9/14 九州熊本ツアー結末

2016.09.18
北九州空港10時出発のANA便、宿から海上人工島空港までの約10km、空港専用の道路走行し到着する、ロビーは閑散としており手続きはすぐ終了、搭乗口待合室にも人気無く?そうです、1時間読み違えの早着だったので人気無い空港内にも納得できた。

今回の旅初日に到着したこの空港で、地元のサイクリストに声掛けられ、しばらく自転車談義に花咲いたけど、この空港周辺は格好の練習場所になっており、走る皆さん顔なじみになる様子。空港で行き止まりなので走行車両も限定され、路面も良好となれば格好な練習コース、走ってれば自然仲良しになれるわな。この人65歳の定年退職者で悪性腫瘍の発見で、落ち込みながらも自転車の楽しさに目覚めた初心者、症状進行せず何時迄も走りを楽しめる事を祈る。

羽田到着11時半到着前の機内アナウンスで小雨と聞いたが、空港へ到着すると水溜り残るも雨は完全に上がり、楽に走ってゆける状況で京急輪行。乗車した電車の行き先が逗子で、ふといつもの天空橋下車の自走ではなく、川崎まで乗車して多摩川沿い自走に変更、京急川崎駅前で輪行組立て多摩川沿いを家路に向かってGO!

多摩沿線道路は終日渋滞して道路幅も狭いので、土手上CRをノンビリ走ろうとジャージに着替えず、レーサーシューズに履き替えたものの、半ズボンにポロシャツ輪行スタイルのまま。京急川崎駅出ると東海道線、京浜東北線とJR2線をアンダーパスして、多摩川大橋手前からサイクリング道路に走路を変えると、府中四谷橋渡って対岸浅川沿いに走路移るまで、多摩川沿い走るCR約30kmの間、鉄橋8カ所道路橋10カ所高速自動車道2カ所をアンダーパス、浅川に分流してから自宅まで10km少々は、CR無く一般道走行して 15時半自宅に到着、6泊7日1週間の九州熊本の旅は無事終了。本年度104泊、80歳からカウント172泊達成と順調に推移してる健康に感謝だ。

スポーツサイクル走行体験約60年になるが、今回の英彦山に向かう国道500走行中、台風下を走った静岡、山梨県下での体験に匹敵する豪雨を体験したが、今回は路面に縦溝掘られた舗装路下り勾配、カーボンホイールだったのでブレーキが利かず、レバー全力で抑えても時速20km以下にならず、車体がぶれだす状態になり怖い体験した。幸い山中で車の通行極少で、道路幅も広かったに助けられたが滅多に無い忘れられない体験となった。

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9/13 英彦山下り楽走日

2016.09.15
早朝小雨残ってたが10時ホテル出発時は降り止み、熟睡で気付かなかったけど夜間結構な雨風だったようで、濡れた路面に枝葉びっしり貼付き、巡回中の建設省パトカー職員数人、路面散乱の枝葉片付けてる脇を言葉掛け通過。ホテル出入口カーブミラー看板#80が目に入り、緩い勾配の湾曲道路カーブミラーに79,78次々続くので、停車しては写真撮りしながら走る。

本日コース50kmそこそこと近距離、しかも路面が下り基調なので楽走、普通に走ってたら3時間もあれば到着で、ホテル到着チェックイン時間15時前で早すぎ、途中見るべき物もなしで考えたのが、全カーブミラーの撮影よ。でアップダウン波乗り道路状態尾根道が続き、三叉路に至ると野峠700mでR496に左折、ここから道は下り坂ミラー撮影も終了の走行。三叉路右折は日田に至る、途中から林道突き抜けると耶馬渓に抜けられ、こちらも一度は走って見たいコースだな。

R496も極細国道で対向車と離合難しく、時折待避所が見受けられたが、何やら斜面上方で工事が行われており、直進通行止め迂回指示され、登坂路に大回り迂回走行、付近でダム工事が進行中で、いずれこの辺一帯は大変貌すると思われる。
昼時になり何処かで昼食と思うも集落全く見当たらず、地図広げ鉄道線路沿いのr34方面に向かい左折、平成筑寛鉄道田川線犀川駅前に出る、駅舎に併設の食堂でオムカレーと紅茶¥1200でのんびり。

食後線路と橋渡った川沿いのr34を行橋方面へ右折、この道路後方は添田からr52に続き日田彦山線沿い、途中宝珠山でR211に合流日田に入る、地図眺め路面読みに熱中すると、無性に走りたくなるのは俺っち性かな。サイクリング道路標識目に入り、河原土手道に入り込むもたったの4km程で終端、使用頻度低いようで草が生い茂り快適さ皆無。

行橋街中過ぎr25に入り暫くすると、突然三車線路に代わり車の大洪水になり、宿は至近距離で時間早すぎるので小休止。どこぞ適当な場所と物色しながら走行、苅田町勤労者体育センターに立寄り小休止、建物内見て回ると潮田玲子メモリアルコーナーが正面に鎮座、ここ苅田町がバトミントン世界で超有名な、オグシオコンビのシオちゃんの出身地だったと知る。

体育館が全面貸切り日で入口クローズされ、入館出来ないので外からメモリアルコーナーに飾られた日本代表のブレーザー、ジャージやらサインをガラス越しにパチット写真撮り、俺っち別にファンでも何でも無い尻尾の無い野次馬で御免。暇つぶしして再度走行開始すると宿泊ベッセルホテルは目の前。町中からやや離れてるので、夕食外出に嫌気がでて部屋にあったデリバリーチラシ眺め、19時過ぎ海鮮ピザパイS注文¥2500、たいして走行してないのにぺろっと食べてしまったわい。

9/12 英彦山で豪雨体験

2016.09.14
8時半朝食会場に向かったのが遅かったこともあるが、食べる気失せる品揃い朝食無料では、期待は無理と承知してたが雨天では、食べるもままならずになる恐れあるので、パン一切れ焼きジャム塗りたくり、ゆで卵に肉じゃが食す。チェックアウトの10時近く、どこぞコンビニで合羽購入と考え表に出ると、空は明るく雨やんでるこれはラッキー。宿も福岡からではなく鳥栖からなので、英彦山は国道500一本で55km弱、山道とはいえ俺っちにとって楽々の距離。

途中道路サイドで見かけた明太子ショップ、東京人には聞きなれぬ店名だが、直感で美味そうな食欲湧き、神さんと明太パスタ楽しもうと発送依頼。表に出て後方眺めたら黒い雨雲が天空覆い、雨降り遭遇は避けられそうもなし、急ぎ走り出すも暫時後降り出し見かけたコンビニへイン、雨傘林立する売り場に合羽見当たらず、在庫見てきますと倉庫に向かった店員、手ぶらで戻って在庫無しでしたは、お粗末コンビニ。次見かけたコンビニで購入¥500.すぐ着用走りだす、多少小降りになったので、小京都秋月地内散歩道ひと巡り、すぐ戻りR500通行止め迂回路r80からr509走り、更にr79(朝倉小石原線)これが道路は真新しい舗装だが、10%程の勾配続く長い坂できつく、雨上がってたが気温16℃と低く、合羽着たまま保温状態で走った。R500号に到達するとやまめ山荘看板、趣ある建物が奥に見えたがこの場所で商売って成り立つのか?

小石原でR211と交差日田方面に右折700m、道の駅小石原案内板に誘われ向かう、窯元が三十数軒もある焼き物の街とは初めて知った。昼食食べようと食堂脇に駐輪すると本日休業じゃん。仕方なく立売販売の甘栗屋で甘栗買い、自販機の茶を飲み代用昼食腹ふさぎ。栗売りのお父さんが親しく話しかけ、俺っち歳聞き活動知り仰天、商売忘れ話に熱中帰りしな商売物、祝勝栗アルミパック一袋を頂き感謝。

のんびり時間過ごしr500戻り走り出すと雨降り出し、下り勾配ブレーキングし続けるも半端無い大雨になり、カーボンリム雨で洗ってる状態となり回転止まらず、20km以下に速度ダウンせず、車体ぶれる始末に往生させられた。日田英彦山線レール渡って、英彦山天狗ラインで再度登坂路になり10km程走ると、ひこさんホテル和に16時寸前到着。走行距離63kmその他データー詳細は不明。

濡れた自転車きれいに拭きあげ、フロント脇に留置き建物一番外れのTベッドの部屋、泊り客他に男女ペア2組、女性ペア2組の計9名で本日2回、翌朝1回温泉に入ったが誰にも出会わず。立寄り湯も営業してるが、この悪天候下では物見遊山も遠慮されるわな。

9/11 鳥栖市内までロングラン

2016.09.14
素敵な温泉堪能した2連泊終え、総勢9名は9時半出発、遠回りだが初日下った道路R212を逆走上って、阿蘇スカイラインr12で外輪山稜線走り、更にr339と迂回走の遠回りコース。r339路面悪いのに下り勾配を先導スピード速いので、不安は的中前輪パンク、最後尾遅れ気味追走中で、大声で叫ぶも前方に届かず、全員見えなくなりパッチで直す以外仕方無しと、タイヤ外してるとキッズ島ちゃん気づき戻ってくれ、以後チューブ交換復元を見てるだけで大助かり。やっぱ助けてくれるのは友だ仲間だ神仏じゃない。

四国山中で駐在さんに九州山中では、沖縄県の同業スタッフに助けられ、本州の爺さん果報者神(我が心の)に感謝。一人だったら1時間掛かったかも、いや土台1人だったら、こんなスピードで走らんからパンクさせてないわ。長い迂回路走り終え大津市内で国道57に合流できホッとした。道路脇のコンビニで小休止、ここで熊本へ向かう沖縄勢と別れ、自走開始になるが遠回りで時間ロスしてるので、昼飯食べる時間無しと判断しておでん購入、こんにゃく、白滝、大根、厚揚げの4種立ち食いの腹ごしらえ。

菊池市、山鹿市とR325を快適に走行し、山鹿市内でR3に右折悪名高いR3も、日曜日なので大型車両少なく助かる。小栗峠下で自販機で、カルピスソーダー購入ドリンクすぐ出発、八女市でちょこっと市内めぐり、久留米市は同業知人居るが店舗探す時間無く素通り、筑後川を久留米大橋で渡り、もひとつ川を渡り3号線直進し左折場所が早すぎ逆走、気づいて戻るポカあり更に決め付けは宿泊ホテル。

到着した駅前ルートインHフロントで名前が見当たりませんが?と言われ、リュックから予約コピー取出すとサンホテルじゃん、そのホテルどこですか?と聞くとすぐ先にありますと、親切に玄関前から道路に出て指差すほうにありました。単に間違えただけならまだしも、一度フロントに立寄り自転車預けられるか聞き、表に出てきたスタッフに確認してもらい、袋詰め部屋持込がベストと言われ輪行袋詰め後、受付チェックインでホテル間違いに気づいた大チョンボ。どうしてこんな間違いになったか、思い返したらサンホテルの限定格安プラン見つけ、よく泊まることいあるルートインにしなかったからで、鳥栖泊まりそのものが当初予定の変更で、慌しく対応したことが原因だな。

夕食はH近く駅前のフレスポ鳥栖なるビックショップセンター内、数軒のチェン店あり日曜日晩御飯と言うことで、いずれの店も繁盛してたがリンガーハットで皿うどんと餃子食す、昼飯食べてないのでうまかった。本当はくら寿司だったが、長蛇の列を待つ程の余裕無く空腹だった。

本日走行距離136km AV22km MAX59.5km 走行時間6時間8分

9/10 熊本震災阿蘇地方の断層見学

2016.09.12
内牧温泉と言えばその昔、臼杵支部の支部長に案内され宿泊、福岡から稲魂も合流露天風呂に入ったら、外輪山から野焼きの降灰飛んできて、身体に付着こすると煤で黒くなったっけ、草千里、大観峰で牛乳飲み、だご汁食べた懐かしい思い出が頭をよぎった。それから十何年も経過、今でも走りを楽しみ交流続いてるが、この強固な絆は東京オリンピック以前の頃、ロード競技開催地で燃え結束した、地元八王子自転車競技会同志と同じ。

俺っち発案ではなく臼杵支部長案で、遠い昔のことでもあり、泊まった宿屋の名前思い出せないが今回の宿は蘇山郷、この宿かけ流しの湯量半端なく、全国各地を泊まり歩き豊富な温泉体験してる俺っちだが、ミシュラン(タイヤじゃないよ)風に、☆つけたら☆☆☆加温せずそのまま、しかも許可は取得してないが飲めば飲めるという、しかも一晩中湯に入れるスパシーバー、冷戦末期ソビエト遠征で覚えた唯一の言葉。

地元の仲間も数人参加し員数増え13名、キッズジャージに着替えた宿マネージャー先導され、田んぼの中に2m以上もある断層亀裂地帯に案内され、更に足伸ばし赤水まで向かい東海大入口から、対岸の外輪山斜面が大崩落し、阿蘇大橋が陥没した惨状眺め唖然とした。東海大の学生達で繁栄してたであろう、正門前のコンビにも店舗こそ倒壊してないが閉店、大きな駐車場は厚いコンクリに四方八方亀裂走り、益城町で倒壊家屋等数多く目にしてるが、これほど凄い破断層は初めて目撃した。神仏への信仰心厚くても、何の役にも立たない。

俺っち宗教は人類が作った悪の根源と理解してる、神仏に御利益求める愚かさに気づき、頼れるのは知人友人人間同士であり,神は我が心の中に存在すると知るべきで、また忘れてならないのは、悪もまた我が心の中に存在するということ。次に向かった阿蘇神社拝殿が見事に潰れ見る影もなし、そこで手を合わせ拝む人の姿見て、お人好しにも程があると苦笑させられた。日本人って超やさしいのね、いや弱いのかな無神論者で、我が心の中に神はあると確信してる愚かな爺さんの感想でした。皆さんは神仏についてどう考えてるのかね?

鎌倉幕府に抵抗し命を懸け法華経を布教し続けた日蓮上人に憧れ、戦後荒廃した日本復興のため何をなすべきか考えた青年の頃、宗教か教育と考え坊主を志望して、日蓮宗立の立正大に学び宗教に絶望、教職にも失望しオリンピック到来で、自転車の魅力にはまり人生懸けた男の姿がここにある、ほぼ60年走り続け只今81歳志大きい大和魂小男爺さん英爺です。
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