始まっちゃたよ~。

2006.02.22
朝起きると暖かい良い天気のはずが、寒そうな日暮れ日。
2階にあがると『あんた何よこの天気は?』と天気悪いは雨男の俺っちのせい。

『早い時間は良い天気だったのに、あんたが起きて来たら曇ってきちゃたよ』だと。
のんびり朝飯食べてたら、昼近くなって薄日漏れてきてので、予定通り雛鶴峠めざしソロラン。

大垂水峠10℃陽気が良いせいか度々サイクリストとすれ違う、まんじゅう屋『つるや』素通りして峠に向かう、途中変心し旧道走って閉鎖されているトンネル入口前から折り返し。交通遮断され数年経過した旧道、路面はそれほど荒れてないが枯れ枝、落石散乱に残雪もあって走り易くは無い、雪中に車輪痕残しながらゆっくり下ってまんじゅう屋。

来た道そのまま戻る単調な走り続けていると、鼻水だらだら目に痒みでて花粉症発症、大垂水峠下18℃もう春はすぐそこ。スギ雄花もエレクトし青春謳歌していると言うのに、東京の親玉が杉の木伐採の無粋、あんた杉だって生きているのよ、地球上で共存共栄する仲間だぜ。
我慢が美徳と教えられた年代でしょうが、鼻水流し泣いていても、桜が咲けばケロリよ。欲しがりません勝つまではの昭和一桁見損なったな。

自宅に駆け込み(小便じゃないぜ)水道でまつ毛を流水でごしごし、う~気持ちい~い。着てたものすべて洗濯機に放り込みスイッチオン。

部屋に入ると奥が『鼻の上赤くなっているよ』老人だから皮膚も弱くなっているのか、擦りすぎなのか皮膚が剥けたようだ。でも、気持ちよかったあ。

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言っちゃった。

2006.02.22
前門の殿、後門のくの一。
油断ならぬくの一の字の脚力には正直舌を巻いた。
トラではない殿の方は手の内読み通し、酒飲んでトラになっても知れたもの、一向に気にならないが。おなごは怖いわ。

爺はおなごに弱いので、くの一のコメントに心胆寒気がしたぞ、も~し。
ゆめゆめ油断はせぬつもりじゃが、隙あらばいつでも切り込んでみなはれ、ヒデ爺忍法の真髄をお見せするわ。

不覚にも、深読みしちゃたぁ。

2006.02.19
3班にわけたEeeラン本日行き先は雛鶴峠。

最遅班(かめ組)信号待ちで集団分断されても待たない事になった、『後ろ信号で切れました』の報告は不要。分断されたら自力追走となるので、当然前方は女性の指定席、脚力不足自認者がこれに続く隊形で走ってな。分断取り残されたら、脚力上級者がペーサーで追走を基本とする。ただし、初コースの場合は待つのが原則と覚えて。

高尾橋過ぎから相模湖までフリーランなので、先行しやすいようにペースダウンするも皆出ようとしないねえ。いつまでも金魚のフン状態で走っていては、脚力向上望めないよ。自力で走るのが何よりの効果的練習法で、つぶれても由と考え今度は挑戦してみてよ。

相模湖小休止後も雛鶴峠までフリーランは続き、自分のペースで走ってもらった。蕎麦屋前の短い急坂先行する快速みどり追ってスパート、追走暫時後花粉症鼻水出て苦しい呼吸で気づかれる。風林火山の焼き芋屋捉まえ『つるや』で本陣休息するので、焼き芋全部買い上げる事を伝え恵比須顔の焼き芋親父に見送られる。

短いヘアピン急坂で好ペースの2人組に追い抜かれる、CSK小坂が必死のマークで続くを見て追い上げ後方に続く。繰り返し踏み込まれ無念ちぎれた小坂残し、遠く前方立ちこぎ誠三目にし目標転換得意の一気踏み、先行者まくって誠三まで捉えるとすぐそこはまんじゅう『つるや』。
小坂を付け先行は負傷癒えた石島と家老に聞き、彼こんな坂が走れたっけ?遠い昔で記憶に無いわ。ご免御見それ致した。

まんじゅう所望も23ヶで売り切れ先着順配布、あぶれた者は焼き芋で間に合わせ、兵糧不足見た『つるや』御かみから『里芋煮』『焼餅』まで差し入れあり、爺ちゃんが離れた自宅からバイク便で『漬物』まで運び込み、好物『お茶』はがぶ飲みでき何時もながら感謝だな。

帰りも抑えたペースで走るも追い越すもの無く、下り基調なのでこれは危なくなく正解かも、神奈川CCの坂抜かれたチネリ吉永後方に続くと、俺っちチギル気かペース上げる(うう~ん家老に伝授されたか?)爺もまだくの一の字には負けんわと頂上でいなす。それにしても、若いおなごが良くぞここまでと感服したぜや。

大垂水峠で返されるを覚悟『小原宿』トイレを我慢そのまま大垂水峠へ向かう、小牧が駆け矢崎、西川で追う展開になり、その後西川が小牧を追走開始矢崎との間隔が大きく開くも、俺っち後ろにくの一付けた家老伝授の陽動作戦かと判断、そのまま動かずくの一動くを待つ。矢崎が後方振り返る瞬間大きく車体ぶらし、接触避けるため逃げ寸時後方見るも無人にあれえ?深読みしすぎたわ。
後方振り返れば事は簡単なのじゃが、俺っち忍法では禁止されていて気配で読むことにしている。これは爺のお遊びなの。

先行小牧つぶれ西川交わし先頭を遠めに眺め、追走無理もスピード落ちた矢崎交わしペース上げる、頂上直前『富士屋』前で小島に抜かれるも、反応できスピードあるのでギヤ上げ何とか捉える。

俺っち自宅近くの『中華香蘭』に入る小牧見て、俺っち一行もお相伴。
家老、誠三、小牧、春ウララの4名の密談に、俺っちと三島、水戸の遠路組加わり餃子とビールと烏龍茶で腹ふくらませ、ストーブで汗乾かせたので結構だった。

明日もやろうぜ。

2006.02.18
熟睡し目覚めると時計は9時半。
10時までには出かける予定がこれじゃ寝坊だなあと思いながらトイレへ、と
『あんたお迎えがおおぜい来たよ』
『どうすんの~待ってもらうの』
と天使と悪魔が大騒ぎ
『あれ??』
思いがけない朝駆け受け小便チビリそうだったぜ、デチ棒丸出し扉開けたら愛する天使が大慌て~
『あんた約束していたの?』
『殿からのメールには9時半から10時頃家を出ると伝えたが』
『5,6人居たよ』
『殿は居たか』
『サングラスで見分けつかないよ』
皆兜かぶってるからちょんまげ見えんからなあ・・と独り合点。

天使から一服『目覚めの茶』頂き着替えてすぐ出発は9時50分セーフ。
まだ身体は完全に目覚めてない状態なので、マイペースのまま走り日連橋上で11時のチャイム聴き、50分後つるや到着皆と合流できた。
寝坊のわりにゃあ好調じゃん、ウン新車が本領発揮してきたようだ。と心の中で問答。

雛鶴峠は距離的には10時発の冬時間向きだが、やはり山は寒くつる屋爺用意の即席火鉢で暖をとる。変に身体温めたので帰り下りの寒さに閉口。途中何度か踏み込み加速繰り返しで脚鍛える、こんな走りするつもりなかったのに~。心拍いっぱいに無理せず後は流して後方ソロラン、めちゃくたびれたあ~。

皆とはドンと遅れで大垂水峠走っていると、遊び相手は来るものよ、峠中盤俺っち追い抜き走りすぎたサイクリスト、これ幸いと仮想殿目標とし10~12クランク間隔で追走、頂上看板目撃してスパート楽勝で捉えたので満足よ。
今夜も高枕じゃな。

ダメでもやってみるわ。

2006.02.17
やってきたよ花粉症シーズン。
子の権現帰り頃からやや感じ始めたが、なるべく意識しないようにしていたが、終にこの数日間で鼻と喉が耐えられない状態。

毎年やってくるこの季節は沖縄に逃げて避けていたが,Eeeラン始まった昨年からは沖縄逃避は想定外で本土決戦に持ち込んだ。

薬品、注射等での対策もあるようだが、薬剤、医療行為はすべて拒否、突然天の声にささやかれ、戦うのではなく仲良くすることではないかと俺っち気づいた。スギさんごめんな~

スギと仲良く共存することで解消、これが最新療法になることを願って、明日は行ってくるぜ雛鶴峠スギ花粉浴びるソロランだあ。

今年1年がんばるので、結果報告は來シーズンだよ~ん。

やればできるわ。

2006.02.16
ドラマー(大道芸人)の時は、正確には奥牧野のヘアーピンコーナーから、神奈川GC坂を上ってJR藤野駅前までの牽引走行、ドクター本多(まだこの時は大学院生だった)が相原の自宅に戻って、乗用車で自転車を運びに来てくれた。

クライマーが道志街道で転倒した時は、道坂上って都留市の病院までの二台牽き、道坂の長い下りが結構大変だった。

今は社員の麻公が桧原村で転倒した時は通り合わせた人が途中まで運んでくれたので、五日市駅前から立川店までの牽引。数日後右腕が痛むので気づいたが、睦橋から走った多摩CRが一般道走るより数倍大変だったため。

もう1回これも今は社員のゴーカート、飯能坂下から入間までを牽引、おまけはクラブラン員ではない選手の転倒で、大垂水峠下からJR八王子駅南口近くの病院まで、遠い昔にはR129昭和橋先から厚木市内まで運んだ記憶がある。

二台牽きで走るのは左程大変なことではないが、二台牽きで歩くのはこりゃあ大変だよ。
坂を上るのは大変そうだがそれほどでなく、逆に下る方が大変だな。

夢中になってやれば道は開かれるもの、努力がすべてじゃな。

救急車は車を載せてくれないのが常識だが、今回は救急隊員がサイクリストだったので積載してくれたようだ。
これは初体験、お世話になりました。ありがとうです。

運動会を3倍楽しむ企画。

2006.02.15
Eeeラン命のヒデ爺様が考えました特別企画、
もう参加するしかなかんべ(神戸)、
詳しくはお知らせページ開くか、ヒデ爺に直接聞いてみてや。

もちろん立川Aラン仲間も歓迎しますだ~
締め切りは3月12日までよ。

遊んじゃった。

2006.02.14
ジャガー転がし金子(埼玉県)の弟宅まで向かう。
ジャガーって言っても無免許の俺っち乗車するのは中国製の廉価自転車、一応変速機はついてはいるがWOタイヤの普通車。

走りなれた国道嫌って多摩サイ睦橋手前から、未知の道求めて住宅街をおよその方向目指し走り続けると青梅新町、行き過ぎ修正しながら無事到着したが、途中で『手打ちそば』食べた事もあって2時間がかりよ。

乗ってったジャガープレゼントしたので、帰りは八高線デーゼル4両連結ローカル単線、八王子まで途中5駅で20kmは¥400。箱根ヶ崎、拝島、北八王子と途中3駅で下り線と交換待ちで40分もかかったので時速30kmは自転車並だな。

ロードレーサー牽引で走り帰りはロードでと考えたが、事故緊急時とは違うので断念した。

体験がすべてじゃ。

2006.02.14
物事始めあれば必ず終わりありで仕方ないことではあるが、
陸前高田市主催の『南三陸サイクルロードレースりくぜんたかた』。
公道走れるホビーレスとして人気高かったが20年の歴史を閉じた。

45キロの道路上にレース開始前から終了時まで立ち続け、選手の走行安全確保に尽力された、地域住民の皆さんには本当に頭が下がります、長い間ご苦労さんでしたありがとう。

走る立場でレースを楽しんでいた俺っちが、押し付けられるかたちで走らせる側の仕事を引き受け、見えない裏側がこんなに大変だったと知り、体験がすべてを実感、暑い夏と寒い冬に立哨員も体験、大会役員では雑役のこの仕事が最も大変だと自覚している。

大会開催を終了した理由は幾つかあるが、そのひとつに多発する転倒事故がある。後方で道中脚をためていた選手達がゴール前でスパート、それまでペーサー務め脚を使い切った選手が反応するも、ハンドルぶれて接触転倒、追突で事故拡大。
どれほど注意しても同じパターンの繰り返し、負けたらまだ脚が足りないと練習し、次もまたアタック逃げる努力の繰り返しがすべてに勝る。見ていて気持ちよい選手になろうよ。

Eeeランもレース的な走りが見受けられるようになったので、3月の自転車運動会でそれなりに楽しませてあげるので期待してな。

あれから それから

2006.02.12
湘南平の帰りバーミアンで昼飯食べることに決まり、到着した餌場バーミアン遠めに眺めてもテーブルに顧客の姿たくさん確認、これじゃダーミアンだろとあきらめる。

恐持てコバピンが居れば話は別だが、ほかの輩では先客追い出しはまず無理だろうと判断、粘着呑み助食いしん坊連餌場に残し、飯抜き直帰希望者募り来た道戻ることに。

15,6名の集団は小坂、誠三のグループと、俺っち、おろち、姉姫チビ殿夫妻ほか一行とすぐに分断。金田陸橋下から田圃コース走るも、向かい風強くやや難儀する、前方走る小坂と誠三の姿目に入る、通行止め道路封鎖あり、あちこちうろちょろ迂回して昭和橋。
渡った処で、姉姫夫妻の姿ないことに気づくも、時すでに遅く橋渡らず直進した様子にそのまま上溝たいやき屋に向かう。三人千切れたらしい悪いことしてしまった。

たいやき屋で一息つき千切れ組姿見せないので、後方ピッタリの守護神おろち大明神と新参二名の誘導続け、別れたのが府中四谷橋。

それから走りなれた京王線沿いの右岸を百草、高幡、ここで尿意日野橋でトイレだと逆送の方向転換、モノレール下いつも走りなれたクラブランコースも逆コースは新鮮、R20バイパス信号見て、おおエエ道やどこまで開通か走ってみようと左折、トイレと逆方向は意に介さずゴーゴーよ。暫く走ると行き止まりも、この辺土地勘あるので右折左折で日野坂、失速することなく坂を飛ばすと突然『すし食べたい』気分。

日野坂三叉路右折ランプ消えた直後、亀班なのに乗用車追って脱兎のダッシュ追走流れに乗ってにんまり、わが脚にほれ込む、即断即決俺っち特技よ(うぬぼれ爺なんでも自慢する嫌味だねえ)。

満面笑みのすし屋の親父に迎えられ、カウンターに出された好物『鉄火まき』の旨かったこと。
5時を回った時計眺め、6時からマッサージ予約思い出し店を出る。レーサーまたがるとすぐトイレ思い出し家路に向かって一目散。

愛車だけは撫で撫で『ありがとう』と言葉をかけ倉庫に丁重に収納できたが、玄関開ける鍵がポケから出せない、もどかしい間に合わないぞ、シューズの紐を逆引きして脱げない、もう待てない片足シューズのまま、廊下にジャージ脱ぎ捨てトイレの扉開けるも、今度はチャックが開かないうう~ん、子供の頃寝床でパンツが温かくなったあれを思い出す。

初期消火始めた消防ホースつまんで本格消火完了して、サングラス外すと床面撥水散乱じゃん汚ねえ~の。

歳よりになると我慢が利かなくなってしまうので、早めに対策が必要なのに忘れてすぐ夢中(食べることも含め)になって始末におえない。亭主じゃないかみさん留守で助かったあ。

玄関に戻って脱ぎ損なった片足を脱ぎ、床面清掃消防の後始末して、すべて脱ぎ捨て洗濯機に放り込みスイッチオン。

90分間のレインボーワールード、マッサージ治療院からお目覚で帰宅、洗濯物を部屋に乾したらあ~腹減った。

コケちゃった。

2006.02.12
暖かいわ、風も無いわ、好天気とくれば絶好のサイクリング日和。
でも世の中そんな甘くは無い、目的地まで行けなかったんだから。

原因は信号待ちで停車してたダンプ後方で、ビンディングペダルから右足外せず立ちコケ、更にクリートネジ緩みで増締も、すでに1本ネジ脱落のお粗末。

爺さんそれでも自転車屋って言われそうだが、いつも言っていることだが、俺っち売るのと直すの苦手なの。そうなんです、得意なのは走ることだけなの。

ここまでは俺っち独壇場“吉本”ですんだものを、問題はこのあと、爺ちゃんだけ転ばしたんでは済まぬとばかり、心やさしい仲間たちがあっちでコロ、こっちでコロって転んでお付き合い。

特に沖縄ツアーで同室だった息子のような奴は顔に怪我までする始末。
膝が痛いといえばサブリメントが届く、俺っちなんて幸せなんだろう、こんな素晴らしい仲間に囲まれて感謝感激の涙だ。フレンドじゃない、どう考えてもファミリーだな。

昼飯たべ終えたら3時で、もう帰る時間よ。
せっかく集まった皆、俺っちのドジがケチの付き始めで散々だったな。
でも、明日が続くから失敗から学習して、めげずにGOGOだ。

笑ってもEeeよ~だ。

2006.02.10
Eランのペースで小倉橋~高田橋のイージーコースを、
左足デュラクイルペダル、右足ルックビンディングペダルで走り、
多摩CRに出て帰ってきた。

意外にも左足クリップペダルはガタ皆無なのに、
右足ビンディングペダルの僅かなガタが気になった。
これは、グレーのクリートを黒にすれば解消するので問題ないが、
更に大きなガタがある赤クリートが存在する理由が良くわからん。

結果は良好なので、冬靴の間はこのまま走るつもりだ。
笑ってもいいけど誤解はしないでよ、別に流行らせるつもりはないの。
もっとも、こんなこと真似る奴居るわけ無いわな。

どうして両方元に戻さないかって、新旧共存じゃあ。
それはだな、両方取り替えるのが面倒(本当はシュープレートのネジ紛失)なのと、せめて片足だけでも使い続けるのが、プレゼントしてくれた社長の好意に対する、俺っち流感謝の気持ちなのよ。
岡部ありがとうな。

そうなんです俺っち、旧~い男なんです。

新しいものは合わん

2006.02.09
爺さん医者から毎週1回合計5回通院するよう指示されても、
2度目は御免と無視がいけなかったか膝の痛み一向に消えず。

痛み治らぬを歩き回ったが悪かったと、勝手に決め付けふと気づいた。

その昔、LOOKペダルが誕生の頃よせば良いのに、若者真似て俺っちも着用。信号多い都心では着脱回数ぐんと増え、左足キック疲労で膝裏筋肉痛体験を思い出した。

痛みは明らかにペダル外しの足首のひねりにより増幅されている。
とりあえず痛む左足だけ元のクリップペダルに戻すべく、
シューズのクリートを付け替え元に戻した。
仕事を一段落させたので、明日テストランしてみよう。

爺になると新しいものは合わない(そんなことあるわけないよな)。

もったいない。

2006.02.08
成田から只今帰着。
昨日自走で行く予定が降雪のため、電車で一泊二日の旅に変更。

16号線大迂回で走る計画も、早朝、窓から眺めた戸外が雪国に予報的中かぁと二度寝。
朝から暖かくなる予報の続きを信じ自宅待機(何のこっちゃ)、暖かくなるどころか寒さ増すばかりに、自走断念コートの衿元立て夕方から電車男。

江戸川越えて千葉県に入っても、車内から戸外の暗闇目を凝らすも、雪のユの字もなし、どうして?どうして?
前夜ラジオで千葉の聴取者が『こちら、雪が降ってきました』って言ったじゃん、どうなってんの~
ホテルについてなぞ雪解、夜中土砂降りの雨が降ったんだって、
つくばエキスプレスは止まったが、成田方面は大雨だったそうな。

翌日は何とドピ~カンのサイクリング日和、
ああそれなのに下総会場まで電車と徒歩で自転車運動会の打ち合わせに向かう始末、コート着て歩いたら汗が出る暖かさよ。
今日明日とたった1日ずらせば、往復走りを楽しめたものを残念。

歩いたので膝が痛むわ、自転車で行けば楽だったのに。
もったいない2日間だったな。
ああ、もったいない。

寒いのう。

2006.02.06
今日の寒さはめちゃ寒で、
用事で1時間ほどチャリ(普通車だよ)で市内走ったら、
手先が凍える冷たさになってしまった。
まさか、こんな日にロードで走った奴は居ないだろうな。

夜は雪が降るらしいが、
実は明日、成田まで自転車運動会の打ち合わせで走る予定なの、
で、雪だけは降ってほしくないと思っている。

ロングランの準備で長坂まで、台風襲来の雨中を走った俺っちだが、
雪降った路面だけは遠慮するだ。

ところで、今年の『自転車運動会』はパレードから昇格、
タイム計測なしだが勝ち負けは決める、
レースの真似ごとで楽しんでもらう予定。
Eeeラン仲間全員参加してや、柿木『自転車教室』もあるでよ。

ごっつい景品の山見逃す手はないぜ。

更に成田のホテルで前夜祭は、
宿泊飲み放題2食付で福沢諭吉1枚でOKのEee会もあるよ。
車はホテル駐車場に無料駐車させたまま、
前泊した翌日はホテルから会場まで往復Eeeランで走る。
もちろん先導はヒデ爺さまじゃ。
楽しさ保証しますだ。

計られたあ。

2006.02.05
待合室集合11時、坊さんの有難くない読経始まりが11時半と聞いたと思っていたので、
11時頃に家に帰っても着替え間に合う、着替えなし寺直行なら11時半までOKだと、気楽に考えていたら、『奥』があんた何言っているの10時に集まり11時開始よの冷たい言葉。

それじゃあ集合場所で仲間眺めたら、すぐ折り返しじゃん面白くねえなあ~、こんないい天気についってねえと思いながら、一族郎党控える現場に向かう。

甲斐武田の軍団今日も二人馳せ参じ『どこに行くか』の問いに、即刻
神戸家老の『子の権現』俺も行きてえよの声あるも、いつもなら即決も大ブーイングで『宮が瀬』。

寺の前で皆と別れ門内へ入るも人影見当たらず、はて?寺違い(なことあるわけねえ)と前から見覚えある悪がきがそのまま年取った弟の姿、
『まだ誰も来てないようだ』に『え??』なんと11時半開始だったのよ。

計られた。時間30分以上あるので家に帰って、用意されていた背広に着替えて、チャリ乗りかえて寺院再訪で大役果たして帰館。

う~ん疲れた。



鶴班神戸〓小牧出いつもと同じ、ウサギ班小坂〓島貫、かめ班誠三〓竹井の編成で各班所定のコースでまずは綾南公園へ。

途中まで俺っち先導でかめコース本日員数多く、前回の路面は曲狭路多く変更、R16八王子淺川橋までの先導だったが、いつもより少し速いスピードで先導してしまった御免よ。

そうなんです、いい加減が取得です?。

2006.02.04
本日は姫と竹ママで多摩CRを上流に羽村堰まで自転車の散歩。
四家おろちが参加していたら、ず~と先頭で走れたろうに欠席は残念。

右岸は郷土資料館、左岸は阿蘇神社前で道は途絶えてしまった。
多摩CR上流終端まで走ったのは初めて、羽村は30年ほど前にショップオープンした場所なので感慨深い場所。

『五日市ほうとう』食べたが、『佐兵衛』だと思っていた店名は、
『佐五兵衛』だったわ。五日市の五の字が抜けてたよ。
俺っちいい加減爺なので、家の近くのとんかつ屋も店名『次男坊』なのに、気の毒に何十年も『次郎吉』だもんな。

明日は母親の一周忌だと思ってたら、三周忌だってさ『かみさん』に
あんたのいい加減さにはあきれるわって、怒られちゃった。

どうせ娘にチクリ報告されるので、やけくそ号外だあ。

種明かし。

2006.02.02
子の権現。

俺っちが歩かないで走り切ったってビックリする事ないわな、
フリーギヤローが大きいのよ、
誰でも大ギヤにすれば、労せずして登れるって。
立川で買えば(笑)チャンチャン。

でも子の権現って、
昔々登ったことあるがあんなに急だったかなぁ、
誰か土盛りしたのと違う。

杉木立の中走ったので鼻がぐずぐず、目がしょぼしょぼ災難だよ。
誰だ子の権現行こうって言ったやつは、
なに、誠三だってうう~ん監督じゃあ仕方ねえな。

童話のウサギは居眠りで、Eeeランウサギは日向ぼっこかよ。
上まで登って来なかったのは、もしかして先週間違えて遠回りしたので、距離調整で楽したわけ。やるなあお主も。

道場主登城だよ~ん。

2006.02.02
スガ研からブログ記入法伝授受されたので、今日から登場しますのでよろしく。

皆に会長(確かに株式会社なるしまフレンド、JCRC、なるしまEeeクラブの会長なので、間違ってはいないが自分では好きな呼称ではないな)と呼ばれ、クラブNewsで俺っちと語り、親しい仲間にはヒデ爺と称し、二十数年前神宮クラブ員から我がままひでちゃんと呼ばれ、年老いても、そのまま我がまま残って今は我がままヒデ爺で~す。

本名は鳴嶋 英雄 特技は酒は一滴も呑まないが人を呑むこと。他人を手玉にとること、煙に巻くこと、自ら忍法走法と名付けた走りで今も健在激走100mなら。キロじゃねえよメートルだぞ。

数日前膝に水がたまって水抜き、水も持たず走るので膝が自衛で水を貯めはじめたな、とわけわからん理屈をこねて、二度と医者通いは御免だと、次の通院日無視する頑固爺。

お友達になりたくない典型的老人かもよ。
知り合ったら運のつき、あなたの人生変わっちゃうよ~だ。

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