突然の立川店舗増設問題が具体化、会社代表者として折衝手続き等仕事が忙しくなり、俺っちもくろみは絵に描いた餅よ。

仕方なく南信州ステージ当日に現地入り観戦一泊、翌日天竜川沿いに浜松に向かい新幹線輪行帰宅、僅か二日間のコンパクトラン即席で考え、天竜峡の馴染み旅館に直前予約で部屋キープ。

その後家老に電話、早朝出発する早駕籠に便乗も即決。4時半日野橋集合なので、俺っち家に出迎えるよとありがたい、果報は寝て待てだな。早駕籠は埼玉から来るが運転手は八王子生まれ、なんと中学同窓の後輩クラブ員、万事好都合大世帯だとあれこれ助かるねえ。

ブログ書き始めると、名古屋の若隠居から飯田に泊まっていると連絡あり、美濃、飯田と二日間車の旅とか…う~ん楽しめたのになぁ残念、とりあえずこちらの予定を伝え現地合流を約束。

大会の方は皆頑張ってる様子、特に若手が予想以上の走りで監督の顔が思い浮かぶ。身分相応が何より、筋が読めない舞い上がったコーチは、互助会忍者軍団には必要なかった。和(輪)を尊びチームをまとめるが何より。留守を守る守備軍への感謝も忘れるな。それぞれの持ち場で全力投入する姿は人の心を打ち感動を呼ぶ。

終わり良ければ全てよし。

2007.05.21
TOJ大会開幕初戦大阪ステージが終了した。みな頑張って走っているようだが、5人欠けた店に残ったスタッフ達もまた、全員対応でも大変な週末を頑張り何とか乗り越えた。店内混雑顧客皆様にはご迷惑かけ相すいません、日頃の感謝とお詫びの気持ちでラーメンTOJ作戦展開中。行列のできるサイクルショップとして放映予定のBS-iテレビ取材も進行中、更に立川新店舗計画も急きょ進行中で俺っちもめちゃ忙しのごく最近なの。

実用車前篭に重い荷物乗せ立川まで繰り返し配達、不動産屋と談合繰り返し、はては登記所、市役所とあれこれ必要書類の調達回りで東奔西走。サイクリングとは別な疲れ発生も気力充実で意に介さず、昨日もEeeラン走って皆からパワー貰い元気回復、本朝6時前にお目眼ぱっちり俺っち若いのう。昔からやらねばならぬ状況には強かったがそれは今でも変わってないな。

気力に衰えないだけでなく筋力も凄いことになっているようで、久しぶりに後方密着走の姫様から爺のふくらはぎの筋肉一段と発達してるよと言われ、5月連休前後から長距離走が続いてるのでさもありなんと感じた。人間の身体は素晴らしい歳に関係なく鍛えれば応えてくれる、若い者ならさらに顕著に反応するはずがんばろうな皆の衆。

Eeeラン昨日も大垂水峠ラストで感じたが、頑張って走り続けたわりに最後のもうひと踏ん張りが足らんなぁ、重要なのはラストでの気力充実力走がすべて、と俺っちは考えている。これまで満足できたは師範代だけではさびしい、師範代は最初は大垂水峠、雛鶴峠で再度踏み返し反応を見せてくれ、俺っち脳内にインプットされている。何をって、当然対処攻略法だよ~ん?

家老の真似して過労じゃ。

2007.05.17
2日間で400km走った翌日、立川店まで25kmごく軽く走り疲れが残ってるを実感するも、その翌日家老と二人で富士宮のあさぎり宅まで泊りがけのサイクリング。高尾山口駅前9時に家老と待ち合わせ出発、快調ペースで先導する家老に続き大垂水峠越え、甲州街道直進大月から富士吉田方面へ分岐、道の駅『なるさわ』で小休止後精進湖、本栖湖横目記1時15分道の駅『朝霧高原』走行101kmで到着1時15分。AV25.4kmやるな家老64歳、月間走行3000kmはダテじゃないわな。

間もなくあさぎり姿見せ富士宮まで下り一気、豪邸で接待受けながら、キヤノン部屋の関取から牛乳会社の経営陣に変身した、細君との馴れ初めの経緯を伺う、女神を手に入れ二世誕生は両手に宝物おめでとうあさぎり

一夜を明かし、翌日芝川から山中迂回走で清水へ向い、旨い『づけ丼』昼飯食べ海岸線まわりで由比の懐かしの『玉鉾』前通過しあさぎり宅まで100km三人でサイクリング。繰り返し現れる坂道にもめげることなく、体形から考えられない頑張りの後姿眺め、こ奴手に入れた嫁さん父親(社長)もお目が高いと思った。

優れた商品を顧客に提供する姿勢を堅持、業界内での地位を確保した社長と聞き、これからのあさぎり人生もやりがいあるのうと、その昔破局ネタをクラブNEWS紙面で伝えた張本人として、無性に嬉しくなった。俺っちが伝えた無言の教えを会得したあさぎりの未来には富士のアルカンシェルが待っている。人生は長いエンドレスのロードレースだ。

甲府まで送られゴミ袋輪行で『スパーあずさ』で帰宅。家老の隣席で過労で居眠り、この5日間で4日間走って650kmはきついも当然かも。でもなあ、すっごく楽しかったよ。

春のイベント400kmサイクリング終了報告。

2007.05.14
毎年春秋2回開催を続けているイベント、温泉一泊のサイクリングの第8回目大会、松本美ヶ原温泉往復400kmサイクリングツアーが12(土)~13日(日)で実施無事終了した。

参加者をクラブ員に限定、員数も70名サポーターを含め100名規模。サポート社は深谷産業、日直商会、パールイズミに加えBSアンカーの初参加もあって万全態勢。更にBS-iのムービー、ファンライドとBC21誌の写真撮影が行われ、大賑わい好天気で事故もなく無事終了は感謝ですわい。

高岡から遠路わざわざ社長自ら車を運転して届けてくれた弁当『タイの寿司』、その弁当食べる場所を提供だけでなく、ごみ処理まで引き受けてくれた勝沼ぶどうの『公果園』、『完走饅頭』注文したら梅干し、煮物まで添えてくれた『つるや』。大切な自転車を部屋の中に保管する宿泊先の各旅館、多くの人の『気配り思いやり』に支えられ嬉しい大会、
だから
参加者も『自分の楽しみ』で人様に迷惑かけない気遣いに留意してほしい。追い抜き以外での二列走行をやめ、一列棒状でも長く連なる限度を知ってほしい。俺っち自身は自転車車列は、トレーラほどの長さが限度かと考えるがどうだろう?

Eeeランは爺様71歳、家老64歳の両老雄が超元気で400kmも平気で走るが、今回デビューした最長老女性59歳の往復完走ってビックリものだと思わない。前々から神様の仮の姿と俺っち思っていたが、どうやら本物の神さまのようじゃな。

今回参加した女性12名、最初から部分走目当てのの女流監督以外、体調不良だった1人除き、10人完走はお見事の一言で、改めてEeeラン参加者の実力向上目をみはるばかり。

甲斐軍団3名が笹子峠越えしたと見張りの密偵から知らされ、やるなあ武田軍勢末裔達と改めて感心した。

甲斐軍団武田の末裔に学ぶ。

2007.05.11
今月号のクラブNEWS甲斐軍団青レポート読み、甲斐勢の自分達で計画し実行するパワーに感動した。自分独りで走る能力向上を目指す走りも必要だが、遊びは自分達で好き勝手に楽しむのが真髄、本当の楽しさは気の合う仲間と談合企画かと思う。甲斐勢は遊びの奥義を心得ている。

サポートカー連ねての過保護サイクリングで長距離走行体験したら、次は自分独りもよし仲間を誘うも結構、自分達で考えた路面走る展開を望んでいるんだが‥もっと向上してほしいと望んでいる親心がわかららん未熟者が多すぎる。

人に頼るのを好かない性格から、自分で何とかしようがモットーで人生70余年を生きてきた俺っちには、なぜ自分でやろうとする気にならないのが理解できない。自立心を持てないのか、と怒鳴りたくなる。

明日の松本ロング泥除け装着した方が良いかどうか、聞かれてるのでどうしましょうかだって?そんなの自分の勝手だろうって言いたい。大人だろ自分の判断で決められなくてどうするの~

俺たちの互助会ロングサイクリングの翌週、開催されるタイムを競るような300km長距離大会に、何度も繰り返し参加する輩達には情けない。頻繁に大型車が走行する土曜日の幹線国道、目の色変えて走るのは自分のことしか考えていない輩だけにできる事。

ずっと以前のこと、島温泉まで250kmをクラブランで走ったことがある。白馬から先に路面悪い狭いトンネルが続き、上り勾配トンネル内で後方からの大型車、俺っち自転車追い抜かすに細心の注意を払い走行するをみて、仕事中の運転手に悪かったなあと反省した事を思い出す。帰りはこの区間だけ輪行、以後二度とここは走っていない。300kmランで毎年ここを平気で通過する多数の参加者、サイクリストの意識の低さは残念。タイム計測挑戦など論外で、一度体験したらもう結構だろうに。

幹線国道走ることなく、自分で企画しての300kmコース楽しむ気にならんのかね、究極どう楽しもうと本人の勝手ではあるが、他人に迷惑かけるのだけは避けてほしいよ。

不覚にも見抜けなかったなあ。

2007.05.08
先日の八ヶ岳ヒルクライム、よれよれ走行の爺様より更に遅い走り見せ、松本ロングラン完走も危ういのではと、俺っち心配させた甲斐勢だったが、只今届いたレポート読んでアットびっくりした。

そう、あのときカメラ片手に写真撮りながら走ってたのは、脚力余裕ありながらも力走避けただけ、忍者ともあろう者が余裕無しと判断は軽率だった、う~む乱波に図られたわい、やるのう。詳しくは間もなくアップのクラブニュース5月号読んでな。

期日迫った松本ロング今回は随行撮影班が多彩、シクロイマージュのBS iムービー、ファンライド誌、BC21と3社随行で、本日も撮影あって神宮店まで電車でGOよ。帰り京王車内で居眠りで寝過し、京王高尾まで乗り越しJR乗換帰宅のお粗末。草臥れてる~って感じ。

腰が痛いと言いながら休むでもなく乗り続け、疲れてるなあと思いながらも休むわけでなし、自転車にまたがると何故か痛みも、疲れも忘れてしまう、よく働いてくれるわが脚眺め、遅まきながら感謝の念湧き出て、風呂上がりツバキ油(唾じゃ無いよ椿だよ…分かってるって、それはスマン)塗りたくたら。『あんたそれ高いのよ小豆島の純粋本物だから』幾ら?って聞くと小さな瓶で¥1600.なるほど高いわ。でも椿油は大島が有名なのではと思ったが、安物はまがい物なのかね。


疲れもピーク老体が悲鳴。

2007.05.05
4月末から続く土日祝の3日間と、5月に入って3連休を走り続け、疲労老体にきびしく黄信号点滅。明日の日曜雨天予報目にし、やっと休めるかなとホッとしてPC前に腰かけたが、下半身じ~んとしびれた感触は、何となく心地よい疲労とも言え無くもない。

これがソロランなればそれほどでもないが、前半がブルベ600km完走の疲れを知らぬ鉄脚相手、後半がEeeラン仲間のE奴らを相手にしたら、誰でも気力充実させ遊びに熱中するわな、夢中で遊び疲れたガキも同然で、帰宅したら寝床へ直行そのまま昼寝だぜ。

朝起き本日疲れているなあと思っても、自転車で走り出すや身体がシャキッと反応。坂になると脚の疲労を自覚させられたが、ロングランD班ペースで往路雛鶴饅頭屋まで先導。昨日は峠越えして大幡峠までを往復したので本日は雛鶴峠で折り返し。2日間眺めた数人のくの一脚力、間違いなく完走OKと安心。

帰りのこと。誰の姿も視野に入らぬドンと遅れの最後尾、相模湖畔から国道に合流すると大渋滞の車列。後方からのバイク音に進路空けると、ソロのレーサーにも抜き去られは予定外。そのまま車列の間を相模湖駅前過ぎ小原の郷、実はここでトイレタイムのつもりだったが、前走るライダー目標に走った方がソロで大垂水峠走るより楽だなと判断。相手の脚力眺め車間50mで追走、頂上1kmペース落す相手見て前代わり、何処からでもどうぞと構えるも気力失ったか反応せず。前方ちらっと見えた仲間の姿追い、頂上寸前駆けで36km/hは予想外の伸び。疲労困憊でこれだけ加速できれば満足だな。日頃の心がけが無駄になってないと納得。

言い出しっぺが自分でやれば。

2007.05.03
数日前"自主錬ゆっくりラン実施提案"なるプリントを受け取ったが、土用亀ラン、家老ラン共に自主的に始まったもので俺っちの企画ものではない、それぞれ楽しむメンバーが集まり結構なことだと思っている。

最近土曜亀ランが風張峠、多摩周遊道路 数馬、甲武トンネル&大垂水峠等を走っていて、レベルが高くて初心者には参加が難しいので、土曜亀ランを本来の目的通りに機能させたいだと、笑わせるな。せっかく人が一生懸命やっているのを戻せだと、遠くまで行けるようになって素晴らしいなあとなぜ思わないのかね。

土曜ランを継続してきた方々が納得できないだと、俺っち知る限り土曜ランはたった二人の尽力によって成り立っていて、その他大勢は単なる参加者じゃん。

自主練習という形でゆっくりランを実施してみようという結論になったと言うなら、結論出した者が自らリーダーになり新規に始めればすむこと、再編成したいとはお門違いだろ。それにスピードに付いて行けないようだったら、まずはあるていど自分で走り込み向上しようとする気力が無くてどうする。一からやってくださいは無いぜ、いつも人の後ろを走っていたんでは、過保護の現代っ子と変わらない。遅い人たちの先頭に立ち、共に走ってみようかという向上心が欲しいと思う。

ずっと以前のバーべQランで、火も起こせない若者達見て失望したが、過保護は相変わらずでさらに深刻化…
俺っち皆と付き合うのはは日曜、祝日だけで結構。その他の日はごく気ままに過ごす、悪いけどこれが大好きなの。

忍法走り満喫の旅 その参。

2007.05.01
Eeeラン大将家老から、皆を引き連れ出迎えランで秩父に向かうと連絡聞き、急きょ予定を変更し塩ノ沢峠、志賀坂峠の遠回りコースを、藤岡、鬼石、神流湖、万場から土坂峠越えの小鹿野、秩父コースにショートカット。ブルべ600km完走する老剣客にとって、もしや走り足らず物足らなかったのでは…

まあ次の機会に充分時間をかけのんびり走るも良いかと思う。背中の荷物不要となり自宅に返送、身軽になるも脚は疲労残っていまいちも、幸い天気に恵まれ3日間楽しめまずは結構でした。

道の駅『芦ヶ久保』で予定通り合流も、祝日なのに多勢の仲間にはビックリした。山伏峠、山王峠、笹仁多峠を越え帰路に向かうも、工夫無い大行列行進に落胆。自転車で綱引き大会しちゃ迷惑だよ、車列長すぎはレジャー帰りサンデーライダーには迷惑かと思う、も少し状況読んで中切れさせ小集団で走る配慮がほしいよ。

仕事の大型車走る産業国道16号も、邪魔になるような走りは控えねば失礼、道路を車、バイク、自転車、歩行者、お祭り、デモ行進ets皆で仲良く使うには、まずは相手を思いやる気持ちが大切なのでは。状況広く読めない走りをしているうちは、レースでも勝てるはずは無い。

場面状況を読む事は走っている時だけでなく、仕事でも人生でも最重要課題。自分だけで楽しむより他人と共に楽しむ方が数倍楽しい、他人を楽しませることに、更なる楽しさの境地があることを知れば、あんたも立派な一人前の忍者だ。忍者の道は遠いが、その気になれば誰でもなれる。

忍法走り満喫の旅 その弐。

2007.05.01
hp目覚まし設定も時間前に目覚める。起きねばならぬ時は必ず起きられるもの、失敗した事は無いですかと問われたが、目覚められなかったら行くなと、我が心が伝えてるのよと勝手に判断が忍者流。人生はなが~い気楽が精神衛生上最善と心得ている。

忍者ツアー二日目。まずは猿ヶ京ホテルから群馬CSCレースまで急勾配の路面を5kmほどサイクリング。毎年数回出入りしていた会場も暫くぶり、実車連の重鎮、学連のと相次いで旧友と感動の対面、レース仲間との遭遇は楽しいわい。

レース開始前用足しすませるもスタート直後から尿意、レース初体験不慣れな老剣客後方に要点伝えながら付走、終わりまでもつ筈なく走路中途にある便所探しの周回。あったはずの建物見当たらず、なら立ちしょんだなと毎周回恰好なショバ探しで、17周回と数多い周回数も気づくと残り一桁。150kmクラス先頭集団力走する夫応援の組長夫人に教えられ、ホーム走路脇にある便所で放水終え、麦茶一杯頂き老剣客追走麦茶が胃に沁み込み快適。貞女に感謝。

後方バトルで競ってた相手あり、いっとき車間大きく空けられるも、終前二周を老剣客上々ペースで走り、最後の坂上で遂に捉える。相方反応眺めると老剣客後方にマークの気配、そうはさせぬと割って入り俺っち後方に抑える。速度徐々に落し老剣客と車間広げ、安全距離を保ちこれで万事OKと安心も暫時のち別のクラス選手に付き横通過するじゃん、これは拙いと二車ひと捲り老剣客急追ゴールへ誘導無事102km完走。

ご当人こんなバトルがあったとは全く知らず、ブルべ600km走った老剣客もただ夢中の初体験だったという。そう初体験は俺っちも同じだったわ。これで自転車の楽しみの巾さらに広がったね、おめでとう。

貞女からもてなし受けて一休み後、不死身と組長が50歳代150kmのワンツウフィニッシュだぜ、俺っちクラブには凄い奴が揃ってるなあ。

下り勾配続く高崎まで走りネット予約の駅前ビジネス新設『アーバンH』に到着。ホテルはビル最上階10階~12階だけにあり、愛車を気にしながらエレベーターでフロントへ、非の打ちどころない接待で、別室に気持ち良く保管は感謝。客に癒す心を伝えるのがフロントの任務、ここは最高だね繁盛間違いなしじゃ。

忍法走り満喫の旅 その壱。

2007.05.01
二泊三日忍法走り満喫ツアー呼びかけるも反応乏しく、内容問い合わせたったの3名、勘違いと距離内容に驚き尻ごみ各1名で参加は剣客ただ一人とは情けなし。

さらに例によってというか俺っちツアーにつきもの雨の洗礼、直前の予報で午後崩れると知らされ、夜になって急ぎメールで少しでも目的地に近くがよかろうと集合地を睦橋に変更。

背負いたくない荷物だが予報を信じ、雨対策に合羽や着替え背中に早朝8時、まだ待ち合わせには早いも、相方現れたらすぐにも出発だなと考え家を出る。

睦橋に8時40分到着も待ち人来ず、期待とは裏腹結局は定時。『見送りランするので今何処に』と家老から電話、『睦橋出発直後と答えたら』後から追いかけるとは…??近道でもあるのかよ??無い筈じゃがと首捻ったな。

でも思いは通じるもの、越生信号待ちで『酒まんじゅう』看板発見、店先で食べてたら来たぜ追手じゃないかわいい仲間達、土曜なのに何でこんなに大勢居るのお。

結局小川町まで共走後お別れ一路上州目指す。藤岡過ぎ高崎目前に前方暗雲垂れこめ、高崎まで行けるかスピードアップも間に合わず、強烈な雨足に倉賀野駅に逃げ込む。気温一気に下がり寒かった。

『倉賀野駅』からゴミ袋輪行で高崎乗換『後閑駅』まで混雑の普通電車で移動。雨は幸い夕立ちですみ、後閑から再度自走し猿ヶ京ホテルに投宿。ホテルの売りは『カニ食べ放題バイキング』少し食べただけでもう沢山。満員盛況の食堂での食事は味も素っ気もなし、年寄向きではないな。

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